表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
60/244

第十六話(60) ユリスの結婚

 兵舎に戻ると、ミクロスが僕の部屋にやってきて、暗殺未遂事件についての詳細を知りたいと言うので、その時の状況を始めから説明してやることにした。話が終わると、彼は首を捻るのだった。


「分かりにくい説明だな」

「仕方ないよ。いきなり矢が飛んできて、パニックに陥ったからね」

「さっきは『先に女の声がした』って言わなかったか?」

「そこら辺は、よく憶えてないよ」


 そこでミクロスが腕を組む。


「本当はドラコが狙われたんじゃないのか?」

「誰に?」

「王女が連れてきた召使いの女だよ」

「弓なんか持ってなかったよ。地面にも落ちてなかった」


 そこで思い出す。


「それに、そう、エルマが叫ばなかったらユリスは射抜かれていたと思うんだ。それで主に怪我を負わせたのだから、彼女自身は責任を痛感しているだろうけど、彼女に感謝することはあっても、疑うことなんてできないんだ」


 ミクロスが大きな鼻をかく。


「だったら、その射手はドラコの想像を遥かに超えていたんだろうな。オレらが知ってる射程距離とは大きく違うんだよ。本家のモンクルスもカイドルの帝国領で惨敗したし、フィルゴは警戒範囲の判断を誤り、ドラコは捜索範囲を誤ったわけだ。それで取り逃しちまったんだもんな」


 そこでニタッとする。


「まぁ、オレ様がいたら何事も起こらなかったろうけどよ」


 アネルエ王女は怪我を負ったということで、旅の一行は王女が全快するまで滞在が引き延ばされた。それを決めたのは州都長官のユリス・デルフィアスである。王女の怪我自体は軽傷であったが、身体に痺れを感じるということで、無理をさせなかったのだ。


 それからのユリスはとても献身的で、おはようの挨拶から、おやすみの挨拶まで、一日も欠かさず迎賓館に通い詰めて看病していた。命を救われたことと、そのせいで怪我を負わせたことで、責任を感じたのだろう。


「両腕を怪我したわけじゃないのに、食事の手伝いをしているんだぜ?」

「なんだそれ?」

「ああ、俺も殿下が包帯を巻き直しているのを、たまたま見ちゃったよ」

「こりゃ、ご成婚パレードも近いな」

「出会ったばかりの女じゃないか」

「また護衛官閣下が反対しそうだぞ」


 迎賓館の警備をしている衛兵の話だが、これが長官や王女と近い距離で働いている召使いの女たちならば、もっと生々しく語られていたことだろう。王宮に女友達がいるケンタスとぺガスから、そんな話を聞いたことがあるからだ。



 それから一週間後に会議が開かれた。メンバーは側近のフィルゴ以下、ミューレ、古株のローマン、ドラコ、ミクロス、そして僕を含む七人だ。議題はユリスの結婚問題である。おかしな感じだが、議長はユリス自らが務めるようだ。


「幸いにして軽傷だったため、傷痕は残っているが、アネルエ王女は全快に至った。それは喜ばしいのだが、健康上の不安がなくなったとなると、これ以上は引き止めておくこともできなくなる」


 そこでユリスが意を決する。


「この際、率直に言おう。諸君らには隠していたが、私はアネルエ王女に好意を抱いている。まさかとは思うだろうが、そのまさかなのだ。これ以上秘めておくこともできず、それで集まってもらったわけだ。それで結婚について、諸君らに意見を聞きたいと思ったのだ」


 集まった六人は互いに顔を見合わせ困惑しているところだ。

 こういう場合、真っ先に意見するのが補佐官のフィルゴだ。


「殿下、誠に恐縮ではありますが、私奴わたくしめの考えを申し上げますと、王女とは、まだ出会ったばかりではございませんか。記憶が確かならば、二週間と経っていないはずでございます。それでは時期尚早と申し上げる他にございません。重ねて申し上げますと、殿下のご成婚ともなれば、私どもだけでは判断いたしかねます故、一度王宮へ伝令を走らせ、書簡にて判断を仰ぐというのはいかがでございましょう? 同席している者も、それ以上のことを申し上げることはできぬのです」


