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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第四話 カグマン国の歴史

 誓いを立てたからといって、翌日から変化があるわけではなく、ひたすら山から石材を運ぶ日々が続いた。道路の舗装はまた別のグループで、俺たちを含む二十のグループだけが何度も山と町を往復させられるのだった。


 しかし、今週は三連勤とはならなかった。休みの前の日が王国の歴史を学ぶ時間に充てられたからである。二十棟ある兵舎ごとに順番が回るようになっており、早くも俺たちのグループに回ってきたということだ。授業は兵舎の中で行われる。


 俺たち三人は畑仕事で身体を酷使することには慣れているが、町人や商人の息子はまだまだ仕事慣れしていないので、彼らにとっては恵みの授業となった。


「この世界には七つの国が存在する。その一つが我々の住むカグマン国なのである。先の戦争で滅亡したカイドル国は――」


 歴史を教えるのは文官の爺さんだが、とにかく話が長い。

 要約すると、この島はカグマン王国が支配しているということだ。


「そもそも単一国家であるはずのカグマン島で戦争が起こるのは、先住権に絡んだ問題であると考えられておる――」


 要するに、俺たち南部の人間が先住民ということだ。


「北方民族の侵攻を許し、さらにはカイドル国なる非公認の国が建国された背景には、幾つかの不運が重なってしまったことが挙げられる――」


 要するに、農耕民族と違って、狩猟民族は野蛮だということだ。


「北方民族が各地で反乱を起こし、カイドル国建国と相成あいなったわけである。それが今から三百年前の出来事で、失われた百年、または空白の百年と呼ばれている時代のことである――」


 要するに、その間ずっと戦争をしていたということだ。


「フェニックス家の始まりは定かではない。歴史の表舞台に登場したのは今から二百年前だが、それは記録が残っている範囲であって――」


 要するに、現王朝は三百年以上の歴史があるということだ。


「そもそも一口に戦争と言ってはいるが、戦い方にも歴史の変遷がある。カグマン島に残る壁画によると、最初は地主同士が一対一で決闘をして勝敗を決していたとされるのが戦の始まりとされておる。これがおよそ今から五百年前だと考えられている。そこから農業技術は飛躍的に進歩を遂げ、食料を備蓄できるようになってから各地で力を持った大地主が誕生する。やがて比較的温暖な南東部を中心にして豪族が栄え、その中から選ばれし者が王族となったのだ。諸外国との交易を活発に行うようになっていったのが今から四百年前というから、外国の文献とも一致する部分である――」


 この辺の話はおもしろい。


「その頃には既に戦争は形が変わっており、地主や領主による一対一の決闘などなくなり、数で圧倒した者が戦を制するようになっておった。これは豊かな時代が続いたため人口が増えたことと、保存食で持久戦が可能になったというのが一般的な見解である。しかし決闘そのものは戦争の歴史からは消えたが、なくなったわけではない。現在でも国に申請して了解が得られれば『果し合い』という形で行うことは法律上可能である。ただし戦後に『果し合い』が行われた例は一度もないので、決闘制度が形骸化していることも忘れないように――」


 確か、最後の決闘者は剣聖モンクルスの愛弟子だったはず。


「四百年前が最も豊かな時代であったとする歴史家の意見があるが、ワシはこの意見に異なった見解を持っておる――」


 再び滅亡したカイドル国の話題になる。


「カイドル国と呼んではいるが、実際は政治や法律などはなく、一人の権力者が独裁で命令を下していただけというのが実態である――」


 暴君ジュリオス三世の話だ。


「北方民族や少数部族には野蛮な独裁の血が染み込んでおる。決して気を抜いてはいかんのだ。略奪や暴行が当たり前で、我々が耕した畑に実がなるのを、ただひたすら眠って待っているような連中だ――」


