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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第三十九話 アキラとの再会

 一人で興奮するケンタスを見て、俺は呆れるしかなかった。何が発明品だ。何が完成まで何年も掛かるだ。何年どころか、俺たちは明日にでも逮捕されるかもしれない身となったのだ。それでどうして笑っていられるというのだ。


「それで俺たちはどうすればいいんだ?」


 ケンタスを正気に戻さなければならない。


「デタラメな裁判を受けるなんて俺は御免だぞ。あの時、オーヒン国の警備兵が事の詳細を知りながらも、俺たちを逮捕しなかったじゃないか。手を下したのが俺たちだと知っていたにも拘わらずだ。その時点で事後に事件を作り変えていることは明白なんだ。そもそも、こんな時代に公平な裁判など期待できるはずがないだろう? ましてや外国の裁判なんて、誰が俺たちのことを弁護してくれるというんだ?」


 ケンタスに正気が戻る。


「ペガ、安心しろ。お前は罪に問われないさ。そのためにアキンワに誓わせたのだからな。手を貸したのがボボで、手を下したのは、このオレだ。その事実だけは絶対に捻じ曲げられないようにしてみせる。それに兄貴の例もあるからな、オーヒン国で裁判を受けた方がまともな裁きを受けられるかもしれないという希望がある。自国で受ければ連帯責任を問われるだろうから、何もしていないペガまで同じ量刑になってしまう可能性があるんだ。だったら、オーヒン国で裁判を受けた方がいい」


 山賊退治に貢献していない俺だけが無罪というのも、考えてみればおかしな話だ。


「このまま王宮に戻ったところで、すでに容疑者の引き渡しを求める通達が届いていることも考えられるから、今さら逃げるのは不可能だ。それだけならいいが、出頭しなければ逃亡罪まで被せられるかもしれない。やはり、ここは裁判を受ける他に選択肢はないんだよ。ただし、どれだけ拘留され、どんな判決が出るのか分からない現状では、もう少しだけ様子を見る必要があるな。捕まる前にどうしても兄貴と会っておきたいんだ。裁判を受けるのは、それからでも遅くはないだろう」


 司法制度が確立したとは言い難い現代で、裁判に身を委ねるのは怖くて堪らないものがある。それでもケンタスが言うように、どうやらもう逃げられる状況ではないようだ。ならば大人しく出頭した方がいいという判断だ。



 ということで、翌日から街道を避けて移動することにした。新兵でありながら重要な任務を成し遂げた数日後に、まさか逮捕される身になろうとは思いもしなかった。こんなデタラメがまかり通っている世の中を、俺たちは変えたかったのだ。


 日没間際に仮眠を取り、今度は夜中に移動することにした。逃亡者のようにしか見えないが、アキラと再会しておく必要があるのでこうするしかなかった。それで何とか明け方前にリンリンさんの家の近くまで辿り着くことができた。


「一人で行ってくる。ここで待っててくれ」


 ケンタスが先に話を通しにいくというので、俺たちは待つことにした。大人しくしていなくちゃいけないのに、どうも先ほどからボボの様子がおかしかった。普段は物怖じしないように見えるが、やはり逮捕されるのが怖いのだろう。


「少し落ち着いたらどうなんだ?」


 雑木林の中で腕立て伏せをしているボボが異様に映る。


「怖くて落ち着かないのか?」


 ボボの腕が止まる。


「何がだ?」

「アキンワの話を聞いてから会話らしい会話をしていないからさ」

「いつものことだろう」


 確かにその通りだ。


「まぁ、俺は子どもの頃から知っているから、いつかこうなることも予想していたし、受け入れる覚悟だってあったが、ボボにとってはとんだ災難だもんな。俺たちと組まなければ普通の生活を送れたわけだから、申し訳ないと思っているよ」


 ボボが楽な姿勢で腰を落ち着ける。


「だから、さっきから何の話をしているんだ?」

「いや、そわそわしているから捕まるのが怖いんだと思って」

「オイラたちは職務を全うしたんだ。どこに怖がる要素がある?」

「裁判にかけられるんだぞ?」


「オイラは職務中に強盗事件に遭遇し、現場から去る犯人を逃がさないようにしただけだ。ケンは犯人が武器を捨てなかったから止めを刺したわけだからな。命乞いをする相手に隙を見せれば殺されてしまう世の中だ。それに一人でも仕留め損ねれば、逃げられて仲間を呼ばれていた可能性もある。オイラたちの行動は、生きているが故に行動の是非を問われるのであって、もしも仕留め損ねた賊に不意をつかれて三人とも殺されていたら、『どうして止めを刺さなかったんだ』と言われる世界で生きているんだ。だから、どこにも問題と思える行動はななかった。だからオイラは堂々と裁判を受けるつもりだ」


 確かにボボの言う通りだ。過剰防衛という概念もないことはないが、武装した犯行グループを相手に適用する法律ではないので、やはり俺たちの現場の判断に間違いがあったとは思えないのである。


「ミスがあったとすれば、事後処理を他人の手に委ねてしまったことだ。そんな軽率な行動さえしていなければ、こんなことにはならなかっただろう。そこは大いに反省すべきことだろうな」


