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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
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第二十七話(71) 王都への出立

 翌日の早朝、ミクロスやぺガスと一緒にユリスの元へ行き、そこでドラコに関する疑惑についてすべて話すことにした。向かった先は兵舎の執務室ではなく、要人や高官が寝泊まりする領事館内の貴賓室だ。


「長官は外で待つようにと申されました」


 ユリスへの取次ぎをしてくれたのはアネルエ専属の召使いであるエルマだ。


「ドラコに関する重要な話だと伝えてくれ」


 しばらくして、ようやく中に入れてもらうことができた。



「食事を終えたばかりで、少しゆっくりしたくてね」


 現在のユリスはテーブル席でアネルエと向かい合って草茶を楽しんでいるところだ。


「それはお寛ぎのところ失礼しました」


 挨拶が苦手なミクロスの代わりに僕が非礼を詫びた。


「お仕事の話をなさるのでしたら席を外した方が良さそうですわね」


 アネルエ様は朝露が滴る花のように美しかった。


「そうしてくれるかい?」


 ユリスの言葉を制したのはミクロスだった。


「いや、奥様の耳にも入れておいた方がいい話かもしれません」


 ユリスが頷くと、アネルエは座り直した。


「確か、ドラコに関する話ということだが? 妻に聞かせておきたい理由とはなんだ?」


 ユリスの顔がいつになく険しくなった。


「警備上の問題です」


 そこでミクロスがマクチ村の襲撃に参加したパウルス・コールスから聞いた話を掴んだ情報として、ドラコに領主殺しの主犯、及び王宮で起こるかもしれないテロの首謀者としての疑いがあることを、すべて報告するのだった。


 ユリスは仕事でもたらされる報告の一つという受け止め方をしていたが、アネルエの方は信じられないといった様子で、見るからに狼狽うろたえているのが分かった。


「なるほど。警備を増員しろというのだな?」


 ミクロスが頷く。


「はい。夜中の襲撃は必ず混乱を招きますからね。交代で周辺を見張らせる兵の数を倍にしても少ないくらいですよ。ドラコが相手となると、三倍から四倍の数は必要になってきますからね。峠を越えて、平原を抜けて、大きな森に入ればガサ村です。そこまで行けばハクタの兵士がたくさんいますから、そこで国境警備隊の兵士を帰してあげればいいわけです。伝令兵に先行させて、予め用意させておけば、交代もスムーズにいくと思います」


 ドラコの作戦を一番近くで見てきた男がミクロスなのだ。それはドラコが考えそうなことを誰よりも先に予想できるということでもある。しかも今日のミクロスは今までと違って表情がキリリとしていた。


「なるほど。ドラコは私たちが百人編成で移動していることを把握しているのだったな」

「はい。ですから先の先を読む必要があるんです」


 要人の移動にはランクと決まり事も多く、勝手に増やしたり減らしたりできないというのが実情だ。五長官クラスならば、確か平時で二百人が上限だったはずである。非常事態宣言が発動された時だけリミットを解除できるというわけだ。


「よし、わかった。倍の四百人に増員しよう。臨時編成部隊の隊長はミクロス、君にお願いしたい。ローマンを副長とするので、隊列の組み方や交代のシフトは君たちで考えてくれ。伝令兵の人選もお願いしておこう」


 そこでユリスが一息ついた。


「それにしても、ドラコが本当に関わっていると思うか?」


 どうやらユリスも半信半疑だったようだ。それでも州都長官という立場なので、仕事と割り切って指示を出していたわけである。その割り切り方は冷徹に見えるが、他の兵士の命を考えているということでもあるので責める気にはならなかった。


「ミクロス、君はどう思っているんだ?」


 ユリスの問いに答える。


「証拠がないので断言はできません。オレも悩んでいるんです。でもドラコが相手なら迷ったらいけないんですよ。一瞬の判断の遅れが命取りになりますからね。それで死んでいったヤツらを実際にこの目でたくさん見てきましたから。だからオレも、やると決めたからには後はやるしかないんです。部隊を預かった以上、味方を死なせるわけにはいきませんからね。出発する前にビシッと気合を入れ直す必要がありますよ」