 北部の治安が悪いのは旅商からも聞いたことがあった。


「諸君らの中にも選ばれた者には半年もすればカイドル国だった領地に赴いてもらわねばならんが、決して北方民族に背を向けるような真似はしないように。背を向ければ背中を突かれ、横を歩けば崖下に突き落とされ、向かい合えば毒を盛られる、というのが北方民族に関する先人の言い伝えだ――」


 旅の注意に話が変わった。


「気のいい顔をして近づき、女房、子どもを手なずけ、最後には土地も家族も全部略奪していくというのが北方民族の手口だ。そんなお前たちに残されたのは、土地を開墾したという記憶だけで、『思い出だけでも残って良かったな』と唾を吐くのが奴らの正体だ――」


 この爺さんは戦中派なので実体験を語っているのかもしれない。


「フェニックス家の歴史や暴君ジュリオス三世の最期についても説明したいところだが、今日はこれまでとしよう。諸君らには今から紙とインクと羽根ペンを配るので、これまで話したことをまとめた書物を書き写してもらいたい」


 そうなのだ。ここからが大変な作業だ。上質とも言えない紙に、滲みやすいインクで写本するのは容易ではない。兵舎にいる三十人弱の新兵で、識字できる者はほとんどいないというのが現実だ。それでも貴重な紙を扱えるだけでも恵まれている。


 俺やケンタスには見慣れた羅列られつでも、他の者には落書きにしか見えないことだろう。それで書き損じたからといってむちを打たれるのだから、理不尽この上ない話だ。そういう俺も他人事ではなかった。集中しなければ読めた文字にならないからである。


 そもそも、これも試験の一つであり、紙を大切に扱えるかどうか俺たち新兵を試すことで、その後の配属先を決めるのである。そうでなければ貴重な紙を配るなどという無駄なことはしないのだ。といっても、そのことを理解しているのは俺たちくらいだ。


 それにしても、北部をルーツに持つボボにとっては苦痛だったに違いない。俺も身内に北部の人間がいるので、気持ちが痛いほどよく分かるのである。本人は気にした素振りを見せないが、それが気掛かりだった。



 翌日から通常の休みに加えて休息日とも重なり二連休となったので、実家の牧場に泊まる申請をしておいた。もちろんケンタスとボボも一緒である。久しぶりに干し草の上で横になって眠ることができるが、楽しみといったらそれくらいしかなかった。


 牧場を任されている次兄夫婦にボボを紹介したのは、この前の休みの日だが、俺たち三人を含めて一緒に夕飯を囲むのは初めてだ。食卓には次兄夫婦の幼い子どもたち三人も一緒だったので、随分と賑やかな食事となった。


 名前を出して紹介するほどではないが、クトゥム・ピップルは俺たち四人兄弟の次男坊だ。王都の騎士が乗る馬の世話をしている男である。両親と長男は農業をやっているので住まいは別々だが、末っ子の俺は子どもの頃から牧場の方で暮らしてきた。


 というのも、四男として生まれた時点で徴兵が決まっていたので、馬を扱えるようにするために馬小屋で生活をして十五まで暮らしてきたのだ。両親が農場と牧場を行ったり来たりしていたので、特に寂しいということはなかった。


 次兄クトゥムの嫁のクルルさんは昔から料理上手として有名で、名前を知らない香草を調合しては食べる者を唸らせていた。しかし、この日は違ったようだ。それはボボにとっては故郷の味に近かったからである。


「ボボ君はどちらからいらしたの?」


 義姉のクルルさんが尋ねた。


「ヤソ村ですが、母はガンマ村出身です」

「あら、私と一緒じゃない。ひょっとしたら母親が知り合い同士かもしれないわね」

「はい。この味は故郷の味です」


 ボボは無表情で特に感想も言うことなく食べていたが、どうやら感動していたようだ。


「ヤソだと二日の休みじゃ帰れないわね。寂しいでしょうに。私の料理で良かったら、また食べに来てちょうだいね」

「はい。ありがとうございます」


 クルルさんも北方部族をルーツに持つ女性だ。次兄と同じ二十五歳と聞いてはいるが、まだ十代と言われても納得してしまう見た目をしていた。見た目がいつまでも若々しいというのが北方民族の特徴だ。


