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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
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第二十六話(70) 戦士の苦悩

 翌日、建築途中の大聖堂でマークス・ブルドン王の国葬が執り行われた。広場にはびっしりと人々が集まり、道という道に人だかりができていた。多くの国民が悲嘆に暮れ、声を出して泣く者も少なくなかった。


 ユリスがカグマン王国を代表して参列したので、僕たち三人も警護で大聖堂の最上階にあるバルコニーに立ったのだが、そこから数万人の群衆を見下ろした時は、不謹慎ではあるが、気持ちの高揚を抑えることができなかった。


 法服を纏う人間が多いことから、改めて国の豊かさと信仰心の篤さを感じた。正確な人数は分からないが、十万人以上の群衆が黙とうで一斉に静まり返った時は、今度は今まで感じたことがない怖さも感じてしまった。


 今日から七日間喪に服するという話だが、我が国の国民よりも厳格に守られることは容易に想像できた。地域や個人で喪中の行動や期間が異なるが、オーヒン国の場合は一切の快楽を慎むという話だ。人によっては一年間通す人もいるみたいである。


 我々の国ならば、まず法服を持っている者が少ないことに加えて、都市部でしか信仰が浸透していないため、さらには都から少し離れただけで情報の伝達も遅れるので、国王崩御の報せですら旅商から聞いて知ることがあるくらいである。


 国土の広さが違うので比較できる話ではないのだが、それでも伝達速度が国民の意思統一に与える影響は無視できないと考えられる。王都ですらオーヒン市ほどの求心力はないように思われるのだ。


 それからブルドン王のご遺体は、生前の希望により生まれた場所である漁村の墓地に埋葬されることが発表された。とはいえ、夏場で遺体が腐りやすくなっているので、すでに埋葬作業が終わっているという話だ。


 その漁村だが、今では魚の加工場ができており、ブルドン王が生まれた時とはまるで違う景観になっていると聞く。マークスの名を冠した教会も建てられて、新しい墓所も併設しているという話だ。


 新国王の発表は一週間後だが、すでに二回目の投票が終わっており、ゲティス・コルヴスが新国王の座に就くことがオーヒン国の国民よりも先に通知された。それを親書としてユリスの手に手渡され、晴れて正式に決定したわけである。


 国王になったというのにゲティス・コルヴスの態度は一切変わらなかった。喪に服しているので一滴の祝杯もあげなかった。やはり信仰心の篤さが、その変わらない人格を作り上げているようだ。


 一方で、父親のゲミニも変わった様子がなかった。喪中なのだから少しくらいは口を慎めばいいのに、大聖堂の大広間で演説をするようにブルドン王との思い出話をユリスらに語り聞かせるのだった。


 しかし、一番驚いたのは国葬にデモン・マエレオスが参列していたことだ。しかもコルヴス親子ともしっかりと握手を交わし、にこやかに談笑しているのである。色んな恐ろしいものを見てきたが、政治家ほど怖い存在はないと思った。



 兵舎の泊まり部屋で荷物の整理をしていたらミクロスが一言。


「ジジ、オレ様はこれからソレインと会ってくるから一緒に来い」


 翌日に王都へ出立するということで、ユリスの警護は国境警備隊に任せて、カイドル軍所属の兵士に暇が与えられていた。しかし疑問がある。


「いつ、ソレインと会ったの?」

「あ? 大聖堂のバルコニーで警護をしていた時に見つけたんだよ」


 十万人以上の群衆の中から、ミクロスはソレインを見つけたと言った。他の人ならば信じられないことなのだが、彼だけは別である。聞くと、ソレインとの交信は、彼が首に巻く布の色で分かるようになっているそうだ。



