第二十五話 首都オーヒン
アキラが女の子だったという事実は素直に驚いた。確かに考えてみると夏なのに冬場のような厚着をしていたのが気にはなっていた。でも、それは浮浪者だから貴重な衣服を捨てられないだけかと思い込んでしまったのだ。
そんなことよりも、ケンタスがそこまで荘園の領主を憎み、怒りを滾らせていたとは思わなかった。もちろん子どもを食い物にしている領主がいるならば、裁ける世の中にすることが望ましい社会だ。
しかしケンタスは自分がやろうとしていることの意味をちゃんと理解しているのだろうか? 子どもたちを救いたいのは分かるが、フェニックス家に歯向かうということは、王宮で働くカレンの家族の地位を脅かすことでもあるのだ。
王政に改革をもたらすのはいいが、その後にきちんとした国造りができなければ余計な混乱を招くだけなのである。治外法権をいいことに好き勝手やっている領主を処罰しても、町に犯罪が増えては本末転倒にもなりかねないからだ。
現在は王家の名の下に兵士が集められ、ある程度の治安が維持されているが、それを無くして成り代わるということは、現在と同じくらい、いや、それ以上に兵力維持が必須条件となってくるはずだ。
大事なのは誰が無名の兵士たちに命令をくだせるか、ということだ。兵士に命令できる者がいなければ、王家の代わりなど務めることなどできないのである。フェニックス家が二百年以上掛けて築いた歴史を甘く見てはいけないということだ。
それでも、ケンタスは『まだどうすればいいのか分からない』と言った。これを正直に打ち明けられる男だからこそ信頼できるのだ。もしも暗殺集団を組織するならば、コイツは俺の家族のことを何も考えていないんだと思っていただろう。
つくづく平民出身のモンクルスが内政から身を引いてしまったのが残念でならなかった。剣聖は一人で歴史を変えたが、変えた後に時代を遅らせもしたわけだ。俺が死んだら、あの世で会いに行って文句を言ってやりたいくらいだ。
「どうやったら荘園の悪領主だけを懲らしめることができるだろうな?」
問い掛けても、ケンタスは寝台の上で仰向けになり考え込んだまま動かなかった。
「王族の親戚筋というだけで税金が免除されている連中もいるんじゃないのか? そういう奴らは商売しても無税だから稼いだ金を幾らでも貯め込んでおけるわけだろう? そんなうまい話があっていいものなのか?」
下世話な話で申し訳ないが、金のことを考え始めた途端に怒りが湧いてくるのである。しかし、庶民の感覚なんてそんなものだ。だからこそ、値が張りそうな刺繍を施した法衣服を着ている連中に規範を求めるのだ。
「教会や聖堂を隠れ蓑にしている連中もいるんだろうな」
ケンタスが頷く。
「神職に就いている者にも罰則を科したいところだが、それが一番難しいことなんだ。悪い領主に私刑を処すだけでは、トカゲの尻尾を切り落としているにすぎないわけだからな」
宗教を抜きにして何一つ語れないのが俺たちの世界だ。
「しかしオーヒン国に近づくほど宗教の存在が大きく感じられないか? 漁村の真ん中に立派な聖堂が建っているなんて王都周辺じゃ考えられないもんな。それもわざわざ町の中心の一番街道のど真ん中に建てやがってよ。しかもそれを受け入れている町民がいるっていうのも驚きだ。わざわざ馬車を迂回させなきゃいけないのに、よくあんな場所に聖堂を建てることに反対しなかったもんだ。この町の神職についている者は相当な権力を持っているんだろうな」
ケンタスが唸る。
「それと町民の構成も気になるところだ。まだ漁村を一か所見ただけなので断定することはできないが、それでも部族民の姿をまったく見掛けなかった。島の東側地域なので不思議ではないが、まったく見掛けないというのは奇妙だよ。ハクタ州には差別があったが、それでも暮らしがあり、共存している姿が確実にあった。それに比べてオーヒン国には部族民の痕跡すら感じられないからな。そこに国の成り立ちに関する答えがありそうだが、首都を目にするまでは考えを保留しておこう」
そろそろ眠くなってきた。
「ところで馬はどうするよ?」
「それは明日考えるとしよう。眠くなってきたから寝るよ。おやすみ」
今日はケンタスの挨拶にお返しするアキラはいない。俺は男同士でこういう挨拶は交わしたくないので無視することに決めている。ボボが返事をしないのは、もう既に深い眠りに落ちているからだ。
「今日はいよいよ首都オーヒンか」
