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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
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第三十七話(81) ユリスの帰還

 翌朝、いつものようにユリスの護衛をするために執務室へ行くと、配置転換を命じられた。新しい転属場所はマクス王子の護衛である。それは王子自らの希望だった。


「おう! ジジ! 待ってたぜ!」


 王宮内にあるマクス王子の居室へ行くと陽気な顔で出迎えてくれた。


「俺がユリスに頼んでやったんだぞ」


 僕は頼んだ覚えはないが、感謝することにした。


「それは、ありがとうございます」

「いいから、気にすんなって」


 そう言って、すごく嬉しそうな顔をするのだった。


「ママが『しばらく忙しいから好きなだけ遊んでいいよ』だってさ」


 そこで王子の専属の護衛を交えて、三人で数字ゲームをして遊んだ。


「よし、明日も遊ぶから、起きたらすぐ来いよな」


 マクス王子はハクタ国の国王陛下になるというのに、自分の知らないところで協定や法律が決まっていても一切興味を示さなかった。王子が興味を持ってくれたら僕も会議に参加できたのだが、どうやら期待できないようである。


 お菓子を賭けながらマクス王子とカードゲームをしている間に、七政院の後任も続々と決まっているようだ。そういった情報は今やミクロスとぺガスからしか聞くことができなかった。


 彼らによると、オフィウ寄りの派閥を一掃できたという話だ。どうやらハクタ国の新王宮にも新七政院のポストを新設するつもりのようで、ユリスもその提案をすべて容認したそうだ。つまり互いの要求をすべて了承したということだ。


 暫定的とはいえ、平民出身のサッジ・タリアスが神祇官になることにも反対せず、エムル・テレスコがカグマン国の首都長官になることにも反対の姿勢を見せなかったそうだ。


 そういうこともあり、思ったよりも早くユリスのカイドル国への帰還が決まったのだった。



 それから夏の一番暑い日に新国王陛下の即位式が行われた。その場合、まずは王宮内にある聖堂で戴冠式を行うのが習わしのようだが、今回はユリスの指示により、戴冠の儀は見送られたようだ。それでも神誓式は予定通り行われた。


 列席者は五長官職以上の者だけが許され、その者たちの前で、サッジ・タリアス神祇官が神との交信役である神牧者を務め、フィンスが神に誓いを立てることで、カグマン国の新国王が正式に誕生したというわけである。


 その場に立ち会えたのはユリスの護衛を任されているからであって、これまでなら奴隷階級の兵士が式に立ち会うなどできなかったはずだ。それどころか国王のご尊顔を拝むことすらできなかったので、確実に時代が変わったと思った。


 フィンスは父王と違って人前に出ることを厭わなかった。王宮の外にある御前広場に兵士を集めて、そこで挨拶をすると言い出したのだ。タリアス神祇官やエムル首都長官は反対したが、ユリスが賛成して実現する運びとなった。


 僕はユリスの護衛で王宮の内壁の上から群衆を見下ろすことができたのだが、まさに壮観だった。外壁の外にも入りきれなかった兵士が押し寄せて、それが丘の下の市街地の中心まで人で溢れ返っているのだった。


 聞くところによると兵士だけで三万人以上という話だが、市民も含まれているので五万人以上は確実にいるだろう。それでもオーヒン国の国葬よりも迫力を感じないのは、ブルドン王があまりにも偉大だったからなのかもしれない。



「新国王、フィンス・フェニックス陛下の御成おなり


 テレスコ首都長官の掛け声で一時は静まり返ったのだが、足を引きずって歩くフィンス陛下が内壁の上に姿を現すと、次第に周囲がざわつき始めた。それが手前から遠くへ波のように伝播していくのだった。


 はっきりとした言葉で野次を飛ばす者はいないが、それでも表情から新国王の不自由な足に対して心配しているのは見て取ることができた。フィンスが生きていたことを喜んでいた者も、新国王に対する不安は隠せないようである。


「静粛に!」


 テレスコ首都長官が兵士たちを一喝した。その言葉を受けて、上級士官が所属部隊の気を引き締めていく。徐々に静けさを取り戻していくが、今度はゆっくりと演台に立つフィンスに視線が集中し、緊張が極限に達するのだった。


「第十六代国王に即位したフィンス・フェニックスだ」


 大きな声を張り上げる。


「ご覧の通り、私は足が不自由な男だ。生まれた時から走ることができず、そして、これからも走ることができないであろう。それが私の隠しようのない、ありのままの姿だ。きっと諸君らは不安に思っていることであろう。どうして我々は自分のことも守れない王のために戦わなければならないのかと。なぜ走れない王のために自分が身代わりにならなければいけないのかと」


