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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第五話 フェニックス家の歴史

 次の三連勤の最終日も歴史を学ぶ時間に充てられた。今度は王家の歴史についてである。そこで最初に知ったのは、不死鳥と呼ばれている国旗だが、正確には獅子に羽が生えた架空の動物というのが本当の正体だと判明したことだ。


 国旗の由来については諸説あるそうだが、最も有力な説は、舟のない時代に世界が水に飲み込まれ、その時に羽の生えた獅子の背に乗ってこの地に降り立ったのが、現在の王家のルーツであるということだ。つまり神話というわけだ。


「北方民族からの侵略に抵抗しながらも、徐々に支配地域を取り戻し、巨石時代から残る王宮を無傷で守り抜くことができたのは、ひとえにフェニックス家がこの地に血を捧げてきたからである――」


 文官は前回と同じく話の長い白髪の爺様である。


「であるからして、諸君らが国に奉公するのは当然の行いなのだ。フェニックス家が存在しなければ、諸君らは今頃カイドル国の奴隷となり働いていたやもしれんのだからな――」


 要するに、敵国の奴隷にはならなかったが、フェニックス家の奴隷であることに変わりはないということだ。


「町には兵役に反対する愚かな者もおるが、そやつらは戦いもせずに、平和になった世の中を謳歌おうかしている怠け者の詩人にすぎない。その点、諸君らは恵まれた環境にあると自覚せねばならん――」


 奴隷環境ですら感謝しろと言いたいわけだ。


「北方民族の侵略から我々の祖先を救ったのは鉱石だった。いつの時代も石こそが人類の歴史を左右させてきた――」


 資源が大事ということだ。


「大陸東部では二千年から三千年前には青銅の技術があり、千年から二千年前には製鉄の技術が存在していたといわれておる。しかし大陸の西端に伝わったのが五百年前で、我々の島に伝わるまで、そこからさらに数十年、または百年以上を要したというのが現在の定説だ――」


 大陸の歴史はすごい。


「島内でも青銅の武器は権勢を誇ったが、戦争が終わることはなかった。二百年前といえば、既に大陸では製鋼技術も進歩しており、鉄鉱石を有する北方民族も、その硬さで充分対抗できるようになっていたからである――」


 現在の武器はすべて鉄製だ。


「一つの島に二つの国があっても、平和に暮らすことができれば問題はなかろう。それが一人の暴君の誕生で再び全土を揺るがす戦争時代へと突入したのだ。やはり侵略者の血は早々にきれいになることはないということであろう――」


 かなり端折られているような気もするが、黙って聞くしかなかった。


「そう、ジュリオス三世の即位が悲劇の幕開けとなった。この時は、まさかカイドル国が滅亡するとは誰も思わなんだ。いや、こやつの話は別の機会としよう。この暴君めは流星によって天に裁かれたのだからな――」


 俺もタウル山の向こう側に隕石が落ちた話は両親から何回も聞かされていた。もしも隕石が山の手前の方に落ちていたら家族がみんな死んでいたという話だ。規模としては王都を消滅させるだけの大爆発があったそうだ。


「罰が当たったのだろうな。天は我々を見捨てなかった。隕石の一部から発見された鉱石は、この世に存在する石の、あらゆる性質と異なっておった。どのように加工したかは明かせぬが、鉄鋼よりも硬いのは確かだ。その上、軽いというのが最大の利点であった。それが大剣を打撃による鈍器どんきから斬撃ざんげき利器りきへと変えたのだな。身軽な子どもにとっては暗殺剣となり、腕力のある大人ならば、刃こぼれしない大剣は人体を縦に切断できるほどの魔剣となった。それがこの世に二つとない黒金の剣である――」


 伝説の剣だ。


「しかし、その黒金の剣は呪われておった。最初にその大剣に斬られたのが当時の王である、十四代オルバ・フェニックスであったのだからな。『兄王』という愛称で民から親しまれていた、現国王の御兄上おあにうえのことだ。身の回りの世話をしていた侍女の息子に大剣を奪われ、寝室で首を斬られた姿で発見されたそうだ。最初に大剣を握った者が国王を暗殺したことで処刑され、持つ者を不幸にするという噂が広まり、しばらく誰の手にも渡らぬように保管されたのだ。だが、ジュリオス三世の侵攻は止まらず、魔剣を使わざるを得ない状況まで追い込まれていたのだ――」


