表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
78/244

第三十四話(78) 監視任務

 六人の会議が終わった後、ミクロスはテレスコ長官に呼び止められて、ユリスを含む三人で特別室に残った。僕の勝手な予想だが、おそらくはクミン・フェニックス王女についての話をするのではないかと思われた。


「お尋ねします」


 その夜、王宮内にある僕たちの泊まり部屋へフィンス王太子が訪ねてきた。


「ペガス・ピップルの部屋はこちらで合っていますか?」

「はい。間違いございません」


 僕の言葉に続いて、ぺガスが戸口に顔を出す。


「私なら、ここにいます」


 フィンスがニッコリとする。


「入っても構いませんか?」


 ぺガスが何度も頷く。


「もちろんですとも」


 そこで僕は気を利かせることにした。


「お邪魔でしたら席を外しましょうか?」


 フィンスが首を振る。


「あなたがジジですね。お二人ともユリスがとても信頼していると聞いております」


 そういうことで、僕も同席の許可をいただけた。


「王太子様、お久し振りでございます」

「オーヒンで裁かれたと聞いた時は心配しましたが、こうして再会できて安心しました」


 そこでぺガスが椅子を勧める。


「どうぞ、よろしかったらお掛けになってください」

「それでは失礼します」


 二つの寝台の他に椅子が二つしかない部屋なので、僕は戸口に立って見守った。


「ぺガスも座ってはいかがですか?」

「はい。それでは遠慮なく失礼させていただきます」


 テーブルの上のローソクの明かりが二人の少年の顔を照らしていた。


「ケンタスとボボは心配ですね。ハハ島は死病が蔓延していると聞いています」

「二人とも『見聞を広めたい』と言っていたので心配はいりません」

「そうですか、それはとても心強いですね」


 十三歳と十五歳だが、とても子ども同士の会話とは思えなかった。


「実は、こうして伺ったのは大事なお願いがあるからなのです。とても驚かれることかと思いますが、手違いがあってもいけないので、勝手なことだとは思っていますが、打ち明けさせてください」


 そこでぺガスが恐る恐る訊ねてみる。


「ひょっとして、クミン王女のことではございませんか?」


 フィンスが驚く。


「では、姉上が偽っていたことを知っていたのですか?」

「はい。ケンタスもボボも知っています」

「しかし、姉上は『気づかれていない』と言っていました」

「それはケンタスが気づいていない芝居をするように私たちに強要したからです」

「それはまたどうしてですか?」

「恐れながら、それはケンタスが王女様に思いを寄せているからでございます」


 そこでフィンス王子が天を仰ぐ。


「つまり二人は思いを寄せ合っているというわけですね。それで二人とも嘘を」

「はい。二人の間にはどうにもならない身分差というのがございます」


 フィンスが考える。


「私はたった一人の姉上に幸せになってもらいたいと思っています。ですから、こうしてお願いしに来ました。それはこれまでと同じように接してほしいというお願いです。しかし、どうやらこの事態は、私にもどうすることもできないことのようですね」


 ぺガスが頷く。


「王太子様が悩まれることはございません。お許しがいただけたのであれば、私たちはこれからもクミン王女を幼なじみの『カレン』として接していくつもりでございます。しかし恋心の方は諦めてもらう他ありません。なにしろケンタス・キルギアスは罪人となってしまいましたので。それでは出世もできませんし、私のように王宮に出入りすることも叶いません。でも、それでいいのでございます。あの男と一緒にいると周りが苦労しますので『友達くらいが丁度いい』かと思われます」