 だとしたら尚のこと疑問に思う。


「だったら、なんでそんなにそわそわしているんだ?」


 頬が緩むボボの顔が月明かりに照らされて不気味に映った。


「そりゃ、ミンミンちゃんに会えるからな」


 そう言うと、今度は腹筋運動をするのだった。俺はもう二度と、コイツの心配はするまい、と心に強く誓った。



「ケンが戻ってきたぞ」

「来い。寝ている者がいるから、静かにな」


 どうやら話をつけてくれたようだ。周囲を警戒しつつ、リンリンさんの家に向かい、屋敷の見張りに馬を預けて、二週間振りにリンリンさんと再会することができた。蝋燭のか細い明かりの中に佇む彼女は、以前よりも美しくなっているように見えた。


 この前と同じ客間に通された。二重窓が完全に閉まっている中、テーブルの上の燭台の明かりだけが周囲を照らしていた。テーブルの上にはパンと温かいスープが用意されていたが、それも俺たちがお腹を空かせていると思って用意してくれたに違いない。


 リンリンさんが優しく語り掛ける。


「事情はすべて承知しています。どうして貴方たちが裁判に掛けられなければいけないのか理解できませんが、どうか、迷惑を掛けていると思わないでちょうだいね。パンとスープしか用意できなかったけど、さぁ、遠慮せずに召し上がって」


 どうしてもこの人の前では畏まってしまう。


「ありがたく、いただきます」


 三人だけでの食事では絶対に言わないのだが、リンリンさんの前ではなぜか行儀よく努めようとしてしまう。


「隣の部屋がお客様の寝室になっているの。三人分の寝台があるから、そこを使うといいわ。昨日、じゃなかったわね、もう一昨日になるかしら、そう、一昨日までドラコ様が使っていらしたのよ」


 三人揃って顔を上げてしまった。


「兄がここにいたんですか?」

「ええ、貴方と同じ席で食事をなさっていたわ」


 またしてもドラコとすれ違ってしまったようだ。


「兄は何のためにオーヒン国へ来たんですか?」

「あの方、私には仕事の話をして下さらないの」

「そうですか」

「物事が終わりを迎えてから、あの方に助けていただいたことを知るのです」


 ドラコは何をしているのだろう?


「アキラさんと話をされていたので、どこで何をしているか知っているかもしれませんね」

「アキラもここに?」

「ええ、二階で休んでいます。もうそろそろ起きてくる頃じゃないかしら」


 夜明けが近いということだ。


「それでは湯浴みと着替えの準備をしてくるわね」


 そう言って、リンリンさんは客間を出て行った。おっとりしているように見えて、働き者の素敵な女性だ。立派な家に住んではいるが、かなりの苦労をしてきたのではないだろうか? いなくなったのに、いつまでも花の香りが残っていた。


「よかった。みんな無事だったのね」


 入れ替わるようにアキラが入ってきた。


「元気そうじゃないか」


 とケンタスが微笑む。そこで以前ならケンに抱きつきにいくところだが、この日のアキラは笑顔で頷くだけだった。明らかに様子が違った。着ている服もリンリンさんと同じ女性用の丈の長いスカートだ。


「なんだよ、その格好。まるで女の子みたいじゃないか」


 と茶化してみた。


「リンリンさんから貰ったの。どうかしら?」


 言葉遣いも微妙に変わったような気がする。


「とてもよく似合ってるよ」


 とケンタスが褒めた。


「ありがとう」


 とアキラがスカートの裾を両手で摘まんで挨拶をした。


「兄貴に会ったんだって?」

「ええ、ケンに似てとても素敵な方だったわ」


 どうやらリンリンさんの喋り方を真似しているようだ。


「兄貴は今どこにいるんだ?」

「それが……」


 そこで言い淀んでしまった。


「どうした? ケンの兄貴に何かあったのか?」


 アキラが首を振る。


「違う。その前に喋り方を戻してもいい?」

「勝手にしろ。こっちはお前のお遊びに付き合ってる暇はねぇんだ」


 と、つい怒鳴ってしまった。


「なによ、ペガったら、オラがどんだけ心配したか」


 と目をうるうるさせるのだった。


「分かったよ。俺が悪かったよ。だから聞かせてくれよ」

「うん……」


 と、そこでも言い淀んでしまった。


「アキラ、どうした?」


 とケンタスが心配そうに訊ねた。


「……ごめんなさい」


 そう言い残して、部屋から出て行ってしまった。


「アキラの奴、一体どうしちまったんだ?」


 訊ねたところで、ケンタスに分かるはずがないことくらいは知っている。


「しかし、ドラコの秘密主義は徹底しているな」


 ケンタスが首を振る。


「いや、それならばアキラは何も知らないはずだ。あれは何かを知っているけど、言っていいのか迷っている態度だろう。オレたちにも話せないのだから、よっぽど重要なことを知ってしまったんじゃないかな」


