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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
61/244

第十七話(61) 奇妙な夢

 それからしばらく経った日のことだ。


「目覚めよ、同志たちよ」


 奇妙な夢を見た。


「我が名は、予言する者である」


 暗闇の中で、僕の身体だけが浮いているのだ。


「さあ、望むがいい」


 男の声が僕に語り掛けてくる。


「そなたらの願いを叶えてしんぜよう」


 身体が乗っ取られそうな感覚だ。


「どんな願いでも叶えてやるぞ」


 ふと、デモン・フィウクスのことが頭をよぎった。


「現実には起こり得ない、などと考える必要はない」


 デモンの顔が頭から離れなかった。


「欲望の限りを尽くすのだ」


 嫌な予感がする。


「今こそ、本能の赴くまま行くがよい」


 甘い囁きだった。


「恐れる事は何もない」


 これが噂に聞く、神の啓示なのだろうか?


「迷うことなく、立ち上がるのだ」


 目を覚ますと、それまで見てきた世界が変わってしまったかのように感じた。それは、世の中が変わってしまうのではないか、という不安でもあった。盗賊退治に明け暮れていた毎日とは違う怖さである。



 翌日、王家の墓が荒らされたとの報告が官邸にもたらされた。報告を受けたのが朝だったので、盗掘が行われたのは前日だったに違いない。しかし、王家の墓には金目の物などないので、実害はなかったという話だ。


 それでもユリスは更なる詳しい調査を命じた。警備局の兵士によると、盗掘の被害はないということだが、それとは別に、墓守が「幽霊を見た」という話を報告書にまとめたようである。それで兵舎の食堂は、その話で持ち切りになった。


「とんでもない化け物だっていうぞ」

「ああ、なんでも大剣を振り回す騎士だって話だ」

「いや、人馬一体の怪物だ」

「違う、違う。背中に翼のある鳥人間さ」

「それは幽霊なのか?」

「幽霊など、この世にいるはずがないだろう?」

「では現実だというのか?」

「目に見えたら現実さ」

「まだ調査を続けるというじゃないか」

「勘弁してほしいな」

「ああ、墓地の夜勤は最悪だ」



 それから二週間後、僕はソレイサン村に向かっていた。休日を利用してドラコに山の中へと連れ出されたわけである。夜明け前に起こされた上、周囲を警戒しながら歩いているので、秘密の行動であることは何も言われなくても察しがついた。


「ミクロスが帰ってくる予定なんだ」


 ドラコが口を開いたということは、警戒を解いてもいいということだ。


「どこかに行ってたの?」


 ミクロスは牧場の警備で一か月以上も兵舎を留守にしていた。


「ああ、オーヒンまで私用でな」


 私用ということは、ユリスやフィルゴには内緒というわけだ。


「ジジにも話を聞いてもらいたいんだ」

「何の話?」

「それはミクロスが教えてくれるさ」


 そう言って、ドラコは暗い森の中を突き進んで行った。目的地はユリスが視察に訪れた最初の牧場ではないようだ。あれから半年の間に牧場の数を増やしていったことは知っていたが、僕はどれだけ規模が拡大したのか分からなかった。


「あそこだ」


 森の中に、見たことのない村が存在していた。新しい切り株ばかりなので、できたばかりの村なのだろう。それが朝の陽を浴びて眩しく感じられるのだ。全裸の若い男女が川に入って戯れ、初夏の早朝を味わい尽くしていた。


 北方部族は寒冷地に生まれたので衣服を着ている時間が長いため、他人に人肌を見せることに抵抗があると聞いていたが、すべての人が同じであるはずがない。モモのような堅物もいれば、ソレインのような奔放な人もいるのである。


「ここは、何ていう村なの?」


 ドラコが答える。


「ここが本当のソレイサン村さ」


 ソレイサン村は、ユリスが視察した一帯を指した場所であり、それが正式名称でもあるのだが、ドラコとソレインは別の場所に、それも長官に黙って、人里離れた場所に新しい村を作ったわけだ。兵舎から半日掛かるので、場所を知らない兵士が見つけるのは困難だ。


