第二十七話 リンリン
「それじゃあ、ボボ、案内してくれ」
ということで、俺たち四人はケンタスの兄貴を捜している人を見つけるためにカーネーション広場へと向かった。場所は町外れということなので、海とは反対方向だ。街道から大きく外れた地域なので、下町というより、隔離地域といった感じだ。
酒場通りから、一本だけ町の外れに出たところに広場があった。カーネーション広場といっても、本物のカーネーションが咲き誇っているわけではなく、派手に染色した服を着飾った女が客引きしているから、そう呼ばれるようになったのだ。
ボボによると、仕事を終えた漁師が一番客と呼ばれているらしく、その客が広場に来るのが昼前なので、それまでは閑散としているとのことだ。俺たちが広場についても客引きがいないのは眠っている時間だからなのだろう。
また娼館にも種類というか、階級があるらしく、一見さんを相手にしない高級な店から、性行為のない安い店まであるそうだ。客の身分、または料金によってサービス内容が異なるようである。
「この先にミンミンちゃんのいる宿がある」
しかし、ボボが風俗にハマるような男だとは思ってもみなかった。もっとも田舎の純朴な少年が都会の妖艶な女に誘われて、断り切れずに有り金を叩いてしまったパターンなので、理解できなくはなかった。
それより意外だったのは、ケンタスの兄貴が広場で有名になっていたことだ。ドラコがオーヒン国に派遣されたのが一年半以上前で、処分を食らったのが一年以上前なので、半年くらいの滞在で著名人の仲間入りとなったわけだ。
売春は難しい問題だ。アキラのように人身売買にも繋がる仕事なので危険もあることは承知しているが、しかし世の中の人をすべてコントロールすることは不可能だし、またコントロールしようと思った時点で暴君となり果てる。
国造りについて考えるということは、あらゆる産業について考えるということでもある。性産業も例外ではないわけで、それを政治の枠組みから外しては、税金逃れをして資金を増やしていく組織だって生まれかねない。
表向きに禁止するだけでは裏社会に巨大な脱税グループができるだけなので、議論に蓋をしてはいけないのである。王都が過疎って、ハクタに人が流れ、さらに風俗街のある首都オーヒンが都会化している時点で、性産業を切り離して考えることはできないはずだ。
性欲を不純なものとして性産業を潰していくのは、王都のような狭い地域では可能だが、全島というより、世界規模で考えれば現実的ではないという考えに至ってしまう。ならば職業と認めて税金をしっかり払わせる方が健全とまでは言わないが、良好といえよう。
性産業、賭博、武器の製造、貨幣の偽造防止など、裏社会の肥やしになるような問題にどれだけ取り組むことができるかに国の安定が懸かっているといっても過言ではない。裏社会に私兵が増強されれば軍隊ですら歯が立たなくなる恐れがあるからだ。
「ここだ」
ボボに連れられてきたのは場末の安宿だった。語感の違いでしかないが、娼館というよりも売春宿と言った方が相応しい感じの小屋である。そんな小屋が十数軒ほど密集して建っていた。
「ご主人はいますか?」
ボボが扉越しに声を掛けた。
ここはボボに任せることにしてあった。
「はいよ」
と声がして、中から太った中年男が出てきた。
「朝早くから、すまない」
「おう、昨日の旦那じゃないか」
自分の息子みたいな少年にまで旦那呼びするとは凄まじい商魂だ。
「ミンミンちゃん、いますか?」
「いるけど、仕事の時間じゃないからね」
「今日は話をさせてもらいたくて来たんです」
「はなし?」
そう言うと、中年男が俺たちの方を見渡した。
「ひょっとして、お連れさんも王都から来た兵隊さんかい?」
「そうです」
「てことは、そこにいるのは大将の弟さん?」
とケンタスの顔を見据えて、初対面なのに再会を果たしたかのように顔を綻ばせる。
「はあ、なるほど、こいつは大将にそっくりだ」
ちなみにドラコは大将という階級ではない。軍閥の上級貴族しか将官にはなれないので、仮に騎士の称号を授与されたとしても、隊長とか局長とか刑務官とか警護官にしかなれないのだ。この主人はおそらくすべての兵士を『大将』と呼んでいるのだろう。
「俺たちゃアンタの兄さんに感謝しきれないほどの借りがあるんだ。いや、『アンタ』って言ったら天罰が下るな。とにかく大将のおかげで、やっと落ち着いて商売ができるようになったからな。大将こそ、本物の王様さ」
そう言うと、中年男はケンタスの手を取って、その手を額にこすり付けるのだった。
