表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
66/244

第二十二話(66) マクチ村襲撃事件

 オーヒン国まで残り三日という距離まで来ていて、いよいよ峠越えを翌日に控えた昼下がり、ケンタスらの後を尾行しつつ、街道から外れた森の中で日中泊をして過ごしていたところで、周囲の散策をしていたミクロスが小走りに戻ってきた。


「おい、ジジ、引き返すぞ。一緒に来てくれ」

「えっ? ケンタスたちの見張りはどうするの?」

「それどころじゃないんだ」


 ミクロスの目が真剣だった。


「でもドラコの命令なんだよ?」

「アイツら三人の行き先はオーヒンだ。ここまで来れば見届ける必要はないさ」

「それより大事なことって何なの?」

「パウルスがいたんだよ」

「パウルスって、あのパウルス?」

「ああ、そのパウルスだ」

「まさか」


 パウルス・コールスとは、ランバの指揮下にある百人隊の隊員の一人である。ミクロスとは酒飲み仲間の間柄でもあり、五年以上前からの付き合いなので、遠目からでも見間違うことはないだろう。しかし、現在のところは失踪者扱いのはずだ。


「とにかく来れば分かるさ。さっき湖の畔で休憩を始めたばかりだ」


 そういうことで、僕はミクロスの言葉に従うことにした。ランバと百人隊の所在が不明なのは、ドラコも気に掛けていたからである。ガサ村の幽霊騒ぎに巻き込まれたかと心配していたが、生存が確かならばきちんと確かめる必要があった。


 馬を木に繋いで、途中からは歩きで湖に向かった。足取りは慎重で、音を立てずにゆっくりと近づいた。仲間なのだから堂々と会えばいいようなものだが、ミクロスは一切気を弛めるようなことはなかった。


「ほら、見てみろ」


 ミクロスが仲間のパウルスを見掛けても、直接声を掛けなかった理由が分かった。それは五十人以上で食事をしているのだが、全員が法服を身に纏っていたからである。街道の脇に五台の馬車が停めてあったので巡礼者の一団だ。


 巡礼者とは、各地に存在する太教の信仰者が集まり、王都まで行ってお祈りを捧げる宗教儀式を行う人たちのことである。ただしそれは特別なことではなく、王都巡礼は民間人の間で既に浸透している旅行のようなものだ。


 それでも、その一団にハクタ州所属の兵士が法服を纏って混じっているというのは理解できないことだ。彼の他にも一緒にザザ家で戦った仲間の顔が十人ほど確認できた。残りの四十人以上の顔は、これまで一度も見たことのない顔だった。


「これは一体どういうことなの?」

「もう少し様子を見ないことには分からんな」


 ということで、僕たちは彼らの後を尾行することにした。五台の馬車でゆっくり進んで行くので、距離を取っても見失う心配はなかった。しかし進路は予想に反して、街道から逸れていくのである。


 馬車は山間部へと入っていき、馬車道からも外れて、森の中に隠れるように停車した。まだまだ昼下がりで、キャンプをして夜明けを待つには早い時間だった。場所も宿泊するには適切な場所ではなかった。


 僕たちはその様子を木陰に身を隠しながら観察することにした。


「この先にマクチ村があったはずだ」


 ミクロスが言うなら、その記憶は確かなはずだ。


「どういう村なの?」

「五百人くらいの小さな村さ。でも村に不釣合いな、立派な聖堂があったのは憶えてるよ」

「じゃあ、礼拝目的で来たのかな?」

「いや、その村もフェニックス家所縁の荘園でな」

「えっ? ということは次の標的っていうこと?」

「その可能性が高いな」

「パウルスが犯行グループの一味っていうこと?」

「これからマクチ村を襲撃するようなら、そういうことになるな」


 まさか、僕たちの仲間が世間を騒がし、国家をも揺るがしている、領主殺しの事件の容疑者に浮かび上がってくるとは思いもよらなかった。カグマン国の兵士ということだけではなく、一緒に戦った仲間というのがショックだった。


