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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第四十四話 判決

 フィンス・フェニックスと再会できたのは、見張りの門兵が俺たちの顔を覚えていてくれたからだ。すぐに取り次いでもらい、夜分遅くだというのに会っていただけることになった。


 客間に入ると笑顔でフィンス王子が出迎えてくれた。すぐに見張りの門兵を部屋から追い出したことから、俺たち二人を信用してくれていることが分かった。


「ケンタスとぺガスだったね。また会えて嬉しいよ。でも、あれからヴォルベの機嫌が悪くってね、最近やっと冗談を言ってくれるようになったんだ。だから君たちと勝手に会ったことを知ったら、また機嫌が悪くなっちゃうかもね」


 ヴォルベというのはハクタ州の州都長官の息子のことだ。彼のことを大切に思っているらしく、フィンス王子は細い蝋燭の明かりを見つめながら彼のことを一生懸命に考えているように見えた。


「そうそう、困っていることがあるそうだね。こんな時間に訪ねてくるくらいだからよっぽどのことなのだろう。力になれるか分からないけれど話してみるといい。一緒に考えてみようじゃないか」


 許可が出たのでケンタスが口を開いた。


「はい。しばらくの間、ここで預かってほしい人がいます。それは私たちの友達で名前はカレンと言います。普段は王宮で王女様に仕えている身分なのですが、訳あって知り合うことができ、それから何度も会って親しくなることができました」


 ケンタスは、カレンが王女であると知っている、ということを隠し通すつもりだ。


「その者は、どうして王宮を出ることになったのですか?」


 もっともな質問である。


「はい。王宮にいては危険だと判断して連れて来たのです。カレンは父親を亡くしたばかりで他に頼る者がありません。その上、周辺に危険が迫っているともなれば、念のためにも、こうするより他にできることはありませんでした」


 王子の表情が曇る。


「王宮に迫っている危機というのは?」

「暗殺計画があると兄の仲間から聞きました」

「ドラコの仲間? そうですか。それで標的は分かっているのですか?」

「フェニックス家の血が流れているすべての者です」


 それを聞いてフィンス王子は絶句した。それは当然だろう、なにしろ自分や母親の命まで狙われているということを知ったからだ。これまでも危険を感じていただろうが、具体的な計画を聞かされたのは初めてではないだろうか。


「カレンとは直接関係のない暗殺計画ですが、どんな手段を講じて計画を実行してくるか分かりません。無差別的な手段を強行されたら防ぎようがないので、それで連れ去ることにしたのです」


「兄の仲間から聞いたということは、ドラコを通さずに情報を得たということですね。本来なら口外してはいけない話だったんじゃありませんか? それを教えてくれたわけですね。いいでしょう。ケンタスと、その友人を信じましょう」


 ということで、今度は外で待っているカレンに説明する番である。まだ彼女には何も話していない。腹違い弟であるフィンスと会ってきたことすら話していなかった。カレンが拒否すれば、また断りに行かなければいけなかった。


 ケンタスが丁寧に説明する。


「カレンが嫌だというなら断ってくるよ。でも正直なところ、これが最後の手段なんだ。状況が落ち着くまではフィンス王子の家で身を隠していてほしい。どうかな?」


 カレンが俯いたまま動かないので何を考えているのか分からなかった。


「カレン?」


 月の光も届かない森の中で、表情を確かめることも叶わなかった。


「フィンス王子は母親と二人暮らしだ。一日中見張りが立っているけど、家の中は広くて静かだから落ち着いて暮らせるさ。ただ、それでも嫌だというなら止めてもいい。簡単に決められることじゃないからな」


 カレンの反応がない。


「一緒に連れて行けなくてすまないと思ってる。でもオーヒン国で裁判を受けたらすぐに戻ってくるよ。それまでには状況に変化があるはずだから、そうなったらまた一緒に旅をしよう」


 暗くて分からないが、カレンは首を振ったようだ。


「違うの。そうじゃないの。フィンスは、フィンス王子は生まれた時に死んだと聞かされていたから、母、母親と一緒に死んだって。だから、まさか、生きているとは知らなくて、それで驚いているの」


 涙を見ることはできないが、声は涙声だった。これはもしかしたらフィンスが実弟で、フィンが実母ということになるのだろうか。深い事情があることは察していたが、これほど複雑だとは思わなかった。


