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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
83/244

第三十九話(83) 駆け引き

 それから二日後にオーヒン国に入り、三日間の予定で領事館に滞在することが決定した。それはオーヒン国のコルヴス国王との会談を申し込んでいるからだ。もう既に伝令兵を走らせているので通達済みである。


「さあ、掛けてくれ」


 ユリスの命令で会議室に呼ばれたのはミクロス、ローマン、僕、ペガス、ルパスの五人と、領事官長のメンザ・スタムを加えた六人だ。この場にドラコがいれば、僕やぺガスやルパスは会議の椅子に座ることはなかっただろう。


「それではローマン、みんなに今後の予定を説明してくれ」


 立ち上がり掛けたローマンをユリスが制する。


「座ったままでいい」

「はっ。それでは失礼いたします」


 ローマンが座り直す。


「明朝、陛下とコルヴス国王陛下の会談が予定されておりますが、そちらの警護をスタム官長にお願いして、こちらからはジジ、ピップルの両名を室内警護に付かせることにいたしました。小官はアネルエ王妃陛下の要望でオーヒン市中にある知人宅を訪問するため、そちらの警護を優先する予定でございます。午後からの昼食会には合流いたしますので、それまではスタム官長にお任せいたします。なお、リプス、ミルゴの両名は引き続き王宮襲撃事件、並びに暗殺未遂事件の捜査を行う予定でございます故、スタム官長には、必要に応じて捜査協力していただくよう、重ねてお願い申し上げます」


 スタム官長が大きく頷く。


「ええ、お任せください。陛下のご無事をお約束いたします」


 老齢だが、ガッシリとした体格で、その怖い顔には威圧感があった。国境警備の隊長を二十年以上に渡って勤め上げたということもあり、現場経験が豊富なので、ユリスも安心して警護を任せられるわけだ。


 ユリスが注意喚起する。


「ローマン、私の警護は充分だが、王妃の警護はくれぐれも気をつけてくれたまえよ。官馬車が狙われたばかりだから、次はどのような手段を講じてくるかも分からないからね。人員配置を間違わないように頼む」


「承知いたしました」


 ベテラン兵の返事だ。

 そこでミクロスが発言する。


「陛下、捜査に関してですが、ダリス・ハドラやドラコが事件に関わっているならば、当然、我々がオーヒン国では捜査権を持っていないということも知っています。ですから、ここに潜伏している可能性が高いと考えられるんですが」


 ユリスが頷く。


「つまり捜査権限を求めているわけだね」


 ミクロスが説明する。


「はい。逃亡を手助けしている者がいるかもしれません。それがオーヒン国の者で、国内に建物を所有していれば、仮に見つけたとしても、踏み込むことができませんからね。その辺のところをクリアにしておきたいんです。できれば犯人の引き渡しだけではなく、匿った奴も捕まえてやりたいんですよ。蔵匿罪だか隠避罪だかがあるでしょう? オレは罪状に詳しくなくて急いで勉強している最中なんですが、見つけても手が出せないっていう状況だけは勘弁してもらいたいんです」


 ユリスが了承する。


「ゲティス国王に話を通しておこう。合同捜査本部を設置すれば、オーヒン国内でも捜査が可能になる。現行法だけでも逮捕はできるはずだ。そこら辺は国境警備隊を率いていたメンザが専門じゃないのか?」


 スタム官長が答える。


「ええ、誠に遺憾ではありますが、合同捜査というのは、それほど期待できるものではございません。特に捜査対象が要人に及ぶと、家宅捜索の許可を得るにも時間を要してしまいます。その間に容疑者に逃げられ、証拠品が隠滅されるということも過去にございました。ええ、特に、ここオーヒン国での捜査は難しく、毎日貨物船が十隻も運航を繰り返しております故、犯人を追い詰めても、令状を発行している間に海外に逃亡されてしまうのでございます。つまり合同捜査というのは、捜査情報を相手に渡すということでもあるのです」