 フィンスが微笑む。


「これからも姉上のことをよろしくお願いします」

「お任せください」


 そこでフィンスの表情が曇る。


「従兄のことですが、ヴォルベの行方を知りませんか?」

「以前お会いしたテレスコ長官のご子息でございますね?」


 フィンスが頷く。


「王都に行くと言ってから戻らないのです」

「それはいつのことでございますか?」

「三日前です」

「襲撃の前日でございますね」

「王都は火事で大変だったと聞いております」

「テレスコ長官とは話をされましたか?」

「いいえ。捜索を続けているとだけしか聞かされておりません」


 そこでフィンスが思い出す。


「しかし、王都へ行く前の日に『気になる人を見た』と言っていたのは憶えています。でもそれが誰のことを指しているのかは教えてくれませんでした。既知の人物には限りがありますし、意外ではあるけれど、身近な人物のような気もするのです」


 それだけの情報では力になれそうになかった。


「心当たりがないのならば、他の方に当たってみるしかなさそうですね」

「お力になれなくて申し訳ございません」


 ぺガスが謝罪した。


「それでは、もし見掛けたら、私が怒っていることを伝えてくれませんか? いいえ、違いますね。私は心配で、不安で、寂しくて、ずっとヴォルベのことを考えていると伝えてください」


 それだけを言い残して、フィンス王太子は居室へと戻られていった。おそらく彼にとって従兄弟同士の間柄ではあるが、唯一無二の友達なのだろう。その焦燥感や喪失感は痛いほどよく分かった。それは僕にとってドラコに当たるからだ。



 翌日、ペガスと一緒にユリスの警護で執務室に同行したところ、旅装したオフィウ王妃陛下とマクス王子が部屋を訪ねてきた。日が昇ったばかりの時間だったので、マクス王子がとても眠たそうな顔をしている。


「どちらに行かれるつもりでございますか?」


 ユリスにとっても予想外の行動のようだ。


「先王と話をしたいと思ってね」

「先王というのは?」

「兄王のオルバに決まってるじゃないか」


 そこでユリスが得心する。


「オルバ教会へ行かれるのですね」


 ハクタの新王宮の中に墓所もあり、既に王家の墓から分骨されたという話だ。


「お前さんは信心が足りないからワシの言葉が理解できなかったのさ。そういうのは言葉の端や言動に表れるものなんだよ。そんな心構えで王政をやろうってんだから話にならないのも当然さ」


 反論しないのは、ユリス自身も思うところがあるからなのかもしれない。


「いつ戻られますか?」


 オフィウが小ばかにしたように微笑む。


「お前さんは本当に分かっていないんだね。ワシは陛下と話をしてくると言ったんだよ? だから言葉を交わすまでは戻らないに決まっているじゃないか。陛下にご相談して、これからどうすればいいのか決めてもらうんだ」


 ユリスが嘆く。


「そんなことをしてどうするというのです? フィンスの即位にはあなたの承認が必要です。それを知っていて、ただ妨害しているだけじゃありませんか。決定を先延ばしにしてもいいことは一つもありませんよ?」


 オフィウが凄む。


「ワシは兄王であるオルバの意思を授かりに行くと言っているんだよ? 言葉の意味を考えてから口にするんだ。先代の王に対する畏敬の念が感じられないね。それでどうして国政が務まるというんだい」


 ここまでくると、ユリスも話にならないといった感じだ。


「分かりました。引き留めることはできないようですね。ですが、一つだけ条件があります。それはあなたたち親子に監視をつけさせていただきたいのです。姿を消したダリス・ハドラ神祇官と接触しないとも限りませんからね」


 オフィウが豪快に笑う。


「ユリスや、お前さんは本当に愉快な男だ。よし、いいだろう。お前さんの信頼する部下のいる前で神託を授かることができれば、それが何よりの証拠となるからね。部下の報告を聞けば少しは理解できるだろうさ」


 ということで、副警護隊長のローマンと僕とぺガスの三人でハクタ州にある新王宮へ行くこととなった。他にも夜間の見張りでローマンの三人の部下が一緒である。ユリスからは一時も目を離さないようにとの命令を受けた。



 ローマンがオフィウ親子と一緒の馬車に乗り込み、他の者は馬に乗って随行した。日没前に新王宮についたのだが、オフィウとマクスはその足ですぐに王宮内にあるオルバ教会へ行って祈りを捧げるのだった。