「こいつは早いとこマザーに会わせてやらないといけないな」
ということで案内されたのだが、密集した小屋の裏手へと回ると、そこからかなり歩かされてしまった。誰に引き合わせようとしているのか分からないが、距離的にオーヒン人ではない可能性もでてきた。
「ちょっとだけ待っててくださいよ」
案内されたのは堅牢な石造りの立派な家だった。二階建てで貴族が住んでいるような建物だ。扉も頑丈で、しかも俺たちを迎えたのは召使いのような人物だったので、本物の貴族が住んでいる可能性が高まった。
しかし貴族ではなく、やはり普通に考えて売春婦の元締め、つまりは娼館の経営者である可能性の方が高いと思われる。それでも建物に付随する形で馬車蔵や厩舎も完備されているので、商家の豪邸だとしても、豪商の部類に入るクラスといえるだろう。
「お待たせしたね」
と中年男が戻ってきて、俺たちを豪邸の中に招き入れた。
入ると入り口の脇に大男が立っていて、俺たちを見下ろした。
「そいつは用心棒でね、愛想はないが、実に頼りになる男なんだ」
と中年男が聞かれてもいないのに解説した。
「おっと、あんまり大きな声を出しちゃいけないや」
と口元に指を当てる。
「二階でね、娘っ子が寝てんだよ」
玄関は吹き抜けになっており、中央に二階へ上がる階段があり、その先が二階廊下へと続いているようだ。おそらく廊下の先に娼婦が寝泊まりしている部屋があるのだろう。つまりここは娼婦たちの共同住宅でもあるわけだ。
「ささ、こちらへ」
と階段下の右側通路に誘導した。部屋のドアを開けると客間になっており、暖炉があって、長テーブルもあり、常時十人以上の客人をもてなすことができる空間となっていた。さらに珍しいことに窓に板ガラスも嵌められているのだった。
窓に板ガラスを嵌め込むことができるということは、かなり治安がいいということでもある。中年男も言っていたが、落ち着いた暮らしができるようになったというのは、どうやら本当のことのようだ。
「いま、リンリンさんを呼んでくるんでね、それまで座って果実茶を楽しんでくださいや」
そう言うと、中年男は客間を後にした。
「王宮よりも質のいいガラスが使われているな」
どうやらケンタスも同じ個所を見ていたようだ。
「用心棒だが一人じゃなさそうだぞ」
ボボが窓の外を眺めて呟いた。
「果実茶って何だろう?」
アキラはお茶に興味津々だった。
「ペガ、先に飲んでいいよ」
このバカ、俺に毒味をさせるようだ。
「おう」
俺は毒殺されるほどの人物ではないので気にならなかった。
「どう?」
「これは美味だな」
そう言うと、アキラ以外の二人も手を伸ばした。
コイツらめ……。
アキラが興奮気味に語る。
「うわっ、本当だ。甘くて酸っぱくて香り高くて、こんなの初めて。イチジクのお茶なんかより美味しくて、器まで齧りたくなっちゃう。これでケーキを流し込んだら幸せだろうな」
アキラは贅沢を覚え始めてから急に言葉遣いまで変わってしまったようだ。
「お代わりなら沢山ありますからね」
その声に全員が一斉に振り返った。
見ると、入り口に色気漂う妙齢の貴婦人が立っていた。
吸い込まれるほど美しく、間違いなく俺がこれまで出会った女性の中で一番だった。
「はじめまして、貴方がドラコ様の弟君ね」
声を掛けられたのに、ケンタスも見惚れて固まっていた。
「リンリンさんですか?」
アキラの問いに、貴婦人がコクリと頷く。
「『マザー』とも呼ばれていますけどね」
名前だけ聞くと、この女性も娼婦ということだ。
「よろしかったら皆さんの名前を教えていただけませんか?」
ということで、一人ずつ自己紹介したのだが、俺は目の前にいる女性の、なんていうか、母のような優しい微笑みと、少女のように恥ずかしがる笑顔を併せ持つ、この愛らしい雰囲気にのまれてしまって意識が飛んでしまった。
北方部族ならではのハッキリとした目鼻立ちだ。ケンタスと同じ黒紫色の髪をしているけれど、彼女の紫の方が色鮮やかである。凛々しくもあり、繊細で、強さを感じるが、男なら守ってあげたいと思う、俺にあるはずのない父性を抱かせる女性だった。
娼館の用心棒なんてリスクが高い割に金になりそうにない仕事だが、このリンリンさんがいる娼館なら命を懸けても惜しくはないと思ってしまうという、それくらい彼女には魅力があった。
「ケンタス・キルギアス、ああ、なんてあのお方にそっくりなんでしょう」
リンリンさんはケンタスを通してドラコの幻影を追っているようだ。