「その女は誰だ?」


 僕たちはオーヒン国の州境を越えたリング領内にあるハルクス教会の狭い地下室にいるが、そこにソレインが女性を連れ込んでいたわけである。


「その女って、アタシのことか?」

「おまえ以外に誰がいる?」

「おまえって、それもアタシのことか?」

「だから、おまえ以外にいないだろう?」

「アタシには『ガレット・サン』という名前がある。二度と『おまえ』って言うな」


 お喋りのミクロスがガレットに気圧されて押し黙ってしまった。


「紹介しておく。ガレットはおれの妹なんだ。この通り、ハッキリ口にするところは部族の女の特徴だから勘弁してくれ。口調がキツいから怒っているように見えるけど、普段はおしとやかで穏やかなんだ」


 ガレットはマザー・マリンと同じ髪色を持つ、目鼻立ちが濃い顔立ちをしている女性だ。年下のはずだが艶やかで、それでいて表情だけ見ると幼さが残っている。そんな成長段階に彼女自身も戸惑っているというか、抗っている感じに見える少女だ。


「どうして妹がここにいる?」


 ソレインがミクロスの問いに答える。


「ドラコだよ。どうなってるんだ? ぷっつりと連絡が途絶えてしまったじゃないか。おれだけじゃなく、ガレットもドラコの指示で動いているんだぞ。それで一緒に行くってきかないから仕方なく連れて来たんだ」


 すかさずガレットが反論する。


「仕方ないってどういうことだ? 頼まれたのはアタシの方だぞ?」

「頼んだけど、今日は外で待ってろって言っただろう?」

「今日だけ外で待たされるっていうのは意味が分からない」

「分からなくてもいいんだよ。おれの言うことを聞いておけば」

「説明できないことをアタシにさせるな」


 そこでソレインが言い返せなくなってしまった。

 ミクロスが窘める。


「オレたちには時間がないんだから兄妹ゲンカは余所でやってくれ」


 すかさずガレットが反論する。


「誰がケンカをした? アタシは正しいことを言っただけだ」


 ミクロスも言い返せなくなってしまった。


「これの、どこがお淑やかで穏やかなんだよ?」


 ミクロスがソレインを責めた。


「今日はこれでも機嫌がいい方なんだ」


 ガレットが二人を睨む。


「二人だけでアタシの話をするな」

「それは悪かったな」


 素直に謝るミクロスを見たのは久し振りだった。


「でもな、ソレイン、悪いのはお前だぞ。どうして妹がいるならいるって言わなかったんだよ? それにドラコの指示で動いてるっていうのはどういうことだ? オレたちはそんな話聞いてないぞ?」


 ソレインが弁解する。


「これまで話さなかったのは色々あるんだ。でも、それはもういいじゃないか。それより、これからについて話し合わなきゃいけないからな。ガレットもドラコの指示で特殊部隊を組織していて、おれたちの仲間だから一緒に連れて来たというわけさ。妹は凄いんだぞ? 目がいいからな。弓矢の腕なら北部で一番かもしれない。ガレットの他にも腕の立つ女射手はわんさかいてさ。その女射手の集団を束ねているのがガレットというわけだ」


 北部で一番なら島で一番だ。


「足がべらぼうに速い女だけを集めて、近接戦を回避するように訓練しているんだ。今すぐ戦える特殊部隊の数は千人以上いる。訓練中の者を含めればさらに数千人近い数の弓隊になる予定さ。女に弓を任せて、男に近接戦をやらせるっていうのがジェンババの基本戦術だ。それで伏兵の数を増やすってわけだな。ぺガスと合流しているなら、もうジェンババの話は聞いているよな? ドラコが爺様に師事して、弓隊の隊長をガレットに任せたというわけさ」


 ドラコの背後に軍師・ジェンババがいるということだ。ぺガスから話を聞いていたが、ドラコと師弟関係になっていることは初めて知った。そうなると、ドラコはジェンババの指示で動いているということも考えられるわけだ。


「ドラコはアタシたちに自衛の大切さを説いてくれた。部族を守るにはそれしかないとな」


 ガレットは心から感謝しているようだ。

 今度はソレインがミクロスに訊ねる。


「ドラコに何があったんだ? 今日の国葬にも姿を見せていなかったじゃないか」


 そこでミクロスはドラコに関するすべての疑惑を説明するのだった。


「つまりドラコが領主殺しや王宮で起こるかもしれないテロの首謀者だというのか?」


 ソレインも知らなかったようだ。


「まだ分からねぇよ。知っているのはそれだけだからな。なにしろ、ここ数日はユリスの護衛で自由に動けなかったからさ。ま、もっとも、それもドラコがユリスに進言してそうなっただけなんだがな」


