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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第二十八話 チャバ町跡

 ドラコ・キルギアスは、娼婦を食い物にしながら政治家に賄賂を渡していたザザ家を壊滅させたが、カグマン国の正史においては処分を受けて左遷させられた兵隊長という扱いになるわけだ。さらには百人隊失踪事件の首謀者としても疑われる始末だ。


 これはドラコ・キルギアスだから可能だったのだ。いまの俺たちにドラコと同じ真似ができるはずがないし、また真似をしては絶対にいけない。ドラコだって嫌な現実を見続けながら、時間を掛けて力をつけていったのである。


 今の自分たちが非力に見えても、一朝一夕には為し得ないと己に言い聞かせる必要がある。なにしろ今の俺たちには、ドラコのように動かせる兵士は一人もいないのだから。


「アキラ、お願いがあるんだが聞いてくれるか?」


 突然、ケンタスが閃いたようだ。


「なになに?」


 客間にいるリンリンさんも含めてみんながケンタスに注目する。


「オレたちがカイドル州に行っている間、ここに残って色んなことを調べてもらいたいんだ。ブルドン家やコルヴス家だけではなく、ザザ家の歴史や政治家との繋がりなど、あらゆることを知っておきたいんだ。それを頼めるのがアキラしかいない」


「ケンがそう言うなら、……じゃなかった」


 とアキラが自分に言い聞かせる。


「うん、力になりたい。オラに任せろ」


 ケンタスが嬉しそうに微笑む。


「リンリンさんにもお願いがあるんですが」

「なにかしら?」


 ケンタスが改まる。


「この子、アキラをしばらく預かってもらえないでしょうか? 手持ちのお金はすべてお渡しします。足りない分もオレが必ず払いに来るって約束しますから、食事と宿泊の面倒を見てほしいんです」


 マザーが微笑む。


「費用は結構ですよ。貴方の大切な方だというのなら、私たちにとっても大切な方ですからね。ドラコ様の妹さんだと思ってお世話させていただきます。アキラさん、気兼ねなくゆっくり寛いで下さいね」


「ア、アキラ『さん』だなんて」


 そう言うと、なぜか顔を赤らめて俯いてしまった。


「ありがとうございます」


 とケンタスがお礼を口にした。


「戻られるのは、何日後の予定ですか?」


 ケンタスが思案する。


「二週間といったところでしょうか」

「そうですか、それだけ待てば、もう一度だけドラコ様に会えるかもしれないのですね」

「行き違いにならなければいいんですが」


 ということで、俺たち三人は急いでカイドル州へ向かうことにした。


「それじゃあ、気をつけてね」

「アキラも無理するんじゃないぞ」


 玄関口で言葉を交わして、アキラが力強く頷いた。


「あれ? ボボちゃんだ!」


 声の主が階段から下りてきた。


「ミンミンちゃん、それは?」


 いつもは無表情であるはずのボボが珍しく動揺していた。


「それって、赤ちゃんに決まってるでしょ」


 ミンミンちゃんは赤ちゃんを抱えていた。


「そ、そう」

「アイムっていうの。どう? 可愛いでしょう?」

「ハ、ハハッ」


 ということで、ボボはミンミンちゃんが子持ちであることにショックを受けたようだが、俺にはどうでもいいことだったので特に声を掛けてやる言葉はなかった。



「よう、兄弟!」


 誰かと思ったら昨日の酔っ払いだ。役場まで馬を取りにカーネーション広場を歩いていたところ、ばったり出くわして声を掛けられたのだ。同伴している女性はモンモンちゃんだろうか? 嘘みたいに派手な化粧をしている女だった。