「ジジ、見ろよ。武器を取り出したぞ」


 遠目からなので見えにくいが、どうやら馬車の荷台に手斧を隠していたようだ。巡礼者ということで検問所の警備兵が見逃したのだろう。オーヒン周辺は警戒レベルが高いが、ハクタ州はそれほど警戒していないというのも要因の一つだ。


「このままだとマクチ村はやられちゃうけど、僕たちどうしたらいいんだろう?」


 ミクロスが悩む。


「応援を呼ぶ時間はない」

「何もできないってこと?」

「いや、今度は生け捕りにする。それで雇い主の名前を吐かせるんだ」

「あの中に主犯はいないってこと?」

「吐かせてみねぇと分からねぇな」

「村の人はどうするの?」

「五十人以上を相手にするのは無理だ」


 村人を救うことを諦めるというのがミクロスの下した決断だった。それは僕の決断でもある。五十人の統率された敵を相手にするには、同等以上の条件で、さらに戦う場所の地形も頭に入れておかなければならないからだ。


「しかし、うまくいけば襲撃を回避させることができるかもしれないぞ」


 ミクロスの閃きだった。


「どうするの?」


「周りの者に気づかれずにパウルスに接触するんだ。うまくいけば作戦の全貌を知ることができるかもしれないし、説得すれば襲撃を阻止することもできるだろう」


 それから見つかった時のことを考えて、逃げた後の再合流地点を決めて、どちらかが捕まっても助けに行かず、夜明けの時刻を期限として、ドラコに報告しに行くことを誓い合った。これは後々仲間の仇を取るためには重要な約束事だった。


「よしっ、動き出したぞ」


 巡礼者の格好をした犯行グループがマクチ村に向かったので、僕たちも彼らに見つからないように尾行を始めた。見えてきたのは、田畑があり、豊富な森資源に囲まれた土地に家屋が並んでいるという、どこにでもある離村だった。


 ただし村の中心に立派な聖堂が建っているのが異質に感じられた。それはどう考えても村の収入では建てられない建築物だからである。建築資材を運ぶだけでも数年は掛かりそうな上質な石が使われていたからだ。


 聖堂の周りには大人が手を伸ばしても届かない壁が四方に張り巡らされていた。それゆえ中の様子が見えなくなっている。正面入り口の扉は頑丈そうで、スムーズに侵入しなければ、中から弓矢で攻撃を受け、手間取ると命取りになるだろう。


 というのも、壁の向こうの敷地に聖堂を守るために兵舎が建っているからだ。それは壁の中で自衛できるだけの戦力があるということを示している。それでも五十人で作戦を決行するということは、戦力と見做せる者は二十人もいないのかもしれない。


 聖堂とは別に、もう一つ異質な点があって、それは昼過ぎだというのに村人の姿を一人も見掛けないことだ。領主殺しの事件が相次いでいることから、村人全員で逃げ出したようにも見えるのだった。


「よしっ、散らばった」


 五十人の集団が班に分かれ、警戒しながら聖堂の周りにある家屋を一軒ずつ調べて回っている。パウルスと接触するには絶好の機会だが、彼が一人になるまで辛抱強く待つ必要があった。それまで僕たちは森の中を迂回しながら監視を続けた。


「ダメだ。先回りする必要があるな。ジジ、お前は森から出るな」


 そう言って、ミクロスはパウルスたちよりも先行し、彼らが調べていない家屋に侵入するのだった。中にいたのは一瞬だった。それからすぐに出てきて、姿が見られないように充分警戒しながら森の中に戻ってきた。


「何をしてきたの?」

「柱に印を残してきた。逃げる用意も忘れるな」


 それだけで意図が分かった。ミクロスはドラコ隊にしか分からない暗号を柱に刻み付けてパウルスにメッセージを残してきたわけだ。それに彼が気づいたとしても、僕たちのことを敵と判断すれば、この場から逃げなければならない。


「オレ様がヤツらを引きつけてやるから、お前はちゃんと逃げ切るんだぞ」


 パウルスが仲間四人と共に印をつけた家屋に入っていった。中は無人ということで、それからすぐに出てきた。そして彼は腹を押さえて、「悪いが先に行ってくれ。クソしてくる」と言って、森に入ってくるのだった。


