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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第三十八話 ツノ村の異変

 ジュリオス三世の顔を知る者が実際に王城跡の幽霊を見ていることから、やはり予想通り亡霊の正体はパルクスで間違いなさそうだ。


 しかし、あの恐ろしい暴力的な亡霊がジュリオス三世ならば、やっぱり暴君と呼ばれても不思議ではないのだが、あれが仲間を救うために戦禍へ身を投じた男の姿だろうか? パルクスに何があったのだろう。


「お前の兄貴はな」


 ソレインが酒を呷る。


「豪胆に見えて、実に細かいところがあるからなあ。ザザ家の事件で処分を受けたが、あの男だから微罪で済んだんだ。ただ、今回ばかりはヤバそうだ。何か、とんでもないことに首を突っ込んでいるみたいだからな」


 村長が心配そうだ。 


「何も教えちゃくれなかったけどよ。しかしオーヒン国に行くぐらいだから、デモン・アクアリオスが絡んでいるのは明白なんだよ。おれたちに迷惑が及ばないように黙っているが、それくらいは察しがつくってもんだ」


 ソレインはカイドル帝国を崩壊させた元凶がアクアリオス家にあると思っていそうだ。俺の中にも黒幕としてのイメージがあるが、その黒幕が小さな荘園の領主に収まってしまったところに違和感を覚えないわけではなかった。


 ジュリオス三世の素性も不明だし、早くケンタスの兄貴と再会して、これまでに得た知識の答え合わせをしてみたいものだ。今の俺は登場人物が増えすぎて頭が混乱している状態だからだ。


 三十年前の出来事を調べたら、その二十年前に遠因があり、それで五十年前のことを調べると、今度はその百年前に原因があったりするわけだ。似たような名前の息子や孫がでてきて、これで頭が混乱しない方が無理なのである。


「ジュリオス三世……」


 ケンタスが訊ねる。


「いえ、パルクスについてですが、ジェンババは面識がなく、『よく知らない』と言っていましたが、村長、あなたも同じような見識ですか? 兄がどう考えているのかも知りたいんですが?」


 ソレインが首を捻る。


「さあ、おれもよく知らないな。本当に記録が残ってないんだよ。一部ではカイドル帝国最後の皇帝となったデモン・アクアリオスとパルクスが同一人物だったんじゃないかって説もあるんだぜ? 年齢が一緒だからそういう説が出たんだろうが、完全に否定できないところが情けないところさ」


 そういうのは勘弁してほしい。

 歴史は、どれだけ俺たちを混乱させれば気が済むのだろう。

 ケンタスが面白がって感心する。


「なるほど、それならば素性が謎に包まれている説明がつきますね。パルクスの記録がないのもデモンが偽装工作しているからというわけですか。となると私が見たのはデモンの生霊ということになりますが」


 ソレインが笑う。


「ハハッ、工作して作り上げた人物が幽霊となって現れたわけか。冗談だと分かっていても面白い話だな。まぁ、それくらい分からない人物だってことだな。しかし兵士を殺せるんじゃ、笑ってばかりはいられないか」


 この夜はこれでお開きとなった。翌日からは山中での野営生活が四、五日は続くので、しばらく寝台で眠れなくなる。食事も満足に摂れなくなるだろうし、馬を休ませている間、ボボに山菜を採るか、野鳥を狩ってもらうしかなさそうだ。


 妻のいる村へは寄らないことに決めていた。最短ルートから外れてしまうからである。これほど急いでいるのは、オーヒン国でケンタスの兄貴に会うためだ。ケンだけではなく、俺もとにかく話がしたかった。


 それから山中泊をしながら丸四日かけて山岳ルートを抜けることができた。往路よりも早く移動したことになる。書簡を持っていなかったので雨の中でも強行できたのが時間短縮に繋がったのかもしれない。



 王都を出てから二十四日目の朝、この日は日が暮れるまでにツノ村へ辿り着くのが目標だった。七人の山賊に襲われていたのがツノ村の村民で、彼らを助けたことで大歓迎されたので、行けば気兼ねなく食事にありつけると思ったからである。