「気をつけてね」


 と言って、カレンは門兵に付き添われて家の中へ入っていった。俺たちはその姉弟の対面を見ることができなかった。でも、こういうのは見世物ではないので見なくて良かったと思っている。王族にだってプライバシーは必要だからだ。


「行くぞ」


 ケンタスも気持ちを切り替えたようだ。俺たちは闇の中をひたすら前へと進むだけである。できるだけ早くオーヒン国で裁判を受けて王都へ戻りたいところだ。ドラコとすれ違うのはもうたくさんだからだ。


 オーヒン国の裁判での判決は、おそらくだが入国禁止処分だろう。それはいいとして、王都に帰れば、そこでもまた違う処分を受けるかもしれないのだ。しかも、そちらの方が重い処分を科せられる可能性がある。それが気掛かりだった。



 オーヒン国に到着したのは王都を出てから四十一日目の朝だった。役所に記録を残すには丁度いいタイミングである。俺たちが王都へ帰る頃には暗殺計画がどうなっているのか分からないが、巻き込まれずには済みそうだ。


 歴史が変わる瞬間を目撃することはできないが、ドラコに会うことができれば詳しく知ることができるだろう。歴史の生き証人と既知の間柄というだけでも恵まれていると考えるべきなのだ。


「なあ、ケンよ、歯痒いと感じないか?」

「何がだ?」


 俺たちはオーヒン国内の領事館の中にいるが、そこはどう見ても牢の中だった。


「ユリスやドラコは今ごろ王都にいるはずだ。俺たちがこうして閉じ込められている間にも歴史は変わろうとしているんだぞ? その瞬間に立ち会えないなんて、巡り合わせが悪いとはいえ、運がないよな」


 壁にもたれているケンタスが大きな欠伸をする。


「仕方ないさ。カレンを避難させることができただけでも良しとしよう」


「こういう時、歴史に名を残すような英雄ならば、都合よく勝手に表舞台へと担ぎ出されるものだろう? 俺たちにお呼びが掛からないということは、そこまでの人間ではなかったということだ。結局はドラコの弟と、その友達でしかないのかな?」


「英雄とか勇者とか、そういうのを決めるのは自分たちじゃないだろう。他者が決めることだと思うぞ? ある者にとっては英雄だけど、他の者にとっては悪者になることなんて幾らでもあるからな。勇者になるために、あるいは英雄になりたいからと、そんな動機でアクションを起こすのは本末転倒のように思えるな。評価は他者がするものであって、評価のために他者を利用してはいけないんだよ」


「しかし、勇敢なる者としての心構えを持つことは何も悪いことではないだろう? ケン、お前だってモンクルスに憧れたではないか。英雄に憧れを持つ時点で、願望が先立っていると言えるんじゃないのか?」


 ケンタスが頷く。


「そうだな。それも含めて評価を他人に委ねるということだ。『ケンタス・キルギアスはモンクルスの真似をしたかっただけなのではないか?』とか、『彼はモンクルスより兄の影響の方が強いんじゃないか?』とかね。そういう議論は他者に任せてしまえばいいんだ。怖いのは自分が勇者であることを疑わず、己の信じる道のみを正しいと盲信してしまうことなんだよ。オレは今でもここ一か月半の行いが正しかったのか自問しているからな。それでも、もしも一か月半前に戻ることができて、再び同じような状況に置かれたとしても、やっぱり同じことを繰り返すと思うんだ。そっくりそのまま同じことをするに違いない。何一つ今いる未来を変えたいとは思わなかっただろうな」


 それは俺も同意見かもしれない。


「旅に出て、多くの村や町に悲しみがあることを知ることができた。まだ解決していない悲しみもたくさんあるだろう。それでも今のオレたちにはどうすることもできないというのが現実だ。殺されて埋められる子どもがいるのに、今は何もしてやることができないんだ。それを知っていて、自分のことを勇者と思えるはずがないだろう? 英雄と思えるはずがないんだ。いつか何とかしてやるって、思うだけで精いっぱいなんだよ。出会った人の力になるって、それだけで精いっぱいなのさ。どんなに頑張ったって、子どもが殴られて殺されそうになっている瞬間に飛んでいくことはできないからな。こうしている間にも死んでいる子どもがいるが、オレは何もできないんだ」


