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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第四十話 ドラコの隠密行動

 食事を終えると早速アキラが俺たち三人の元へやってきた。深刻そうな顔をしているので、俺のハッタリが通じたのだろう。大事な話があるというので、途中で邪魔が入らないように隣の寝室へ移動して話をすることにした。


 寝台は三つあったが、小さな声でも聞こえるようにと膝を突き合わせて座っているところだ。アキラが俯き、その隣でケンタスが優しそうな顔で見守り、その様子を俺とボボが二人の正面で無表情に眺めているといった感じだ。


「……『僕は間違ったことをしているかもしれない』って言ってた」


 話の導入から意味が不明だ。


「それは誰が言ってたんだ? 兄貴かい?」


 ケンタスが優しい口調で訊ねた。


「違う。お兄さんとはケンやペガの子どもの頃の話をするくらいで、大事な話や難しい話は一度もしなかった。『ケンに何か伝えたいことはありますか?』って聞いても、『何もない』って言うくらいなんだ」


 確かにドラコは又聞きになるような伝聞は残さない男だ。それが病的なくらいに徹底しているのである。だから『ドラコがこう言っていた、こうしろと言っていた』といった言葉は全部デタラメだと判断できるわけだ。


「兄貴じゃないとしたら、ミクロスの口調じゃないし、ジジかな?」


 アキラが否定しないところを見るとジジで決まりだ。ジジというのはドラコの幼なじみで、新兵時代からの仲間であり、寡黙だが、とても誠実な男のことだ。ボボとタイプは似ているが、大きな違いは仲間であるドラコに対して部下のように振る舞っているところだ。


 ちなみにミクロスというのも新兵時代からの仲間で、そのトリオでずっと行動を共にしているわけだ。ミクロスに関しては特に説明することがない。強いて言うなら、お喋りで、偉そうで、自信過剰で、自意識過剰で、いけすかない野郎ということくらいか。


「ジジのことならオレも子どもの頃からよく知っている人なんだ。真面目すぎるくらい真面目で、彼がいなかったら兄貴だって今のようにはなっていなかった。それくらいオレにとっても尊敬できる大切な人なんだよ」


「だからだよ……」


 とアキラの目が赤くなる。


「大丈夫か?」


 ケンタスがアキラの肩に手を回そうとする。


「触らないで」


 と、その手を拒絶した。


「ごめんなさい。オラはもう、大丈夫だから」


 この二週間で何かあったに違いないが、それを聞くタイミングではなかった。


「ジジがそういう人だから、オラも苦しいんだ。きっと、ケンのお兄さんには黙ったまま、オラに言ってはいけないことを言ったんだ。だからオラもケンに話せないし、同じくらい悩んでいるんだ」


 ドラコが知らないというのは厄介だ。


「オレやペガはアキラよりもジジという男について知っているつもりだ。だからというわけではないけど、その大事な話を兄貴に黙ってアキラに話したということは、相当な覚悟を決め込んだに違いない。これまでは無理に話すことではないと思っていたが、ジジが覚悟を決めてアキラに何かを伝えたというのなら、どうしてもそれを聞いておきたいんだ。いや、確実に受け取るべき伝言なんだと思う」


 ケンタスが責任を負うというのなら安心だ。


「ジジは話した後も迷っていて、悩んでいたことは分かってくれる?」


 ケンタスがしっかりと頷いた。

 アキラの声が更に小さくなる。


「ケンのお兄さんはユリスという人を守るために迎えに行ったんだ。それは命を狙われているからなんだって。お兄さんは命に代えてでもユリスという人を守ろうとしているの」


「それは職務に忠実というだけではないのか?」


 と思わず口を挟んでしまった。


「待ってペガ、ゆっくり話をさせて」

「分かったよ」


 アキラが間を置く。


「これから数日後に、王都にある王宮、その王宮に島にいる偉い人が一斉に集まってくるんだって。大貴族の偉い人や荘園の有力な領主も全員集められると言っていた。そこにユリスも呼ばれているんだ」


 確か大事な投票があるという話だ。


「大事なのはここからで、その全員が集められた場で暗殺事件が起こると言っていた。それも一人や二人じゃなくて、フェニックス家に繋がる人を全員殺してしまうような暗殺計画だって言うんだ」