 次にユリスは僕の方を見る。


「ジジ、君は仕事を全うできるか?」


 一晩で気持ちを切り替えたはずなのに、すぐに返事をすることができなかった。

 ユリスが不憫な顔で僕のことを見ている。

 それを見て、堪らなく情けない気持ちになってしまった。


「ペガス、君は大丈夫か?」


 後輩が間を空けずに答える。


「はい。殿下のお命を守るのが私の職務であります。こうしてお側にお仕えできるのも、すべて殿下のお蔭でございます故、仕事をいただいた御恩はきっちりと仕事で返したい所存であります」


 ユリスが頷く。


「ジジ、君は無理をしなくてもいいんだよ? 君のつらい境遇は知っていると、前に言ったのを憶えているだろう? ドラコは君にとって恩人というだけではなく、家族のように大切な存在だ。だからカイドルに戻っても構わないんだ」


 ここで仕事を放り出してはいけないと思った。


「殿下、どうか、私もお供させてください。カイドル州直属の兵士として職務を果たしとうございます。正直なところ、今も迷いがあることは否定しません。ですが、正しき道は殿下のお側にいることだと信じております」


 そこでユリスは立ち上がって、僕のことを強く抱きしめるのだった。


「ミクロス、後は頼んだ。私たちの命を君に預けよう」

「任せてください」


 そう言って、ミクロスは胸を叩くのだった。


「すぐに旅装の支度をするとしよう」


 それからミクロスは副長のローマンと部隊の再編を行うため、一人で会議室へと向かった。ぺガスはそのままユリスの護衛に付き、僕はミクロスから荷物を取ってくるように指示を受けた。


 新たな編成部隊で、僕は後方部隊に配置された。ユリスとアネルエを乗せた馬車は精鋭部隊が守るので、重要な任務から外された形である。つまりミクロスから不安視されたわけだ。



 再出発初日にゴヤ村に着いて、二日目にダバン村で宿泊し、翌日は無事に峠越えも果たし、比較的治安のいいオザン村ではお酒を飲む許可も出た。順調に行けば三日でハクタ州の州都に到着できる予定である。


「ジジ、ミクロスが呼んでるよ」


 前方部隊でミクロスの補佐をしているぺガスが大部屋にいる僕を呼びにきた。部隊が異なると泊まる部屋のランクも違うので、わざわざ呼び出しを受けたわけである。


「まだ食事を摂ってなかったんだ?」

「ああ、やっと仕事が終わったばかりでな」


 宿泊部屋に行くとミクロスが冷めたスープでパンを胃に流し込んでいるところだった。


「お酒も飲んでないんだね」


 ミクロスが疲れた顔で微笑む。


「ドラコが作戦指揮する部隊が相手だと思うと気が休まらなくてな。相手にして初めて分かる怖さってのがあるもんだぜ。オーヒンを出てまだ三日しか経っていないというのに神経がすり減って仕方ねぇよ。村にある宿屋を片っ端から回ってさ。宿泊客に怪しいヤツらがいないか徹底的に調べ上げたんだ。それでもまだ気が休まらないんだから、酒なんか飲んでる余裕なんてねぇんだ。ったく、あの野郎の名前じゃなければ、ここまで警戒することもないんだがな」


 ジェンババから指導を受けた『モンクルスの再来』など勝てる気がしなかった。


「それで話っていうのはなに?」


 ミクロスが冷めた牛のテールスープを一気に飲み干す。


「ああ、どうも天気が崩れそうでな。明日か、明後日あたりに雷雨があるかもしれないというんだ。港町出身のヤツらが口を揃えてんだから、ま、降るだろうな。そこでローマンと話し合って日程を縮めることにした。二日掛けてガサ村に行く予定だったが、野営を避けるために一日で平原を抜けることにしたんだ。ガサ村に着くのは夜になるが、そこまで行けば森全体が防衛基地みたいなものだからな。長官の安全は確保できる。そこでだが、休憩を取らずに強行すれば、どうしたって隊列が伸びることになるだろう? だからジジ、こういう時のために、お前にシンガリを任せたというわけだ。お前はへばった馬や兵士をまとめ上げ、一人残らず、必ずガサ村に連れて来るんだ」