「やっと見たことのある景色を見ることができた」


 ケンタスが馬上で振り返りながら呟いた。


「ここまで来ればオーヒン国まで道は真っ直ぐだな」


 田園風景を見て人里に下りてきたことを実感することができた。


「ああ、明後日か明々後日にはオーヒン国の首都に到着するだろう」


 ユリスよりも早く到着するのは確実だが、それでもドラコと再会できる保証はない。


「アキラとも二週間振りに会えるんだな」


 ケンタスが嬉しそうだ。


「ああ」


 と言いつつ、俺は名前が出るまで思い出すことさえなかった。


「ペガが結婚したことを知ったら、どんな顔をするだろうな?」


 そうだった。結婚したことをまだ家族へ伝えていないのだ。まだ二年半も猶予があるとはいえ、その作業が俺をひどく憂鬱にさせるのである。



「ツノ村が見えてきたぞ」


 ボボが報告してくれた時、辺りはまだ日暮れ前だった。


「よし、まだ時間はあるが、今日はゆっくりさせてもらうか」


 とは言うものの、ケンタスの言葉通りにはいかなかった。なにしろ真夜中かと思うくらい村の中が静まり返っていたからだ。五十世帯ほど寄り合って自衛している村なのだが、人っ子一人見掛けないとは、まさにこのことである。


「みんな畑に出払っているのか?」


 俺の言葉に、ケンタスが首を振る。


「いや、畑にも人がいなかっただろう?」

「まさか、山賊から報復を受けたわけじゃないよな?」


 今度はボボが首を振る。


「いいや、家の中に隠れるように人が入っていくのを見たから、村が襲撃されたわけではなさそうだ」

「とりあえず、こちらから一軒一軒訪ねてみるしかなさそうだ」


 ということで、ケンタスが家の中に呼び掛けた。

 しかし、反応が返ってきた家は一軒もなかった。

 ただの一軒もである。

 これはどういうわけだろう?

 分かったのは、家の中に人がいることが確かめられたことくらいだ。


「人がいることは確かなんだがな……」


 ケンタスも困惑していた。

 念のために確認してみる。


「ツノ村と違う村ってことはないよな?」

「それは間違いないよ」


 やはりあの歓迎を受けた村で間違いなさそうだ。


「勝手に押し掛けるわけにもいかないし、今夜も野営するか」


 残念だが、ケンタスの決定に従うしかなかった。


「村の土地にテントを張るくらいは許してくれるだろう」


 ということで、村を後にしたのだが、無人のはずの家から赤ん坊の泣き声が聞こえていたことが、余計に俺たちを虚しい気持ちにさせた。あの子は行きの時、ケンタスの腕の中に抱かれていた赤ん坊だ。



「今夜はここに泊まろう」


 ケンタスが野営地に選んだのは馬車道から外れた森の中だ。ここから治安が悪くなるので、馬の見張りにも神経を尖らせなければならなかった。それでも小川のほとりに絨毯を敷いたような原っぱがあったので、テントを張るには最適だった。


「あぁ、今日も茸スープか」


 これで一日二食、四日連続同じ物を食べていることになる。


「嫌なら食べなくてもいいんだぞ。ボボがせっかく採ってきてくれたんだからな」


 これしかないんだから食うよ、バカ。


「今日くらいは腹いっぱいになれると思ったんだけどな」


 それを楽しみにしてきたんだから、愚痴くらい言わせろってんだ。

 ケンタスがスープを飲み干す。


「期待してはいけなかったんだ。オレたちは別に善意で山賊から守ってやったわけじゃないからな。隙を見せれば殺されていたかもしれないんだ。だからあれは自分たちを守る行為でしかなかったんだよ。それにも拘わらず、見返りを求めるというのは欲張り過ぎというものだ。助けてやったとか、守ってやったとか、感謝されて当然とか、そんな風に考えるのは正義を見誤る原因にもなり兼ねないから、原点に立ち返るためにも、これで良かったんだ」


 いい加減、腹が立ってきた。

 コイツはいつもそうだ。

 いい子ぶりやがって。

 ケンのクソバカ野郎が!

 俺たちなんて給料をもらっていないようなものだ。

 だったら税金代わりに御馳走を恵んで欲しいと思ったっていいじゃないか!

