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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
84/244

第四十話(84) ゲティス国王との会談

 貴賓室でユリスと対面したゲティス・コルヴス国王陛下は直立不動で、その顔は酷く狼狽うろたえていた。この青年国王は元々体格が虚弱なため、動揺すると余計に貧相で卑屈にすら見えてしまう。


「陛下、どうか老父の非礼をお許しくださいませ。与り知らぬこととはいえ、斯様な事態を未然に防ぐことができなかったのは、すべて私奴に責任があります。今後、二度と陛下の気を損なうことのないよう励んでゆく所存であります。つきましては、お詫びの証というわけではございませんが、馬百頭を貢物としてご用意いたします故、どうかお納めください。他にも帰国に必要な準備は、すべて弊国で用意することをお約束いたします」


 ユリスは笑顔を見せなかった。


「お心遣い感謝いたします。さあ、どうぞ、お掛けになってください」


 そこでゲティス国王がユリスの正面に腰掛けた。


「言い訳するつもりはございませんが、このところ老父は酷く取り乱しているのです。というのも、親しくしていた七政院の友人知人をいっぺんに亡くしたものですから、訃報を耳にして以来、参っているのです。それに加えて、カグマン国が三国に分割されたと聞き及び、勝手にあれやこれやと心配する始末で、何かにつけて疑うことしかできず、すべてが己を陥れるための策謀ではないかと考えてしまう次第でありまして」


 そこでゲティス国王が苦渋の表情を浮かべる。


「陛下にはありのままをお伝えせねばなりませんね」


 ゲティス国王が聞かれてはまずい話をするように声を潜める。


「老父が猜疑心に囚われるのにも理由がございます。ご存知の通り、父とオフィウ王妃陛下は仲睦まじい間柄。七政院の後任候補とも親しくさせていただいておりました。ところが、陛下はその者らを候補から外し、新たな者を後任にお選びになられた。外交費という名目で貢物を贈るのは、法律に認められた行為ですので問題はございません」


 朝貢だ。


「しかしながら、それを国王陛下ではなく、官吏に贈れば賄賂となります。国費で個人的に特別な便宜を期待する行為でありますから、つまり老父にとっては、これまでの働きかけがすべて水泡に帰したということなのでございます。それで精神的に弱り果て、陛下から追及され、場合によっては職を奪われるのではないかと考えているのではないかと思われるのです」


 ユリスが深く頷く。


「貴方はとても正直なんですね」


 ゲティスが首を振る。


「いいえ。私は臆病なだけでございます。隠していることを、後で知られるのではないかと想像するだけで冷汗をかいてしまう始末でありまして。ですから、楽になろうと陛下にすべてを打ち明けたのです」


 そこで、初めて笑顔になるのだった。

 ユリスの表情は穏やかだった。


「お父上には『内政干渉は行わない』とだけお伝えください」


 それは『これ以上は関わるな』というメッセージでもある。


「承知いたしました」


 それを素直に聞き入れるゲティス国王だった。

 ユリスがひじ掛けを利用して頬杖をつく。


「それにしても、貴国の情報網には驚かされてばかりです。伝達速度も去ることながら、七政院の選挙結果など、まるでその場にいたかのように把握されているかのようだ。よほど優秀な伝令兵をお持ちのようですね」


 ゲティス国王が説明する。


「緊迫した状況でしたので、人手と乗り継ぎに必要な馬を増やしただけでございます。しかしながら、ここは商人の街でございます故、情報を金のように扱うのも事実でございます。天候や大陸の世情はもちろんでございますが、動物の変死や、変わった形をした雲など、世の中にある、ありとあらゆる異変に関心を持つのが商人の習性だと聞いております」


 ユリスはスパイがいるのではないかと疑っているようだが、ゲティス国王は心当たりがないのか、または知っていたとしても、うまく隠したようだ。しかし疑惑を匂わせるだけでも脅しには充分だろう。


 スパイとは別に、オーヒン国の情報網というのは厄介であることは確かだ。戦争になれば斥候兵の存在が不可欠だからである。こちらにはミクロスがいるが、情報の扱いに慣れているオーヒン国は決して侮ることのできない国だ。


 また、情報を頼りにするということは、信用できる臣下を持っているということでもある。緊急時に伝令兵を増やせるというのは、豊富な人材を有している証拠でもある。


 ただし、わずかな言葉のやり取りで相手国の戦闘力を推し量ることができるのだから、ユリスの情報収集能力も負けてはいなかった。オーヒン国の兵力や、機動力や、武器の性能などは、すでに調査済みである。


 ユリスが話を続ける。


「確かに情報は重要ですが、時には外遊するのも悪くないですよ。いや、これは回りくどい言い方をしてしまったようだ。どうです? 一度、カイドルにお越しになるというのは? いや、もう懲りたというなら、無理にとは申しませんけどね」