 それは抱えすぎというものだ。


「そこまで思いつめる必要があるのか?」


 ケンタスが頷く。


「そうだな、これを自分自身に向けて言う分にはいいけど、同じことを他人に使うようになると危険なんだよな。人間というのは、とかく他人を非難したがるものなんだ。それがどれだけ自分を滑稽に思わせているか気づかずにね。どこか遠くで悲鳴も上げることができずに苦しんでいる人を救いたい、と思ったことがある人は、それがどれだけ大変なことか分かっているはずで、己の無力さに打ちひしがれているはずなんだ。自分の無力さを人生で一度でも痛感すれば、他者を非難することなど絶対にできないはずだ」


 他者への批判は、同時に己の行動をも問われるわけだ。


「なるほどな。俺たちは神様じゃないってことだな。世の中には苦しんでいる人がたくさんいる、とか言って他人に説教する奴は、そいつ自身が自分を神だとでも思い込んで傲慢になっているっていう証ってわけだ。俺たちは人間だもんな。やれることには限界があるんだ。魔法を使って国を一発で良くするってわけにもいかないしな。世の中にあるすべての不幸を背負い込むところだったぜ。すぐにどうこうできるわけじゃないんだよな。少しだけすっきりしたよ」


 俺はすっきりしたのだが、ケンタスの表情に浮かんでいるのは苦悩そのものだった。


「ケン、どうかしたのか?」

「……うん」


 牢の中で苦悶する姿は罪人そのものだった。


「今度は何を悩んでいるというのだ?」


 ケンタスが答える。


「そう、ペガが言った通りなんだ。オレたちは人間さ。でもこれから戦おうとしている相手は人間じゃないんだ。古くからいる神を信仰している宗教家だ。それはつまり神と戦うということでもあるんだよ。でもそれは何とかなりそうなんだ。世の中をひっくり返すだけのアイデアを思いついたからな。ただ、それとは別に魔導士の存在が明らかになったことだ。人に幻を見せることができる奴を相手に、どう戦えばいいのかさっぱり分からなくてな。ペガが言うように、それこそ魔法を使って世の中を動かしているようなものじゃないか。こちらがやりたいことを、もうすでに魔導士の方はやっているというわけさ。はっきり言って、今の段階では勝機が見い出せないな」


 そうだった。魔導士の存在をすっかり忘れていた。こちらは人間だが、あちらは人間じゃないかもしれないのだ。まるで神話の世界に生身の身体で乗り込みに行くようなものである。


 それとは別に、既存の宗教が抱えている悪習とも戦おうとしているから頭が混乱するのだろう。ケンタスはアイデアがあると言っていたが、島の全域に根付いた宗教に対抗するなど並大抵のことではないはずだ。


 古くからいる神と戦って、存在するかどうか分からない魔導士とも戦って、そんな強敵相手に、新兵として国の法律を守りながら立ち回らないといけないわけだ。そんなことが現世という短い生涯で成し遂げることが可能なのだろうか?



「これからお前たちを法廷へと連れて行く」


 その前にオーヒン国での裁判を済ませる必要があった。看守に連れられて向かったのは領事館の中にある簡易裁判所だった。純粋にオーヒン国内だけで裁かれるということではないようだ。これだとカグマン国との合同協議の結果が判決に影響しそうだ。


「ぺガス・ピップル。入廷したら君は傍聴席へ移動するように」


 被告席に立たされるのはケンタスとボボだけのようだ。裁判の多くはいい加減に行われていると聞いていたが、流石にやってもいない俺まで被告人にしてしまうことはないようである。これが当たり前に思えないのが現代の司法制度だ。


「これより入廷するが、許可があるまで発言してはならんぞ」


 黙って看守に従うしかなかった。法廷というから大層なところと想像していたが、入ってみると役所の応接室と変わらなかった。部屋の真ん中に被告席があり、その正面に判事と書記が座っていた。看守とは別に警護兵が二人いる。傍聴席は被告席の後ろだ。


「意見がある時は手を挙げなさい。勝手な発言は法廷侮辱罪が適用されるので刑が重くなるから注意するように。それではこれより裁判を始める。いくつか質問をするので『はい』か『いいえ』で答えなさい」


