第二十三話(67) 判決後
パウルスが領主殺しの主犯としてドラコの名を告げた瞬間、ミクロスが椅子を蹴って、目の前にいる赤毛の男を突き飛ばしてしまった。抵抗する素振りを見せないので、僕はミクロスの方を押さえつけることにした。
「何を興奮してんだよ?」
そう言って、パウルスは倒れた椅子を元に戻したが、椅子に座り直そうとはしなかった。
「隊長だって作戦を円滑に遂行させるために黙ってたんだろう? 別に悪気があってお前を外したわけじゃねぇよ。そんなことは付き合いの長いお前たちの方が知ってることじゃないか」
ミクロスは納得していない。
「ドラコはユリスの護衛をしているんだぞ? 長官はフェニックス家の人間だ」
パウルスが弱り顔だ。
「そんなのは知らないよ。次の作戦は本人に聞けばいいだろう?」
そこでパウルスが慌てる。
「いや、ちょっと待て。お前と会ってることは内緒にしてあるんだ。ミクロスよ、俺とお前の仲だから話したんだぜ? ドラコだって理由があって秘密にしているんだ。だったら、お互い隊長の作戦の邪魔をするような真似はよそうぜ」
そう言って、パウルスはミクロスの手を取ろうとしたが、差し出した手を取ろうとしないのを見て、肩をポンポンと叩き、それから僕と握手を交わして、赤毛の男は部屋から出て行った。
「なぁ、ジジ、お前はどう思うよ?」
椅子に座るミクロスの表情が寂しそうだ。
「マクチ村の襲撃だけどさ、あの堅牢な聖堂の固く閉ざされた正門を巡礼者に化けてこじ開けるなんて、いかにもドラコらしい作戦だよ。必要最低限の人数で制圧してしまうんだ。間違いなくドラコが作戦を考えたんだと思う」
ミクロスが何度も頷く。
「なるほど、これで七件目か、いや、もっと増えているかもしれないが、これほど手際よく、次から次へと計画通りに襲撃できるなんて、この島の地形を知り尽くしているドラコしかいないんだ。少し考えれば分かることだったよな」
僕はまだしも、ドラコがミクロスにまで真実を伝えていないというのは意外だった。
「僕たちこれからどうしたらいいのかな?」
ミクロスがパウルスの持ってきた酒を呷る。
「この件はオレ様が預かる。だから、お前は聞かなかったことにして黙ってろ。ユリスがカイドル州を出てから今日で三週間くらいだろう? 順調ならばオーヒン国に到着している頃合いだ。オレらも飛ばせば、明後日くらいには合流できるはずだからな」
それから夜明けを待たずに峠越えに挑んだ。その日はそれだけに留まらず、海が見える海岸線にあるゴヤ村まで移動した。ここまで来れば、翌日の早い時間にオーヒン国内にある領事館へ到着できるはずである。
「ユリス・デルフィアス州都長官の居場所が知りたい」
翌日、昼過ぎにオーヒン国へ到着すると、その足ですぐに領事館へ行き、急いで警備課の窓口に出向き、そこの責任者の職員を呼び出して、ミクロスが訊ねた。警備課長は疲れているのか、目が眠そうだ。
「お前たちは護衛に向かったんじゃなかったか?」
お役所勤めをしているだけあって二週間前の記憶も確かなようだ。
「長官の安全確保のため別働調査をしていた」
課長が納得する。
「長官の到着は明日の日没前と聞いている」
「まだ来てないということか?」
課長がため息を漏らす。
「そういうことだ。事件続きで警備の数が足りていないというのに、要人警護に人材を割かなければならないんだ。兵舎に泊めるということは、昼夜を問わず護衛をつけなければいけなくなる。まったく頭が痛いよ」
ミクロスが同情する。
「長官には護衛がついてるんだ。そいつらに任せておけばいいじゃないか」
「そういうわけにもいかないだろう。ここはウチの管轄なんだ」
フェニックス家の荘園が狙われていることは明らかで、その上、警備課長クラスの職員ならば、ユリスがフェニックス家の人間であることは知っている可能性が高い。それで万一のことがあれば自分のクビが飛ぶかもしれないと頭を悩ませているわけだ。