「そうか、だからユリスはフィルゴに殿下と呼ばれていたわけか」


 とケンタスが納得した。


「ユリスはフェニックス家の人間なのか? 王家の人間が五長官職に就くか?」


 俺の疑問にケンタスが答える。


「通常は有り得ないさ。でも家名を捨てるか、それとも自ら望めばなれないことはないようだ。実際に就任しているわけだからね。おそらくオレたちが知らないところで、家名を棄てなければならないほどの、身に迫る危機があったのかもしれないな」


 歴史はいつも俺たちの知らないところで進行している。


「しかしフェニックス家の血脈を絶つなんて、暗殺事件ではなく、これでは完全なるクーデターじゃないか。いや、ちょっと待て。おいおい、どうしてそんな計画があることをドラコは知っているんだ? まさか、その計画に関わって……」


 ケンタスが首を振る。


「いや、それはないよ。計画を立てたグループ側ならわざわざユリスを守ったりしないさ。ジジだって決して計画があることを漏らさなかっただろうし、そもそもジジはそういう男ではないんだ」


 アキラも頷く。


「うん。ジジがこの話をしたのは、王宮にはケンとペガにとって大切な友達がいるから教えてやりたくなったと言ってたんだ。その友達が巻き込まれないように話しておきたかったって」


 カレンのことだ。あいつはフェニックス家ではなく七政院を務める大貴族の親戚の娘だが、確かに事前に教えてやれば巻き込まれることは避けられるかもしれない。ドラコの弟の、しかもその友達を思いやるなんて、いかにもジジらしい行動だ。


「ジジは他に何か言ってたか?」


 ケンタスの問いに、アキラが思い出すように答える。


「話を聞いた時はケンがいつ戻ってくるか分からなかったから、『もう一度オラに会いに来る』と言っていて、それまでにケンが戻らなかったら、『全部聞かなかったことにしてくれ』とは言っていた」


 ケンタスが力強く頷く。


「そうか、だったら『話は聞いた』と伝えておいてくれ。それと『オレたちは王都へ向かった』とな。可能ならば王宮にいる友達にもこのことを伝えるが、それ以外の者には口外しないと約束する。アキラ、君もオレたち以外に話したらダメだぞ。特にリンリンさんにはな」


「分かってる。オラだってリンリンさんが心配している顔なんて見たくないもん。でも、この話、本当に話して良かったのかな? ジジが大変なことにならない? お兄さんはジジのことを許してくれる?」


 アキラがジジのことを自分のことのように心配するのだった。


「兄貴とジジは許すとか許さないとかの関係ではないよ。命を預け合っている仲だ。だからアキラが心配することではない。ジジのことだから、アキラに話してしまったことも兄貴に話しているはずだ」


「ドラコの目的はなんだろうな?」


 訊ねても分かるはずがないのだが、ケンタスの考えを知っておきたかった。


「兄貴が最終的に何をしたいのかは分からない。ユリスを守るというのなら、それが兄貴にとって重要なことであることは確かだけどね。ただしその先にどんな未来があって、どんな絵を描いているのかまではやっぱり分からないな。分かっていることといえば、兄貴が暗殺計画を知り得たということは、そのクーデターを起こすグループに内通者を潜入させているということだ。その情報を元に動けるということは、心から信頼できる人物なのだろう。だからジジも悩んだに違いない。オレたちに情報を漏らすということは、何かあればその内通者の命を危険に晒すということでもあるからな。大事な仲間の命を危険に晒す可能性があるのに、ジジはオレたちに話してくれたわけだ」


 念のため訊ねてみる。


「カレンに伝えて大丈夫か? 内通者と繋がりのあるドラコの身にも危険が及ぶかもしれないぞ? フェニックス家の人間を一人残らず抹殺しようとしている連中なんだ。どこまで大きなグループなのか想像もできねぇよ」


 その問い掛けには答えてくれなかった。


「とりあえず旅の支度だ。王都に帰るにも時間が掛かるからな」

「ちょっと待ってくれ」


 ボボが何か言いたいらしい。


「オイラに一日だけ時間をくれないか?」

「一日使って何をするつもりだ?」


 ケンタスが訊ねた。


「オイラさっきミンミンちゃんと約束しちまって。それで一緒に過ごすことになったんだ。目立つようなことはしない。ただ、へへっ、どうしてもそれだけは譲れないんだ。それがダメなら王都へは行かない」


