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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
48/244

第四話(48) フィウクス家の一族

「ジジ、起きるんだ」


 ドラコに起こされる朝は、いつも目覚めが良かった。


「今日は誰と会うんだっけ?」


 ドラコが答える。


「財務官をしているフィウクス家の親子だが、少し説明しておいた方がよさそうだな」


 ということで、貴族街に行く前に、兵舎の副長室でランバから説明を受けた。


「このフィウクス家というのが厄介でしてな、相当注意が必要と思われますぞ。というのも、当主のデモン・フィウクスという男は、今は亡きカイドル帝国出身で、しかも要職に就いていたという話もありますからな」


 意味の分からない話だ。旧カイドル帝国の政治家がオーヒン国にいるということは、滅亡前に亡命したということだろうか。そうだとしても、その人がオーヒン国の財務官に就いているというのはおかしな話だ。


「しかしカイドル帝国の滅亡に裏があったとしても、証拠がない以上は余計な詮索をしない方がいいでしょうな。デモンに関してはこれからゆっくりと調べるとして、今日のところは歴史の話題は避けて、亡命者という認識も持たず、オーヒン国の政治家の一人として接するのが無難でしょうな」



 それから貴族街へ向かったのだが、フィウクス家の邸宅はとても目立たない外観をしていたため、捜すのに少しばかり時間が掛かってしまった。財務官の家ということで、てっきりコルヴス家よりも大きな家だと思い込んでいたのである。


 周囲の邸と比べても質素で、とても重要なポストに就いている貴族の家だとは思えなかった。壁や門に警備兵を立たせていないことから、家の中に金目の物がないことも推察できた。


 門を潜っても、植物を丁寧に世話しているくらいで、彫刻品の類は一切見受けられなかった。邸宅の中に入ってもそれは同じで、薄暗い廊下は清潔だが、貴族の家だと言われなければ、教会の中を案内されていると思ったことだろう。


 通された応接間の中も質素そのものだった。調度品が一切見当たらず、テーブルに椅子が十脚ほどセットされているだけである。だからといって、ぞんざいな扱いを受けているわけではなかった。すべてにおいて、このような具合なのだ。


 しかし考えてみれば、この財務官の倹約っぷりが、わずか三十年でオーヒンの首都を島一番の経済都市に押し上げたとも考えられるわけだ。貴族が貴族らしからぬ生活をしていれば、国民にとっても良き手本となり得るからだ。


「あまり時間がないので座ったままで結構だ」


 デモン・フィウクスは、入るなりそう言った。

 僕たちは立ち上がりかけていたのだが、三人とも座り直すことにした。


「こちらは次兄のハンスだ。息子が是非にと言うのでね、会うことにしたのだ」


 そう言って、父親のデモンとハンスは僕たちの真向かいの椅子に座った。

 警護は入り口の中と外に一人ずつ立たせているだけだった。


「単刀直入に聞こうではないか。コルヴス家と接触した目的は何かね?」


 デモンが冷たい目でドラコをギロリと睨みつけた。彼は情報によると五十を過ぎているらしいが、まったく老いを感じさせなかった。場を圧倒しているのは、決して大柄な体格だけが理由ではないだろう。王様のような強さを感じるのである。


 赤茶色の髪と顎まで生えたモミアゲが逆立っており、大陸にいる動物に似ているということで、『赤獅子』とか、『ライオン皇帝』と呼ばれているそうだ。ひ弱そうな息子のハンスとは、髪色くらいしか似ていなかった。


「目的があって、こちらから会ったわけではございません」


 ドラコ以外は口を開くことができる雰囲気ではなかった。

 デモンが頷く。


「実に簡潔なる答えだ」


 褒めたようだが、表情は変わらなかった。


「しかし、キルギアス。貴君は最初に会う相手を間違えたようだ。あの男は貴君に協力を求めなかったかね? 『私の力になって欲しい』とか、『君を高く評価している』とか、そんなことを言われたのではないのか?」


