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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第二章 戦士の資質編
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第一話(45) 僕たちの夢

 ありふれた静かな夜だった。星たちが眩しくきらめき、様々な形に姿を変えては僕たちに語りかけてくる。大切な仲間と星を見上げる時間を持てるということが、人生において何よりも幸せに感じられた。


 戦争があった三十年前ならば、のんびりと焚き火に当たりながら語り合うこともできなかっただろう。特に僕は怖がりなので、安眠することなどできなかったはずだ。つくづく戦争のない世の中に生まれて良かったと思った。


「ああ、ちきしょうめっ」


 ミクロス・リプスが天に向かって悪態をついた。


「なあ、ドラコよ。オレたちはもう来年には二十歳になるんだぜ? こんな街道から外れた馬車蔵でのんびりしている場合じゃないんじゃないのか? アウス・レオス大王は十五で南征を始めたというじゃないか。それから十五年で、この世の半分を手に入れちまったんだ。同じ人間なのに、どうしてこうも差ができちまうんだよ。お前が百人隊の隊長になったのは立派だけどな、大王が二十歳の頃には十万人の軍を率いていたんだ。比べると、余りに情けなくなっちまうよ」


 ミクロスの言葉にドラコは儚げな顔をした。彼の名はドラコ・キルギアスといって、僕たちトリオのリーダーを務める男だ。短髪で髭を生やしているので年齢よりも老けて見えるが、瞳にはまだあどけなさが残っている若き隊長だ。


 ドラコに意見した男は、ドラコと同じく農家出身のミクロス・リプスだ。ウサギのような前歯と、おしゃべりで小柄という特徴の他には、馬よりも速く走れる脚力を持っているのが自慢の男である。赤い髪を伸ばしているのは、それが女にモテると信じているからだ。


 ちなみ僕はジジという名の、ただの原住民系の捨て子だ。身体が大きいだけで、他はこれといった特徴が何もないので説明するようなことはない。ミクロスと違って髪を短くしているのは、単に衛生面を考えてのことだ。


 そんな僕たち三人がカグマン国の新兵としてトリオを結成したのが三年前だ。


「だけどね、ミクロス」


 彼をなだめて、ドラコを擁護するのが僕の役割だ。


「平民出身のドラコが戦後最年少の十八歳で精鋭部隊と呼ばれている百人隊の隊長になることができただけでも凄いことなんだよ。戦争が終わって三十年くらい経つけど、それまでに前例がなかったわけだからさ」


 宥めて大人しくなる男ではなかった。


「そんなことは分かってるんだよ。オレ様が怒ってるのはだな、百人隊の隊長になった程度でありがたがらないといけない風潮になっている、いまの社会に対してなんだ。だってそうだろう? 高い能力を持つ者が出世するのは当たり前じゃねぇか。それなのにどうして大事な命を軍閥のドラ息子に預けなくちゃいけないんだ? そんな奴らのために戦うくらいなら、奴らを相手に戦争を起こした方がまだマシに思えるぜ。ああ、ちくしょう! 誰か戦争を起こしてくんねぇかな」


「そういうことは冗談でも口にするもんじゃないぞ」


 すかさずドラコが窘めた。

 いつものことなのでミクロスは反省しない。


「分かってるって。分かってるけどよ、このままオーヒンに行って、兵役が終わるまで国境警備の仕事を勤め上げたところで、得られるのは世話になっている農場の土地を保証されるだけなんだぜ? バカらしいと思わないか? まあな、ハクタで新しい城を作らされるよりは楽な仕事だと思うけどよ、それにしたって見返りがショボすぎるだろう。ジジに至っては土地の権利すら貰えないんだぞ? それでどうして国の為に働けるってよ」


 ドラコが辺りを警戒する。


「そういうことも滅多なことでは口にしちゃいけないんだ」

「大丈夫だって、オレ様だって、こう見えて話す相手や場所を選んでるからな」


 ドラコが渋い表情をする。


「弟のケンやぺガスに話すには、まだ早かったんじゃないのか? 二人ともすっかり感化されてしまったじゃないか。あの年頃の子どもは影響を受けやすいんだ。もう少し慎重に会話してもらいたいものだな」