 ゲティスが首を振る。


「滅相もございません。カイドルへは一度行ってみたいと思っておりました」


 そこですぐに訂正する。


「いえ、一度で充分ということではございませんよ」


 その言葉にユリスは声を出して笑う。


「やはり貴公は正直者だ」


 そう言われて、ゲティス国王は照れ笑いを浮かべるのだった。


「お父上がカイドルに来られたことはあるんでしょうかね?」


 ゲティス国王が思い出す。


「私が知る限りではありますが、カイドルの思い出話を聞いたことはございませんね」

「でしたら、親子でお越しになるといい」


 そこでゲティス国王が苦悶の表情を浮かべる。


「しかし、陛下はお命を狙われたと伺っておりますが、危険はないのでございましょうか? つい先日も暗殺未遂事件があったとの報告を受けております。失礼な言い方ではございますが、国内情勢に不安があるようにお見受けするのですが」


 ユリスが頷く。


「貴公は正直で話しやすい方だ。確かにまだ他国の要人を呼べるほどカイドルは安定していませんね。これは失礼いたしました。ブルドン王も来られたのが最晩年でしたし、大胆な方ではありましたが、慎重さを欠いたことはありませんでした」


 ゲティス国王も深く頷く。


「即位して初めて分かることが多いのですが、一番は先王の偉大さですね。ブルドン王ほど民衆に慕われている人はいなかったと改めて思いました。以前はモンクルスとジェンババの芝居が多かったのですが、現在はブルドン王の生涯を描いた芝居が人気のようです」


 ユリスも嬉しそうだ。


「そうですか、それは結構なお話ですね」


 そこでゲティス国王が居ずまいを正す。


「ご挨拶が遅れましたが、パヴァン王妃とパナス王太子のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。まだ王宮を襲撃した賊が捕まっていないと聞いております。弊国にできることがあれば、何なりとお申し付けください」


 ユリスも改まる。


「ご丁重なお悔やみをいただきまして恐れ入ります。早速ではありますが、是非とも合同捜査本部を設置していただきたいのですが、お願いできますか? 捜査員二名を現場の責任者として、逮捕権を許可願いたいのです」


 ゲティス国王が同意する。


「それでは本日中に許可証を発行いたしましょう」

「それは助かります」

「王家の敵は我々の敵である可能性もありますからね」

「本件の情報は共有せねばなりません」

「同感です」

「そう……」


 そこでユリスが何かを言い掛けて、口を濁した。


「陛下、どうかされましたか?」


 ユリスが説明する。


「実は、調査で元神祇官のダリス・ハドラが事件に深く関与していることが判明したのですが、それで容疑者とお父上が懇意にされていたのではないかと思い至り、それを訊ねていいものか迷ったのです」


 ゲティス国王の表情は変わらなかった。


「お心遣い感謝いたしますが、どうか、老父に関してはお気を遣われなくても結構でございます。たった一人の近親者ではありますが、父に疚しいところがあるのならば、私の手で裁かなければなりません。しかしながら、幸いにして、ダリス・ハドラとは、むしろ対立していたのを覚えております。ハドラ氏と懇意にされていたのは父ではなく、デモン・フィウクス、現在はデモン・マエレオスと名を変えた者にございます」


 ここにきて、その名を耳にするとは思いもよらなかった。


「例にもれなく弊国にも派閥がございまして、父とマエレオス閣下とは事あるごとに対立しておりました。対立構造を深めた一番の原因は大聖堂の建設でございます。災害対策に人員と時間を割り当てたい父は大聖堂の建設に反対しておりました。その大聖堂の建設に計画の段階から関わっていたのがハドラ氏なのでございます」


 やはり我が国はオーヒンの政治にも深く関わっているわけだ。


「まだ完成までは月日を要することとなりますが、両氏が現段階で職を失したというのは皮肉でございますね。ただ、陛下にお断りせねばなりませんのが、マエレオス閣下は王家縁者の荘園に隠居されてしまわれたので、国王である私でも通行証がなければ近づくことも叶わないのです。ですから捜査がマエレオス領に及ぶ場合は、協力いたしかねることを先に申し上げておきます」


 ユリスが了承する。


「貴重な情報、感謝いたします」


 そこでゲティス国王が何やら思い出したかのように口を開く。


「失踪といえば、王宮が襲撃を受ける前にクミン・フェニックス王女が行方不明になったとの情報も入っているのですが、それは真のことでしょうか? いえ、王族が狙われておりますので、答えられなければ結構ですが」


 ユリスが即答する。


「残念ながら、未だ行方は分かっておりません。王女の弟君が国王に即位されたので政治利用される危険もありますから、早急に見つけ出さなければなりませんがね」


 ゲティス国王が神妙に頷く。


「それならば弊国も捜索のお手伝いをさせていただきます」

「ご協力、感謝いたします」


 そこでゲティス国王が花茶を飲み干す。


「それでは捜査に関してやるべきことがたくさんございますので、そろそろお暇させていただきます。王妃陛下にご挨拶することができませんでしたが、明日の昼食会はこちらでご用意させていただきます故、その時に改めてご挨拶させていただきます」