気がつくと、いつの間にか俺たちはテーブル席に座っていた。
俺は彼女の一番近くの席を確保することに成功した。
「よく言われます。髭を生やして髪を短くすれば兄貴そっくりになるでしょうね」
ケンタスにも余裕ができたようだ。
「お兄様とご連絡は?」
表情が変わったので、それがリンリンさんの一番聞きたい質問なのだろう。
「残念ながら、兄とは一年以上も会っていません。こちらで査問を受けるという噂もありますし、私も正確な情報を集めているところなんです。実はこちらに伺ったのは、兄のことで何か知ることができるかもしれないと思ったからなんです」
「そうですか、ご家族とも会うことが叶わぬようになってしまわれたのですね」
とリンリンさんは気落ちしてしまった。その憂いに満ちた表情を見ただけで胸が締め付けられた。見たところ年齢は二十代半ばではあるが、二十歳前後の俺の姉ちゃん連中よりも若々しく感じられるのだ。
「我々はカイドル州へ行って兄を王都へ呼び寄せる任務を負っています。ですから再会したら貴女が捜していることを伝えるので、その代わり、兄について貴女が知っていることをすべて教えていただけないでしょうか?」
リンリンさんがコクリと頷く。
「ご家族はさぞ心配されていることでしょうね。承知しました。すべてを聞いていただきましょう。話をすることで、あのお方の力になれるなら、喜んで話したいと思います。ドラコ様が国境警備隊の隊長として赴任するまで、カーネーション広場は無法地帯でした。当時、ここら辺一帯は組織犯罪グループであるザザ家の縄張りとなっており、組織の元では働く娘たちが性奴隷のように扱われていました。戦後三十年近く経ても撲滅できなかったのは、ザザ家には強力な後ろ盾があったからなのです。その後ろ盾というのがオーヒン国の政治家でもあるので対策を講じる余地すらありませんでした」
昨日から新しい名前が頻出しているので頭が混乱しそうだ。
「娘たちは家畜のように扱われ、客が国の高官ならば酷い暴力を受けても泣き寝入りするしかありませんでした。働いて得たお金はザザ家が巻き上げ、それが政治家に納められ、そのお金を持ってまた客として暴力をふるいにくるのです。加虐趣味を持つ高官に気に入られた娘の末路は悲惨でした。身体を壁画のように扱われ、生傷で絵を描かれ、火であぶられて殺された娘もいました。そういう時の事件捜査は、決まって娘の方が泥棒をしたとして処理されるのです。そもそも捜査が行われることなどほとんどありません。私たちには相談に伺うことしかできませんでした。しかし話を聞いてくれるどころか、役所のどの窓口へ行っても追い返されるのです。それもそのはず、娘たちの仕事は職業として認められていませんからね」
黙認されているのは、その貴族が元締めみたいになっているからだろう。
「オーヒン国で生まれた混血は行き場がないのです。街の様子を見れば分かると思いますが、どんな職業に就くことも許されないので、奴隷の道しか残されていないのです。国外に逃げて見つかれば、その場で殺されてしまうというのが彼女たちの現実です。転機が訪れたのは一年半前でした。誰に相談しても無駄だと諦めていたのですが、『モンクルスの再来』として既に有名になられていたドラコ様がオーヒン国に赴任して来るということで、わたくしたちの国の方ではありませんでしたが、わたくしの代理の者が最後のお願いに伺ったのです。そして、わたくしどもの話を聞いたドラコ様はすぐに動いてくれました。その日のうちに広場を訪れ、それから一週間ほどで解決の手立てを整えてくれたのです。無理なお願いであることは承知しておりましたので、それで娘たちも勇気を持って囮捜査に協力しようという気になったのだと思います」
被害者に寄り添うドラコらしいやり方だ。
「囮役の娘たちも怖かったでしょうが、それ以上にドラコ様を信じることができたと言っていました。二週間ほど経過して、問題の男が現れましたが、娘らに暴力をふるったのが、その男の最期の瞬間となりました。それからドラコ様はお仲間を率いてザザ家の隠れ家に乗り込み、当主を含めて用心棒を一人残らず殺しました。容疑はカグマン国における不正取引の罪ということでしたが、二週間でしっかりと証拠を固めていたのですね。ドラコ様の処分は逮捕権のない捜査官の現場介入による越権行為の一点のみでした。それでも処分を受けたことには変わりありません。貴方のお兄様にとっては外国の問題なので見過ごすこともできたでしょうが、そうしなかったのがドラコ様でした」