「いいか? よく聞くんだ」


 それから死んだ三男坊の話になった。この話になると次兄はいつも熱くなる。


「ケンには何度も同じことを言ったし、お前の兄貴のこともあるから分かっていることだろうが、ボボ君もよく聞くんだぞ。とにかく無理だけはするな。何事もなければ十年で徴兵期間は終わるんだ。だから無理だけはしちゃダメだからな。弟は作業中に死んだと聞かされたが、何があったかなんて、こっちは知りようがないんだ。たとえ死ななくても、足や腰を痛めただけでも働けなくなるからな。無理をしてバカを見る必要はないんだぞ。どんなに真面目に勤め上げても評価などしてくれないんだ。作業中に死んでも恩賞など出ないんだからな。遺族は役人からの事後報告に対して疑うことも許されず、遺体もないまま葬式をしなければいけないんだ。調べることも許されず、受け入れることを強要させる。三人とも、いいか? 家族にそんな惨めな思いをさせるなよ」


 徴兵のない兄貴も大変なのだ。世間の風潮として跡取りに生まれた方が幸せだと考える者が多いが、生まれた時点で死ぬまでの一生が決まっているというのは、俺にはやや窮屈に感じるので、守るというのは過酷だ。


 ただし徴兵制にも賛否があって、徴兵中に家族を亡くしたので俺の家族はいきどおりを感じているが、ほとんどの家庭においては歓迎されているというのが一般的だ。子どもを国に差し出せば、身分と土地が保証されるというメリットの方が大きいからである。


 次兄はその後も酒を飲みながら同じ話を何度も繰り返した。これは自分の子どもたちに向けて話していたのかもしれない。確かに、戦時中でもないのに徴兵で命を落とすというのはり切れない話だ。といっても、戦時中ならいいという話ではないが。



 夕食後は久しぶりに牧場で焚き火をして、甘芋あまいもを焼いて食べることにした。甘芋というのは王宮に直接献上する貴重な野菜のことだ。味も見た目もシロニンジンに似ている気がするけど、海の向こうから来た修行者が『甘芋』と呼んでいるので、俺たちもそう呼んでいるというわけだ。


「あぁ、三人だけでずるいんだ」


 甘芋が焼けた頃合いを見計らったかのようにカレンが現れた。


「お前はどれだけ鼻が利くというんだ?」


 冗談を言ってあげるのが俺の役目だ。


「人を犬みたいに言わないでよね」

「ハハッ、確かに犬のような従順さはないもんな」

「久しぶりなのに随分と失礼ね」


 カレンと軽口を言い合ったのが久しぶりなので、俺もつい調子に乗ってしまった。


「こちらの方は?」


 とカレンが尋ねたので、俺の方からボボを紹介してやった。といっても王宮でトリオを結成したことくらいしか説明しなかった。『馬小屋の誓い』について話しても、きっと子どもっぽいとバカにされて笑われるだけだからだ。


「へぇ、クルルさんとルーツが同じなのね。すごい偶然じゃない」

「それくらいで偶然と思えるなんて羨ましいな」


 と俺は正直に思ったことを口にした。


「何よ、その言い方、私がおめでたい頭をしているみたいじゃない」

「ハハッ、ごめんごめん」


 と謝ったものの、羨ましいと思ったのは本音である。新兵など決まった範囲からしか招集されないので偶然とは呼べず、それよりも、カレンには未知なる世界が偶然や奇跡で溢れているように見えているわけで、その感性が本当に羨ましかったのだ。


 甘芋が丁度いい具合に焼けたのだが、困ったことに三本しか焼いていないことに気がついてしまった。カレンは来たばかりだし、しばらく帰りそうにないが、帰るまで待つと、今度は甘芋が丸焦げになってしまうので、さて、どうしたものか?