 これはフィルゴの言う通りだった。家名を変えたとはいえ、ユリスは王家に復帰が可能なフェニックス家の王子だ。王家の結婚というのは、会議室で決まるのが常である。しかも僕が参加できるレベルの会議ではなく、貴族院の官僚だけで行われる会議だ。


「私は自分の意思で自分の人生を決めるために家名を変えたのだ。それなのに、わざわざ王宮に伺いを立てては、これまでの決断に意味がなくなるではないか。フィルゴ、どうしてそのことを分かってくれないのだ」


 ユリスが僕たちの顔を見渡す。


「ミクロス、貴君なら分かってくれるんじゃないのか?」


 味方になってくれそうな男を指名した。


「いや、悪いですけど、オレ、じゃなかった、私もフィルゴの意見に賛成ですね。殿下の結婚相手というだけじゃなく、賓客として相応しい相手なのか、ちゃんと調べてみる必要があったと、今でも思っていますよ」


 ミクロスはうるさ型のフィルゴのことが嫌いだが、だからといって大事な会議で反対の立場に立つような男ではない。彼は他人を嫌うこと以上に、自分のことが好きなのだ。だから自分の意見を曲げることはないのである。


「ドラコ、王女の素性は確かだったな?」


 ユリスが次に味方してくれそうな人物を指名した。


「はい。オーヒン国の王妃となる可能性のある女性でしたから、素性が確かであることは間違いございません。しかしデモン・フィウクスと繋がりがあったという事実が、懸念の一つであることも、疑いとして拭い去ることができないのです」


 現在はデモン・マエレオスと名前を改めたが、彼のような狡猾な男を相手にすると、すべてがデモンの企みではないかと考えてしまうのだ。これはドラコだけではなく、僕も同じ考えだった。


「デモン・フィウクス? あの男はすでに失脚したではないか」


 ドラコはユリスにデモンの出自を報告していないのだろう。

 ユリスがイライラしている。


「諸君らは勘違いしているな。私は反対してほしくて会議を開いたわけではないのだぞ。どうやったら安心して結婚できるのか、その方法を知りたくて相談しているのではないか。なぜなら、私が求婚すれば断る者などいないのだからな。それが問題だと言っているのだ」


 長官はバカでもなければ愚かでもない。それどころか、彼ほど己の立場を知る人物はいないのである。だからアネルエが財産や地位に目がくらむ女性ではないことを証明したいのだろう。しかし、それを結婚前に知るのは難しい話だ。


「なにかいいアイデアはないのか?」


 ユリスの期待に誰も応えられなかった。


「王女が大陸に戻られては遅いのだ」


 そこで老兵のミューレが手を上げる。


「ドラコ殿、一つよろしいか?」

「なんでございましょう?」

「イワン・フィウクスが死んだのは、いつでしたかな?」

「今年の二月です」

「結構」


 そこで老兵がユリスに向き直った。


「殿下、そういうことならば、今すぐ結婚を申し込まれてはいかがでございましょう?」


 ユリスが驚いている。


「今すぐというのは?」

「本日でも構いません」

「今日、求婚しろというのか?」


 ミューレがゆっくりと頷く。


「返事一つで、王女が殿下に相応しい相手か否かが分かることと存じます。つまりこういうことでございまして――」


 そこで老兵から判定理由の説明を受けると、すぐにユリスが立ち上がった。


「よしっ、プロポーズしてこよう」


 それからフィルゴが指示を出す。


「ジジ、証人として立ち会うように」


 ということで、日頃から護衛の任に当たる僕がユリスのプロポーズに立ち会うことになった。上級貴族ともなると一日中見張りがついているものだが、求婚という特殊な状況も例外ではないということだ。



