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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第八話 待機命令

 基地へ戻ると御前ごぜん広場に新兵が集められていた。御前広場というのは王宮の正面に位置する、日頃から整列の練習をさせられている場所の正式名称のことだ。


「もたもたするな! さっさと並ばんかっ」


 門を潜ると、王宮を守る衛兵に声を掛けられて、列に並ぶように促された。見たところ、どうやら出欠確認しているようだ。非番だった者は、ちょうど日没前の今頃に帰って来る者が多いので、だから行列になっているのだろう。


 外仕事を終えて帰って来る一団も、俺たちの後に列に並んでゆく。外出しなかった者はずっと待機させられていたのだろう。見渡すと、壁を背もたれにして隙間なく座っている者たちの顔が、くたびれて酷い表情になっているからだ。


 名簿確認を終えると指示があるまで待機するようにと命じられた。早速俺たち三人は手分けして情報収集することにした。しかし、五百名の新兵で会話をしたことがあるのは同じ兵舎の新兵だけだ。


 初日に五長官職の武官であるカレオ・ラペルタ陣営隊長の息子のカニスと揉めてしまったので、それが尾を引いて、兵舎の外では孤立している状態に陥っているからだ。


 初日の時点では衛兵の責任者くらいだと思っていたが、カニスの親父は思った以上に地位のある人物だったようだ。俺も憶えたばかりで合っているか自信はないが、簡単に説明しておくと以下の通りだ。


 七政院には神祇官しんぎかん、軍務官、財務官、法務官、内務官、外務官、会計検査官のポストがあり、その下に首都長官、地方長官、騎馬隊長、陣営隊長、警備局・局長の五長官がある。似たようなポストがあるように見えるが、これはあえて権力を分散させているらしい。


 国王を含めて十三のポストと呼ぶのはご法度である。王権派にとっては七政院も五長官も王家に仕える公僕にすぎないので一緒にしてはいけないからだ。


 ニュースの泉では自由に弁論しているように見えるが、注意深く聞いていると、王家を打倒してやる、といった批判は一切ないのが分かる。それが越えてはならない一線でもあるわけだ。


 特に現在は後継者選びでピリピリしているので、不用意な言動は憚られる。現国王がご高齢で、いつ崩御ほうぎょしてもおかしくないといわれており、新国王が誕生するタイミングで遷都する計画もあり、宮中がゴタゴタしているからだ。


 国の政治や法律を変えたいという気持ちがあっても、結局それができるのは十二の要職に就いている貴族出身者だけに限られる。それもそのはず、既得権益を有している者が平民にその間口を広げてライバルを増やすことではないからだ。


 そこで問題になるのが、アウス・レオスの矛盾である。諸外国の悪政を打倒するにはアウス・レオスの矛が必要だった。しかしアウス・レオスが悪政を行った場合、どうやってアウス・レオスの盾を破ればいいのか? 


 独裁政治が必ずしも悪いわけでないというのは、それ以上に田畑を荒らしたり、交易品を積んだ船を襲ったり、婦女を暴行する者が後を絶たないので、それを取り締まるためにも強力な組織力が必要だからだ。


 平民だって税金が犯罪対策に使われることは百も承知だ。大昔の人間は原始的だと勘違いするバカがいて、平民を搾取されるだけの無能と決め込む人もいるが、命の危険を感じていれば、共同体における国防費の重要性くらい説明しなくても理解できないといけない。


 その命の危険を感じていない人たちというのが、戦後生まれの七政院や五長官の息子たちだ。贅沢をするためだけに税率を上げ、気に入らない人から土地を奪い、媚びへつらう人に奪った土地を与えるバカ者たちである。


「お前の家、馬を飼っているんだってな」


 バカ息子こと、カニス・ラペルタに声を掛けられた。


「いいこと教えてやろうか? 昨日、ハクタ州で行われた新兵の馬術練習でな、お前のところの馬が大暴れしたらしいぞ。落馬して死んだ奴もいるそうだ。調教不足による責任は免れないだろうな。ハハッ、罰が当たったな」


 兄夫婦がどんな罪を犯したというのだろう? 俺は天災や動物被害で「罰が当たった」と他人をののしる奴が一番許せない。それでも陣営隊長の息子さんなので、情けないが、この場では何も言い返すことができなかった。