 高齢の判事が淡々とした口調で裁判を始めた。


「すでにツノ村の者から話を聞いているので、すぐに終わるだろう」


 それは良かった。

 俺が傍聴席にいるということは正しく話が伝わっているということだ。


「確認していくのでキルギアス、君が答えるように」

「はい」

「ひと月ほど前にツノ村近くの国境にいたことは間違いないか?」

「はい」

「よろしい。そこで荷馬車が襲われていた場面に遭遇したわけだな?」

「はい」

「その場で七人の男を殺害したのはお前たち二人で間違いないな?」


 ケンタスが手を挙げる。


「よろしい。発言したまえ」

「はい。彼は矢で賊の足を止めただけで、止めを刺したのは私です」

「よろしい。発言を記録する」


 実際に書記の手が動き、文字が書き込まれた。


「殺害した七人の男に見覚えはあったかね?」

「いいえ」

「それでは荷馬車を引いていた者たちと面識はあったかな?」

「いいえ」

「ということは、君の前には見知らぬ十人の者が居合わせていたわけだね?」

「はい」

「ならば当然、その中にサイギョク村の男がいたことも知らないわけだ?」

「はい」

「その男を賊と見誤って殺害したことは認めるね?」


 そこでケンタスが沈黙した。

 その質問の重要性を察知したのだろう。

 ケンタスが手を挙げる。


「よろしい。発言したまえ」

「はい。私はその男を賊と判断し殺害しました」

「よろしい。発言を記録する」


 判事の隣にいる書記が文字を書き込む。


「では、君はどのように賊と被害者を選別できたというのかね? 答えたまえ」

「はい。それは私たちや三人の被害者に刃先を向けていたからです」

「記録では逃げた者を追い掛けて殺したとあるが?」

「はい。取り逃がすのは危険だと判断しました」

「捕縛ではなく、止めを刺した理由を述べたまえ」

「はい。それは武器を放棄しなかったからです」

「よろしい。ここまでの発言をすべて記録するように」


 そう言うと、判事が少し間を置いた。


「他の者に質問してみよう」


 そう言うと、判事の目が俺を捉えた。


「傍聴席の君、入り口に立っている男は何者に見えるかね?」

「警護兵です」

「もう少し正確に言えるかな?」

「オーヒン国の警備局に所属する刑務官か、法廷警護の兵士だと思います」

「よろしい」


 と判事が頷く。


「そうだ。君はオーヒン国にいるから警護兵だと判断できたのだよ」


 嫌な予感がする。


「しかし、あの場に居合わせた十人の男たちはどうだろうね? 誰が君たちを見てオーヒン国の警護兵が駆けつけてきたと思うことができたかね? 殺害された賊は、君たちを見て荷を横取りにきた同業の賊だと思っても不思議ではないのだ」


 まずい展開になってきた。


「キルギアス、君は賊が武器を放棄しなかったから止めを刺したと言ったが、相手にしてみたら、素性の分からないお前たちが相手では武器を捨てることなどできなかったはずだ。王都の兵士もオーヒン国においては一民間人だと教わっているはずなんだがね」


 越権行為を注意されるだけでは済まされない雰囲気だ。


「サイギョク村の男もさぞ無念であろう。たった一人で六人の賊に立ち向かったところに、別に三人の賊が現れたのだ。お前たちが否定したところで、相手からしたら、そう見えてしまうのだよ」


 法廷なのに真実とは異なる話が既成事実になりかけていた。


「しかしながら、本件は故意ではなく、職務遂行中の怠慢行為と見ることができるので、減刑の対象と成り得る事案だ。よって本国との協議の結果、君たち二人には以下の処遇を科すことと決定した」


 どうやら初めから処分が決まっていたようだ。


「ハハ島での二年間の単純労働を命じる。なお、出発は明朝とする。以上」


 二年?

 ハハ島?

 二人で?

 俺はどうすればいいというのだ?

 二年後といえば十七歳ではないか。

 それまでケンタスとボボに会えないというのか?

 王宮の危機は目の前に迫っているんだぞ?

 二年の間に島の歴史は変わっちまうんだ。

 そんなんで『俺たちの旅はこれからだ!』ってなるわけないだろう。

 バカ野郎!

 もう終わりだよ、終わり。



 第一章 勇者の条件編 完



原典

『カグマン叙事詩』

『ケンタス・キルギアスとの対話』

『カグマン島の兵役生活』


著述者:ペガス・ピップル


現代語訳者:アイ・イシグロ


小説執筆者:ライト・ペン


ヤマト語訳:石黒愛

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