「アネルエ王女」


 迎賓館の貴賓室でユリスが王女と向かい合った。


「殿下、どうされたのですか?」


 ユリスは緊張して言葉が出てこない様子だ。

 僕や他の護衛の二人は、それを近くで見守るしかなかった。


「今日は、お願いがあって、伺いました」


 ユリスが言葉を振りしぼるように口にした。

 アネルエ王女が優しく微笑む。


「殿下のお願い事ならば、どんなことでも、お力になりたいと思っております」


 僕まで好きになりそうだった。

 そこで、ユリスが片膝をついた。


「では、私と結婚してください」


 あまりに不意だったのだろう、王女が固まってしまった。

 ユリスが手を差し出す。

 しかし、アネルエはその手を握ろうとしないのだった。

 それどころか、悲しい顔をするのである。


「それだけは、いくら殿下の頼みでも、お受けするわけには参りません」


 ユリスが立ち上がる。


「そなたは、断ると言うのだな?」


 アネルエが頷く。


「はい」

「では、願いではなく、余からの命令ではどうだ?」


 アネルエが首を振る。


「いいえ、殿下、それでも、お受けするわけにはいかないのです」


 その瞬間、ユリスとアネルエの結婚が決まった。


「ジジ、聞いたな?」

「はい、殿下、確かに見届けました」


 アネルエが不思議そうな顔をしていた。

 それに対して、ユリスは満面の笑みを浮かべるのだった。


「よければ、断った理由を聞かせてくれないか?」

「それは、今の私は喪に服しているからでございます」


 まさにそれは老兵が望んだ答えだった。婚約者を二月に亡くしているならば、今も喪に服しているはずだから、異教徒でなければ、必ず断るはずだと言っていたのだ。ユリスが結婚する上で、それはもっとも重要な条件なのである。


 ユリスからのプロポーズは千載一遇のチャンスでもあるので、金に目がくらんだ女ならば、絶対に断ることはないとも言っていた。二度目の求婚など想像できるはずもないので、アネルエ王女に打算はないと断言できるだろう。


 イワン・フィウクスの婚約者なので、どうしても胡散臭いイメージがあったが、彼女はマザー・マリンやアンナのように歴史を裏で動かした人ではなく、歴史に翻弄された側の女性だったわけだ。


「アネルエ王女、試すような真似をして申し訳ありません」


 ユリスが改めて謝罪した。


「それは、どういうことでございますか?」


 そこでユリスはすべて説明するのだった。


「ですから、喪が明けたら、私と結婚してほしいのです」


 改めて、ユリスが求婚した。

 アネルエは笑顔を見せなかった。


「殿下、そのお返事は、やはり喪が明けるまで待っていただけないでしょうか? 今の私は、喪に服している女にすぎないのです。そのような私に求婚するというのは、殿下の印象を損なう恐れがあります。それは殿下にとって良い事とは思えません」


 王女は自分の幸せよりも、ユリスの社会的な立場の方を尊重して考えているようだ。そういう風に子どもの頃から洗脳に近い形で教育されてきたのだろうが、それが哀しくもあり、美しくも見えるという、貴族社会独特の切ない人間模様に見えた。


「アネルエ」


 そんな哀しき王女を抱きしめたのがユリスだった。

「ユリス様」


 殿下の背中に回した手に力が込められた。

 それを護衛は無表情で見つめるのだった。


「また春に会おう」



 しばしの別れだった。ユリスは州内に留まることを希望したが、アネルエがそれを拒んだのだ。彼女は二月まで喪に服すということで、アンナがいる教会で寝食することを選んだのだった。そこで大陸から両親を呼び寄せて、改めて伺うということで話がまとまった。


 実際にアネルエ王女が両親を州都官邸に連れて来たのは、三月の中旬だった。冬場の渡航は危険でもあるし、喪が明けてから出立したので時間が掛かったのだろう。早すぎないところにアネルエ王女の誠実さが現れていた。



 三月ということは、僕たち三人がカイドル州の警備局に赴任してから一年が経とうとしているということだ。振り返ると、僕は何も成長していないように思える一年だった。走ることに自信がつき、弓矢の腕が上がったくらいだろうか。