「ドラコ!」


 裸の女性たちと戯れていたソレインが、僕たちを見つけて手を振った。他の者たちもドラコの顔を見て嬉しそうにしている。ドラコはユリスやフィルゴの目の届かないところで、彼らが信頼を寄せるほどの仕事を精力的に行っていたというわけだ。


「ねぇ、ドラコ、これはどういうこと?」


 その問いには答えず、彼は村人に挨拶しに行った。その様子を後ろで見ていたが、どうやらドラコ・キルギアスは、異文化を持つ部族の若者たちから絶大な支持を集め、神様のように崇められているということが分かった。


「これは武器庫じゃないか」


 村にある小屋を見学して回ったのだが、それ以外の言葉が見つからなかった。この村は山岳部族による武器の貯蔵庫だったのだ。おそらくだが、樹脂で加工した矢の製造拠点として作られた村なのだろう。


「ねぇ、ドラコ、こんなことをして大丈夫なの?」

「話してないのか?」


 ソレインは、僕が驚いていることに、驚いているようだ。


「悪いが、ジジと二人きりにしてくれないか?」



 それからドラコにひと気のない森の奥へと連れて行かれた。そこは山岳部族の間で『鏡の泉』と呼ばれている場所だと言っていた。水面を覗くと歪むことなく、ありのままの自分が映し出されるのだそうだ。


「ドラコがやってることは、武装化の手助けだよ。そんなことをしたら、僕はいいよ、でもミクロスや、ケンタスや、お兄さんのオルグさんにだって迷惑が掛かるじゃないか。それだけじゃなく、ユリスにだって責任が及ぶかもしれないんだよ?」


 ドラコが泉を眺める。


「もう一年以上も前になるが、俺が牧場の国有化の話を持ちかけた時、ソレインが助言者に会いに行ったのを憶えているか? それから半年後に牧場の話がまとまって、それでようやく、俺も会わせてもらうことができたんだ。老師様と会って、俺の人生観は一変してしまった。なぜ戦わなければならなかったのか、守るべきものはなんだったのか、そして停戦協定の意味を、すべて俺に教えてくれたんだ。やっと目を覚ますことができたんだよ」


 確かに、僕の目にもドラコは変わったように感じる。


「歴史というのは、俺たち戦勝国の立場から一方的に見るのではなく、敗戦国の立場に立ち、実際に当時の人たちの気持ちを想像できるまで知識を深めて、そこで初めて、正史について議論できるようになるんだ。俺たちが学んできた歴史は、あまりにも俺たちに都合が良すぎたのさ。敗戦国で戦っていた者たちだけに責任を押し付けて、戦勝国である俺たちの国の貴族たちは、正義面して奪い取った利権を独占しているのだからな」


 彼は何について話しているのか、僕には難しすぎて話についていけなかった。三十年前に終わった戦争のことならば、あれはカイドル帝国の暴君が起こした戦争だ。それが違うというのだろうか?


「その話と、ドラコのやっていることと、どう関係があるっていうの?」


 ドラコが山を見渡す。


「五十年前に結ばれたカグマン王国とカイドル帝国の停戦協定には重要な意味があったんだ。それは緊張状態を保ちながら、自国の文化を強化し、少数民族の独自性を尊重しつつ、それらを継続させるという、崇高な目的がね。しかし、それを快く思わない者がいたんだな。いや、ただの欲望か、それとも、その者にとっての崇高な目的なのかもしれないが、とにかく、その者は三十年前に勝利して、歳月を経た現在、その者が望む世界になりつつあるんだ。俺がやらなければならないことは、その者に気づかれないように抵抗し、その者の望む世界を壊すことなんだ。戦いに身を投じることになるが、俺は老師様が望んだ停戦協定の意義を、もう一度取り戻したいんだよ」


 ドラコは戦争を起こすつもりだろうか?