 怒りをぶちまけようと思った瞬間、ケンタスが剣を手に取った。

 そして、さっと立ち上がるのだった。


「見た顔だな」

「荷馬車の男だ」


 特定したのはボボだ。


「手を上げろ!」


 ケンタスが命じた。

 すると相手が両手を振って見せて近寄ってくるのだった。


「この通り、何も持ってませんぜ」


 男は非武装を主張した。


「二週間ほど前に助けてもらったツノ村のアキンワでございます」


 襲われていた荷馬車の用心棒をしていた男だ。

 ケンタスが問う。


「どうして、ここへ?」


 アキンワがばつの悪そうな顔をする。


「へい、どうしても兵士のみなさんに謝りたくて、それで尾けてきました」

「謝るというのは?」

「へい、村の者が失礼をしたんで、こりゃ申し訳なくって……」

「非礼を受けた覚えはありませんよ?」


 アキンワが頭をかく。


「いやいや、お礼をしなくちゃいけないのに素通りさせちまって……」


 やっぱりわざとだったようだ。


「何か理由でもあるんですか?」


 アキンワが言いにくそうにする。


「へい、それが二週間前に殺した七人の盗賊の中にサイギョク村に住んでいる地主の息子が交じっていまして、それでオラの村にオーヒン国の兵隊が来て、捕まりたくなければ裁判で証言しろと言われちまって……」


 ケンタスが問う。


「証言とは?」

「へい、『殺したのは間違いなく王都から来たみなさんで間違いない』と証言しろと、オラたちの証言が『証拠になるから』と言われまして」

「それはどういう裁判なんですか?」

「へい、オーヒン国での越権行為だとか何んとかって……」

「バカな、盗賊に襲われていたんですよ?」

「そこで、その地主の息子が問題になったわけでして」

「どうして強盗に身分が関係してくるんですか?」

「これは何もかも初めから仕組まれていたんですよ」

「どういうことですか?」


 アキンワが申し訳なさそうに説明する。


「へい、実はあの時だけではなく、これまでも何度も盗賊に襲われ、そのたんびに荷を盗まれていましたが、時々はオーヒンの兵隊が駆けつけて助けてくれまして、そんなことが三度か四度はあったんですよ。しかし今になって考えてみると、それはあまりに出来過ぎた話じゃないですか。それで今回の件が起こって、何から何まで全部盗賊とオーヒンの兵隊が裏で結託して嫌がらせしてやがったんだって分かったんですよ」


 一方の証言だけでは信じないのがケンタスだ。


「その根拠は?」


「へい、それは隣村も同じ目に遭っていたから、そう思うことができたというわけです。それまではカイドル州に領有権がありましたが、オーヒン国に領土を移す手続きをした途端に『ぴったりと盗賊が消えちまった』と言ってたんで、それでピンときちまったわけです」


「そんな手続きが可能だなんて知りませんでした」


「へい、カイドル州に籍を置いてる村は警護の派兵がない代わりに土地の主権が認められていますが、村民の決議で領有権を移すことも可能で、他の村はとっくの昔にオーヒン国に税金の納め先を変えちまっているんですよ。なんたって、オーヒン国の兵隊に守ってもらった方が安全ですからね。無理のない話なんですよ」


 領土の奪い合いというのは、何も戦争ばかりではないということだ。地元の人間が望んで主君を代える場合があるわけだ。しかし、よくそんな手続きを国が認めているものだ。いや、これにも何か裏に思惑があるということだろう。


「どうか、村の者を許してやってください」


 そう言うと、アキンワは地面に額をこすりつけた。


「許すも何も、村の人は悪くないじゃありませんか?」

「へい、しかし……」


 と、そこで口ごもってしまった。


「おい、ケン、裁判ということは、オーヒン国に行けば、俺たちは捕まってしまうということじゃないのか? これって、思った以上に深刻な問題になっているような気がするんだが、大丈夫だろうな?」