 ドラコが即答する。


「はい。閣下の仰る通りでございます」


 デモンが冷笑を浮かべる。


「それで貴君はなんと答えたのかね?」

「返事はしませんでした」


 デモンが感心する。


「ほほう。決断を延ばせるとは、たいしたものだ」


 僕はデモン・フィウクスの威圧感に押し潰されそうになっていた。これまで会った人の中で、もっとも怖さを感じる人だと断言してもいいだろう。彼がカイドル帝国の最後の皇帝だったとの噂もあるが、そうであっても不思議ではないと思った。


「キルギアスよ、貴君がゲミニ・コルヴスの誘いに乗らなかったのは賢明だったぞ。あの男は息子を次期国王にするために、お前の人気を利用したいだけなのだからな。奴のことだ、おそらくだが、国防の全権を任せるとでも口約束したのだろう」


 デモンの予想は、いずれも正解ばかりだった。


「妙な気は起こさん方がいい。関わってはいかんのだ。あの男や、この国ともな。お前は『モンクルスの再来』として、すでに将来が保証された身であるのだ。もしもそれ以上を望むのならば、必ずや何かを失うことになるであろう。それが人生というものなのだよ」


 その言葉は脅しでもあるのだろう。外国人の僕たちがオーヒン国の内政に参加、または干渉しただけで災いをもたらす、ということを示唆しているのだ。それでも、わざわざ警告してくれているのだから、何も言わないよりも親切な行為だとも言えるわけだ。


「これはなんの真似ですか?」


 突然、身なりのいい男が乱入してきた。

 護衛が止めないので身内の者なのだろう。


「兄上!」


 ハンスの兄ということは、長兄のイワン・フィウクスだ。


「父上、私は何も聞いておりませんよ」


 ひ弱な弟と違って、兄の方は素晴らしい肉体美を誇っていた。


「お前の目の前にいる男が、『モンクルスの再来』として有名なドラコ・キルギアスだ」

「そんなことは関係ありません」


 そこでイワンが僕のことを指差した。


「父上は隣にいるヤツが目に入らぬのですか? なぜコヤツに門を潜らせたのですか」


 僕の存在が問題のようだ。

 先程まで威風堂々としていた父親が気圧されている。


「単なるキルギアスの護衛ではないか」


 その言葉にイワンがテーブルを叩く。


「父上は、今がどれほど大事な時期か分かっていないのですか?」


 そう言うと、護衛の方を見た。


「おい、今すぐそこにいる者をつまみ出せ」

「ハッ」


 護衛が僕の方に歩いてきた。

 抵抗しても意味がないので、自分から立ち上がることにした。


「二度と門を潜らせるな」

「承知しました」


 任務に忠実な護衛に従って、フィウクス家を後にした。



「災難でしたな」


 理由は定かではないが、ランバも追い出されたようだ。


「ドラコは?」

「隊長以外に用はないと言われましてな」

「ドラコは大丈夫かな?」


 ランバが大きく頷く。


「うむ。隊長のことは心配無用ですぞ。それよりもジジ殿は大丈夫ですかな?」

「僕は慣れてるから」


 差別に対する気遣いを見せてくれただけでもランバに感謝したかった。そもそも、あの長兄のイワンの態度こそが一般的というか、僕たち原住民に対する標準的な接し方なのだ。だから狼狽えるようなことはなかった。


「誰か来ますぞ」


 フィウクス家の邸宅がある場所からワンブロック離れてドラコが出てくるのを待っていたのだが、門から出てきたのは法服に身を包んだ少女だった。いや、実際の年齢は分からなかったが、子どものような走り方をするので、そう思ったわけである。


「あなたがジジ様で間違いありませんか?」

「はい。そうですが、そういう貴女はどなたですか?」

「失礼しました。私はアンナ・フィウクスと申します」


 年齢的に見てイワンやハンスの妹のようだ。


「次兄から話は聞きました。長兄のイワンがあなた様に失礼なことをしたようですね。大変申し訳ないことをしました。兄上に代わって謝罪いたします。どうか、イワンのことを悪く思わないでください。長兄はとても心の優しい人です。でも、仕事となると人が変わったかのように別人となってしまうのです。ですから、今度は仕事ではなく、休みの日に遊びにいらしてくださいね。そうすればきっと、兄上の優しさが理解できると思いますから」


 このアンナという妹は、徹底的に世間知らずとして育てられたのだろう。僕に対する言葉遣いが、貴族の娘としては有り得ないものなので、そう考えられるのだ。おそらくだが、平民街にも行ったことがないのだろう。