 スタム官長が苦笑いを浮かべる。


「いやはや、追う追われるの関係になった今では皮肉な話ではございますが、オーヒン国で悪党を退治するには、ドラコ・キルギアスのやり方ほど効果的な方法はなかったわけですよ。ザザ家を葬ったように、無許可で奇襲を仕掛けるしか手が出せないというのが現状ですからな」


 ユリスが考慮する。


「そうか。しかし合同捜査本部は設置せねばなるまい。王族殺しとなれば話は変わってくるだろうし、新しい国王がどのように対応するのかも気になるところだ。なにより、まずは事件に関与した者を見つけるのが先決だからな。その後の対応は、その時々で判断していくしかないだろう。現場の指揮と判断はミクロスに任せるので、一日の終わりに報告を上げてくれ。問題が起こった時だけ、私が直接判断を下すとしよう」


 捜査に積極的なユリスが事件の黒幕だというのも矛盾した話である。やはり僕の考えはただの妄想のようだ。ただし、その一方で、まだ成果らしい成果が上がっていないというのも引っ掛かる点である。



 翌日、日の出の時間にぺガスと一緒に出勤したのだが、執務室には不穏な空気が流れていた。それはユリスが珍しく苛立ちを隠そうとしていなかったからだ。それにはスタム長官も恐縮するばかりだった。


「どうしたんですか?」


 図太い神経を持つぺガスがユリスに訊ねた。


「本日の会談は中止だ」


 ユリスが言い捨てた。


「どうされたんですか?」


 好奇心の強いぺガスが僕の代わりに訊ねた。


「どうもこうもない。ゲティス国王が来ないのだから、会談などできるわけがなかろう」


 ユリスは呆れている。


「しかし、それだけならまだいいんだ。問題は……、メンザ、代わりに説明してくれ」


 スタム官長が口を開く。


「ええ、今朝になって伝令が来たのだ。それによると、『伺うことはできぬが、会談を望まれるのであれば、そちらから参られよ』という内容であった。それを信書ではなく、伝令兵の口頭で伝えにきたのだから、これ以上の非礼はなかろう」


 この島にフェニックス家の人間を呼び出せる者など存在しない。それをゲティス・コルヴス国王は現実世界で行ってしまったということだ。また、形に残る信書を発行しなかったのも強かというか、卑怯で、失礼極まりない行いだ。


 これはユリスが苛立ちを見せるのも無理のない話である。というのも、このような非礼に対して憤りを見せない王は、資質そのものを問われることになるからだ。それはユリスに国の威信が懸かっているからである。


「これには、どういった意味があるのでございましょう?」


 ぺガスの疑問に、ユリスがハッとした表情を浮かべる。


「貴君は何らかの意図があると申すのか?」


 ぺガスが不安げに頷く。


「はい。私の言葉ではございませんが、『オーヒン人は根っからの商売人で、利にならぬことはしない』と聞いております。ですから、見返りもなしに陛下に対して非礼を浴びせるとは思えないのです。そこには必ずや何らかの利が存在しているのではないかと思いまして」


 ユリスが訊ねる。


「その利とは何か分かるか?」


 ぺガスが首を振る。


「申し訳ございません。それ以上は思いつきません」


 ユリスが長考する。

 そういう時は、思考の邪魔をしないのが僕たちの仕事だ。

 それからしばらくして口を開いた。


「『何かを為さねば、何も得られぬ』ということか」


 そう言って、ユリスが椅子から立ち上がった。


「よし、出発の準備をしてくれ」


 どうやらユリスは相手の誘いに乗ると決めたようだ。会談の申し入れを断られた上で、こちらから出向けば、それだけで対外的な印象が損なわれることとなり、その事実をもって外交で利用されるリスクが生じるからだ。


 それでもユリスが出発を決めたのは、リスクを負わなければリターンは得られないという考え方を持っているからである。つまり、ユリスもまた何かを得ようとしているわけだ。ユリス・デルフィアスとは、そういう男なのである。



