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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第三十二話 モモ

 少女を連れて行くと、ケンタスはすぐにこちらの存在に気がついた。不思議そうな顔をしているのが面白くて、騙してやりたいという気持ちになったが、少女を混乱させてご馳走を逃してはいけないと思い自重することにした。


「その子は?」

「湖で知り合ったんだ。ええと、名前は?」


 そうだ、肝心の名前を聞いていないし、俺の名前も教えてもいなかった。


「モモだ」


 それが少女の名前のようだ。


「俺がペガで、コイツがケンで、それで小屋の中で寝ているのがボボだ」

「憶えた」


 相変わらず、口調はぶっきら棒だった。いや、ボボもそうだが、他に母国語を持っている人の言葉だと、そのように聞こえてしまうのである。俺も原住民の言葉を話すと、相手にはカタコトに聞こえることだろう。


「モモが村へ招待してくれるというんだ。それで他の仲間も連れて行きたいと言ったんだけど、兵士は信用ならないみたいで、だったら会って決めればいいと思って連れてきたんだ」


 俺が説明している間もモモはケンタスのことを疑うように見ていた。


「ケンは強姦するか?」


 また同じことを聞きやがった。


「しない」


 真顔で即答したが、おかしな質問だと思わないケンタスも頭がおかしいと思った。


「本当か?」

「本当だ。オレは無抵抗の女性に暴力をふるわないと決めている。ただし、君がオレを殺そうとすれば、その時は容赦なく殺すけどな」


 モモが難しい顔で頷いた。


「もう一人の仲間も同じだ。もしもボボが君を強姦しようとすれば、オレがその前に彼を殺してやる。オレたち三人はそういう約束をしているんだ」


 嘘みたいな会話だが、言語による意思の疎通が不完全な場合は、はっきりと意思表示をした方がいい、というケンタスの判断なのだろう。言葉を濁したり、曖昧にしたりするのはトラブルを招くだけなので、これが正解なのだ。


「その言葉、誰に誓う?」


 モモも真剣だ。


「死んだ両親と、育ててくれた二人の兄貴に誓おう」


 その言葉を聞いて、モモの表情が緩んだ。


「分かった。ペガは村へ来てもらう。ケンとボボの付き添いも認める」


 おかしな言い回しだが、とりあえずご馳走にありつけるようだ。


「ありがとう」


 感謝の気持ちを伝えることも大切だ。


 早速ボボを起こしてモモの村へ行く支度をした。ボボの方は相変わらずの不愛想だったが、特に気になることや話したいことはなかったようである。彼はミンミンちゃんのような年増の女にしか興味がないのだろう。


 モモの村はカイドル州の州都へ向かう道からは逸れてしまうようだが、これから雨が降らないようであれば、却って早く辿り着くことができるということで、俺たちにとっては好都合だった。


 モモは相手のペースを考えずに勝手に歩いて行く子だとばかり思っていたが、馬を連れていることを知ると、ちゃんと馬が歩きやすい道を選んでゆっくり歩いてくれた。強引な部分はあるが、心根は優しい子のようだ。


「一つ訊ねてもいいかな?」


 モモに質問したのはケンタスだ。


「言ってみろ」


 偉そうな口調だが、悪気はないはずだ。


「オレたちが休ませてもらった家屋は誰の持ち物なんだ?」

「誰の物でもない」

「それにしてはよく掃除がしてあった」

「アタシたちが掃除をしているからだ。今日はアタシの番だった」

「宿屋というわけでもなさそうだが?」

「宿ではない」

「旅人にタダで宿泊させているということか?」

「お前たちは何も知らないんだな」


 そう言うと、またモモが難しい顔をした。


「すまない。オレたちは本当に何も知らないんだ」


 モモが説明する。


「昔からお前たち兵士は、アタシたちの村を襲っては男を殺し、女は子どもであろうと老人だろうとみんな強姦してきたんだ。村から人がいなくなると、今度は新しい村を襲って、そこでも同じことをした。渡来人に強姦されると、生きる力を失ってしまうんだ。それで都会でしか生きられなくなり、自分が誰であるかも分からなくなる。名前を失くして、言葉も失くして、本当の神様も分からなくなる。兵士に強姦されてしまうと、何もかも失われてしまうんだ。大昔から奪われ続けてきたが、そんなアタシたちを助けてくれたのがジェンババだ。ジェンババが森で生きる力を残してくれたんだ。ジェンババがいなければ、アタシたちは自然と共に生きる力を失っていただろう」


 これまた今までと違う評価だ。


「土地を巡ってケンカをしていたアタシたちや他の部族が力を併せて戦えたのも、全部ジェンババのおかげだ。それなのにお前たちは約束を破ったんだ。戦争をしないという約束をどうして破ることができるんだ。お前たちは約束した後も女を強姦し、畑の作物を奪っていった。やっていることは山賊と変わらないんだ。死なないように苦しめて、アタシたちを我慢できなくさせて、アタシたちの方から手をあげるように誘導するんだ。ジェンババの教え通り、戦ってはいけなかった。戦争が好きなお前たちを楽しませるだけだからな。お前たちは女や子どもを強姦したいだけで、それだけで戦争を始められる人間なんだ」