「それで、どうして国の政策に反する山岳部族の武装化の手助けをしているというの? こんなことをしては反逆罪に問われるだけじゃないか。ドラコは一体、誰と戦おうとしているんだよ?」


 ドラコが僕と真っ直ぐに向き合う。


「戦う相手が誰なのか、俺も分からないんだ。けど、それが誰なのか知った時には、もう手遅れになっている可能性がある。一人、当たりをつけた人物がいるが、それでも確証が持てなければ、裁くことはできない」


 そこで疑問が浮かんだ。


「反逆者になるかもしれないというのに、どうして戦うというの?」


 ドラコの顔が優しくなる。


「それは守らなければいけない人ができたからだ」


 そう言って、右手を僕の頬に添えた。


「ジジ、君もその一人なんだよ」


 彼が戦いに身を投じることで、どうして僕を守ることになるのだろうか? その因果関係が、僕にはどうしても理解できなかった。大切ならば、余計なことをせず、兵役を全うした方が無難であることは分かり切っていることだ。


 僕たちの国に何が起ころうとしているというのだろうか? そして、この世界はどう変わってゆくのだろうか? それ以上ドラコは詳しく語ってくれなかったので、僕には想像することさえもできなかった。



「よう、ジジ、久し振りだな」


 ソレインの小屋へ行くと、ミクロスが昼間から酒を飲んでいた。


「思ったより早かったな」


 ドラコの一言に、ミクロスが腹を立てる。


「あん? いま、なんて言った? 思ったより早いだ? オレ様は二十日も掛からずにオーヒンとカイドルの間を二往復もしたんだぞ? その前の分も含めれば、休まずに三往復もしてきたんだよ。思ったより早いんじゃなくて、これは驚異的な速さなんだよ」


 ミクロスがそんな仕事を頼まれていたとは知らなかった。


「それじゃあ、おれは席を外すよ」


 ソレインが気を利かせて小屋から出て行った。彼も僕と同じように、ドラコが情報をすべて共有する人間ではないことを知っているようだ。情報のコントロールは、ドラコの計略に関わる部分なので、詮索しないことで邪魔にならないようにしているわけである。


「ミクロス、酔っ払う前に話してくれ」


 ドラコがもっとも信頼を寄せている諜報員が彼というわけだ。


「もう少し労ってほしいもんだが、まぁいいや。先に話しておくことと言ったら、ケンタスのことだよ。どうやらアイツらカイドルに使いを頼まれたらしいぞ。ペガと、ボボっていう新入りの三人でこっちに向かってるって話だ」


 ドラコが眉間に皺を寄せる。


「弟は入隊したばかりだぞ?」


 新兵に伝令を任せるのは絶対に有り得ないことだ。


「知らねぇよ。でも、馴染の情報屋が『ハクタ市内で兵士と揉めてたのを実際に見た』と言っていたからな。それから『王都で裏も取ってきた』と言うし、まぁ、信じるに値する情報だと思うぜ。ただ、もたついているようだから、到着は今から二十日以上は掛かるだろうけどな」


 初任務なら二か月掛かってもおかしくない距離なので当然だ。


「まぁ、なぜアイツらがもたついたかっていうと、ガサの事件に首を突っ込んだみたいなんだよな。なんでも幽霊騒動が起こって、ほら、こっちでも王家の墓で似たようなことがあったろう? それがガサ村でも起こったっていうんだよ。そっちは解決したみたいだが、気になるのは、ランバが預かってる百人隊の同士が消えたってことだ。どうやらそっちの方が大きな問題になってるみたいなんだよ。現在も居所が分かっていないみたいなんだ」


 ミクロスが渇いた喉を酒で潤しつつ続ける。


「どうして情報が掴めていないかっていうと、ハクタ州とオーヒン国の間にある荘園で、立て続けに三件も連続して殺人事件が起こったからなんだ。それも領主ばかりを狙った犯行さ。五日前に三件だから、犯人が捕まってなけりゃ、もっと増えている可能性がある。オーヒン市警とハクタ州の国境警備隊が合同捜査本部を設置したが、犯行の手口から同一犯であることと、被害者がフェニックス家の血筋であるという共通点以外は見つかっていないという話だ」