「お前たち、どうしてここにいる?」


 ミクロスと僕が姿を現すと、赤毛のパウルスは幽霊でも見たかのように驚いた。

 ミクロスが声を潜める。


「お前の方こそ理由を話せ」

「話している時間はない」


 ミクロスがパウルスの手首を掴む。


「話すまで行かせるものか」

「よせ」


 掴まれた手を振り解こうとするが、ミクロスは放さなかった。


「お前たちは何も知らないのか?」

「何のことだ?」


 そこでパウルスが考える。


「分かった。すべて話すから、お前たちはオザン村の宿に泊まれ。俺は伝令で一人になれる時間があるんだ。馬で来てるよな? だったら馬具で見分けることができる。明け方までには会いに行くことができるだろう」


 それでもミクロスはパウルスを放さなかった。


「今から領主を殺すのか?」


 パウルスが真っ直ぐ見つめる。


「ああ。殺されて当然の男だからな」


 そう言って、パウルスが新しい仲間の元へ戻って行った。

 つまり、ミクロスが彼の手を放したということだ。


「ジジ、行くぞ」


 有無を言わさぬ目をしていたので、彼に従うしかなかった。察するに、ここで長居をして見つかるようなことがあると、パウルスに不審の目が向けられることになり、詳しい事情を聞く機会が失われるかもしれないと考えたからだろう。



 落ち合う約束をしたオザン村というのは、峠越えの手前にある村のことだ。宿屋がたくさんあって、州直属の兵士ならば州都札を使って無料で食事と宿を借りられるのだが、隠密行動なので自腹で泊まるしかなかった。


「せっかく馬を預けて休めるんだ。久し振りに熟睡しようぜ」


 二週間以上も張り詰めた生活を送っていたので、安宿の硬い寝台でもありがたかった。食事も久し振りの肉料理でお腹がいっぱいになった。蜜を溶かした草茶も美味しくて、しばらく振りにリフレッシュできた感じだ。


 それと何よりホッとできるのは馬を厩舎で休ませることができることである。長旅をして、改めてソレインの腕の良さを感じることができた。調教不足の馬ならば、途中で疲労を起こし、すぐに怪我をしていたことだろう。



 そんなことを考えながら眠りに落ちたのだが、目を開けると部屋の中がすっかり暗くなっていた。目を覚ましたのはドアがノックされたからだ。ドラゴ隊にしか分からない変則的なノックなので、すぐにパウルスだと分かった。


「ジジ、火を熾してくれ」


 ミクロスも目を覚ましたようだ。

 急いで摩擦発火具をこすり合わせる。


「入れ」


 ミクロスがパウルスを中に入れた。


「土産だ」


 パウルスが手にしているのは水筒なので、中に酒が入っているのだろう。


「飲むかどうかは事情を聞いてからだ」

「聞けば祝杯をあげたくなるさ」


 ミクロスの勧めた椅子に腰掛け、二人がテーブルを挟んで向かい合う。

 椅子が二脚しかなかったので、僕は寝台から動かなかった。


「お前はいつから信心深い男になったんだ?」


 法服を纏っているパウルスへの皮肉だ。


「信念に生きるという意味では、あながち間違いとも言えないな」


 赤毛のパウルスは、まだ興奮から醒めていない様子だった。


「では、そこに正義があるのか聞かせてもらおうじゃねぇか」


 パウルスが力強く頷く。


「だったら、まずは胸糞の悪くなる話から始めた方がよさそうだな。さっき殺してきたマクチ村の領主ってのが酷い男でな。子どもをさらっては売り飛ばす人身売買の斡旋で儲けてるジジイなんだ。あの要塞みたいな聖堂を見ただろう? あの中にガキが百人以上も暮らしてたんだぜ? 男だろうが女だろうが、みんな裸にしちまってよ。踊りや歌を仕込んで、それを隠居した政治家や教会の教育者に売りつけてたわけだ。そのジジイはフェニックス家の縁故者でな。だからあそこら一帯は王族の土地ということで立ち入ることすらできないんだ」