 極端な話だが、そう思われても仕方ない前例が幾つもあるので反論不可能だ。


「湖の家はお前たちが建てた売春宿だ。あれは戦争の嫌な記憶だが、アタシたちを強姦から守ってくれた家でもある。だから掃除をして、きれいに残そうとしているんだ。これでもう、知らないとは言わせないからな」


 モモの話は時系列が不明瞭なので伝えたいことが正確に伝わったか分からない部分があるが、気持ちだけはしっかりと受け止めることができた。停戦協定の前からカイドル国の滅亡まで俺たちが知らされていない歴史がたくさんあるのだろう。


 戦場で売春宿ができた経緯についても知っておくべきだった。強姦略奪は昔から重罪だが、それでも山賊のせいにすれば見逃されるのが現実で、被害が後を絶たなかったのだろう。軍の規律にも係わる問題で、軍部も頭を悩ませていたに違いない。


 それと性病を蔓延させないためにも管理する必要があったという話だ。いずれにせよ、戦争と強姦と売春は絶対に切り離して考えてはいけない問題のようである。性犯罪者を喜ばすために戦争を始めるほど虚しいことはないからだ。


「あれがセタン村だ」


 原住民は必ずしも原始的に暮らしているわけではなかった。交易をしながら近代的な生活をしている部族がほとんどで、モモの部族も森の中に木造家屋を建てて定住しており、風土や材質の違いからか、その建築様式は南部よりも合理的だったりするのである。


 見たところ三十世帯はありそうだ。家屋が新しいので戦後急激に発展した村なのかもしれない。田畑もあるが、主食は川魚や狩猟や採集に偏ってそうだ。栄養価の高い虫も豊富なので元気に暮らせているのだろう。


 何を作っているのか定かではないが、大勢の村人が聞き取れない言語でワイワイ言いながら木材を加工して交易のための工芸品を作っていた。それらを農具や鉄器などと交換しているのだろう。


「ここで待っていろ」


 俺たちが村に姿を現すと、先ほどまでガヤガヤしていた村人がみんな黙ってしまった。男たちは露骨に警戒し、子どもを家屋に隠し、自ら女たちの盾となった。中には武器を持つ者もいるが、距離を詰める者はいなかった。


 相手は狩猟民族なので、弓で狙われたら命はなかった。流石に二百人弱が相手では逃げ切ることも不可能だろう。彼らを前に想像するのは不謹慎だが、狩猟民族相手に戦争を命じられるというのは怖いものだ。


