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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
75/244

第三十一話(75) クーデター

 王宮の扉が開かれた時、すぐに異変に気がついた。なぜなら目の前に門兵の死体が転がっていたからだ。それを見たミクロスがすぐに手斧を得意とする精鋭部隊を結成し、王宮内部を手分けして調べるのだった。


 その間に僕はミクロスに指示された仕事をこなしていった。各部隊の隊長を集めて、王宮の内壁周辺を見張らせたり、新兵に紛れた実行犯を逃走させないように人員の管理を徹底させたり、逃走を許さないようにと、万全を期す作業だ。


 ぺガスは七政院の貴族の他に、パナス王太子とパヴァン王妃らしき遺体があったことを報告するためユリスの元へ向かった。他に信頼できる人がいなかったので、ミクロスは彼に頼んだわけである。


 カレオ・ラペルタ陣営隊長は失職を覚悟したのか、士官室に籠って荷物の整理を始めたとの報告を受けた。それを聞いたミクロスは激怒し、遺体の確認を彼に命じるのだった。


 死体が腐りやすい時期なので、すぐに王宮の外へと運び出された。古い兵舎が遺体の安置所へと変わったが、三十体以上ある死体が事務的に運び出されただけで、貴族の遺体に祈りを捧げる者は一人もいなかった。


 それからユリスが到着するまで時間がないということで、急いで王宮内の居住スペースを清掃させるのだった。警備上の問題で、そこに泊まってもらうしかないからである。


 それらすべてを指揮していたのがミクロスである。彼より上級の士官はいたのだが、頭が回らなかったのでミクロスが暫定的に統合指揮官となったわけだ。食事の準備をさせるタイミングも適切だったのは、現場の経験が豊富だからだろう。


 それからミクロスは精鋭部隊を引き連れ、清掃が終わったばかりの王宮に行って、まだどこかに賊が潜んでいないか確認し、安全を確信してから一度封鎖するのだった。これでユリスを安全に迎え入れる態勢が整ったわけである。


 ユリスが到着するまで、僕たちは士官室で苦茶を飲んで休むことにした。この部屋を使っていた者はすでに逮捕されていた。本人は否定したが、カレオ・ラペルタは職場を放棄したので、ミクロスは彼を一時的に拘束するように命じたのだ。


 他にも王宮内部に留まっていた関係者を全員拘束したという話だが、詳しい話はしてくれなかった。ミクロスはひたすら黙って、陣営隊長の椅子に座りながら苦茶を飲み続けるのだった。


 それから間もなくして、夕陽と共にユリスが御前広場に到着した。ぺガスからすでに報告を受けているので、その顔は悲嘆に暮れていた。テレスコ州都長官も気を落とし、オフィウは足元が覚束ない様子で、マクス王子は酷く怯えていた。


「ミクロス、早速だが詳しい話を聞きたい。関係者を集めてくれ」


 王宮内部の警備をエムル・テレスコ長官に任せて、ミクロスはユリスの要望に従って会議の準備を始めた。場所は王宮内部にある議事堂だ。そこが血に染まらなかったのは、使用目的以外では厳重に施錠されているからである。


 本来なら僕やミクロスが足を踏み入れることができる場所ではないのだが、テレスコ長官の進言もあって入場を許可された。この部屋で僕たちの人生が決められてきたのかと思うと、どうにもならない苦しさが込み上げてくるのだった。



「ジジ、ちょっといいか?」


 演壇に立っているミクロスに呼ばれたので駆け寄って見ると、床の下を調べていた。議事堂は議長席のある演壇を中心にして放射状の半円になっており、議長席の左右には燭台を載せた台座があるのだが、その巨石でできた台座の一つが動かされているのである。


「床に穴が開いてるよ?」


 ミクロスが頷く。


「ああ、おそらく緊急避難経路になっているんだ。どこに通じているか分からないが、地下道に通じているんだな。ここは二重扉になっていて、外からだけではなく内からも錠をすることができる。つまり王宮で一番安全な場所というわけだ」


 そこで疑問が湧く。


「それなのに王妃と王太子は殺されたというの?」

「オレもまだよく分からないんだよ」

「七政院の上級貴族も逃げ込まなかったということだね?」

「そうだな」

「それで実行犯の逃走に使われちゃったわけだ?」


 ミクロスが頷く。


「それと侵入に使われた可能性もあるな。その場合は王宮内部に協力者がいたということになる。しかもそいつは内部構造に精通している者なんだ。そうなると、オレたちだけで裏切り者の内通者を見つけるのは無理だ。とりあえず台座を元に戻すぞ。また侵入されては厄介だからな。ここも三交代で見張らせて、錠の管理を徹底するように忠言しておこう」