「長官に会いたいならマエレオス領に行けばいい。今から行っても、お前たちなら日没前には着くだろう。場所は知ってるよな? 知らなければ検問所の兵士に聞けば教えてくれるさ。紹介状はいるか?」
ミクロスが断る。
「いや、いい。急用というほどでもないんだ」
「そっか、それなら良かった。こっちも忙しくてな」
そこで課長が世間話を始める。
「それにしても災難だったな。ほら、ドラコの弟さ。さっき裁判が終わったばかりなんだが、犯人との格闘中の過失というじゃないか。それで二年の島流しは妥当な判決とはいえないな。これでは盗賊と遭遇しても見ない振りをしろと言ってるようなものじゃないか。それくらいおかしな判決が下されたんだ。王都の神祇官もそれを認めたというのだから理解に苦しむ話だ。ドラコの左遷といい、実力のある功労者がこうもあっさり不遇な処分を受けるのだから、兵士の不満はたまるばかりだ。暴発せねばいいのだがな」
警備課長が危惧した通り、まさに現在兵士の不満が王宮に向けられているのだ。
「それでケンタスはどこにいるんだ?」
ミクロスが訊ねた。
「今は留置所だ。港への移送は明日の朝だからな」
「面会に行くとしよう」
それから僕たちは領事館の敷地内にある留置所へと向かった。判決を受けた翌日にはハハ島に送られるのだから、もうすでに段取りが終了していたのだろう。裁判の場で判決がひっくり返ることは絶対になかったわけだ。
留置所が石造りの平屋建てなのは、刑務所の地下牢と違って、すぐに移送されるからだ。この日はケンタスらの他に監禁されている者は一人もいなかった。中は二重扉の構造になっており、見張りが昼夜の三交代で監視しているようだ。
「オレ様はドラコ隊の特攻隊長をしているミクロス・リプスだ。名前は知っているな?」
留置所の中の扉の前で見張りをしている警備兵に凄んでみせた。
「はい。存じ上げております!」
「中の者たちと大事な話があるんだ。扉を開けたら外を見張っててくれないか?」
「はい。了解しました」
これで話を聞かれる心配はなさそうだ。
「誰も中に入れるんじゃないぞ」
扉を開けてもらうと、そこにケンタスとボボがいた。
ずっと尾行していたとはいえ、久し振りの対面だった。
「あれ? ぺガスはどうしたんだ?」
ミクロスの第一声がそれだった。
ケンタスが答える。
「ハハ島に行くのは俺たちだけです」
「ツノ村では一緒だったんだろう?」
「はい。でもペガは旅商を守っていただけなので罰は免れました」
「要領のいい野郎だな」
ケンタスが微笑む。
「ペガの運の良さはバカにできませんね」
「それで、アイツは今どこにいるんだ?」
「届け物があって、リンリンさんの家に行きました。明日の朝、見送りに来てくれる予定です」
「そっか。それはそうと、ケンタスよ、随分と久し振りだな」
そこで改めて挨拶を交わすのだった。それからケンタスがボボを紹介して、僕たちも簡単に紹介を済ませた。ボボは無口だったが軽口を叩かないので、ミクロスを不快にさせない性格で良かったと思った。
「ケンタス、お前は今がどういう状況か分かっているよな?」
地べたに座り込み、四人で顔を突き合わせているところだ。
外の見張りに聞かれないようにと、ミクロスが小声で話す。
「領主殺しに始まり、近いうちに王宮が狙われるという情報まで入ってきた。新国王の即位に合わせて、世の中が一変するような状況になってんだぞ? 事態は差し迫ったところまできているんだ。なぁ、ランバの百人隊が失踪しているのは知ってるだろう? 何を言いたいか分かるか? 今ならお前たちが消えても見つけるのは困難だぜ? お前さえその気なら逃亡の手伝いをしてやってもいいが、どうだ?」
ケンタスが即答する。
「それは賢明な判断とはいえませんね」
ミクロスがニヤッとする。
「まぁ、お前ならそう答えると思ったぜ」
すぐに真顔になる。