 そこでケンタスが長考に入った。

 アキンワが訴える。


「村の者は、みなさんのことを見ていませんから、それだけは安心してください」


 俺は我慢できる男じゃない。


「おい、ふざけたこと抜かすな。てめぇらは関わり合いになりたくないだけじゃねぇか」


 さっきまでの怒りがぶり返した。

 するとアキンワが再び額を地面にこすりつけるのだった。

 そんな謝罪の儀式など、俺たちの国には存在しない。


「顔を上げて下さい」


 情けを掛けたのはケンタスだ。


「これだけは約束して欲しいんです。いいですか? オーヒン国の裁判所に呼ばれたら、見たまま、ありのままを証言すると、私たちにこの場で誓ってください。この場では誓うだけで構いません。あなたが見たのは、ペガがあなたたちの前に身を挺し、私が盗賊を殺し、逃げる盗賊にボボが矢を放ち、私が止めを刺したことですよね? これで間違いがなければ、この場で誓ってほしいんです」


 アキンワが何度も頷く。


「へい、それで間違いございません。そのように証言しますとも」

「誓いますか?」


 ケンタスが念を押した。


「へい、誓いますとも」


 アキンワの顔が恐怖で引きつっていた。

 確かにケンタスの睨みを利かした顔つきは俺でも怖く感じるものだった。


「もし偽証すれば、私はそれを罪と見做します。その時は罰を受け入れてもらわなければいけませんが、それでも偽証しないことを誓えますか? そしてあなたにはその罰を受け入れる覚悟がありますか?」


「へい、誓いますとも。偽証なんてするもんですか」

「ならば村に帰って、証言台に立つ他の二人にも同じことを話してあげてください」


 最後にもう一度アキンワは地面に額をこすりつけて去って行った。



 もうすでに辺りは闇に包まれており、星空以外は何も見えなかった。焚き火の炎だけが揺らめいていて、その炎を三人で見つめているところだ。ケンタスが考え事をしているので、こちらから話し掛けるしかなかった。


「なあ、ケンよ、罰っていうのは何のことだ? 偽証したらツノ村の奴らを皆殺しにでもするつもりなのか? 流石にそんなことは誰も許してくれんぞ? 脅すにしても他の言い方があったんじゃないのか?」


 ケンタスは何も答えず、じっと火を見つめているばかりだ。


「その前にだな、『偽証するな』って、それってつまり、オーヒン国で裁判を受けるっていうことなのか? なんで盗賊を殺して捕まらないといけないんだよ? おかしいじゃねぇか。地主の息子だろうが、盗人は盗人だろうがよ」


 ケンタスが反応してくれない。


「しかも裏で結託してるっていうじゃねぇか。本来なら捕まえるべきは、そのオーヒン国の軍人か役人どもじゃないのか? どうなってんだよ。このままでいいわけないだろう。こんなバカみたいな話聞いたことがねぇよ」


 思いのたけをぶつけてみたが、やっぱり反応はなかった。


「悪い、ペガ、いまオレは大事な何かを発見しそうなところなんだ」


 昔からこうなると話し掛けることが出来なくなるのだった。

 俺は俺で気になって眠ることも出来ないというわけだ。

 ただ、ひたすら待ち続けるしかなかった。

 珍しくボボも眠らずに待っていた。

 やがてケンタスの独り言が始まった。


「そうか、そうだったんだ。オレは今まで『人間が罪を犯さないためにはどうしたらいいのか』とばかり考えていたんだ。でも、違う。そうじゃなかった。そうじゃないんだよ。逆だったんだ。逆さまさ。逆転の発想が必要だったんだ。うん。『罪を犯さないためにどうすればいいのか』ということではなく、『罰を受けさせるにはどうしたらいいのか?』って、それを考えるべきだったんだ。どうしてそれを思いつかなかったのだろう? でも、できる。いや、やらなければいけないことだ」


 ケンタスが微笑んでいる。


「これは人類の未来や進むべき方向性を決定づける発明になる。そうさ、これは今まで誰も考えつかなかった、いや、誰も成し得なかった発明だよ。千年後、違う、二千年後の未来まで残る発明になるんだ。この発明品を完成させるまで何年掛かるだろう? でも、何年掛かろうと、絶対に完成させなければいけないんだ。オレたちにはそれができると思う。いや、オレたちがやらなければいけないんだ。誰かが作ってくれるというものではなく、オレがやらなければ、新しい未来は何も始まらない」


 とうとう頭がおかしくなってしまったようだ。


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