 ミクロスは相槌を打たなかった。


「ミクロス、お前だって一度踏み込んでこっぴどく厳重注意を受けてたじゃないか? ただ、ドラコやお前たちがいた頃はまだ良かったんだよ。盗賊の取り締まりで徹底的に治安を改善させたからな。検問もしっかりしていて、人身売買だって大っぴらではなかったさ。あるにはあったんだろうが、それでも今と比べたら雲泥の差だ。お前たちがカイドル州に飛ばされてから、ヤツらのやりたい放題さ。子どもを乗せた不審な馬車を見掛けても、王家の御旗を掲げてるから手が出せねぇもんな」


 僕たちが王都で暮らしていた時期も、子どもの浮浪者は多かった。まず、僕がそうだった。だから決して治安が良かったわけではないし、子どもを飢餓から守っていたわけでもない。


 それでも僕たちが警備をしていた頃は、子どもがさらわれないように荷台のチェックは徹底していたものだ。ドラコならば、たとえ王家の御旗を掲げていても、不審に感じたら事情を聞くために市警本部まで連行していたはずである。


「な? そんなヤツ、殺されて当然だろう?」


 ミクロスの表情は冴えない。


「王族殺しは死刑だけでは済まないぞ?」


 パウルスが微笑む。


「それは現在の王政が、この先も存続し続ける場合の話だろう?」


 そこでフェニックス家を根絶やしにするという話に繋がるわけだ。


「やっぱり本丸は王宮なのか?」


 ミクロスの言葉にパウルスが驚く。


「それは知っているのか?」


 そこでミクロスが六件目の領主殺しについて説明を始めた。


「――というわけで、領主殺しに大陸からの移民が関わっていることはオレ様の方でも掴んだんだ。でも、そこで疑問が湧くんだよ。大陸のヤツらが島に来てまで王族を殺し回る理由は何かってことだ。マクチ村でもお前の他に知ってる顔が十人いたが、他の四十人は見たこともないヤツらだ。アイツらは誰がどこから連れて来たんだ? 厳戒態勢の中、五十人で作戦を実行したんだ。中途半端なヤツらではないだろう?」


 パウルスが渋い顔になる。


「中途半端ではないが、寄せ集めではあるな。いや、俺も全員の素性を知っているわけじゃない。大陸から来たばかりの者もいれば、オーヒン市警に勤めてたヤツもいる。中には三十年前の戦争に従軍したカイドル帝国出身の爺様もいるからな」


 そこにザザ家襲撃の際に一緒に戦った僕たちの仲間もいるわけだ。

 ミクロスが首を傾げる。


「そいつらの目的は何だ? 襲撃現場で盗みをやらなくて済むほど報酬を貰えるということなのか? しかしだな、マクチにいた五十人だけではなく、他にも犯行グループがあるんだろう? だとしたら、誰がそんな金を払えるんだよ? 荘園の領主を殺したって国の土地になるだけだし、奪ったお前たちの物になることなんかないんだぞ? どんな報酬があれば寄せ集めの傭兵たちを完璧に意思統一させることができるというんだ?」


 パウルスの顔には迷いがなかった。


「それは新しい時代のためさ。強い者が国を治める。そんな当たり前のことが、俺たちの国では叶わないじゃないか。新しい時代はな、頑張れば頑張っただけ、のし上がることができるんだよ。どうだ? 凄いと思わないか? だから俺たちは集まったんだ。大陸から一花咲かせようとする者や、オーヒンから出て名を上げたい者や、三十年前の戦争で命を懸けて戦ったのに報いを受けなかった老兵など、世の中を変えたいと思っている者は、お前が思うよりたくさんいるってことだな」


 ミクロスが訊ねる。


「絵を描いているのは誰だ? 雇い主を教えてくれ」


 パウルスが首を振る。


「軍資金の提供者に関しては分からねぇ。本当だ」


 改めてミクロスが訊ねる。


「でも作戦を指示した人間はいるんだろう? そいつの名を教えてくれ」


 パウルスが答える。


「俺らの隊長だよ」


 ドラコ・キルギアスが黒幕だったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