 コイツはこれだけ大事な話を聞かされた後だというのに私欲を優先しやがった。いや、ちょっと待てよ。大事な時期だからこそ女に会っておきたいのかもしれない、とも考えられる。男にとって女とは、そういう存在だからだ。


 ケンタスもボボの気持ちに理解を示し、王都へ行くのは一日先延ばしとなった。ちょうど一日後の日が沈んだ後に出発する予定だ。といっても、丸一日時間ができたところで、俺にはやることがなかった。



「ぺガスさん、お客様がお見えになりましたけど?」


 客間に現れたリンリンさんが驚いているが、俺の方がもっと驚いていた。なにしろ俺のところに訊ねてくる客などオーヒン国に存在するはずがないからだ。


「ようっ、兄弟! 会いにきてやったぞ」


 こちらが出迎える前に現れたのは、……って誰だっけ? 顔は憶えているが、名前は思い出すことができなかった。そう、モンモンちゃんと一緒にいた酔っ払い男。名前はええと、そうだ。『ルー様』と呼ばれていたような気がする。


「悪いがリンリンさん、ブドウ酒を用意してくれないか?」

「悪いと思ってないくせに」


 と茶目っ気のある顔をしてリンリンさんは出て行った。


 リンリンさんとも親しげな様子だ。生来人見知りしない人ではあるが、まさかこの家に出入りできる人物だとは思わなかった。それならばドラコのことも知っていて、さらには俺たちのことも知っていたのかもしれない。


「今日はモンモンちゃんと一緒じゃないんですか?」


「さっきまで一緒だったけど、あのボボってのを見掛けて、聞いたら兄弟も帰ってきてるって言うじゃねぇか。それを聞いて飛んできちまったよ。女はいつでもどこにでもいるけど、兄弟とはなかなか会えねぇもんな」


 それはそれで真理だ。


「といっても、お前さん、俺様の顔を見て、一瞬だが『誰だっけ?』って思わなかったか?」


 この人は勘の鋭いところがあるようだ。


「いや、まさか、そんな、こんなところでルー様に会えるとは思わなかったので、ちょっと驚いてしまっただけですよ。しかしリンリンさんともお知り合いだなんて、本当に常連さんなんですね」


「それを言うなら顔が広いと言ってくれよ。それに毎日のように店に通い詰めて、それでやっとリンリンさんとお近づきになれたんだぜ? この家に入れるようになったのも、つい最近のことだからな」


「ルー様でも苦労されているんですね」

「そりゃそうよ」


 と満足げだが、こういう人は持ち上げておけばいいだけなので対応が楽だ。


「といっても、リンリンさんも一年近く病気で臥せていた時期があったみたいで、こうして人前に出られるようになったのも最近のことだからな。若そうに見えるけど、もう三十は超えてるっていうしよ」


「部屋の外まで聞こえているわよ」


 と言ってリンリンさんが入ってきたが、怒っているようで顔は笑っていた。


「へへっ、その後に『いつまでも若くて綺麗だな』って言おうとしたんですよ」

「もう、ルー様ったら」


「兄弟、忠告しとくがな、いくらリンリンさんが綺麗だからって惚れちゃいけないぞ。とにかく身持ちが堅いったらありゃしねぇんだ。この俺様が口説いてもびくともしないくらいだからな。この美貌で男の影がないっていうのは勿体ねぇよな」


 娼館の女主人に男の影がないというのもピンとこない話だ。


「それなら心配要りませんよ。俺、つい最近結婚したばかりですから」


 そう言うと、ルー様が口をあんぐりとさせた。

 リンリンさんもびっくりしている。

 ルー様が身を乗り出す。


「つい最近って、いつよ?」

「一週間くらい前じゃないですか?」

「仕事でカイドル州に行くとかって言ってなかったか?」

「ええ、行きましたよ。行く途中で出会って、その日のうちに結婚しました」


 そう言うと、ルー様がバカ笑いするのだった。


「こいつは最高だ。最高だよ、兄弟。これだからお前さんのことが大好きなんだよ。いや、本当に俺様の周りには兄弟みたいにぶっ飛んだ奴がいねぇんだ。そのイカレタ頭、本当に最高だぜ」