 劇作家が書いた芝居のような話だ。


「そこで黒金の剣を持つに相応ふさわしい男として選ばれたのが、剣聖モンクルスであった。『カグマン国にモンクルスあり』と恐れられた男で、両国の和平交渉の鍵を握っておった重要人物でもあった。事実、ジュリオス三世が即位するまでは不干渉条約があり、モンクルスが引退した後の二十年間は平和そのものであった。皮肉なことだが、平和な暮らしが長くなると、付け入る隙が生まれてしまうものなのだな。北方民族など、条約を結べる相手ではなかったのだ。奴らは剣聖が老いるのを待っておったのだろう――」


 文官が興奮しながら続ける。


「ジュリオス三世は暴君であったが、彼奴きゃつが恐れられたのは先陣を切って自ら戦う、その嗜好にあった。残虐な殺し方を好み、戦地では味方ですら背を向けないようにしていたそうだ。もはや彼奴に対抗できる者は、いや、正面を切って挑めるのは剣聖の他にいなかったのだ。しかし当時のモンクルスは齢五十を超えて、二十年も前に戦から身を引いておったのだ。誰もが衰えた剣聖に不安を抱いておったが、黒金の剣を持ったモンクルスは三十歳も若返ったかのように華麗な剣術を見せたというではないか――」


 剣聖モンクルスこそ、俺やケンタスにとっての英雄だ。五十を過ぎた老人が二十歳のジュリオス三世をやっつける伝説は、芝居はもちろん、町の弁士の口から何度も語られ、祭事では踊りと歌で表現されることもある。とにかくモンクルスこそ、至高の存在なのだ。


「ジュリオス三世に致命傷を負わせた以後の剣聖については分かっておらん。しかし剣聖が摂政の地位を望まなかったことが、現在までの王政を築いたともいえるわけで、やはりモンクルスは剣術だけではなく、政治の在り方も理解しておったということであろうな。諸君らがモンクルスになることは叶わんが、その生き方から多くを学ぶことは可能である。よいな? 剣聖はフェニックス家のために戦ったが、その刃先を王家に向けることはなかったのだぞ」


 それはモンクルスに重ねて俺たちに、クーデターを起こすような真似はするな、と諭しているのだ。さらに、手柄を立てたからといって報酬を強請ゆするな、とも強要しているように聞こえる。王家に取り入るなど以ての外だ、とも。


 これは『剣聖の過ち』として後世から批判を受けている部分でもあった。出世を望む者は決まって上官から「モンクルス以上の待遇を望むな」と言われ、諦めさせる時に剣聖の名前が利用されてしまうのである。


 だから、引退するなら充分な報酬を受け取るべきだ、というのが兵士の本音で、そこで町の人間と兵士の間で評価が若干異なってしまう現象が起こってしまうのだろう。確かに今までの俺にとっては英雄だが、新兵になった今は不満があるというのが正直なところだ。


 平民出身のモンクルスが摂政を行っていれば、現在の王国も少しは変わっていたかもしれない。実力主義が反映されて、軍閥が幅を利かせるということもなかっただろう。現在の軍閥は剣聖の境地に達するどころか公職にあぐらをかいているようにしか見えないからだ。


 そんなことを考えながら、この日もフェニックス家の歴史をまとめた書物を写し書きした。兵舎の中は昼間でも薄暗く、曇ると細かい作業が難しくなるが、火の使用が許されていないため、日没までに書くことができない人は朝早くに起きて外で書いていた。



 翌日の休みは、そんな新兵を横目にしながら、俺たち三人は王都の街中へと繰り出すことにした。ケンタスはいつものように剣術の練習がしたいと言っていたが、たまには息抜きも必要だと思ったので強引に連れ出したのだ。


 目的は単純に目の保養である。都にいる女の子を見ていたいのだ。見ているだけでも幸せな気分になる。結婚が許されるのは新兵と呼ばれる期間が終わる三年後の十八歳になってからだが、恋愛は自由だ。