 ミクロスは僕を信頼していないわけではなかった。むしろ信頼してくれているから後方部隊に配置したわけだ。ずっとドラコに頼りきりで生きてきたので視野が狭くなっていたようである。


「うん。分かった。一人も、いや、一頭も脱落させないよ」


 ミクロスがニヤッとする。


「雷は怖いぞ? お前まだ苦手なんだろう? 明日の夕方くらいから警戒が必要だっていうからな。森の手前辺りは避雷針もないし、雷の方から寄ってくることもある。だから油断せずに充分に気をつけてくれよ」



 翌日、日の出と共に出発した。途中、いくつかの検問所を通過したが、特に異常はないとの報告を受けた。味方である顔見知りの兵士であっても敵になっている可能性もあるので判別が難しいのだが、ミクロスは安全だと判断したようだ。


 馬車を走らせている馬が疲れを見せると、すぐに数日前から先行させて待機させていた別の馬と交替し、休むことなく走り続けた。予想通りではあるが、そのせいで昼過ぎには隊列が伸びて後方部隊に遅れが見え始めてしまった。


「隊長、やはり休憩が必要です」


 後方部隊の先頭を務める五つも年上の副長のウルスから報告があった。


「どうされますか?」


 ここは僕が一人で判断しなければいけないケースだ。


「分かった。ミクロスは先を急ぐだろうから、馬の疲労を考慮して、部隊を再編するようにお願いしてきてくれ。隊列が分断することになるけど、骨折させるわけにもいかないからね。反対されるだろうけど『砂時計二本分休む』と言ってきてくれ」


 ミクロスは身体能力が高すぎるため、自分よりも能力が劣っている人に対して理解が欠けてしまう部分がある。だから無謀な作戦だと分からずに強行させてしまうのだ。ドラコのようにバランスを考えられないのは大いなる欠点かもしれない。


 その欠けた部分を補うのが僕の役目だ。その僕を後方部隊に回したことから、ミクロスも少しは自覚しているのだろう。後は進言した以上、全員をガサ村まで連れて行くまでだ。それが僕の責任だからである。



「隊長」


 慣れない呼ばれ方だ。


「許可が出ました。疲労の度合いが激しい五十頭を残していくそうです。『シンガリは副長のローマンに交代させるから、第二部隊の指揮を任せる』と仰っていました。それと『明日の昼までには必ず合流するように』とのご命令です」


 馬が一日でどれだけの距離を走れるかというのはただの数字に過ぎない。実際は長距離や短距離に向き不向きがあったり、体力の回復に個体差があったりと、人間と同じように一頭一頭に差があるものだ。


 調教で平均値を上げるのも人間と同じだが、心肺機能や骨の強度や筋肉の量など、生まれた時点で決まってしまうのも、また人間と同じである。交配で優秀な馬を作り上げるのも同じだが、突然変異の怪馬が生まれる場合があるのも人間と同じなのだ。


 大事なポイントは調教される環境に置かれることだ。人間でいえば高い教育を受けることで、そうすれば能力が開花して、より貢献し得る存在になれるわけだ。だからこそ、子どもにとって教育の平等がもっとも大切なわけである。


「隊長、雨が降りそうですね」


 予想通り、夕方になって雷雲が眼前に迫ってきた。


「分かった。森まであと少しだから、そこまでは辛抱しよう。森に入ったら野営できるポイントを見つけて雨をやり過ごすんだ。ガサ村までは辿り着けないけど、しっかり休んでから早朝に発てば、昼前には余裕を持って到着することができる」


 ということで、僕たち五十人の第二部隊はガサ村の入り口となる森を目指して歩き出した。誰もがくたびれた足取りで、重石を背負って歩いているかのようだったが、誰一人として歩みを止めなかったのはありがたかった。