「しかしだな、これは後でぺガスにも話すが、この一連の襲撃事件の裏にはケンタス、お前の兄貴が関わっていることがハッキリしてるんだ。しかもオレたち二人に黙って計画してたんだぜ? あの野郎が何を考えているのかさっぱり分かんねぇんだよ。そこで弟であるお前の力を借りられたらって思ったんだ。お前だったらヤツが正しいことをしているのか、それとも誤った道に進んじまったのかが分かるだろう? 明日の夕方にはユリスと共にここへ到着する予定なんだ。せめてどちらかが一日ずれていれば、お前たち兄弟が再会できたんだがな。タイミングがことごとく合わねぇんだよ。どうだ? せめて出港を遅らせてみるってのはどうなんだ?」
ケンタスは首を振る。
「今がどれほど大事な時期か分かっています。カグマン国だけではなく、ここオーヒン国でも新しい国王が誕生しようとしていますからね。このような歴史的邂逅は、三十年前の終戦の年以来であることは間違いありません。現在、島では同時多発的に事件が起きていて、どこにそれらの発端があるのか分からない状態ですよね。それら一連の事件に兄が関わっていることが確かだとしても、今の俺たちにはどうすることもできないんです。それは受刑者となったからです」
世界を変えると思った男が、犯罪者になったわけだ。
「俺たちの懲役が終わる二年後に、世界は変わっているかもしれません。もしかしたら帰る国がなくなっていることだってあるでしょう。この島で何が起こっているのか知らずに、俺たちはハハ島で二年間過ごさなければならないんです。新しい歴史を作るどころか、作られた新しい歴史を見ることなく死んでしまうかもしれません。それでも俺たちは明日の朝、港を出なければいけないんです。それが必ず人類にとって偉大なる一歩になると信じているからなんですよ」
本人は犯罪者になったのに、まだ世界を変えられると思っているようだ。
「生まれて初めて旅に出て分かったことがたくさんあります。その一つが亡国の人々の気持ちでした。戦勝国に生まれ、戦勝国の気持ちしか知ることがなかったら、俺は優越感に浸りながら、自分たちの先祖だけが正しかったと思い込んだまま一生を終えていたことでしょう。それが戦争の真の恐ろしさだったのです。なぜなら勝つことが正義ならば、永遠に終わることはありませんからね。その価値観を持ち続けるということは、歴史をひっくり返すための戦争という口実を、敗者に対して認めることになるんです。大事なことは、戦争には戦争犯罪人という特異な犯罪者が存在していることを突き止めることだと思います。それは敗戦国だけではなく、戦勝国にも存在していることを忘れてはなりません」
昔からケンタスはよく喋る子どもだった。無口で秘密主義のドラコとは対照的である。しかし久し振りに会ったケンタスは、僕が想像する以上に大人になっていた。しかも濁らない美しい心の持ちように涙が出そうになった。
「もう一つ大事なことは、カイドル帝国は滅亡しても、そこで暮らしていた人間まで消滅するわけではないと知ったことです。当たり前のことのように思えますが、それを実際に知ることは、話や本で知ることとは別に大事なことなんです。だから心置きなく島を出ることができますからね。懲役が終わる二年後に、この島がどうなっているのか分かりませんが、島自体が無くなるわけではないので心配はいりません。なぜなら俺たちが帰った時、やるべきことはただ一つ、国を良くするために働くだけですから。それがフェニックス家の王政なのか、または新しい国になっているかは分かりませんが、生き方までは変えられないんですよ」
ミクロスが何度も頷く。
「そうだな。今のオレたちは余りに非力だ。しかし生き延びればチャンスが転がってくるかもしれねぇ。その時に影響力を発揮できるように、ひたすら腕を磨いておくしかねぇんだよな。いや、オレ様の場合は腕じゃなくて脚だけどな」
そこでケンタスの表情が曇る。
「ただ一つだけ、気掛かりなことがあって」
「クミン王女のことか?」
ミクロスの言葉に、これまで無表情だったボボまで驚いた。
「どうしてそのことを?」
ミクロスがニヤッとする。
「自分だけが利口だと思うなよ?」
そこでボボが口を開く。
「やっぱり、あの時の」