 それから僕たちは議事堂に留まって、会議が開かれるのを待つことにした。


 間もなくして、緊急の特別捜査会議が始まった。議長席にユリス・デルフィアスが座り、その斜め後ろにはアネルエを座らせていた。妻をもっとも安全な場所に置いているというわけだ。


 演壇の正面は七つのブロックに分かれており、最前列には左からオフィウとマクス、カグマン州首都長官、ハクタ州・州都長官、軍隊を統括する国防副長官、軍部指揮官の騎馬隊長、王宮警護の副陣営隊長、市警を統括する警備局・局長らが陣取っていた。


 その中で議事堂に出入りできるような上級貴族はユリスとオフィウとマクスの三人だけなので、それだけで国家の一大事であるということがハッキリと分かるのである。


 フェニックス家の歴史の中で、この日ほど危機に瀕した日はないはずだ。


 他にも彼らの護衛がそれぞれの背後の席に座り、さらには軍隊に所属する各部隊の隊長や、市警本部の責任者らが本会議場の議席を埋めていた。そのほとんどが、こういう事態でもなければ王宮に入れないような者ばかりである。


 僕とぺガスは議長席の左右に立って、ユリスの警護を任されていた。議事堂内で武器を携行できたのは僕たちだけなので、完全にユリスから信頼を得られているということだ。


「これより本日発生した王都襲撃事件の第一回捜査会議を始める」


 ユリスの進行で会議が始まった。


「ミクロス、事件の詳細についての説明を頼む」


 壁際の席に控えていたミクロスが立ち上がり、演壇と議席の間に歩を進める。


「分かりました。オレもすべてを把握しているわけじゃありませんがね」


 そこでモノス・セロス騎馬隊長が立ち上がる。


「殿下の御前であるぞ。さような言葉遣いは不敬ではないか」


 彼は、かつての僕らの上官だ。


「今はそんなことについて話し合っている場合ではない」


 いつものようにユリスが流した。


「しかし、殿下――」

「これこれ」


 そこで今度は白髪のサッジ・タリアス国防副長官が言葉を挟む。


「殿下に意見するとは貴官の方が不敬ではないかね?」


 そこでセロス騎馬隊長は自省して腰を下ろすのだった。こういう時に絶対的な王制のありがたみを感じるのは事実である。貴族憎しで存在のすべてを否定したくなるところだが、威張り腐るヤツらを抑え込むには、やはり王族の力が必要だからだ。


「ミクロス、続けてくれ」


 ユリスが会議を再開させた。


「はい。といっても、オレがこの事件を説明するのはとても難しいんです。なぜならオレが王宮の扉を開けた時には、もうクーデターは終わってたんですからね。聴取して聞いた話が全部正しいか分かりませんし、わざと嘘をついているヤツだっているかもしれません。だからこれから話すことが事実とは限らないんですよ。現に、王宮内部で手引きした人間がいるのは確実ですからね」


 この場に事件の容疑者がいるかのような口ぶりだった。


「最初の異変は都で起きた火事です。市街地はパニックでした。そりゃそうですよ、広範囲に渡って二十か所以上も放火されたわけですからね。王都時間にして、きっちり一時間もの間、放火が繰り返されました。三十年前の戦争でも王都は無傷でしたから、都民にとっては前代未聞の事件に遭遇したというわけです。それでも被害を最小限に留めることができたのは、官邸や市警の働きが大きいと思います。兵士を総動員させて日没までに沈静化させたわけですからね。官邸が機能していなければ、そう上手くはいかなかったでしょう」


 そこでミクロスが大きな鼻をかく。


「ただし、犯行グループにとってはそれも狙い通りだったわけですけどね」


 議事堂内は静まり返っていた。


「都のあちこちから煙が上がった時、パニックに陥っていたのは市民だけではありませんでした。ここにいた王宮の人たちも黒煙を見て慌てふためいたんです。何よりも悲劇だったのは、王宮の警備責任を負う陣営隊長が冷静さを欠いてしまったことですね。ラペルタ隊長は七政院の緊急閣議決定に従って非常事態宣言を受諾しました」