 雨が降ったのは僕たちが森に到着した後だった。集中豪雨で雷もしばらく鳴り続けたが、検問所として使っていた古い小屋があったことを思い出し、そこで避難することができた。この日はそのまま小屋で宿泊することとなった。



「隊長、起きてください」


 見張りの交代を終えて、さっき眠ったばかりだと思ったが、すぐに副長に起こされた。


「う、うん?」

「交代で馬の見張りをしていた三名が消えました」


 外から薄明かりが差しているので夜明けが近かった。


「水でも飲みに行ったんじゃないか?」

「水は充分ですよ」


 昨夜、雨水で水を確保したことを忘れていた。


「馬は無事か?」

「はい。兵士だけいなくなってます」

「もう朝だね。丁度いいや、みんなを起こしてくれ」


 副長のウルスは僕よりも兵役が長いのに、年下の僕のことを偏見なく接してくれる優秀な部下だった。


 小屋の前で点呼を取った後、消えた三人の兵士の消息について訊ねてみたのだが、それに関して知る者は一人もいなかった。


 規律を守れない兵士がいるというのも現実だ。しかし、そこで規律違反が起こるというのは、すべて僕の責任である。


「隊長、いかがされますか?」


 速い決断が必要とされるケースだ。


「ウルスはみんなを連れて先にガサ村の演習地へ行ってくれないか? 僕の馬も一緒に連れて行ってくれ。ここまで来ると、もうすぐそこだからね。道は知ってるだろう? 馬車道に戻れば、そこから真っ直ぐだ」


 ウルスが訊ねる。


「隊長は、どうされるおつもりですか?」

「僕は三人を捜してみるよ」

「お一人で?」

「うん。二つの問題を同時に解決させるには、それが一番の方法だ」

「承知しました」

「そうだ。ミクロスと会ったら西北西ラインから演習地に戻ると伝えておいてくれ」

「隊長、どうか、ご無事で。決して無理はなさらぬように」



 そこで部隊と分かれて、森の奥へ入ることにした。とにかく広い森なので簡単に見つかるとは思わなかったが、それでも何もしないわけにはいかなかった。一方で、三人は馬を置いて行ったのでオーヒン国に戻ったとは考えにくいのも事実である。


 槍と摩擦発火具を持ってきたが、雨が降った後なので火を熾して狼煙を上げることができないのが残念だ。もっとも、朝霧が立ち込めているので、仮に火を熾しても煙は見えなかっただろう。


 西北西、つまり鷲山の山頂方向に進路を取ったのは、地面に槍を突いた跡が残っていたからだ。三人とも槍を持って行ったようなので、誰かが杖代わりにした跡だと思ったわけである。確実ではないが、あてずっぽうで行動したわけでもなかった。


「おい! 誰かいないか! いたら返事をしてくれ!」


 呼び掛けても返事がなかった。

 おまけに霧で五十歩先も見えない状態である。

 歩き出してすぐに方角を見失ってしまった。

 それでも槍を突いた跡はハッキリと見えている。

 跡が深くなっているので、おそらく故意に付けて歩いているのだろう。

 何かあったら報告するように言っていたのだが、勝手に動いてしまったようだ。

 しかし、何があったというのだろう?

 考えても、思いつく理由が見つからなかった。

 その時、視界の奥で何かが動いたように感じた。

 獣だろうか?

 立ち止まってみる。


 周囲を見渡しても、木に囲まれているだけだ。

 視界が悪いので、森の中に閉じ込められたかのようである。

 鳥の気配さえ感じない。

 もう少し歩いてみる。

 今度はこちらの気配も消すことにした。

 首の背中から背中にかけて汗がにじむ。

 その汗が、すぐにひんやりとする。

 また、視界に動く何かを感じた。

 目を凝らしてみる。

 人の背中だ。

 しかも見慣れた背中である。


「ドラコ!」


 振り返ったドラコが反転して、こちらに走ってきた。

 その顔は、盗賊を殺す時の顔だ。

 目の前までやってきて、長剣を振り上げるのだった。

 その瞬間、命の終わりを感じた。

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