 十三歳の子どもによる力一杯の演説だ。


「しかし、私は少しも不安を感じていない」


 フィンスの顔は自信に溢れていた。


「なぜなら、私に『逃げ足』は必要ないからである」


 その言葉を聞いた兵士の表情に変化が生じた。


「私も諸君らと共に一兵士として戦うことを約束しよう」


 そこで兵士の中から自然と拍手と歓声が沸き起こる。


「カグマン国に栄光あれ!」


 フィンス陛下が歓声に応える。


「国王陛下に神の御加護がありますように!」


 それがいつの間にか統一されたコールとなり、フィンス陛下が演台から降りるまで続いた。短い演説だったが、インパクトは充分で、新国王は即位したその日に兵士の心を掴むことに成功したようである。


 その後にエムル・テレスコ首都長官から三国分割についての簡単な説明があったが、市民の生活そのものに変化はなく、あっても人事異動があるくらいなので、それほど大きな反応として受け取られずに次の話題へと移った。


 これまでの王政と違って、フェニックス家がそれぞれ三つの国の最高権力者となるので、内情を知っていれば、それが歴史の大転換点であることが分かるのだが、王宮の外にいる者にとっては知りようのないことなのである。


 それからサッジ・タリアス神祇官からコルバ王の崩御が正式に発表された。新国王が即位された時点で亡くなられたことが分かるものだが、正式に発表されると、やはり痛ましく感じるようで、多くの者が悲嘆に暮れているのが分かった。


 加えて、五日後に国葬が行われ、その日から七日間の喪に服することも併せて伝えられた。国葬まで期日が設けられているのは、地方の村へ伝達するのに時間が掛かるからである。これから伝令兵が州内、もとい国内を走り回るわけだ。



 午後になってから王宮内に戻り、聖堂内で七政院の任命式が行われた。新たに選ばれた六人はユリスの幼年時代からの知人ばかりで構成されており、実務経験は乏しいが、能力は疑いようがないという話だった。


 パナス王太子とパヴァン王妃が亡くなられたので大っぴらに話すことはできないが、王宮が襲撃されて旧体制が一掃されたことで、ユリス・デルフィアスの価値が高まったのは間違いないだろう。ユリス中心の院政、及び王政になったといっても過言ではなかった。


 オフィウ派に傾いていた七政院が刷新され、若くて有望なユリス派がカグマン国の中枢を担い、ユリス本人はデルフィアス姓を残して王族に復帰することも決まったわけだ。まさにユリス・デルフィアス・フェニックス時代の到来という感じだ。



 即位式の翌日、ユリスはカイドル国へ帰還するために王宮を後にした。信頼できる人材が揃ったということもあるが、一番は盛夏を過ぎると急に天候が不安定になる恐れがあるので、冬になる前に旅を終わらせる必要があるからである。


 ユリスの帰還に合わせて、オフィウ王妃陛下とマクス王子もハクタへ帰国することとなった。そして、その日のうちにユリス立ち会いのもと、サッジ・タリアス神祇官によって、マクス・フェニックスがハクタ国の初代国王に即位された。



 翌日、オフィウ王妃陛下の計らいで、マクス国王陛下も新王宮で兵士たちを集めて演説を行うこととなった。カグマン国よりも首都圏集中型の都市なので、新王宮の展望台広場に集まった人数は、推定で十万人を超えているとの説明を受けた。


「ハクタ国、初代国王マクス・フェニックス陛下に敬礼!」


 群衆に呼び掛けたのはハクタ軍の陣営隊長に引き抜かれたモノス・セロスだ。


「俺が国王のマクス・フェニックスだ」


 声が小さくて百人どころか、最前列にも届いていない感じである。


「いいか? よく聞けよ」


 マクス陛下が目の前にいる、たった一人の兵士に話し掛ける。


「俺の言葉をそっくりそのまま後ろにいる奴に伝えてくれ」


 話し掛けられた兵士が頷く。


「国王が死んだから三日後には喪に服さないといけないんだ。でもそれまでには二日もあるだろう? だからそれまで酒を飲んで楽しもうぜ。酒は国王になった俺が全部奢る。分かったら、今の言葉を後ろの奴に伝えてくれ。後ろの奴もその後ろの奴に伝えるんだぞ」


 こうして十万人の伝言ゲームが始まった。前列からマクス国王を褒め称える歓声が上がり、それから徐々に新国王に対する声援が拡大して、街道に集まった市民からも陽気な歌声があちこちから聴こえてくるのだった。


 真面目なカグマン兵と違って、ハクタ兵は半漁半兵が多いので、労働者という意識が強い傾向にある。その性質に合っているのがマクス陛下なのかもしれない。財政面は心配だが、彼は彼で人々から愛される国王になれるような気がした。