 ユリスが立ち上がってから、ゲティス国王も立ち上がる。


「お見送りは結構でございます。本日は誠にありがとうございました」


 ユリスが笑顔で応える。


「礼を言いたいのはこちらの方だ。有意義な会話でした」


 ユリスとゲティス国王が握手を交わして会談が終わった。



 ゲティス国王を外まで見送ったぺガスが戻ってくる。


「コルヴス国王陛下はたった今、帰られました」


 合図を待っていたかのようにユリスが口を開いた。


「メンザ、さっきの会談だが、隣で話を聞いていて、貴官はどう思った?」


 経験豊富な領事館官長のスタムが答える


「ええ、典型的なオーヒン人の二重外交でございますね」


 ユリスが微笑む。


「やはりそうか」


 スタム官長が頷く。


「はい。父親のゲミニ閣下がオフィウ王妃陛下の側に付き、息子のゲティス国王が陛下の側に回るというのは、すべて計算尽されたものなのでございましょう。親子で対立しているように見せ掛けて、その実、どちらに覇権が遷っても良いように対応しているのです。これはデモン・フィウクスが官職に就いていた頃から変わっておりません。コルヴス家とフィウクス家が対立していたかどうかも、今となっては怪しいと言わざるを得ませんな」


 コウモリ外交という言葉を聞いたことがある。


「オーヒン人には二つの顔があるというのがその理由でございます。途中で芝居の話が出てきましたが、まさにオーヒン人は役者なのでございます。ゲミニ閣下の非礼な態度も芝居なら、息子のゲティス国王の謝罪も芝居なのでございます。それで双方の国から観劇料をせしめようというのが狙いなのでございましょう」


 ユリスが笑う。


「ずいぶんと辛辣ではないか」


 スタム官長は大真面目だ。


「笑い事ではございません。これまで何度も騙されてきたことを、ご理解ください」


 ユリスの笑いは止まらなかった。


「それはすまなかった」


 陛下に謝られても、スタム長官は面白くなさそうな顔をしていた。


「それでこの場合、どのような対応が得策だと考えられる?」


 スタム官長が答える。


「ええ、それは慎重に相手の狙いを見極めることでございます。オーヒン人というのは、最小の労力で最大の利益を追求するというのを理想としております。裏を返せば、つまり我々に最大の労力を負わせようとするというわけでございますな」


 そこでスタム官長が眉をひそめる。


「最大の懸念は、カイドル国とハクタ国が戦争を起こしてしまうことでございますね。戦争ともなれば物資のみならず、兵士の数も足らなくなります。そうなれば、オーヒン国の兵士ですら借り入れの対象と成り得ますからな。オーヒン国は中立という立場ではございますが、裏でどのような動きを見せるかは予想できませぬ。仮に協定に違反した行為が認められても、オーヒン国に挙兵すれば、カイドル国はハクタとオーヒンの連合国と戦わなければならなくなります。中立地へ挙兵した時点で大義は失われますので、周辺地域からの協力も受けられず、戦局が長引けば情勢が悪化することが予想されます。カイドル国というのは島の半分以上の土地を有している国ではありますが、それ故、統治が困難であることは歴史が証明しておりますからな」


 そこで一旦言葉を切り、結論をまとめる。


「そうならないためにも、三国が密に連携を取るということが大事でございましょう。互いを疑わせることなど、オーヒン人にとっては造作のないことでございます。真偽不明の情報を垂れ流し、スパイを送ることも当たり前にやるような国なのです。カイドル国とハクタ国が争って、一番得をするのはオーヒン国でございます故、慎重にならねばなりますまい。後になって、オーヒン人に踊らされていたと気づいてからでは手遅れでございますからな」


 ユリスが何度も頷く。


「メンザの言う通りだ。戦争というのは何がキッカケで始まるか分からないというのも歴史が証明しているからな。辺鄙な土地を巡って争っていた紛争が、やがて国を巻き込む戦争を引き起こしたというのは、この島でも起こったことだ」


 そこでユリスが過去に思いを馳せる。


「第二のジュリオス三世を生み出してはならない。大虐殺の首謀者として記憶されているが、カイドルに住む者にとっては、間違いなく彼は英雄だった。それはカイドルに赴任して来なければ知りようがなかったことだ。しかし、彼が悲劇の英雄であることは変わりないのだから、二度と同じよう悲劇を繰り返してはいけないのだ。なにより、この私が第二のジュリオス三世にならないことに気をつけねばならないだろう」


 ユリスが自戒しているということは、大義によっては戦争に身を投じることがあるかもしれないと考えているということだ。それは彼の中で犠牲を伴う理想があるということだ。だからこそ、希望が野心へと変わらぬように戒めているのだろう。


 そこで外から扉が叩かれた。

 ユリスが戸口に立っているぺガスに命じる。


「開けてよい」

「承知しました」


 ぺガスが扉を開けると、部屋の外を見張っていた警備兵が挨拶をして入ってきた。


「何事だ?」


 警備兵がユリスに報告する。


「アネルエ王妃陛下が何者かに連れ去られました」

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