 ミクロスが呆れる。


「おいおい、二人とも来年の春には入隊しちまうんだぜ? それまでにオレたちが見聞きしたことを伝えなくてどうするんだ。経験を活かすのは、何も自分たちに限った話じゃないだろう。それに弟のケンタスは相当見込みがあるぞ。軽く剣を交えてみたが、ドラコよ、お前より腕が上かもしれないよ。アイツの成長次第では、オレたちも時代の変わり目に立ち会えるかもしれないんだ」


 そう言って、ミクロスは夢を見るのだった。


「できれば、時代が変わった後の世界を生きてほしいものだ」


 弟思いのドラコらしい願いだ。正義感の強い男なので、貴族の不正や領主の横暴に目をつぶることはできないのだが、だからといって戦争やクーデターを好むことはない。


 彼は、戦争の英雄が、その後の時代や地域によっては大犯罪者になってしまうことをよく理解していた。だからこそ、大切な弟を巻き込まないようにしているのだろう。ドラコ・キルギアスとは、そういう男なのである。


 一方でミクロスの気持ちも理解できる自分がいる。この、どうにもならない完全なる階級社会の壁をぶっ壊さない限りは、生まれてくる子どもの、そのまた子どもも半永久的に差別されてしまう未来しかないことを知っているからだ。


 だからといって、ミクロスは単独でテロを企てるようなことはしない。彼の過激な発言は軽口みたいなものなので、実際には僕と同じようにドラコに忠実で、勝手な行動で仲間に迷惑を掛けるような真似などしないのだ。


「話はおしまいだ」


 ドラコが周囲の気配を探る。


「どうした? 賊か?」


 ミクロスの問い掛けに、ドラコが首を振る。


「いや、違うな」

「賊じゃなきゃ、獣ということか?」

「ああ、それに近い」


 三人の中で最も鋭い感覚を持っているのがドラコだが、この時は、それほど警戒していない様子だった。


「子どもだな」


 ドラコが呟いてから、しばらくして、その子どもが僕たちの前に姿を現した。


「動くな!」


 ミクロスが威嚇した。


「オラ、武器なんか持ってないよ」


 そう言って、両手を上げて、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。


「何しにきた?」


 こういう場合はミクロスが窓口になることが多かった。


「そっちこそ、オラの縄張りで何してんだよ?」

「縄張りだと?」

「そうさ、お前たちが来る前から、ここで暮らしてたんだからな」


 その子どもは浮浪者そのものだった。


「冗談はやめとけよ。誰に許可をもらって、この馬車蔵に住んでるっていうんだ?」

「許可か、それなら王様にもらってるさ。嘘だと思うなら帰って確かめればいいんだ」


 そうは言ったが、子どもの言葉はハッタリであることはお見通しだ。


「この野郎、大人をナメやがって」


 そこでミクロスが立ち上がったが、ドラコが制止する。


「よさないか」

「だってよ、オレたち、おちょくられてるんだぞ?」


 ミクロスに威嚇されても、その子どもに怯んだ様子は見られなかった。武器を持たずに三人の兵士の前に現れるということは、おそらくよほど脚力に自信があるのだろう。狙いは分からないが、その豪胆さは魅力的だった。


「私の名はドラコ・キルギアスだ。君の名前を知りたい」

「オラはアキラっていうんだ」


 見た目は僕と同じ原住民の血が流れているようだが、名前は大陸移民のそれだった。それだけで複雑な事情を抱えていることが察せられた。僕のように捨てられたか、もしくは売られてしまったのだろう。


 ちなみに『原住民』という言葉は公に使ってはいけない言葉だ。それは先住権に関わる問題なので、キルギアス家でも話題にしないように心掛けているくらいだ。使うのはドラコと二人きりで話をする時くらいだった。