「ところで、お芋だけど、私の分もあるの?」


 この女、気づきやがった。


「どう見ても三本しかないけど」


 目ざとい女だ。


「三本だよ。だってカレンが来るとは思わなかったからな」


 俺はありのままに説明した。


「私のは?」

「兄貴のところに行ってもらってこいよ」


 そう言うと、ねた顔をしながらカレンは立ち上がろうとした。


「いいよ」


 ケンタスがカレンを引き止めた。


「オレのを半分こにしよう」


 と言って、甘芋を真ん中で割ってカレンに手渡した。


「ありがとう」


 とカレンは嬉しそうな顔をするのだった。俺としては分け合うよりも一本丸ごと食べた方がいいに決まっていると思ったから取りに行かせようとしたまでだ。しかしカレンは一本丸ごと食うよりも、ケンと分け合った方が嬉しかったようだ。


「ペガのもちょうだい」

「はっ? 何を言ってるんだ?」

「だって、あなたたち二人は同じように生きると言っていたじゃない。だったらペガはケンと同じことをしないといけないのよ?」


 この論理は正しいのか?


「だから私が半分もらってあげる」


 結局、俺はこの女に丸め込まれてしまった。


「半分あげるのはいいんだ。甘芋なんてくらにいくらでもあるからな。でも、俺が納得いかないのは、結果的に俺もケンと同じ半分になってしまったのに、ケンは優しくて、俺はケチみたいな雰囲気を感じるとこなんだ。おかしくないか? 同じように半分になったのに、どうして俺がこんな卑屈な思いをしないといけないんだよ? それにだ、どうせ分けるなら俺とケンで半分にすれば良かったじゃないか。そうすれば半分にする手間も一度で済んだわけだ。それに俺とケンが半分ずつにしたことで、カレンが一本分の甘芋を手に入れたことになるじゃないか」


「あら、そう言えばそうね」


 カレンはあっけらかんとしていた。

 ケンタスは俺たちのやり取りを笑って見ているだけだ。

 ボボが真顔でボソボソと語る。


「それこそが商いの本質なのかもしれない。お前たち三人には二本の芋があったが、誰も一本の芋を丸ごと独占した者はいない。結果的にカレンが多くを手にしたが、これは三人で均等にしようと思えばできないことはなかった。富を分配しようと思えば、やはり二本の芋を二本とも割る必要がある。手間を増やすということは、それだけ多くの者に富が分配されるんだ。その手間を増やすことに、誰が反対するものか」


 意外にもケンタスが反論する。


「ボボの言っている意味は分かる。しかし富の分配というのは難しい問題だ。手間を増やすということは、中間に幾つもの人が入り込むことを意味する。そうなると悪質な人だって入り込んでくるに違いない。これは交易でも聞く話で、中間搾取が酷過ぎて生産者が貧しくなるというものだ。よほど厳しくも公平な目を持ち、物の価値を理解していないと、数えきれないほどの詐欺業者を生み出してしまうシステムにもなり兼ねないんだ。そうなると労働意欲すら奪われることになる。富の分配は大事だが、配分に気をつけなければ弱者を苦しめるということだ。中抜きすることで発明者や生産者が苦しむと、産業そのものが傾きかねないからな」


 俺たちに金はないが、お金の話は大好きだ。


「基本的には二本の芋があったら二本とも割ってしまうというのは正しいことだと思う。両方の味を食べ比べることができるし、独占させないことで新たな発見があるかもしれないからな。つまり注意すべきは分配された物を受け取ったことで安心することなく、それが本来受け取るべき報酬であるか吟味することだ。不当に搾取されているなら、やはり自分たちの手で取り返さないといけないんだよ」


 それから税金の話や組合や互助会の話になったけど、一貫しているのは、ケンタスは常に労働者の味方であり続けている点だ。やはり絶対的な弱者が存在している限り、この男は自分よりも強い者としか戦わないと決めているのだろう。

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