「アンナ様!」


 フィウクス家の邸から門兵が出てきた。アンナを捜しているということは、この少女はこっそり黙って家を抜け出してきたのだろう。家のルールを破ってまでイワンの弁護をするということは、それほど兄貴を大事に思っているということだ。


 デモン・フィウクスが最後の皇帝だったとする噂が本当で、カイドル帝国が今も健在ならば、アンナも政争に巻き込まれていた可能性がある。そうなると、あれほど天真爛漫ではいられなかったかもしれない。そう考えると、歴史は人の性格まで変える力があるわけだ。


「それでは失礼いたします」


 去りゆくアンナの背中を、ランバがいつまでも見つめていた。この場にミクロスがいれば、彼のことを冷やかしていたかもしれないが、僕は真面目な人をからかうのは好きではないので、何も言わなかった。



「ジジ、眠る前に少しだけ話をしようか」


 その日の夜、雑務を終えたドラコが寝室へ入ってくるなり、僕に話し掛けてきた。


「うん」


 僕たちは子どもの頃から寝台の縁に並んで腰掛けて、たくさん話をしてきた仲である。


「原住民をルーツに持つ者が、ここオーヒン国で苛烈な差別を受けているというのは、ちゃんと理由があると思うんだ。それは、この国が異常なほどビジネスに執着しているからだと、俺は考えている。特定の部族を差別することで、その者たちは迫害されるわけだろう? 迫害されれば部族は散り散りになり、言葉だけではなく、先人の知恵も失われてしまうんだ。そうなると生活困窮者から這い上がるのも難しくなってしまう。でも、それこそがビジネスの狙い目で、先祖と断絶させることで、奴隷に最も適した人材にすることができるというわけなんだ。持たざる者というのは、奴隷という立場ですら、すがって生きるようになるからね」


 ドラコの言う通りだ。なぜ逃げないんだ、と思うのは、逃げ場のある人たちの言い分であって、すべてを奪われた持たざる者にとっては、奴隷環境ですら、ありがたがるように洗脳されてしまうのである。


「タダ同然で労働力を手に入れることができる奴隷制度というのは、雇用主とって魔法のような輝かしい制度なんだ。だからこそ何十年、何百年と維持され続けているんだ。それはつまり、維持しようと努力している人がいるということさ。今日、俺たちが会ったイワン・フィウクスがその代表者といってもいいだろう。彼はコルヴスの息子と次の王様の椅子を争っているんだ。それで余計に神経質になっているというわけさ。おそらくだが、原住民の排除と奴隷制度の維持を政策として掲げていて、その公約を守ることで支持グループから協力を取り付けているんだろう。だからジジを家に招き入れることに激昂したんだ」


 奴隷問題というのは宗教から派生している場合が多いので、ドラコの話が世の中のすべてということではない。奴隷にも様々な捉え方があるので、これはあくまで僕たちの国の、僕たちが見えている範囲内における問題だ。


「イワン・フィウクスが難しい立場であることは理解できる。しかし、だからといって、俺は彼に同情などしたりしないんだ。なにしろ、あの男は一度も戦っていないからな。戦わずに、誰かの繰り人形になろうとしているんだよ。そんな男に屈してはいけないんだ。俺は絶対に許さないつもりだ。だからジジ、お前も今日受けた仕打ちに対して、仕方がないなどと思わないでくれ。お前が諦めてしまうことが、俺にとっての敗北でもあるからな」


 僕の心の持ちようが、ドラコの気持ちにもなるということだ。昔から彼は、僕と心を重ねようとしてくれてきた。だからこそ、僕の心の中にも、ドラコの心があると信じることができ、強くなることができるのだ。


「僕は屈しないよ。自分を大切にするって決めたからね。自分を大切にするということは、僕のことを大切に思ってくれている、ドラコの気持ちも大切にしているということになるだろう? それが僕にとっての唯一の宝物なんだ」


 何か問題が起こると、いつもドラコはこうして話をしてくれた。それで僕は生き方を見失わずに済んでいるのだ。些細な悩みから大きな問題まで、面倒がらずに対話してくれる、そんな兄さんのようなドラコが、僕は大好きだ。

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