 いや、俺は成り行きで結婚しただけなのだが……。


「で、相手は誰よ?」

「セタン村のモモです」

「セタン村って、部族の娘に手を出したか! やっぱ狙いどころがタダ者じゃねぇよ」


 モンモンちゃんにハマっているルー様と女の好みは変わらないはずだ。


「とりあえず今夜は飲もうぜ! リンリンさんも一緒に祝杯をあげてやりましょうや」

「そうですね」


 ということで、ケンタスやアキラも交えて俺の婚約祝いをすることになった。飲酒に厳しいケンも祝杯には目をつぶってくれた。なにしろ祝い酒の酌み交わしを拒絶することは、今後の人間関係を断ち切ることにもなり兼ねないからである。


 それから夜中にボボとミンミンちゃんやモンモンちゃんも加わって、もはや俺の婚約とは関係なく宴が続き、なぜか最後は俺とルー様が一緒の寝台で眠ることとなった。面倒くさい人なのだが、なぜか憎めない人なのである。



 夕方に目を覚ますとルー様の姿はなかった。聞くと、朝方、夜が明ける前に屋敷を出たと言っていた。つまり明け方近くまで飲んで騒いで、それで仮眠を取ってから夜が明ける前に出て行ってしまったわけだ。一緒に飲み明かしたが、あの人の素性は謎のままだ。


 夕方に目を覚ました、ということは、もうすぐ王都へ向けて出発しないといけないということだ。ここから王都へ戻るまで一週間は掛かるはずだ。しかも日が長い季節に夜間しか行動できないときている。何より危険な夜道を歩かせる馬への酷使が一番つらかった。


 そういえばケンタスが王都に用があるとは言っていたが、具体的な内容に関してはまだ聞いていなかった。カレンとの再会とは別のことだとしたら、一体何をするというのだろう? それは行ってからのお楽しみとしよう。



 リンリンさんとアキラに見送られての出立だ。裁判の判決次第ではケンタスとボボはもう二度とこの家に来ることが出来なくなるかもしれない。そうなると、この日の別れが人生で最後の別れになるかもしれないわけだ。


「色々とお世話になりました。今後とも兄のことをよろしくお願いします」


 ケンタスの言葉にも最後の別れになりそうなニュアンスが感じられた。


「またいつでもいらしてね」


 リンリンさんは、それを否定するかのように簡単な返しで済ませた。


「アキラも、ありがとうな」

「『ありがとう』はオラの方だよ」


 リンリンさんと並んで立っているアキラは以前よりも少しだけ綺麗になっていた。ボサボサの髪が梳かされているからだろうか。たったそれだけのことでも印象がまるっきり変わる。


「おお、そうだ、ケンにこれを返しておかないと」


 と言って、アキラが小銭を手渡した。


「いいのか? オレたちはもう必要ないんだがな」

「うん。オラは赤ちゃんのお世話をして給料をいただけるようになったから」

「そうか。それじゃあ受け取っておくとしよう」


 それは俺の金でもあるので受け取って当然だ。


「それではリンリンさん、これからもアキラのことをよろしくお願いします」

「こちらこそ助かっているのよ」


 もう二度と会えない可能性の方が高いが、しんみりとせずに二人と別れた。この別れ方を見ると、本当にリンリンさんはドラコから何も聞かされていないのだろう。アキラも口が堅い女のようだ。



「どうした?」


 厩舎でケンタスが小銭を検めているので訊ねてみた。


「うん。この銅貨を見てくれ」


 アキラには銀貨を渡したが、使ったのでお釣りを銅貨でもらったのだろう。


「一緒だな」


 とボボが銅貨を取り出して、ケンタスの手の平で二枚並べた。


「何がだ?」


 俺には何のことかさっぱり分からなかった。

 ケンタスが説明する。


「ボボが取り出したのはチャクラ村で拾った銅貨だよ。製造したばかりで光っていたのを覚えているだろう? つまりそれはオーヒン国で使われている通貨だったってわけだ」


「どういうことだ? 何でオーヒンの硬貨をチャクラで作ってるんだよ?」


 ケンタスが首を振る。


「分からない」


 そう言うのも無理はない。自国の金を外国で作らせるなんて常識では考えられないことだからだ。考え得る唯一納得できる答えがあるとするならば、それは、もうすでにオーヒン国は外国ではない、と仮定した場合に限られるのである。


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