 ドラコが尋ねる。


「アキラ、君が私の前に現れた理由を聞こうじゃないか」

「おいおい、こんなヤツ追っ払っちまおうぜ」


 ミクロスはそう言ったが、ドラコは子どもを子ども扱いしない男だ。


「相手することねぇよ」

「ミクロス、少し黙っててくれないか?」


 ドラコに注意されるミクロスを見て、アキラが声を出して笑った。


「にゃろう」


 と言ったものの、ミクロスはドラコに逆らうような真似はしなかった。


「目的は何だ?」


 ドラコの問い掛けにアキラが答える。


「さっきも言った通り、ここはオラの縄張りなんだ。でも追い返したりしないよ。寝台も用意していないから宿泊料もいらないんだ。でもさ、使った分の薪の代金だけはしっかり払ってもらうんだ」


 ミクロスが呆れる。


「おいおい、そんな話を真に受けるバカがいると思うか? 金なんて出すわけないだろう」

「じゃあ、王都の兵士が泥棒をするっていうことだな?」


 アキラは僕たちが王都の兵士であることを知った上で話し掛けてきたようだ。

 ミクロスが焚き火の前に戻る。


「痛い目を見ないうちに消えるんだな」


 アキラが挑発する。


「それでも王都の兵士か! オラの薪を盗んで恥ずかしくないのか!」


 ミクロスが不機嫌になる。


「おい、それ以上ほざくと容赦しねぇぞ?」


 アキラが鼻で笑う。


「王都の兵士に何ができるっていうんだ。何もできやしないじゃないか」

「追い掛けて捕まえることなんか、わけないんだぞ」


 そう言って、ミクロスが余裕の表情を浮かべた。


「王都の兵士が走れるもんか。ちょっと走っただけで息を切らすヤツばっかじゃないか」


 これはアキラの言う通りだった。戦争が終わってからというもの、走り込みまでして戦に備える者など存在しないのが現実だった。せいぜい山賊に備えて槍術を学ぶくらいのものである。


「オレ様は、そこら辺にいる兵士どもとは違うんだぜ?」


 ミクロスの言葉も事実だった。彼は誰にも負けない脚力を持っていて、ドラコは剣術が抜きん出ており、僕も槍術では誰にも負けない自信を持っている。何より国境警備を任されていることが、それを証明しているのである。


「どうせ、お前たちも格好だけなんだ」


 そう言うと、アキラは悔しさを滲ませるのだった。


「立派な剣をぶら下げているが、その剣先を向ける相手は、悪いことをしている奴らじゃなくて、その悪い奴らにとって都合の悪い存在である、オラたちじゃないか。なにが王都の兵士だ。お前たちは王都の兵士じゃなくて、貴族の犬じゃないか」


 ここまでハッキリと面と向かって本当のことを言われたのは初めてだった。


「お前たちが守りたい者は一体、誰なんだ? 家族だけよければそれでいいのか? 小さな子どもが売られているというのに、それを知っていても、見て見ぬ振りをするというのか? それのどこが王都の兵士なんだ」


 まさか子どもに説教をされるとは思ってもみなかった。

 おしゃべりのミクロスが反論する。


「テメェは子どもだから分からないと思うけどな、オレたちだって家族や世話になってる人を人質に取られた状態で働かされてんだよ。そんな状態で好き勝手にできるわけねぇだろう? オレたち兵士のことを奴隷と呼んで認識している奴だって大勢いるくらいなんだ。人の気も知らないで勝手なこと抜かすんじゃねぇよ。オレたちだって不平不満は幾らでもあるんだ。でも、どうすることもできないからこうしてイラついているんだろうよ。上に逆らえば何もかも奪われちまうからな。少しはオレたちの身になって考えてみろってんだ」


 ミクロスの言う通り、僕たちはあまりに非力なのだ。


「奪われるものがあるから何だっていうんだ。そんなのは、できない言い訳にしているだけだろう? 世の中にはオラみたいに奪われるものすら無い者だっているんだ。それでも、そんな者はどうだっていいっていうのか?」