 ただし街に出ても新兵は女子から相手にされることはなかった。人気があるのは土地持ち農家の長男で、その次が資産を持った商家の長男で、その次が軍閥の息子たちといった感じである。軍閥の男は女の方にも家柄が求められるので人気が高くはなかった。


 長男に生まれていれば、それだけで十五歳での結婚が許される。その辺には同じ血を分けた兄弟でも明確な差別が存在した。しかし子どもが成長するまでの生存率が低いために、跡取りを残すことが重要な長男にとっては、必要な区別なので仕方のないことだ。


 都には五十万人以上の人が暮らしているそうだ。徴用産業があるので自ずと人が集まってくるのだろう。都の周りの農家が比較的豊かなのは、貢租こうその他に作物を貨幣と交換することが簡単だからである。


 といっても、貨幣の流通が安定したのは最近になってからで、三十年前までは戦時中ということもあり、あらゆる資産は接収され、あるのは土地の保証くらいだった。それすら戦況によっては無効になり得るので、やはり戦争は恐ろしいのだ。


 貨幣についても良貨ならば価値は残るが、悪貨ならば国が滅んだ途端にゴミ屑となってしまう恐れがあるため安心はできなかった。貨幣価値というのは、地域や時代によって変わるため、記録に残すのが難しいというわけだ。


「あれは何だ?」


 町を歩いていると、事あるごとにボボが尋ねてくるのだった。それは輸入品の農具だったり、見たことのない果物だったりするのだが、俺やケンタスでも口にしたことがない食い物もあるので説明するのが難しかった。


「上等な干し肉だ」


 ケンタスも興味津々だ。


「あれは牛肉だが、世の中には豚肉を塩漬けにした生肉があるらしく、兄貴が言うには、それが最高に美味しいという話だ。この辺の気候では作れないと聞いたが、一度は食べてみたいものだな」


 ボボも市場の虜だった。


「オイラは大陸にあるという辛味野菜が食べてみたいな。どんな食べ物にも合うらしい。焼いて良し、煮込んでも良し、炒めても良しと、万能調味料と呼ぶに相応しい食材だそうだ」


 こういう話は放っておいても伝播でんぱするものだ。大陸と繋がりのある農家なら外国産の作物を自分の畑で栽培しようとするし、もし国王が気に入って献上品に指定されたら大金持ちになることだってある。そういった夢のある話も平時だから可能なのだ。


 しかし二人とも女の子よりも市場の食い物にしか興味がない様子だった。食い物を凝視して生唾なまつばを飲み込むコイツらの姿を見ていると、心の底から情けなくなってくる。一緒にいるのが恥ずかしくなってくるくらいだ。


 俺の目当てはあくまでも女の子だ。お金がないのに食い物を眺めていたって仕方がないからだ。どうせお金がないのなら、階段広場で女の子を見ていた方が楽しいに決まっている。二人とも興味がないはずないのだ。それを見せないようにしているのも腹が立った。


 階段広場は市街地の中心にあり、そこから放射状に町が形成されていた。巨石時代は神殿と呼ばれていた場所らしく、河川工事も完璧で、水害で町が水浸しになったという話は聞いたことがない。階段の先の高台には、王宮がのぞめて、その景色が誇らしく感じられた。


 王宮へ連なる階段の縁で座りながらパンや焼き菓子を食べるのが、若い恋人たちの休日の過ごし方である。大道芸で小銭を稼ぐ人もいるので、会話がなくても一日中楽しめる場所となっていた。


 徴工された女の子の姿も見受けられた。肌を一切見せてはいけないという決まりなので区別しやすいのだ。彼女たちは兵役期間のある男と違って、徴用期間は設定されていなかった。だから両家が認めた結婚ならば十五歳で嫁いで行く者もいるそうだ。


 戦争が終わる前は自由に恋愛をさせてもらえない家も多く存在していたが、しきたりに縛られていた世代が親になり、平和な世の中になったという条件が重なったことで、大分緩和されてきたという話だ。


 でも、それは都市部に限った話で、地方の情勢とは事情が異なるそうだ。近親婚は病気のリスクを高めるので、島にいる少数部族でも交配に気をつけているというのが常識だ。それでも常識通りにはいかないというのが現実として存在するというわけだ。