「異人そのものが珍しいのかもしれないな」


 とケンタスが呟いた。

 もちろん『異人』とは俺たちのことだ。


「馬を食われたりしないだろうな?」

「冗談はやめろ」


 いや、冗談を言ったつもりはなかった。


「会話を聞かれているかもしれないぞ」


 とボボが注意を促した。


「村から出られなくなるってことはないよな?」

「黙るんだ」


 ケンタスにも怒られた。


「余所様の村だということを忘れるな」


 それからしばらくしてモモが戻ってきた。

 みんなの注目の的である。


「ペガ、一緒に来るんだ。剣は二人に預けておけ」

「俺だけか?」

「当たり前だ」


 とモモが怒っているかのように答えた。


「分かった」


 と渋々だが承知することにした。

 こういうのはいつもケンタスの役目のはずだ。


「村長が会ってくれるからな」


 ということで、俺だけ村長の家に行くことになった。


「入れ」


 家は一般的な木造家屋だ。

 暖炉のある居間に通された。


「失礼します」


 挨拶は大事だ。


「こちらがセタン村の村長と隣がババ様だ」


 老夫婦を紹介されたが、二人とも部族の言葉しか話せないようだ。


「どうも初めまして、私はぺガス・ピップルと申します。今日はお招きいただき、ありがとうございます」


 言葉は通じなくても、そう言うのが礼儀だ。


「こっちがアタシの両親のダンバとルルだ」

「話は聞いた」


 父親のダンバはカタコトだが喋れるようだ。


「村へ来るのか?」


 ただし意味は不明だった。


「心から感謝します」


 そう言うと、母親のルルに手を握られてしまった。


「ありがとうございます」


 とりあえず、そう言っといた方が無難だと判断した。


「感謝する」


 そう言って、ダンバも俺の手を握ってきた。

 おそらく『歓迎する』と言いたかったのだろう。

 それから部族の言葉で会話を始めた。

 俺は黙って話を聞いているしかなかった。

 しばらくして、やっと話がまとまった。


「村長が宴を開いてくれるそうだ」


 とモモが通訳してくれた。


「ありがとうございます」


 と、こちらも膝を折って正式な挨拶でお返しすることにした。


「よし、ケンとボボも呼んでくる」


 そう言って、モモは二人を呼びに行った。

 村長夫婦とモモの両親も宴の準備に向かってしまった。

 家の中は俺一人になってしまった。

 外から号令が聞こえ、その声に対して歓声が上がった。


「どうなってるんだ?」


 家に入ってきたケンタスが驚いている。


「とんでもないパーティーが始まりそうだぞ?」

「ああ、王家の人間だと勘違いしているのかもしれない」

「確かにそれは言えるな」

「ボボはどうした?」

「馬の見張りだ」


 油断はないようだ。

 それより気になることがある。


「どうする? 今日中に村を出られそうにないぞ」

「仕方ないさ。歓待を受けるなら、しっかりと応えるべきだ」


 ご飯を食べさせてもらうだけと軽い気持ちでいたが、村長夫婦は部族の正装に着替えて、装飾品を身に着けて俺たちの前に現れた。それだけでなく、俺の頭にも鳥の羽根を差した王冠を被せて身支度をさせるのだった。


 完全に国の偉い人だと思っているようだ。俺たちの年齢を見れば要職に就いていないことくらい分かりそうなものだが、王都から離れて暮らしている人には区別がつかないのだろう。騙しているわけではないので、失礼さえなければ大丈夫だろう。


「準備ができたぞ」


 長いこと待たされて、ようやく声が掛かった時には、もう日が沈みそうになっていた。それにしても呼びにきたモモまで着替えているとは思わなかった。顔には独特の化粧を施してあって、綺麗になっていた。どうやら本当に心からの歓迎を受けているようだ。


「こっちだ」


 外に出てみると、広場の中心に火が焚かれていた。それを囲むように村人が円になっている。みんなで歌いながら楽しそうに俺たちを出迎えてくれた。残念ながら部族の言葉なので、どんな歌なのかまでは分からなかった。


「ここに座れ」


 ボボはすでに輪の中におり、みんなと同じように歌っていた。彼には部族の言葉や歌も分かるようだ。ケンタスやボボと離れて座らされたが、それもここの部族の歓迎の仕方なのだろう。俺が一番偉い人のような扱いを受けているのが愉快だった。


 食台の夕飯は俺にとって珍しいものではなかった。兄嫁のクルルさんの郷土料理とそれほど変わらないからだ。その中で比較的珍しいのが焼いた大芋虫くらいだろうか。これはおそらく最大のおもてなしと受け取った方が良さそうだ。


 席に着いてから村長がお祈りを捧げているのだが、それがとにかく長かった。時折村民が火に頭を下げるのだが、俺も隣にいるモモに促されて同じような動作をさせられた。おそらく部族にとって大事な儀式なのだろう。


「飲め」


 飲まされたのは名前もよく知らない穀物酒だった。酒は苦手なのだが、こういう場では拒否するのも失礼なので、我慢して胃に収めることにした。見るとケンタスやボボも飲まされていた。それならば後で二人に叱られることもないだろう。


 村長のお祈りが終わると、今度は歌に併せた踊りが始まった。これも儀式の一つのようだ。もう辺りはすっかり暗くなり、火の明かりだけが俺たちを照らしていた。とても神秘的で厳かな気持ちになる。


 セタン村は古代宗教を信仰しているようだ。あらゆる自然物に神様が宿り、口に入る物は神様からの贈り物として感謝を捧げるのだ。どんな物も神様からの借り物なので決して粗末にすることはない。それが彼ら土着の宗教だ。


「おめでとう」


 ボボが俺の隣にやってきて、わけの分からないことを口走った。


「酔ってるのか?」

「まあまあ、今夜は飲め」


 と酒瓶を持ってお酌してきた。


「仕事中だぞ」

「結婚式の日くらい仕事を忘れろよ」

「結婚式って何だ?」

「お前、モモと結婚したんだろう?」


 ん?


「いま、何て言った?」

「だからモモと結婚したんだろう?」


 聞き間違いではないようだ。

 どうやら、この宴は俺とモモの結婚式だったようだ。


「どうしてそんなことに?」

「それはこっちが聞きたいくらいだ。随分と思い切ったな」


 いや、意味が分からない。


「教えてくれ。どうしてこうなった?」

「いや、『ペガが結婚を望んで誓い合った』とモモが言ってたぞ?」

「どういうことだ?」

「本当に分かってないのか?」


 頷くしかなかった。


「それだ」


 とボボが指摘した。


「え?」

「この村の女は初めて裸を見せた男と結婚するそうで、村へ婿に来るかと訊ねると、お前が三度頷いて了承したと言うじゃないか。『村へ来るか』というのは、この村ではプロポーズの言葉だそうだ。そして三度頷くのは固く決意を誓った証だ」


 思い当たる節しかなかった。


「本当に知らなかったようだな」

「いや、普通知らんだろう」

「王冠まで被ってるじゃないか」

「これも被らされたんだ」

「されるがままのペガが悪い」


 俺のせいなのか?


「でも流されるまま結婚するなんて、実にペガらしい人生じゃないか」

「どうしたらいい?」

「オイラには関係ないことだ。自分で決めろ」


 問うてはみたものの、不思議と心は決まっていた。


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