「おい、ジジ、ちょっといいか?」


 即位式が終わった直後、展望台広場を見下ろす新王宮のバルコニーで、マクス陛下に呼び止められた。国王になってから護衛の数が四人に増えたが、その者たちを近づけさせずに僕と二人きりになるのだった。


「なんでございましょう?」

「なあ、ジジよ。このままカイドルに行っちまうのか?」

「はい。その予定でございます」


 マクス陛下が腹を立てる。


「ユリスにジジを置いて行ってくれって頼んだら『今度はダメだ』って言われちまったよ。国王になったのに、これじゃあ前と変わんねぇじゃねぇかよ。なあ、ジジからもユリスに頼んでくんねぇか? ジジの願いなら聞いてくれるんじゃないのか?」


 正直、僕も彼に対して既に情が移っていた。


「陛下、私はカイドル王にこの命を預けている身であります。ユリス陛下の命をお守りするのが私の仕事ですので、私の口からはそのようなことを申し上げることはできません。忠誠を誓うというのは、主君の言葉にのみ従うということなのでございます」


 マクス陛下がつまらなそうな顔をする。


「せっかく友達になれたのによ」


 僕はこの人の真っ直ぐな思いが好きだった。それは絶対に他人のことを悪く思わない気質であり、純粋な気持ちで人間を好きになれる希望でもあった。国王としては今後どのように評価されるか分からないが、人として、いや、友として最高だと言い切ることができる。


「俺たち、もう一緒に遊ぶことはできないのか?」


 その言葉を口にしたマクス陛下の顔がとてもつらそうに見えるから、僕まで苦しくなってしまうのだ。知り合って間もないというのに、同じ感情を抱けるというのは波長が合う証拠である。


「一生会えぬということではございません」


 たったそれだけの言葉だけでも、マクス陛下は嬉しそうな顔をした。


「また、一緒に遊ぶって約束できるか?」


 命令できる立場なのに、わざわざ尋ねるのだった。


「はい。マクス国王陛下に誓って、お約束いたします」


 マクス陛下が首を振る。


「そんなどうなるか分からないものに誓うなよ」


 彼には誰よりも頭がいいと思える瞬間があった。


「ごめんなさい。二人の友情に誓います」


 そう言うと、屈託のない顔で微笑むのだった。


「俺、いいこと思いついたんだよ。大陸には知らないことがたくさんあるっていうだろう? だから俺たちが知らないゲームがまだまだあると思うんだ。そういうのをさ、世界中から集めるんだ。そしたらよ、死ぬまで飽きずに遊ぶことができるんだぜ? 今度会う時までに面白いゲームを集めておくから、また一緒に勝負しようぜ。練習して上手くなっていると思うけど、ちゃんとハンデをつけてやるから心配しなくていいからな」



 それからユリスとオフィウ王妃陛下が国を代表して、二国間の軍事協定の調印式が執り行われた。それが終わるとオルバ教会へ行って墓参して、昼食を済ませると、すぐに荷をまとめて新生カイドル王国へと出発するのだった。


 ユリスが急ぐには理由があった。それはオフィウ王妃陛下が、三日後に行われる国葬の日までしか護衛する兵士の同行を認めなかったからである。十日間ほど先延ばしにする選択もあったが、現在が順天であることと、これからの夜冷えを考慮して決断したわけだ。



 その日のうちに合同演習地だったガサ村へ到着した。カグマン国の新兵はこれまでこの地で訓練を積んでいたのだが、これからはハクタ国の軍事拠点となるため、通行許可がない場合は海沿いの一般道を通らなければいけなくなるという話だ。



 翌日はマクチ村で一泊することとなった。そこはフェニックス家親類縁者の荘園だったが、襲撃されて無人となり、現在はハクタ国の土地へと変わっていた。どうやら峠を境界線として領有権が決まったようである。



 次の日の日没前に峠の手前にあるオザン村へと到着した。この日で千人以上いるハクタ国の護衛隊は解散となった。せめて危険な行程である峠を越えるまで同行してほしいところだが、それは叶わぬ願いだった。


 峠越えからカイドル国の首都まで二十日以上は掛かる計算だが、そこまで百人の護衛でユリスを守らなければならないのである。選りすぐりの精鋭部隊ではあるが、行きと帰りでは状況に変化があったので心細く感じているところだ。


 最初の難関は目の前にある峠である。急こう配の坂道をジグザグに登ったり下ったりするのだが、徒歩ならば疲労を気にするだけでいいけど、馬車が一緒だと扱いを慎重にせねばならないので神経を集中させる必要があった。


 特に登坂よりも降坂に注意しなければならない。重量のある馬車だと加速がついてしまうからである。基本的なことではあるが、旅慣れた行商人でも事故を起こすのが峠の降坂だと言われている。そして、その不安は的中するのだった。

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