ミクロスが嬉しそうな顔をする。
「酒場街で目が合っただけなのに顔を憶えるとは大したもんだ」
ケンタスが訊ねる。
「ずっと尾行されてたということですか?」
「上には上がいるって分かったろ?」
大人になったケンタスが子どものように微笑むのだった。
「だったらカレン、じゃなくてクミン王女のことを頼めますか? といっても俺たちが王女であることを知っているって、彼女は知らないんです。ですから互いの立場を守って護衛しなければならないんですが、お願いできますか」
ミクロスが呆れる。
「それはお断りだ。お前は複雑な事情を分かっていないだろう? フェニックス家を狙った一連の事件の捜査上に、首謀者としてお前の兄貴の名前が浮上しているんだぞ? それでどうやってクミン・フェニックスを守れというのだ? ドラコは明日オーヒンに到着する予定だが、ヤツの方から話があるまで、こちらからは何も報告してやんないんだ。オレ様は怒ってるからな。どんな事情があるにせよ、オレ様に黙ってるってのは許せねぇんだ」
ケンタスはミクロスのことをよく知っているので諦めた様子だ。
「そうですね、お二人は兄さんと命を預け合っている仲ですもんね」
家族よりも戦場の仲間の方が大事なのが戦士というものだ。
「なあ、ケンタスよ。お前だったら兄貴が何をしようとしているのか分かるんじゃないのか? 王宮でクーデターを起こすなんて、ドラコらしくねぇぜ。そんな横入りするクズみたいな横暴を許さないのが兄貴じゃなかったか? アイツは何がしたいんだよ?」
ケンタスが俯いて首を振る。
「俺より付き合いの長いミクロスやジジが分からないなら、俺には絶対に分かりっこありませんよ。俺の中では二年前で止まってしまっているので。反対に、兄さんも今の俺のことは分からないと思います。人間っていうのは、付き合う人によって変わっていきますからね。相手に魅力を感じた瞬間、一瞬で変わることもあります。もしかしたらですけど、急に親しくなった人がいるようなら、その人から影響を受けたのかもしれませんね」
心当たりがあるのか、ミクロスの顔つきが変わった。
「なるほどな……、それは置いておくとして、他にも聞いておきたいことがあったんだが、ジジ、何かないか?」
そう言われて、思い出したことがある。
「クミン王女の潜伏先だけど、あそこには他に誰がいるの?」
ケンタスが答える。
「実は、あの邸にはフィン・フェニックスとフィンス・フェニックスの母子が匿われているんです。彼女については死んだとされている国王陛下の正妻だった人と言えば分かりますよね? つまりクミン王女の実母と実弟というわけなんです」
驚きのあまりミクロスも僕も言葉にならなかった。
「王妃は長男のフィンスが生まれた時に死んだとされていますから、カレンは顔も憶えていないと思います。世の中が混沌とし始めているけど、それでも親子の再会を喜ぶのに貴族も平民もありませんよね」
その時、なぜかデモン・マエレオスの顔を思い出した。息子のイワンを殺されても、一年後には作戦隊長と笑顔で酒を飲める男だ。デモンのような男を知らないから、ケンタスはいつまでもピュアでいられるのだろう。
「ジジ、他に聞いておきたいことはないか?」
何かあった気がするが、思い出すことができなかった。
「ならば、そろそろ行くとするか」
ミクロスが立ち上がったので、僕も立ち上がることにした。
ボボも腰を浮かせるが、ミクロスが制する。
「そのままでいい。オレ様は別れの挨拶をしない主義なんだ。ゲン担ぎってヤツさ」
ケンタスは知っていたので、じっとしていたわけだ。
「というわけで、明日の朝も見送りには行かないぜ」
ケンタスが笑顔で頷く。
「ぺガスに会ったら領事館の兵舎に顔を出すように言っといてくれ」
ケンタスとボボに再会できるのは早くても二年後だ。彼は自分で懲役を受けると決めたなら途中で脱走するような真似はしない。それでも僕たちの現在の状況も危険であることに変わりはないので、彼らの身を案ずる余裕はなかった。