「早速遊びに来たみたいだが、生憎モンモンちゃんはこれから俺様と遊ぶ予定なんだよ。勧めておきながら独占しちまって悪かったな」

「やだ、ルー様ったら、どうして他の男なんかに勧めるのよっ」


 とモンモンちゃんが身体をクネクネさせながらプリプリした。


「悪かったよ。そんな拗ねるなって。この兄弟だけは気に入っちまったんだ」


 そう言うと、ひと目を憚らずにチュッチュッし出した。

 時間がもったいない。


「あの、もう行ってもいいですか?」

「なんだよ、遊んで行かないのか?」

「はい。もう町を出ますから」

「そっちの二人が例の仲間ってわけか」

「はい。二人とも王国の兵士です」

「そういや兄弟、まだ名前を聞いてなかったな」


 面倒だからまとめて紹介する。


「俺がぺガス・ピップルで、髪が長いのがケンタス・キルギアスで、丸刈りがへルクス・ボボ・ホロンギュウムって言います。面倒なので『ペガ』とか、『ケン』とか、『ボボ』って呼び合ってますけどね」


 ルー様が得心する。


「じゃあ、俺様もペガって呼べばいいんだな」


 ケンタスの名前を紹介した時だけ目つきが変わったような気がしたが、気のせいだろう。


「ところで、そちらのお名前は?」

「この人はルー様よ。ここではそれ以上でもそれ以下でもないの」


 と、ルー様の代わりにモンモンちゃんが説明してしまった。


「そうそう、裸の付き合いに上も下もないってことよ。へへっ、モンモンちゃんは上に乗る方が好きだけどな」

「やだ、ルー様ったら」


 またイチャイチャし出した。


「それじゃあ、俺たち急いでいるんで失礼しますね」

「おう、今度はゆっくり酒でも飲もうや。最初の祝杯は俺様が注いでやるよ」


 ということで、ルー様と別れて役場へ向かった。



「随分と親しい間柄のようだが、いつどこで知り合ったんだ?」


 二人の姿が見えなくなってからケンタスが訊ねた。


「いや、あれは馴れ馴れしくしているだけで、知り合ったのは昨日だよ。大聖堂を見学していた時に声を掛けられたんだ。かなり酔っぱらっていたから憶えられていないと思っていたけど、記憶は確かなようだ。昨日も言っただろう? あの人に酒を飲まされたんだ」


 ケンタスの目がやけに真剣だ。


「何をしている人だ?」

「さあね、昼間から飲み歩いているんだから、金持ちの放蕩息子だろう?」

「いや……」


 とケンが首を捻った。

 ボボが頷く。


「ああ、あれは遊び歩いている体つきではないな」


「ボボもそう思うか。そうだよな。幼い頃からバカ息子を演じてきたが、大人になってからは、その隠しながら鍛えた体つきを誤魔化せなくなってきているような、そんな印象がある。といっても本当のところは分からないけどな」


 流石にそれは買い被りというものだ。いいものを好きなだけ食えるバカ息子だから身体ばかりに精がつくのだろう。すべての言動を知れば、このまま死ぬまでバカ息子のまま幸せに死んでいくことが想像つくはずだ。



「やはり剣があると落ち着くな」


 役場で預けていた装備品や書簡などを返してもらったのだが、丸一日しか預けていないのに剣を手にしたケンタスは旧友にでも再会したかのように喜んでいた。人を殺す道具を手にしている、という意識がまるで感じられなかった。


「役場の人の話によると、近くにサイギョク村という農村があるみたいだ。王都札が使えるかどうか分からないが、干し草小屋でもいいから泊めてもらえる親切な牧夫さんがいればいいけど、手当たり次第に声を掛けていくしかなさそうだ」


 ということで、オーヒン国の首都を出てカイドル州の州都を目指して旅を再開した。革製品や布製品の加工場が多くて、町を出るだけでも時間が掛かり、目指す農村が見えた時には既に日が今にも沈みかけていた。



「さあ、狭い所ですが、適当に腰を下ろすといい」


 最初に声を掛けた牧場でいきなり当たりを引くことができた。比較的裕福な酪農家で、狭い家と言いつつ、従業員を雇えるだけの土地を所有しているのだった。食事にチキンステーキまで食わせてくれたので大満足だ。