 親子を護衛している兵士や僕たちにも祈るように指導するので、全員で祈りを捧げることとなった。それから食事中の見張りや寝室を見張ったのだが、この日は特におかしな様子を見せることなく任務が終了した。



 翌日もオフィウに怪しい動きは見られなかった。朝にオルバ王の墓参りをして、一日の半分を教会で祈りを捧げるのだった。マクスの方も疲れが溜まっていたのか、食べては寝てを繰り返すだけである。


 現地に入ってからテレスコ州都長官の協力で、直属の部下を十人も官邸から呼び寄せているので、部外者との接触があれば現場を押さえられるようになっている。要職に就く高官の顔を知る精鋭ばかりなので信頼できる人たちばかりだ。



「ジジといったね。今日はお前さんがババの話し相手になっておくれ」


 三日目の夕食後、オフィウ王妃陛下から直接声を掛けられて寝室に呼ばれた。前日にはローマンが呼ばれて二人きりで話をしたのを知っているので特に驚くことはなかったが、それでも自分でも緊張しているのが分かった。


「さぁ、座ってお茶を飲むといいよ」


 勧められたら断ることができないので草茶をいただくことにした。


「どうだい? 美味しいだろう? それは安眠に効く花茶なんだよ」


 草茶ではなく、花茶というのもあるようだ。


「陛下から教えてもらった内緒のお茶なんだ。特別だから人に教えちゃいけないよ」


 そう言うと、少女のような顔をして微笑みを浮かべるのだった。


「ありがとうございます」


 広い寝室には天蓋のついた寝台があり、椅子も革を張った上等な代物だ。芯が太い蝋燭が贅沢に使われており、いつまでも夕陽の中にいるような感覚を覚えた。オフィウ王妃陛下は昼間よりも美しく見え、不敬だが女性を感じてしまった。


「顔を触ってもいいかい?」

「はい。ご随意にどうぞ」


 返事をすると、隣に座っていた王妃陛下が手を伸ばしてきた。目は不自由だけど、声で僕のいる位置が分かるようだ。何もせずともピンポイントで顔に触れるのだった。僕の方は触られたまま何もするわけにもいかなかった。


「まだ若いんだね」


 感想を述べても手を離そうとしなかった。


「それになかなかの男前だ。これは女を泣かせたことがあるんじゃないのかい?」


 死なせてしまったことを思い出したが、口にするのはやめておいた。


「どうやら図星のようだね」


 言わなくても心の機微を悟られてしまったようだ。


「でも酷い男じゃなさそうだ。そういうのは表情筋で分かるからね」


 そこでようやく手を離すのだった。


「ジジは神を信じているかい?」

「はい」


 こういう場合は即答しなければならない。一瞬の迷いも悟られるからである。こういうのはすべてドラコやミクロスに教わったことだ。高官から訊ねられたら信仰心が篤いことをアピールしておかなければならないのである。


「それは結構だ」


 オフィウが安堵する。


「信仰心を持たない者は一切信用ならないからね。どうしてか分かるかい? それはね、物事を自分中心に考えてしまうからなんだよ。そういう者は自分よりも大きなものの存在が感じられない人間なんだ。そいつらときたら、不遜で、傲慢で、見苦しいったらありゃしないよ。まるで人間の姿を借りた化け物じゃないか。あんな化け物に生まれてこなくて本当に良かったよ。そんな奴らに救済なんてあるわけがないんだからね」


 花茶で口を湿らせる。


「神を信じないというのは恐ろしいことなんだ。どうしてか分かるかい? それはね、自分が神になろうとするからなんだよ。それ以上の罪はないだろう? 考え得る罪の中で、最も悪い罪なんだ。そういう意味でね、信仰心を持たないということは、心に悪い芽があるということなんだよ。本人に自覚がなくても、信仰心を持つことができない時点で、自分のことしか考えられない人間だってことなのさ」