「だから言っただろう? 部族との混血なんて疫病神みたいなもんなんだって」


 これが祭事のお芝居なら英雄に扮した役者が敵役の役者に殴りかかるところだが、残念ながら今の俺にその勇気はなかった。それどころか、愛想笑いを浮かべて、早くどこかに行ってくれないか、と願うことしかできない始末だ。


「ドラコの弟と、ボボだっけ? あいつらといるとろくなことにならないんだ。手を切りたかったら俺に言えよ。馬の件だって俺から親父に話をつければ、下手くそな新兵が勝手に落ちて死んだことになるからな」


 そう言うと、カニスはニヤッと笑った。


「う、うん。考えとく」


 俺の返事に満足したのか、カニスは別の新兵に話し掛けに向かった。ケンタスがいないと、こんなもんである。一人になったら何もできないというのが俺の正体だ。それどころか、偏見を持つ方に完全に飲み見込まれてしまうのである。


 今のやり取りだけで、俺がケンタスから離れようとしない理由が分かったはずだ。格好いい言葉はいくらでも湧いて出てくるのに、行動では反対のことをしてしまうのだ。はっきり言うと、俺は、俺を信用していない、というわけだ。


 それにしても、昨日は一体なにが起こったというのだろう? 精鋭部隊の失踪だけではなく、新兵の死亡事故まで起こったという。まだ正式にアナウンスされていないが、それらが本当なら異常事態だ。


「整列!」


 ケンタスやボボと話をする前に、号令と共に角笛つのぶえが鳴り響いた。


「静粛に」


 王宮の内壁の上にカレオ・ラペルタ陣営隊長が姿を現した。


「昨日未明、ハクタ州の各地で武装蜂起があったとの報告を受けた。具体的な被害状況を確認するため、朝一番で騎馬隊を派兵したところだ。明朝には更なる詳細を報告できるだろう。また、軍事演習において不幸な事故が相次いでいるため、当面の間、実技の練習は王宮内で行うものとする。それに伴い、野外労働や休日の外出をしばらく禁止する。特別な理由でもない限り外泊も許可しないので、そのつもりでいるように。各地で反乱が起こったからといって、諸君らが直ちに出兵することはない。慌てず、騒がず、命令があるまで兵舎で待機しているように。ただし点呼の回数を増やすので、常に三人一組で行動するよう心掛けること。以上!」


 仕事がないのはありがたいが、町に下りて情報収集できないというのは残念だ。大本営の発表だけで世情を知るなど、聞かない方がまだ迷わずに済むくらいだ。俺は自分のことを信用していないので、国の奴らの言うことも信用できないのである。


「ぺガス、いいか?」


 パンに蜜を掛けただけの夕飯を食べた後、ケンタスがひと気のない場所まで俺とボボを引っ張っていった。といっても王宮の内壁と外壁の間には自由になれるスペースはなく、御前広場の左右に二十棟の兵舎と調理場と厠があるだけだ。


「ここだ」


 連れて来られたのは敷地の東端にある立ち入り禁止区域だった。そこは老朽化した見張り塔があって、落石注意の立札が立てられているような場所であった。王宮の拡張工事は終わっているが、見張り塔だけはポツンと取り残されていた。


 もう既に日が沈んでいるということもあり、辺りは真っ暗だった。兵舎の者には外で寝ると言い残してきたので心配無用だ。初夏なので外で寝ても不審がられることもないはずだ。実際、外で横になっている新兵の姿も少なくなかった。


 ケンタスは立ち入り禁止を気にせず、見張り塔の中に入って行った。俺とボボは黙ってついて行くだけだ。中は螺旋らせん階段になっているが、暗くて全く見えなかった。右も左も分からず、縦と横の感覚すら危うくなる。これが死後の地獄だとしたら、本当に地獄だ。


 頂上に登った時、天国かと思った。月明かりではあるが、東西南北を見渡せる大パノラマは、間違いなく今まで生きてきた中で一番の景色となった。内壁の内側にある王宮ですら眼下に見下ろせるほどの高さだ。史上最高に決まっている。