「カイドル州へ来たのが初めてだったので助かりました」


 とケンタスが代表して謝辞を述べた。


 俺たちは今、食後に玄関先のポーチで夜風に当たっているところだ。


「なに、身元が確かな兵隊さんなら却って心強いくらいだ。最近は物騒でね、隣村でも荷馬車が襲われて大変だったんだ。ああ、と、それとね、ここはまだカイドル州じゃないんだな。国境はまだ先だ」


「あれ? でも、ここはサイギョク村ですよね? 話によるとカイドル州の領土だと聞いた憶えがあるんですが」


 牧場長がブドウ酒を口に含ませて存分に味わう。


「それは以前までの話だな。ここら辺はつい最近オーヒン国に編入したばかりだからね。まだ周知されていないのも無理はないが」

「そんなことがあるんですか? 初めて聞きました。つまりオーヒン国の領土が拡大して、税金を納める国も変わったということですよね?」


 ケンタスが驚くが、俺にとっても初耳だ。


「いや、私もね、最近になって仕事と土地を買い取ったばかりで土地の歴史に詳しいわけではないんだ。そもそもこの地域一帯は荘園が多くて税制が一本化されているわけじゃないという話だしね。この村は領主がオーヒンに土地を手放して、それを私が買い取ったことになっているんだよ。貿易の仕事をしていたが、もう歳でね、そっちは息子夫婦に任せて、私は夢だった牧場の仕事を手に入れたわけだ」


 王都では考えられない土地の譲渡だが、これが本来あるべき姿のような気がした。


「ここら辺は、確か戦争中に消滅したといわれているチャバ町があった地域だと思うんですが、どう見ても五万人も人がいたとは思えません。オーヒン国でも当時は十万人を超えていたと聞いていますし、痕跡くらいは残っていると思っていたんですが」


 ケンタスの言葉に牧場長が苦笑する。


「いや、失礼。笑うつもりはなかったんだが、しかしね、王都では随分と乱暴な教育をされているようだ。いや、我々の国もいい加減なところがありますからな、お互い様というべきか」


「チャバの大虐殺は人類の歴史に残る蛮行だと教えられています」


「いやいや、先ほども言いましたが、ここら辺は昔から荘園が多い地域なので争いが絶えなかったわけだ。それで領主が敵対する一族を根絶やしにするまで戦ったわけでね、それを国家の虐殺と定義するのは違うような気もするな」


「しかし三日三晩の激戦で五万人が消えたといわれています」


「それに関しては事実無根だと私が断言しましょう。なにしろ私がそのチャバ町で生まれて育ちましたからな。数字に関しては私も自分で調べたわけではないが、チャバで虐殺が無かったことだけは確かだ。もちろん、争いがあったことは否定せんが」


 意味が分からなかった。


「首都からこちらへ向かって来たなら、途中で工場が立ち並んでいる地域があったと思うが、見なかったかな?」

「ありました」

「そこがチャバ町と呼ばれた地域で、私の故郷でもある」


 理解不能だ。


「お分かりか?」


 ケンタスが首を傾げる。


「つまり三十年前の当時はオーヒンという国は建国されておらず、チャバ町が港のある漁村と合併してできたのが独立国のオーヒンということでしょうか? チャバの五万人は消えたのではなく、オーヒン国と名前が変わっただけなのですね」


 牧場長が頷く。


「ああ、そういった捉え方で問題なかろう」


 まるで夢を見せられている気分だ。


「それは、でも、ジュリオス三世の恐怖政治から逃れるための選択でもあったわけですよね?」

「カイドルのジュリオス帝のことかな?」

「はい」


 聞き返して確かめないといけない人物であることに驚きだ。


「三世というと最後の皇帝かな?」

「はい」


 年配の元貿易商ですら、その程度の知名度とは信じられない思いだ。


「いやいや、失礼。何度も言うようだが、この辺の地域は荘園の領主同士が争ってきたのでカグマン国やカイドル国の争いは知らんのだ。モンクルスやジェンババは芝居を見たことがあるのでよく知っているが、カイドルの歴代の皇帝や、現在のフェニックス家の王様ですらよく知らんのだよ」


 五十代後半の牧場長は、つまりは両国が停戦協定を結んだ後に生まれた世代だ。それでチャバ町生まれのオーヒン国育ちだと、俺たちとは歴史の見え方がまるっきり異なってしまうようである。


 この虚しさは何だろうか。せっかく苦労して覚えた国の歴史が間違っているかもしれないと思うと、遣り切れなくなってしまうのだ。ジュリオス三世の知名度の低さは衝撃だ。俺たちは一体、何を何のために覚えさせられているというのだろう?