 花茶を飲む。


「しかし、こういうのは教育に関わる問題だからね、恵まれない子どもでも、教会が助けてあげることができれば手遅れにならずに済むんだ。でもね、教会が見つけてあげることができなければ、救ってあげるのは難しいだろうね。だからこそ、今までのやり方じゃダメなのさ。親が子どもを教会に連れて行くのが当たり前の世の中にしないといけないよ。最初は強制的にでもやらせなきゃいけないんだ。それができない親は罪にも等しいんだからね」


 花茶を飲む。


「押し付ければ反発を招くことは為政者なら誰だって分かっていることさ。でもね、大事なことっていうのは、嫌われてもいいからやり遂げなければいけないんだ。それくらい子どもの教育というのは重要なことだからね。五百年後か、千年後か、二千年後か分からないけど、子どもに教育を受けさせることの重要性というのは、必ず分かってくれる時代がくるよ。信仰心を押し付ける酷い時代だと思われるかもしれないが、それが必要な時代だったと、分かってくれる時が必ず来るんだ」


 やはり人間というのは一対一で話してみなければ分からないものである。僕の中でオフィウ王妃陛下の印象がガラリと変わった。この方には強い信念があり、それが政治理念となって行動に表れているわけだ。


 オフィウ王妃は贅沢品に囲まれているが、食事に文句を言ったり、召使いをこき使ったりすることのない人だ。そういう人が貧しくも恵まれない子どもたちのことを考えているのだから、それだけでも為政者として立派に見えるのである。


 話を聞いただけなので、取り込まれたわけではないと思っているが、彼女には彼女の信じる正しさがあることを知って良かったと思っている。魔女という他人の評価を鵜呑みにするよりは冷静な判断だといえるだろう。



「ジジ、一緒に川遊びしようぜ」


 翌日、朝食を終えたマクス王子に声を掛けられた。


「私は任務中でございますので、ご希望に沿うことはできません」

「硬いこというなよ」


 そこで責任者のローマンから許可をもらって出掛けることにした。


「よしっ、どっちが大物のザリガニを捕まえられるか勝負するぞ」


 ということで、川でザリガニを捕まえることとなった。ザリガニは売り物にもなるので、勝手に領地に入って荒らすと殺されることもある。マクス王子の遊び場も厳しく管理されているようで、そのせいか見たことのない大きさのザリガニを捕まえることができた。


「王子、見て下さい! このハサミ、僕の手と同じくらい大きいですよ!」

「ハハッ、ジジは大袈裟だな」


 そう言って、優しい微笑みを浮かべるのだった。王子専属の護衛も一緒だが、彼らにとっては見慣れた光景なのか、冷めた目でじっと王子のことを見つめていた。そこに僕はマクスの孤独を感じてしまった。


 それから王宮に戻って一緒に湯浴みをし、調理してもらったザリガニを一緒に食べて、お菓子とお茶を部屋に持ち込んで、そこで駒を使った陣取りゲームをして遊んだ。さすがに王族ともあって使用している駒が金や銀で出来ているのには驚くしかなかった。


 他にも数字の木札を使ったカードゲームをしたり、占い遊びをしたりと、人生が楽しく感じられる一日を過ごすことができた。これほど楽しい一日は、間違いなく、子どもの時以来のことだった。



「王子は国王について、どのように考えておられるのですか?」


 翌日、虫捕りに出掛けた高原で一緒に昼食を摂っている時に訊ねてみた。


「国王なんかなりたくないよ。俺は今が一番幸せだからな。今の生活を何一つ変えたくないんだ。でも、ママの言うことはちゃんと聞かないとダメだろう? それが良い子と悪い子の違いだからな」


 そこで王子が声を潜める。


「ジジ、これは誰にも言うなよ? この前さ、王宮でユリスとママがみんなの前で難しい話をしてたろう? あれだけど、俺は何を話しているのかさっぱり分からなかったんだよ。頷いて聞いてたけど、全部分かった振りして聞いてたんだ」


 そう言うと、マクス王子はお茶目な顔で微笑むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