「すごいな」

「すごいな」

「すごいな」


 バカっぽいが、三人とも同じ感想だった。

 ケンタスが感心する。


「なるほど。カレンが縄梯子を垂らして下りて抜け出していた場所は、内壁の見張り台なんだな。ぺガスの牧場からだと同じ壁に見えるけど、あの隅だけが王宮内部と繋がっていたんだ。今は外敵に備える必要がないから夜中は誰もいないんだよ。それでカレンも自由に行き来できたんだ。穴といえば穴だけど、やっぱり縄梯子がなければ中に入ることはできないだろうな」


 ケンタスが感心する一方で、俺は景色に見惚みとれていた。この見張り塔に立てば、カグマン島の地理を説明しやすくなる。地図など滅多に見ることができないが、自分の目で見た景色の方が正確だ。


 明るければ、この島が南北に渡って縦に長くなっているということが分かるはずだ。今は月明かりの元なので南にある山は夜空と同化しているが、昼間ならタウル山もはっきり見えるだろう。三十年前、あの山の向こうに隕石が落ちたのだ。


 南側から西側に掛けて海が広がっていた。島の西端の湾内に遷都予定のハクタ市があるのだろう。夜空の元では平和そのもののように感じられるが、昨日からそこで異変が起こっているという話だ。


 ケンタスが本題に入る。


「まずオレが聞いた話を報告する。どうやら各地で問題が起こっているというのは間違いないようだ。しかし具体的にどういった反乱が起こっているのかは不明だ。隣町のシャクラで仕事があった連中も、今日は到着しても、すぐに引き返すように命じられたそうだ。町の様子もおかしかったようだぞ。だとしたらハクタ州だけではなく、王都周辺でも異変が起こっているということになる。ただ、シャクラといえば武器工場で栄えている町だから、警護兵も多く常駐しているだろう? そこでもし襲撃があったら、こんな悠長には構えてられないと思うんだ」


 そこでケンタスが想像を交えて語る。


「武装蜂起した組織があるという話だが、事はそう単純ではなさそうだ。反対勢力が滅亡したカイドル国の残党勢力ならば分かりやすいんだがな。戦後三十年経って、ちょうど戦後世代が成人となり、力を溜め込むだけの時間が経過しているから、武装隆起するには今が頃合いなんだ。機は熟したというやつだな。しかし、断言できるだけの証拠がないのさ」


 誰が何を企んでいるのか見当すらつかなかった。


「内乱ならば一気に複雑になるぞ。オレたちの知識では認識が追いつかないんだ。こういうのは決まって収束してから全てを知らされるものだからな。現時点で現王政に対する反対勢力と対峙したって、それが味方か敵か、それすら判断できないんだよ。カイドル国が健在だった時代とは、明らかに戦争への意識が変わっていると思うんだ。今は絶対悪が存在しないから、領主同士の争いですら裏に陰謀が隠されていると勘繰ってしまうんだよな。とにかく情報が足りないよ」


 言いたいことは分かった。敵が北方民族だけなら、戦争になっても敵味方の区別を誤ることはないが、でも今は同じ民族で不満を抱えた者が抵抗勢力となってしまうので、これで鎮圧しろと命じられても、はっきりと敵として認識するのは困難というわけだ。


「ボボは何か聞いたか?」


 尋ねたのはケンタスだ。


「どうやらオイラの村でも何かが起こったみたいだ。村の事情を知った同郷の新兵が二人の仲間に別れを告げて帰っちまったそうだ。だが、オイラはそいつの取った行動を悪いとは思わない。今は無事であることを祈るだけだ」


 そう言うと、ボボはタウル山に祈りを捧げるのだった。ボボは山のふもとにあるヤソ村の出身だ。昔から山暮らしの部族が多く住んでいたが、それが戦後になってカイドル国にいた北方民族との混血も移り住むようになって、現在のヤソ村になったとのこと。


 最近では果樹園が村の基幹産業にまで発展したという話だが、他の地域に比べて年貢の取り立てが厳しいと聞いている。それで不満を溜めた移住者が各地で一斉蜂起したとも考えられる。


 昔から田畑に向かない不毛な土地として見向きもしなかったくせに、輸入した果物がたまたま栽培に適した土地だと分かった途端、急に価値が見直されるのだ。それで急に厳しい貢租こうそを科せられてしまう。なので争いを仕掛けているのは、常に国の方なのである。