 しかし牧場長が証言した『チャバの大虐殺は無かった』ことは信じられるが、ジュリオス三世に対する地域民の認識は一旦保留した方が良さそうだ。たまたま牧場長が歴史に特別疎いだけかもしれないので、オーヒン国民の代表と見做さない方がいいのである。


「この辺でお開きとしよう」


 ブドウ酒が無くなったところで散会となった。今夜は従業員用の空き家を借りて眠らせてもらうことになっていた。しかし眠らないといけないということは分かっているが、頭の中がモヤモヤしてどうしても眠ることができなかった。


 俺たちは子どもの頃からジュリオス三世以上の暴君は存在しないと教えられてきた。停戦協定を破って侵攻して、国境地帯のチャバで大虐殺を行ったと叩き込まれてきたからだ。それを今になってなかったかもしれないと言われても、すぐに納得できるはずがないのだ。


 圧政はあったかもしれないが、大虐殺はなかったと、それだけでも大きく印象が異なってしまう。なぜなら圧政など我が国にも昔から存在していたからだ。我々は戦勝国の人間だが、敗戦国の将に事実と異なる罪を着せる権利などはないはずである。


 むしろ事実を歪めて国民に認識させる行為の方が空恐ろしく感じてしまうのだ。その姿勢に兵士の戦意を高めようとする意図が感じられるからだ。実際に戦時中もそれがカイドル国を滅亡へと導いた原動力となったはずだ。


 もう一度、三十年前の戦争に関して検証し直さなければいけない気がしてきた。俺は今まで島中の人間を巻き込んだ全島戦争だとばかり思っていたが、まず荘園同士の局地戦があり、それが停戦中の二つの大国を巻き込む大戦争へと発展したとも考えられる。


 そういう可能性も論じずに、俺たちは聞かされた歴史を鵜呑みにしてきたわけだ。それだけではなく、新兵になってから、その教えられた歴史を貴重な紙に写し書きまでしてしまったのだ。検証や修正すら許されないことの方が、真の恐怖政治ではなかろうか。


 今年の春だけでも五百人の新兵が紙にチャバの大虐殺を史実であるかのように書き写している。俺たちなど教書に書かれてあれば本当のことだと思うし、疑問を持っても確かめる術など持たない集団だ。それで教書を家に持ち帰り、後生大事に保管するわけだ。


 能がないと言われればそれまでだが、家族を人質に取られて土地を担保に取られている状態では、何もできなくても仕方がない。俺も書き写したし、ケンタスも書き写したし、ボボも書き写したし、ケンの兄貴も書き写しているのだ。


 だからこそ腹が立って眠れないのである。正史を歪めてまで敗戦国を貶める我が国が悪いのか、それとも国の悪い行いを正せない俺という国民が悪いのか、おそらく両方にいえるのだろうが、大事なことは勇気を持って声を上げるということではなかろうか。


 それはどんなに不都合でも事実を直視して受け止めるということだ。それは何も怖いことではない。怖いのは政治利用されて、次の戦争への準備に使われてしまうことである。そうさせないためにも、もっと調べないといけない。


「明日も早いぞ」

「ああ、分かってる」


 どうやらケンタスも眠れずに考えていたようだ。他人の家なので怪しまれる会話はしないと決めてある。ただ、ケンも同じように眠れない時を過ごしていたという共通の体験をしていたのは嬉しく感じた。それと、珍しくボボの寝息も聞こえなかった。


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