 決まりを知らないであろう、アネルエ様に説明する。


「ご存知かもしれませんが、非常事態宣言は最高レベルの警戒措置であって、戦時中でも最後の手段となる警護マニュアルです。宣言を受諾してしまうと、どんなことがあっても王宮の扉を開けてはならないということになる。外にいる兵士も、命に代えてでも扉を死守するというのがこの宣言ですからね。つまり宣言することによって王宮との連絡は途絶えるわけです」


 そこでミクロスが語気を荒げる。


「そもそも、この非常事態宣言は国王陛下のご意思でしか決定してはならないはずなので、七政院の官僚が要求しても、ラペルタ隊長は従ってはいけなかったんですよ。陣営隊長にはそれだけの責任があるわけですからね」


 ミクロスは怒っているが、いつもよりは我慢している方だった。


「しかしながら同情する点があるとするならば、その意思決定を下す陛下が亡くなられていたことと、七政院の官僚の中に裏切り者がいたということでしょう。神祇官のダリス・ハドラだと思われていた遺体が、身元確認で別人だということが分かりました。遺体の替え玉を用意したのは時間を稼ぐためです。すぐに貴族街にあるハドラ邸に部隊を向かわせましたが、本人だけではなく、家族の姿もありませんでした。現在も捜索を続けていますが、今のところ見つかったとの報告は受けていません」


 僕が知らないところで、ミクロスは捜査を進めていたようだ。


「神祇官は七政院の中で最も位の高い官職です。ダリス・ハドラがクーデターに積極的に協力していたとなると、事件を未然に防ぐことは難しかったでしょう。警備兵は彼の意のままに動くでしょうし、他の官吏も疑問を持つことなく背中を向けたはずです。その証拠に、殺害された官僚らのご遺体には争った形跡が見られませんでしたからね。すべての者が背後から一突きにされて絶命しています。厳戒態勢の中、無防備に背中を見せられる相手はダリス・ハドラしかいないというわけです」


 そこでミクロスが頭を抱える。


「しかし、ダリス・ハドラが事件の首謀者であるかどうかは断言できません。それは殺害されたパナス王太子とパヴァン王妃の、その二つの首が持ち去られているからです。これはおそらく第三者に死亡の確認を証拠として見せるためだと考えられます。ハドラの共犯者についてですが、これは王宮に入った人数から死体の数を引いたところ、確実に一人はいたと考えられます。非常事態宣言による点呼なのでまず間違いありません」


 ハドラの護衛だろう。


「ただし隠し通路からの侵入も考えられるので、実行犯の正確な人数を把握することは難しいと考えています。なぜなら宣言下で鍵を管理できるダリス・ハドラならば、外から王宮に人を入れるのは難しくないからです。実行犯が十人以上いたとしても不思議ではありませんよ。都が火事で混乱していましたからね。返り血を浴びた服を着ていたとしても、誰一人として気にも留めなかったことでしょう。犯行に関わった者たちは堂々と街を歩いて逃走したんです」


 警護兵の服装ならば都の警備兵と見分けがつかないというわけだ。


「完全に相手側の計画通りに作戦が実行され完遂されたわけですが、手掛かりがないわけではありません。それはオレが踏み込んだ時、王宮には三人の生き残りが存在していたからです。彼らから事情を聞けば詳しく知ることができるでしょう。ただし、今のところ彼らが被害者なのか、それとも共犯者なのかは分かっていません。ですからずっと見張りをつけているところです」


 詳しく説明する。


「非常事態宣言をしていたので、隠し通路以外から共犯者が逃げることはできませんでしたからね。オレが踏み込んだ時、隠し通路の扉には鍵が掛かっていました。ということは、共犯者の一人がハドラの逃走時間を稼ぐ目的で、内側から鍵を掛けるために王宮に残ったということになります。そうなると必然的に生き残った三人の中に協力者がいると考えられるわけです。鍵を掛けてから自殺したケースも考えられるので三人とも被害者の可能性がありますが、そこは三人の意識が回復次第、尋問して明らかにしたいと思います」


 ミクロスは尋問のエキスパートでもある。


「今日のところは以上です」


 ユリスが労う。


「ご苦労だった。これより本件の捜査をミクロス・リプス警護隊長に一任する。他の者は捜査協力があった場合、速やかに応じるように。これは最優先事項である。続いては警備状況を確認したい。エルム・テレスコ長官、お願いします」