「陛下、その格好でお出かけになられるおつもりですか?」


 領事館の正面玄関に現れたユリスは礼服ではなく平服に着替えていた。


「すまないが、官馬車ではなく、普通の馬車にしてくれ」


 その違いはフェニックス家の御旗の有無だ。


「急ぐ必要はないぞ。市中を見学してから、わざと遅れて訪問するのだ」


 政治の世界というのは、服装や、装飾品や、手土産など、それら一つ一つに意味があると聞いたことがある。礼服から平服に切り替えただけで、公式の意味をなさなくなってしまうそうだ。


 予定した日時を守るか守らないかというのも意味があり、遅れるようなならば、そこには何らかのメッセージが含まれているという話だ。今回の場合は、非公式であるという強い意志の表れである。



 領事館を出て、港を回り、そこで貿易船の運航状況を確認して、それから市場へ行って、市場に出回っている輸入品を手に取って調べ回り、その後に配給所に行って、役所の効率化を学ぶのだった。


 港町の発展というのは、作ろうと思ってできるものではなく、海流や湾岸などの地形に依存するとスタム官長がユリスに説明していた。つまり島の反対側にある首都カイドルをオーヒン国並みの貿易港にするには、望まれる輸出品や高い報酬を支払う必要があるわけだ。


 また、人口が増えれば島内の作物だけでは賄えなくなるので、オーヒン国のように国外の土地を支配して、開墾し、穀物船を運航させる必要があるとのこと。すべてにおいて『フェニックス家の王政は後れを取っている』とスタム官長は説明していた。


 しかし、国外の土地を支配するというのも簡単な話ではなく、原住民がいれば虐殺があったり、他の国が領有権を主張すれば武力衝突も起こるそうだ。『植民地化をうまくやるのも政治手腕にかかっている』とスタム官長は話をまとめた。


 今のところは島民の生活を賄えるだけの作物があり、開墾可能な土地も残されているため、僕たちが生きている間は植民地の問題とは無縁でいられるだろう。しかし、それもいつまで安泰かは予測できないところだ。


 スタム官長から世界情勢を聞いたユリスが何を思ったのかも、僕には分からなかった。しかし、発展し続けるオーヒン国を目の当たりにして危機感を覚えない男ではないというのが僕の印象である。



「これはこれは陛下、ようこそおいでくださいました」


 我々を大聖堂の貴賓室で出迎えたのはゲティス・コルヴス国王陛下ではなく、父親のゲミニ・コルヴス財務官だった。椅子に座ったのはユリスとスタム官長で、僕とぺガスは背後に立ち、護衛をする役目を命じられていた。


「此度のご即位、謹んでお慶び申し上げます」


 ユリスが微笑みを浮かべる。


「あまり喜んでいるようには見えませんけどね」


 ゲミニ財務官が苦笑する。


「どうやら行き違いが生じてしまったようでございますね。小官としては、まだ公式の会談はお受けできないとお伝えしたつもりでございますが、どこでどう間違ったのか、会談を拒否したことになっているではありませんか。それはまったくの誤解でございます。弊国といたしましては、三国いずれかの国と個別に話し合う準備が整っておらず、まずは四か国の代表が揃った段階で話し合いに応じるという結論を出したのでございます。その点、どうか、小官の立場も考慮していただきたいのでございます」


 かの国も必死というわけだ。


「カグマン国に納めている貢租だけでも負担が大きく、その上、カイドル国やハクタ国へ追加の貢租を求められては、国の財政が圧迫し、国民の生活を守ることができませぬからな。弊国の希望といたしましては、三国で統一された外交団をお作りになられて、その特使と交渉できれば、これを公式の会談として承認したいという考えがございます。そういう経緯があった故、斯様な非礼なる行き違いが生じたことを深くお詫び申し上げます」