 ボボは故郷の異変を知っていながら、問われるまで動揺を一切見せなかったが、本当は自分も故郷へ帰りたいはずだ。家族の安否を確かめずにはいられないはずなのに、そういった行動を取らなかった。


 これはボボが冷たいからではなく、俺とケンタスに迷惑を掛けないようにするためだろう。こういった行動の一つ一つに、男っていうのは胸が熱くなるものだ。不測の事態ではあるが、ボボには借りができたように感じた。


「ペガは何か分かったか?」


 尋ねられたので、訓練で馬が暴れた話をした。

 ケンタスが感想を言う。


「動物に反乱を起こされては手の打ちようがないな」


 最近の動物は鈍くなったというが、それは間違っている。昔の動物は神の使者として認識されており、天変地異を教えてくれる守り神でもあったが、それが今や人間の思い上がりによって、口を閉ざしてしまうようになったのだ。動物が鈍くなったのではなく、人間が動物に愛想を尽かされたと考えた方がいいだろう。


 ケンタスが語る。


「残党兵の武装蜂起か、王宮内での内乱か、それとも農民一揆か、はたまた天変地異か、って、オレたちは当然のように答えを一つにしたがるけど、実際はニュースの泉のように、世の中ってのは異なった問題が同時多発的に起こるものだ。子どもが生まれた日に長男長女が死ぬこともあれば、結婚式と葬式が重なる時もある。戦時中だって海水浴をしていた人がいるっていう話じゃないか。同じ時代、同じ島に住んでいるからって、みんなが同じ方向を向いているとは限らないということだ」


 物事には偶然もあると理解しなければならないということだ。


「王宮入りした直後だから、あたかも急に世の中に異変が起こったかのように見えるけど、実際は今まで知らなかっただけで、オレたちの国には様々な問題が毎日繰り返し起こっていたんじゃないのか? ただ『知っている』か『知らないか』の違いでしかなかったんだ。だからといって複数の事象が、結局は一つに繋がっていたと帰結させるのは好きじゃない。それは傲慢な人間の神視点にすぎないからな。オレたちはどんなに無駄であろうが、目の前の問題にだけ集中しなければならないんだ。振り返った時に、なんてバカなことをしたんだ、って思うことがあるかもしれないが、それでもオレたちがやるべきことは目の前の問題に取り組むだけなんだ。というよりも、そうすることしかできないじゃないか」


 ケンタスが三人称の神視点にならないように気をつけているのは、気を抜くとすぐに傲慢になってしまうからだろう。生まれた時から体格に恵まれ、その上これまで大病を患ったことがないので、自信を持ちすぎてしまうのだ。


 反対に俺は卑屈になりすぎないように気をつけている。どうしても他人に劣っていると考えてしまうからだ。そうすると恵まれていることすら気づかずに、俺はケンタスと別方向から傲慢というか、無神経になってしまうからである。


 ケンタスが続ける。


「ただ、ボボにはすまないと思っている。オレだって今すぐにでも様子を探りに行きたいと思っているんだ。入隊前なら確実に家を出ていただろうからな。もちろんぺガスも一緒だろう? でも、今はそれができないし、やってはいけないんだ。待機命令が出ている以上は、それに従うしかないからな。どんなに故郷が心配でも、今のオレたちがやるべきことは命令に従うことだ。もしもボボの村で手遅れになるようなことが起こっていたら、オレの判断を恨んでくれ」


 ボボが首を振る。


「ケンタス・キルギアス。オイラはお前を恨むような真似はしない。入隊した以上、単独行動は仲間を死に追いやる行為にもなり得るんだ。確かな情報かどうかも分からないんだから、ここは動かないのが正解だ。ケンに冷静な判断を下せないと思っていたら、オイラだって故郷の異変は黙っていたさ。試すつもりはなかったが、結果的にオイラのケンやペガに対する判断は間違っていなかった」


 これは頭の中だけで考えられるほど簡単な問題ではなかった。新兵には戦わせないと言っていたが、王宮から一歩外に出れば反対勢力から狙われる存在になるわけで、こちらに戦意がなくても捕虜にされてしまうことがあるからだ。


 新兵であっても、俺たちは王国の兵士なのだ。戦場では単独行動が命を助ける場面もあるかもしれない。しかし仲間に命を預け、または仲間の命を預かるということは、三人が納得できる判断を下す、ということが何よりも優先すべきことなのである。


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