 特に権力者の間では世継ぎの問題が生まれてくる子どもを不幸にしていた。血の濃さを大事に考えたい気持ちも分からなくはないが、血が濃すぎて液体が個体になっては死に絶えるだけなのである。といったところで、俺には生涯無縁の話である。


 それよりも街の女だ。女工の顔には様々な特徴があった。毛深く色が白い顔もあれば、肌が浅黒く栗色の髪をしている顔もある。俺にはどちらも魅力的に感じる感性が備わっているようで、この感性こそ、俺の最大の長所といえるだろう。


 そんなことを考えながら、俺は市場でもらったイチジクを階段に座りながら食べていた。ケンタスが露店の農婦に気に入られて貰ったのだ。今度ウチの娘を紹介するからと言われて、照れ笑いを浮かべていた。


「冷静に考えてみろ、果樹園の娘をもらえるなんて最高じゃないか」


 俺の言葉をケンタスが訂正する。


「その場合はもらうんじゃないな。あちらがもらう側だ。そんな認識だからペガには声が掛からないんだ」

「ふんっ、どうせ俺はモテないよ」


 と強がってみたものの、ケンタスの指摘は自分でも理解していた。農家に男児が生まれるとは限らない。その場合は婿をもらうか養子を迎えるわけだが、正直、土地付きの女というだけで魅力を感じるのは事実だ。きっと、その心根を見透かされてしまうのだろう。


「お前さんたち、王宮の新兵だね?」


 突然、髭を生やした老人に声を掛けられた。


「今すぐ家に帰るがいい。これから良くないことが起こると鳥たちが言ってるよ」


 そこで不気味に微笑んだ。


「占いなんてしないのさ。わしは渡り鳥の言葉が分かるんじゃよ」


 ああ、この人は町で有名な占い師のヒゲ婆だ。


「みんなに言ってやるわけじゃないんだよ? 逃がしてやりたくなるような、いい男にしか教えてやらないのさ」


 黒衣をまとっているということは、戦争で夫を亡くした女性だ。


「戦争になんて行くもんじゃないよ。行ったって、誰も褒めてくれやしないんだからね」


 退役軍人や戦争未亡人が世間から忘れ去られていく存在であることは否定できなかった。


「誰が戦没者に祈りを捧げてるというんだい?」


 確かに俺は徴兵で死んだ兄貴のことを考えるだけでいっぱいだ。


「お前さんたちも王宮で王家の歴史を教わったんだろう?」

「はい」


 と俺が代表して答えた。


「歴史を書き写すように言われたね?」

「はい」


 ヒゲ婆が興奮する。


「そんなのは捨ててしまうんだ。国が教えるような王宮の歴史なんて嘘しかないんだからね。文字も満足に読めないような子どもに、文字を教えずに、書き写すことだけをさせるのさ。昔からやることがデタラメなんだよ」


 確かにヒゲ婆の言う通り、それは教育ではないのかもしれない。


「いいかい? もう一度だけ言うから、ババの話をよく聞くんだよ。とにかく少し前から渡り鳥が騒いでいるんだ。この世のどこかでおかしな事が起こったのかもしれないよ。わしらの島まで異変が起こるかもしれないから、軍隊になんかいちゃいけないんだ」


 そう言うと、急いで立ち去ってしまった。ヒゲ婆が突然去ったのは、彼女を捕まえようと町の警備兵がやって来たからだ。王都の警備兵といえば軍閥出身の高級士官候補のはずだ。それは口振りにも表れていた。


「新兵だな? 知らぬと思うから忠告しておくが、あの老女とは今後一切言葉を交わさぬよう心掛けることだ。戦争未亡人じゃなければ処刑されるようなババアだからな。出鱈目でたらめばかり吹き込むような魔女だ。騙されぬように気をつけることだ」


 王都の歴史はデタラメだと言われた後に、老女の話は出鱈目だと言われる。つい、後から聞いた方に真実味を感じてしまうが、実際のところは分からない。どちらも正しく、どちらも間違っている場合もあるからだ。こういう時は一旦思考を保留させるに限る。


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