 ユリスが返答する。


「それは私も配慮に欠けていたようですね」


 ゲミニ財務官が恐縮する。


「とんでもございません。弊国といたしましては、三国が争うことなく、平和にやっていただくのが一番なのでございます。もしも戦争にでもなれば、もっとも被害を受けるのは、間に挟まれた小さな村の者たちでございますからな」


 ゲミニ財務官が牽制を入れてきた。


「閣下はまだ誤解なさっているようだ。我々は何もいがみ合って国を分けたわけではありません。現状では分割統治が望ましいから、そうしたまでなのです。フィンスが成人を迎えれば、私の役目も終わることでしょう」


 ゲミニ財務官が訊ねる。


「オフィウ・フェニックス王妃陛下も同様の見解ですかな?」


 ユリスが驚く。


「なぜそこで王妃陛下の名が出てくるのですか? ハクタの王はマクスですよ?」

「それは失礼いたした」


 ゲミニ財務官が改める。


「しかしながら、分割するにしても、カグマン州とカイドル州で分けるのは、地理的にも理解できますが、ハクタ州を独立させるのは理解に苦しむところであります。これで問題がないと仰られても、すぐに納得するのは難しいですな」


 これにはユリスも返答に窮する。


「『幻は見た者にしか分からない』とだけ申し上げておきましょう」


 オルバ王の幻は、僕にとっては現実だ。

 ゲミニ財務官が神妙に頷く。


「いや、神のお導きであったことは伺っております。そうでもなければ、三つに分ける理由はございませんからな。わざわざ国力を三分の一ずつ、いや、比率は異なるでしょうが、国力を自ら下げるというのは全体の利が損なわれます」


 ユリスが訊ねる。


「何を仰りたいのですか?」


 ゲミニ財務官が笑って誤魔化す。


「いえいえ、小官が説明せずとも、聡明なる陛下ならばお分かりになられているはずではございませんか。カイドルという土地は広いばかりで、軍事力でいえばカグマンどころか、ハクタにも遠く及ばない。海岸線ルート上にある荘園を降伏させていけば、首都まで簡単に進軍を許してしまうような土地柄ですからな。難攻不落の王都や、鉄壁のハクタなくして、カイドル国を統治することなど不可能でございましょう」


 ユリスが不敵に微笑む。


「閣下は自信がおありのようだ」


 ゲミニ財務官が首を振る。


「いやいや、小官は平和を望んでおるのです。これが亀裂によってできた分割でないのなら、問題はありませんからな。決定したことならば、弊国といたしましては接ぎ木のような役割を見い出していく所存であります」


 この、ゲミニ財務官は、上辺はうまく取り繕っているが、相手を尊重しつつ、自分の主張を巧妙に訴えるのが上手な男だ。こちらの弱点を指摘しつつ、自分たちが決して非力ではないということをアピールしたわけだ。


 政治家としてのキャリアに差があるため、流石のユリスも終始押され気味だったのが、それが自分のことのように悔しく感じた。また、その政治家としての力量に差を感じていたのは、ユリス自身なのかもしれない。



 領事館に戻ってきたユリスは無言で、用意していた昼食会の料理を一人で静かに食べて、その後は執務室に閉じこもってしまった。政務が立て込んでいたこともあり、かなり疲れた顔をしているように見えた。


 ミクロスとルパスの捜査も進展がなかったようで、途中報告を終えると、再び捜査をしに出掛けていってしまった。オーヒン国は都市部だけでも五十万人以上が暮らしているので、楽な捜査ではないことは分かっていたことだ。


 一つだけ心配なのは、昼食会までに戻ると言っていたアネルエ王妃が戻らなかったことだ。しかし、これは昼食会そのものが中止となったため、予定そのものが変わったということなのだろう。


 それよりも領事館を慌ただしくさせたのは、突然、前触れもなく、ゲティス・コルヴス国王陛下が来訪したことだ。すぐに貴賓室へお連れして、驚くユリスと再会を果たすのだった。同席者はスタム官長で、護衛は僕とぺガスの二人だけだ。

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