 ドラコが黙って聞いている。


「ここからはオレ様の予想だが、フェニックス家に所縁のある領主が狙われているということで、それで自分も殺されるんじゃないかと思った領主が、ランバに警護を頼んだんじゃねぇかな? それなら納得いく説明になるだろう? まぁ、こんなことは異常事態だし、情報が錯綜しても仕方ねぇさ。いずれにしても確かなのは、フェニックス家の御旗を立てた荘園を襲撃しているテロ組織が存在しているということだな。それだけは間違いねぇ」


 ミクロスが思い出す。


「あとは不確かな情報なんだが、コルバ・フェニックス国王陛下が、実はしばらく前に死んでるんじゃないかって話も聞いたぞ。発表の時期を調整している段階だっていうんだな。でもそれならユリスの元に伝令を走らせるだろう? まさか、それを新兵のケンタスに任せることはないだろうし、この情報は間違っている可能性の方が高いだろうな。ただ、殺人事件の影響で、伝令兵の数が少なくなっているというのは事実らしいがな」


 ミクロスが判断を仰ぐ。


「ドラコよ、これからどうすればいいんだ? オレ様は殺人事件が気になるから、もう一度オーヒンに行ってやってもいいぜ? 往復で八日から十日ほど掛かってしまうが、じっとしてるよりも性に合ってるからな」


 ドラコが即断する。


「いや、今度は俺も行く。だから一緒に官邸に戻ってもらうことになる。そこで三人でオーヒンまで調査をしに行く許可をもらうんだ。問題はユリスに何と言って説明するかだな。諜報活動を行っていることは知られたくないんだ」


 ドラコが閃きを待つ。


「……ここはソレインの名前を使わせてもらうしかないか。できるならば名前を出したくないが、信頼できる情報として、それを元に調査しに行くとなると、名前を出さないわけにはいかないからな。彼と話をすり合わせておこう」


 ということで、ソレインを加えて今後の計画について打ち合わせをした。その話し合いが終わると、オーヒン国に行くとしばらく会えなくなるかもしれないということで、村民総出で盛大な宴を開くこととなった。


 半裸の男女が妖艶な歌と踊りを披露し、そこにミクロスも加わり、気を失うほど酒を呷るのだった。ドラコに倣って、僕もこの日は楽しむことだけを考えることにした。それでも、しばらく前から続いている嫌な予感が消え去ることはなかった。



「殺人事件?」


 官邸に戻ると、早速ドラコは長官室にいるユリスに出張の許可を求めるために事情を説明した。長官はアネルエの父親から貰った犬を抱いて、さらに詳しい話を聞くのだった。ちなみにその犬は大陸にしかいない非常に珍しい品種で『チッチ』と名付けられていた。


「その話は本当か?」


「ソレインからの情報でございます」

「そうか、ならば信頼性は高いというわけか」


 ユリスが確認する。


「フェニックス家を狙った犯行で間違いないのか?」

「確認いたしますので、ご命令ください」

「分かった。許可しよう」


 一連の殺人事件がフェニックス家の血脈を狙った犯行だとしたら、目の前にいるユリス・デルフィアスも狙われる可能性があるわけだ。初めてではないが、それでも今回はこれまでとは違った危険を感じる。


 ユリスのことは、どんなことがあっても守り抜かなければならないと思っている。最近は国王陛下への忠誠を、ユリスへの忠誠と考えている自分がいるくらいだ。フェニックス家の血脈の中でも彼だけは特別な存在だからだ。


 願わくば、ドラコも同じ思いであってほしい。



「最短ルートは、馬が足手まといになるんだけどな」


 ミクロスはそう言うが、ドラコや僕は彼のように走り続けることができないため、馬に荷物を背負ってもらうことにした。馬を連れて行くだけで二日から三日は遅れて到着すると言っていたが、こればかりは仕方ない。


 オーヒンへの出張が決まって、密かに楽しみにしていることがあった。それはタンタンの墓参りをすることだ。今はそれだけを期待して、一日が過ぎ去っていくのを数えている状態だった。

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