 ドラコがいないのに、僕たちはドラコに縛られたままということだ。


「明日の朝、ユリスはここを発つ予定なんだ。そうなるとオレたちはハクタの州都か王都に到着するまで付きっきりの護衛になるから勝手に調査することもできなくなる。だから今日までがタイムリミットだったんだよ」


 そこで疑問を抱いた。


「ねぇ、ミクロス。そのタイムリミットっていうのは、どういう意味?」


 ミクロスが言いづらそうな顔をしている。


「それは、その、つまりだな、ドラコが今日までに戻ってくればユリスに報告することもなかったんだが、明日からは警護も手薄になるんだ。そうなると話さないわけにもいかないだろう。オレたちの命だって懸かってるんだからな。仮にだ。仮にだぞ? ドラコがオレたちを襲撃するようなら、ジジ、お前も戦わないといけなくなるんだよ。ドラコ相手にだぞ? それを回避できるのは、アイツが単身で武器を持たずに戻ってきた時だけだ。それでも捕縛しないといけないけどな」


 ドラコを例外と認めてはいけないということだ。


「そうなると、おれとガレットはどうすればいいんだ?」


 ソレインの言葉に、ミクロスが首を振る。


「そんなこと言われても、ドラコじゃないんだから、オレには分からねぇよ」


 そこでガレットが口を挟む。


「ミクロスはドラコがいないと何もできない男なのか? そうではないだろう? ドラコがしてきたことは、決してドラコ一人で成し得たことではないんだ。ドラコが仕事を一番に任せてきたのは、ミクロスが仕事を任せられる男だからだろう? ならば、これから自分たちがどうすればいいのか判断できるはずだ。ミクロスとジジがこれからどうするのか? そしてソレインとアタシは何をすればいいのか? 時間がないなら、今すぐ決める必要があるはずだ」


 ミクロスが決意する。


「さっきも言ったように、これからオレたちはドラコを捕えなくてはいけない立場になる。でもソレインとガレットは違うんだ。王都の兵士でもなければ、カイドル州の兵士でもないんだからな。だったらオレたちの代わりにドラコを信じてやってくれ。ただし、それはどういうことかというとだな。オレたちが次に顔を合わせる時は戦場で互いに敵同士になっているかもしれないということなんだ。それでも仕方がないと思っている。今のオレたちはカイドル州の兵士にすぎないんだからな」


 ガレットが頷く。


「人に忠実な者よりも職務に忠実な者の方が信用できる。なぜなら人間は変わっても職責は変わることがないからだ。よってミクロスは信用できる男ということになる。それならば、たとえ敵同士になっても互いに後悔することはないだろう」


 それから、明日の朝が早いということもあり、僕たち二人は引き揚げることにしたのだが、どうしてもタンタンの墓参りがしたくなったので、ミクロスに先に帰ってもらうことにした。



「ジジ!」


 墓地へ行ったら、いきなり名前を呼ばれた。

 声がする方に目を向けると、アキラが駆け寄ってくるのが見えた。

 そしてそのまま胸に飛び込んでくるのだった。


「会いたかった」


 アキラを受け止める。


「どうしてここに?」

「会いたかったから来たんだ」


 答えになっていなかった。


「アキラ、ちゃんと話がしたいから離してくれるかな?」

「分かった」


 そう言うと、腕を離して、少しだけ距離を取るのだった。


「ありがとう」


 僕の言葉にアキラはにこっと笑った。この子の感情表現はまるで四歳から五歳の幼子のようだ。ストレートで分かりやすく、素直で健気なところがあり、身体は大きいけれど、心はまだ小さな子どもそのものだった。