「だったら尚のこと聞き出さないといけないだろう?」

「いや、言うか言わないかはアキラに決めさせよう」

「重要なことって言ったよな? 知りたいと思わないのか?」

「仲間だからって、すべてを共有できるわけではない。言わないと判断したなら、その判断を尊重するまでだ」

「そんな悠長なことを言っていられる時じゃないだろう?」

「それでもアキラにはアキラの人生があるからな。彼女が個人である限り、無理強いはできないよ」

「それなら何のためにここまで身を潜めて来たんだよ。ドラコにも会えないんじゃ意味がねぇじゃねぇか」

「仕方ないさ。オーヒン国について見聞きしたことを話せる範囲で教えてもらうとしよう」

「俺たちは観光しに来たんじゃないんだぜ?」

「大丈夫だ。まだまだ裁判を受けるために出頭するつもりはない」

「まだ何かしようって言うのか?」

「ああ、明日か明後日には王都へ一度帰ろうと思うんだ」


 またケンタスが思い付きで勝手に決めてしまったようだ。


「家族への報告か?」

「いや、違う。どうしても確かめておきたいことがあるんだ」

「確かめたいことって?」

「それはまだ内緒だ」


 とうとうコイツまで兄貴の秘密主義を真似しやがった。


「とりあえず湯浴みをして眠るとしよう」


 俺も疲れていたので、これ以上会話を続ける気にはならなかった。久し振りにふかふかの寝台で眠ることができて、途中で一度も目を覚ますことなく熟睡できた。起きた時にはとっくに日が暮れていたので、もはや完全に昼夜逆転生活である。



 ケンタスとボボの姿が見つからなかった。そこで二人を捜しに行きつつ、用足しを済ませてから客間へ向かうと、二階の方から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。あれは確か前に来た時にミンミンちゃんが抱っこしていた赤ん坊だ。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 母親はまだ仕事中だろうか?

 気になったので二階に上がってみることにした。

 玄関ホールに行くと誰もいなかった。

 見張り、ではなく使用人の男の姿も見掛けない。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 日没前で薄暗いが、まだ蝋燭の明かりは必要なかった。

 中央の階段を上がると、目の前に長く伸びた廊下があった。

 ん?

 廊下の先。

 その突当りに、人の姿が見えた。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 赤ん坊の泣き声も大きくなる。

 薄暗い。

 もう少し近づかないと、はっきりと見ることができなかった。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 廊下の突き当たりに、確かに人の影。

 それよりも、その顔。

 どこかで見たことがあるような。

 あれは……。


「んぎゃああ、んぎゃああ」


 気がつくと叫び声を上げていた。

 目の前に王城跡に現れた亡霊が立っていたからだ。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 もう自分の声と赤ん坊の泣き声との区別がつかなかった。

 腰を抜かすとはこのことか。

 亡霊を前にして、一歩も動くことができなかった。


「んぎゃあ、んぎゃあ」


 迫りくる足音。

 どんどん近づいてくる。

 終わった。


「ペガ、どうした?」


 気が付くと俺の周りに家中の人が集まってきていた。


「亡、亡霊……」


 それしか口にすることができなかった。


「ボウレイ? これはパパでしょ?」


 と赤ん坊を抱いたアキラが冷ややかな目で俺を見下す。


「このお兄ちゃん、おもしろいね」


 アキラがそう言うと、赤ん坊は俺を見て笑い出すのだった。


「パパって?」


 背後からリンリンさんが答える。


「赤ちゃんにはパパって呼んであげているの」

「え?」

「だからお前の目の前にあるのはパルクスの彫像だ」


 と、ケンタスが涼しい顔をして説明を加えた。


「いい年をして彫像を見たくらいで驚くなよ」


 ケンタスの言葉にアキラだけではなくボボまで笑いやがった。

 リンリンさんだけが場の雰囲気に流されずに心配そうな顔をしてくれている。

 その時、俺はこの人のことを女神さまだと思った。


「さぁ、いつまでも腰を抜かしてないで、ペガも食事を済ませてくれ」


 ということで客間へ向かったのだが、振り返って改めて彫像を見たのだが、やはり王城跡で遭遇したジュリオス三世の亡霊にそっくりだと思った。まるで粘土で型を作ってから、それを元に作成したのではないかと思うくらい精巧な作りをしているのだった。


「アキラ、ちょっといいか」


 食事をする前に話しておきたいことがあった。


「なによ、ペガ」


 他の人はみんな階下へ行ってしまったので二人きりだ。


「お前、俺たちが裁判を受けるのは知ってるよな?」


 アキラが心配顔で頷く。


「だったら、知ってることがあるなら全部話してくれ。ケンは無理して話す必要はないと言うかもしれないが、ひょっとしたら、俺たちはもう二度と会えなくなるかもしれないんだぞ? あのとき話しておけばよかったと後悔しても遅いんだよ」


「そうなの?」


 アキラの表情が変わった。これはもちろんハッタリである。いくら地主の息子を殺したからとはいえ、盗賊は盗賊なのだから重い罪を科せられるはずがない。越権行為なので、せいぜい兵役期間中のオーヒン国への入国を禁止されるくらいだろう。


「まぁ、その辺のことを考えておいてくれ」


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