 そこで長官は王宮警備における取り決めや、人員の割り当てについて簡潔に説明するのだった。それからユリスは、陣営隊長が拘束されているということで、テレスコ長官を暫定的に王宮警護の責任者に任命した。


 早速テレスコ長官は任に応じて、王都官邸や市警との連携を確認したいということで、議決権を有する独立した警備会議の許可を申請し、それをユリスが了承するのだった。


 七政院の上級官吏が一人もいないので、ユリスの独断即決で物事が決まっていった。それでも明日には七政院の親類縁者が遺体を引き取りにくるということで、ユリスも今日のような強権を発動するのは難しくなるということだ。


 神祇官を除く現役の高級官僚が六人とも殺されたが、それぞれの家には退官した者や、後継者が残されているので、七政院そのものが消滅したわけではないからである。


 ただし、それには任命権を持つ国王陛下の存在が不可欠でもある。そうなると先に決めなければならないのは、殺されたパナス王太子の代わりになる後継者の即位決定だ。そこでオフィウ・フェニックスがユリスに異議を唱えるのだった。


 議事堂にはオフィウ王妃陛下とマクス王子の他には、アネルエと召使いのエルマと彼女を警護するローマンと、ユリスと彼を警護する僕とぺガスの八人しか残っていなかった。他の警備兵は扉の外と廊下を巡回中である。


「ああ、ユリスや、それでは約束が違うではないのかい?」

「私が何を約束したというのです?」


 ここにはユリスとオフィウの会話に口を挟める者はいなかった。


「今朝、マクスの力になると約束したばかりじゃないか」

「ええ、その約束は憶えていますとも。正確には身の安全を保障するという約束ですがね」


 オフィウが首を振る。


「違う、違う、それは話が違うじゃないか。ワシらがパナス王太子に誓いを立てたのは憶えておろう? それはパナス王太子を支持して国王に即位した場合、全面的に協力するという重たい意味の約束だったんだ。ユリスや、それならばお前さんも相応の約束を果たすべきではないのかい?」


 ユリスは話が理解できない様子だ。


「ワシらが見返りなく無償で誓ったように、お前さんもマクスに誓いを立てなければ約束を守ったことにはならないね。口頭とはいえ、まさか王妃との約束を破る男ではないだろう? だったらマクスに誓いを立てなきゃいけないよ。そしてマクスを支持して、国王に即位したら全面的に協力するんだ。ワシらは覚悟を持って、それだけの約束をしたんだからね」


 ユリスの表情は変わらなかった。


「私の聞き間違いじゃなければ、マクスを国王にしろと言っているように聞こえますが?」

「何も間違いではなかろう? 約束したのはお前さんなんだからね」

「国の状況がお分かりになっていないようだ」

「それはお前さんの方さ。王妃との約束を反故にする意味を理解していないのだからね」


 ユリスは王族復帰できるとはいえ、オフィウは現役の王妃陛下なのだ。さらにマクスは後継者順位が最も高い位置にいる王太子だ。どんなに疑わしい存在でも、一度でも認めてしまったら彼女たちからその地位を取り上げるのは困難である。


「ここにきて本性を現したというわけですね」


 ユリスは怒るではなく、疑惑が解消されて喜んでいるようであった。


「ユリスや、どうかそれ以上人聞きの悪いことを言わないでおくれ。ワシらは自前の警護が締め出されても文句を言わなかったんだよ? 一人で勝手に決めているのはお前さんの方じゃないか。その言葉をそっくりそのまま返したいくらいだよ。頭を冷やしてじっくりと考えてみるんだ。パナスの坊やが死んだなら、マクスを即位させるのが王家の道理というものだろう?」


 納得できないが正論だ。


「本来ならパナスよりも順位が高いんだ。それでもワシらは我慢して誓いを立てたのだからね。どちらにしたって、王妃との約束を反故にするような男の王族復帰は認めるわけにはいかないね。逆賊に反乱を許した時点で流れは決まってしまったんだよ。お前さんは頼みの綱であるパナスを守ることができなかったのが痛かったね。ああ、残念だ」


 そこでオフィウが立ち上がる。


「なに、カイドルの州都長官のポストまで奪いやしないさ。辺境伯はお前さんに相応しい仕事だからね」

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