「どうして僕がここに来るって分かったの?」

「ペガが遊びに来て、それで聞いたんだ。自由になる時間をもらったって」


 そこでアキラが口を尖らせる。


「本当はオラだって来たくなかったよ」

「それはどういう意味だい?」

「だってジジの方から会いにきてほしかったんだもん」


 そう言うと、アキラが僕の手を取った。


「どうして会いにきてくれなかったんだ? ジジは悩みがあると、いつもここに来る。そして一人でお墓と話をするんだ。オラなら、いつだって、どこでだって話を聞いてあげることができるんだぞ? それなのにジジはオラのことをいない人のように扱うんだ。それじゃあまるで、お墓の人よりもオラの方が死んでるみたいじゃないか。それだとジジだって生きてるようには見えなくなるんだぞ」


 繋いだアキラの手には確かな血潮が感じられた。


「ねぇ、ジジ。またしばらくオラたち会えなくなるんだろう? そんなの嫌なんだ。前に会った時から毎日ジジのことばかり考えて、ちゃんとご飯を食べているかどうかも気になっちまうんだもん。だからいつでも会えるように、オラも一緒について行ってもいいかな? ミクロスには内緒にできないけど、他の人だったら誰にも見つからない自信はあるんだ。だからお願いだよ。『一緒に来い』って言ってくれないか?」


 その気持ちは嬉しかった。


「アキラは育児の仕事を引き受けたんじゃなかったか? だったら放り出してはダメだ。育児は小さな命を預かる最も尊い仕事だからね。特に僕たち孤児にとっては、それがどれだけ大切なことか、分かっているはずだろう?」


 アキラがコクリと頷く。


「やっぱりジジと会えて良かった。もう少しでオラは間違いを犯すところだった。悩んでいるのはオラの方だったんだな。だからずっと会いたいと思ってたんだ。オラの悩みに答えられるのはジジしかいないと思ってたからさ」


 悩んでいるのはアキラだけではなかった。


「ジジ、どうした? やっぱりジジにも悩んでいることがあるのか?」


 僕も幼子のように分かりやすい顔をしているようだ。


「誰にも話せないことか?」


 思わず頷いてしまったということは『打ち明けたい』ということでもある。


「実はドラコのことなんだ」

「ドラコに何かあったのか?」


 アキラが慌てているということは、ぺガスは何も話していないということだ。


「いや、何かあったわけではないんだ」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「もしもだけど、命令を受けたら殺さなければいけなくなった」


 繋いだままのアキラの手に力が入る。


「それはマクチ村の事件と関係があるのか?」

「どうしてそのことを知ってるんだ?」


 アキラが手を離して、頭を揉んで考える。


「違う。知ってるわけじゃない。いや、マクチ村で事件があったのはオーヒンにも伝わっているんだ。だけど、それをオラが勝手に結びつけて考えただけなんだ。だから誰かから聞いたわけじゃない。だってそうだろう? マクチ村の悪いヤツをやっつけられるのは、ケンじゃないとしたら、ドラコしかいないんだ。それ以外には考えられないんだ。だからオラはオーヒン市のニュースで知った時、『もしかしたら』って思ったんだ」


 そこでアキラがハッとなる。


「『命令を受けたら』って、もしかしてジジはドラコを捕まえないといけないということなのか? そんなの酷いじゃないか。そんなことできるわけないんだ。ジジにとってドラコは家族みたいなもんなんだぞ?」


 アキラが僕よりも熱くなるのだった。


「それでも兵士というのはやらなきゃいけないんだ」


 アキラが駄々をこねるように首を振る。


「そんなのジジにできるわけないじゃないか。それにドラコは何も悪くないんだ。だってマクチ村の悪いヤツは、自分たちだけが守られるように勝手に法律を作るヤツらだからな。やっつけられるのはドラコしかいなかったんだ」


 マクチ村に関しては法律を超越した裁きが必要だったことは確かである。それでもカグマン国の兵士の立場だと、その行為を認めるわけにはいかなかった。感情的になれるアキラが心の底から羨ましいと思った。


「ジジ、ドラコを殺したら絶対にダメだよ」


 その言葉に、僕は何も答えられなかった。

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