 ミクロスも特に変わった様子はなかった。毎日走ることを欠かしていないので、さらに足が速くなり、休まずに遠くまで行けるようになったとは言っていたが、それを確かめられる人はどこにもいないので、実際は分からなかった。


 ドラコはソレインと仲が良くなっただけで、生き死にを懸けていた頃とは別人のようになっていた。『モンクルスの再来』という言葉も久しく耳にしていないし、牧場を国有化させるために奮闘していた頃の情熱も感じられなくなっていた。


 王都の王宮では、もうすぐ新兵が入隊してくる時期になるが、今年はドラコの弟のケンタスと、幼なじみのぺガスが入隊するので、ひょっとしたら数年後には、彼らの方の階級が上になっている可能性もあった。


 一つだけ心配なのが、僕たちが処分を受けてカイドル州に左遷させられたことによって、ケンタスが犯罪者の弟として扱われてしまわないか、という懸念である。地方へ飛ばされただけで不祥事を起こしたと短絡的に考える人が多いのも事実だからだ。



「おいおい、マジかよ?」


 ミクロスが驚いているのは、アネルエの両親がとんでもない格好をしているからだ。


「なんだよ、あの光る石。とんでもない金持ちじゃねかよ」


 成婚パレードに参加するために、アネルエが大陸から両親を呼び寄せたのだが、それがとんでもない大富豪だったわけである。ジマ国という国自体は大国の陰に隠れた小さな国らしいが、国王陛下はオーヒン国の国王など目じゃないくらいの金持ちだと分かった。


 通常はオーヒン国からカイドル州まで二十日も掛かるので、途中で山賊に襲われないように地味な格好をして移動をするものだが、ニール・セルぺス国王陛下は、派手な装飾品を身につけて馬車に乗ってやって来たのだった。


 しかも大陸から連れてきた護衛官だけではなく、オーヒン国で雇った私兵まで連れてくるという気前のよさを見せつけていた。百人以上は優に超えているので、並の山賊では手が出せるわけがないのだ。


「ちきしょう。ホンモノの金持ちだったか」


 ミクロスが、意味もなく後悔しているようだ。

 出迎えた警備兵も素直に驚くしかなかったようだ。


「パレードの警備は問題がなさそうだな」

「あれだけガッチリ守っているなら、俺たちの出る幕はないよ」

「補佐官閣下に怒られなくて済みそうだ」

「ハハッ、そいつはありがたい」

「向こうの方が格上なんじゃないのか?」

「どの程度の歴史があるかだな」

「でも釣り合いが取れて良かったよ」

「ああ、お似合いの夫婦だ」


 それが兵士たちの本音である。僕も彼らと似たような考えだった。ユリスがアネルエと結婚したいと聞かされた時は、正直なところ、彼女に騙されているのではないかと心配だったが、いま思うと杞憂だったわけだ。


 アネルエ王女がユリスの財産に興味を持たないのも納得である。ニール国王陛下の装飾品やセノン王妃の宝石類など、もうすでに彼女は富を手に入れていたからである。他にも姉妹がいるらしいが、アネルエ王女の人生は始めから安泰だったわけだ。


 それとは別に、パレードの前日だというのに、ドラコが暇そうにしているのを見て、堪らなく悲しくなったのも忘れられない記憶になりそうだ。大きなイベントがあるというのに、仕事がないというのは、必要とされていないように映るからだ。


 そして、その翌日、ドラコが仕事をすることなく、ユリスとアネルエの成婚パレードは大盛況のうちに終わったのだった。フィルゴ補佐官とセルぺス家側の警備責任者が協力して、大成功に導いたのだ。


 パレードの翌日、予定通りにセルぺス国王陛下ご夫妻は帰られてしまった。ユリスはフィルゴの達ての希望により、貿易関連の仕事について協議したいと申し出たのだが、『それは別に機会を設ける』と言って、ユリスの申し出を拒否したのだ。


 その答えに満足したのがユリスだった。なぜなら彼にとってアネルエとの契は、政略結婚とは無縁であったからだ。アネルエとの間に利害関係がないということが、ユリスに喜びを与えたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