 その言葉を受けて、ミクロスが僕の方を見た。


「世の中にはな、テメェと同じように奪われるものが何一つ無くったって、他人を責めて憂さを晴らすような真似をしない男だっているんだ。テメェも男なら、自分で自分の力を証明してみせるんだな。大人になったらガキのタワゴトは通用しないぜ? 自分にできないことを人様に要求するなんて以ての外だからな。王都の兵士を愚弄するなら、テメェが志願して手本を見せればいいんだよ」


 ミクロスの言葉はもっともだが、一つだけ間違っていることがあった。それはアキラが少年ではなく、少女であるということだ。これは僕が彼女と同じ原住民系だから分かることなのだろう。


 食事が充分ではないので虚弱に見えるが、年齢はケンタスやペガと変わらないのではないだろうか。瞳から感じられる意思は力強かった。これまで独りきりで、きっと誰よりも逞しく生き抜いてきたことだろう。


「オレ様の言うことが理解できたなら、さっさと消え失せるんだな」


 アキラを言い負かしたことで、ミクロスは満足の様子だ。


「オラは、オラは……」


 それに対してアキラの方は、反論したいことがありそうなのに、持っている言葉が少ないので気持ちを適切に表現できない様子だった。それがとても悲しそうに見え、僕の胸を痛くするのだった。


「よし、わかった。話はそこまでだ」


 それまで黙っていたドラコが口を開いた。


「おいおい、何が分かったっていうんだ?」


 ミクロスが不安げな顔を見せた。

 ドラコが懐に手を突っ込む。


「アキラ、君に報酬を支払うとしよう」

「おい、ドラコ、お前は何を言っているんだ?」


 ミクロスが目を見開いた。

 ドラコが銭袋から銀貨を取り出す。


「冬場の薪は有り難いものだ。わざわざ集めてきたものを勝手に失敬したわけだから、代価を支払うのは当たり前のことだ。アキラは当然の要求をしたまでであって、無理をお願いしたわけではない。これは立派な労働なんだよ。労働ならば賃金が発生しないのは問題だからな。俺たちがお金を支払うのは義務だし、アキラがお金を受け取るのは当然の権利なんだ。そんな当たり前こそが、俺たちが夢見る社会じゃないか」


 そう言うと、アキラに銀貨を差し出した。

 しかし、アキラはそれをすぐには受け取ろうとはしなかった。


「うん? どうかしたのか?」


 見かねて、ミクロスが口を開く。


「ほら、オレ様が黙っているうちに、さっさと受け取れよ」


 ミクロスの言葉に背中を押されて、ようやくアキラは銀貨を受け取るのだった。僕の勝手な想像だが、おそらくアキラは生まれて初めて他者からお金を貰い受けたのかもしれない。そんな反応に見えた。


 つまり自分でも、まさか本当に僕たちがお金をくれるとは思ってもみなかったわけだ。それが銀貨に恐る恐る手を伸ばした様子に現れていたのである。その初々しい態度に、僕は彼女の中にある良心を感じた。


「仕事をして、お金を貰えるって、気持ちがいいことだろう?」


 そう言って、ドラコが微笑んだ。

 アキラが頷く。


「うん」


 返事はそれだけだったが、それだけで充分だった。焚き火の炎に照らされた彼女の顔が、それまでの表情とは別人のように輝いて見えたからである。何の権利もないということは、労働ですら喜びを与えるものとなるのだ。


 それこそが、ドラコが実現させたいと願っている本当の夢なのではないだろうか? 誰もが仕事を持てる社会が実現できたら、それ以上に素晴らしい世の中は存在しない。


 どれだけの年月を要するのか想像すらできないけれど、その夢を実現させるために生きるというのは、有意義な人生だと言えるだろう。アキラのような子どもでも仕事ができる世の中こそが、僕たちの求める社会だからだ。


 夢を実現させるための障害は決して小さくはないはずだ。強固な既得権益を有する層と対峙しなければいけないからだ。だけど『僕』は無理だけど、『僕たち』ならできないことはないような気がするのである。

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