ケンタスによる朝の第一声がそれだった。挨拶をしない男同士の関係に戻った感じがして嬉しかった。とはいえ、馬が一頭いなくなったので喜んでばかりはいられなかった。
「アキラには目的地を伝えてある。このまま首都を目指そう」
それがケンタスの判断だった。ということで、村の周辺を捜すことなく首都を目指すこととなった。
「こうして海岸線を望むと、もうどこから都心といえるのか判断できないな」
ケンタスの言葉に改めて周りを見渡してみた。確かに言う通りだった。海岸線に沿って街道が伸びて、民家がどこまでも点在していた。海の方を見ると漁船での漁も行われており、とにかく活発な経済活動が行われているのがひと目で分かった。
「浜の様子を見ると、しっかりと分業しているようだな」
その指摘も正しい。船を管理する人、漁をする人、魚を運ぶ人、加工する人、行商人に食事として提供する人など、無駄なく仕事の受け渡しができているのだ。食い終わった魚の骨も魚骨粉にして肥料にするので、そこにも仕事が存在するわけだ。
「ここの人たちは本当に戦争とは無縁という感じだな」
それが本来の望むべき姿だ。だから何かを求めたり、意識を問うたりするのは間違っているように感じる。ここの人たちはこのまま生きればいい。きっとこの平和に見える暮らしの中にも残酷な問題があって、俺たちは知らないだけだからだ。
「当たり前だが、オレたちは外国の地に踏み入っているんだな」
これは今更ながらに感慨深い言葉だった。この地の人らとは同系統の民族であり、同じ島に生まれながら、違う国の人間として生を受けたわけだ。王都から出たことがないのでハクタ州ですら異国に思えたが、この地は正真正銘、異国なのである。
それはどういうことかというと、有事となったら俺たち三人はこの地に住む人と戦わなければならないということだ。オーヒンは中立国であるが、停戦協定を破ったカイドル国の例もあるので油断できないのである。
また、俺たちの国の方が約束を破る可能性だってあるわけだ。特に国王が代わりそうな現在は何が起こるか分からないという空気感が漂っているからである。新しい国王がオーヒン国の利権を欲して命令を下せば、従わないといけないのが今の俺たちだ。
「どうかしたのか?」
と突然、ケンタスが振り返った。
振り返るとボボが馬上で後ろを振り返っていた。
「呼んでいるぞ」
俺には何のことかさっぱり分からなかった。
「ほら、見えてきた」
ボボという男はどこまで五感の鋭い男なのだろう?
「襲歩まで覚えたようだ」
とボボが嬉しそうだ。
「本当だ」
とケンタスが満面の笑みを見せた。
「ケン!」
やっと俺にも声が聞こえ、その声の主も目視できた。
俺たちを追い掛けてきたのはアキラだった。
遠くに見える顔は、笑っているのか、泣き出しそうなのか、分からなかった。
こっちはとっくに気がついているというのに、それでもケンの名を呼び続けていた。
「アキラ!」
ケンタスが名前を呼び返して、手を振った。
「ケン!」
アキラが馬を減速させた。
こういう時でも馬の扱いは慎重だった。
少しだけ見直すことができた。
「アキラ」
ケンタスが優しい顔で迎えた。
「ケン」
そう言って、アキラが馬から降りた。
「無事で良かった」
「ごめんなさい」
そう言うと、アキラは泣き顔のままケンタスの胸に飛び込んだ。
その髪の短い少女をケンは力強く抱きしめるのだった。
無言のまま時が流れる。
なぜか俺はボボと馬上で見つめ合ってしまった。
彼が何を伝えようとしたのか、まるで分からなかった。
どうやら俺には心で会話をする能力はないようである。
「アキラ、このまま聞いてくれ」
ケンタスがアキラの耳元で囁くように語り掛けた。
「オレたちはこれから戦おうとしている。それはアキラが怖がらずに堂々と町を一人で歩けるようになるためだ。そのためにはアキラの勇気が必要なんだ。オレたちと一緒に戦ってくれないか? 仕事をしてほしいんだ」
そう言うと、二人は見つめ合った。
「ケンがそう言うなら」
「いや、そこは自分で決めないとダメだ」
アキラの目に意思が宿る。
「やる。迷いはない」
「アキラは自分で決められる子だと思ったよ」
こうして俺たちに新たな仲間が加わった。
「よし、出発だ!」
ということで、首都を目指して踏み出した。ケンタスがアキラを仲間として受け入れたのなら、俺は従うまでだ。考え方が違っていても、ケンがそこまで信頼するなら引くしかないのである。子どもの頃からそれで上手くやってきたのだから。
「あれが首都なのか?」
いい景色を拝もうと海に突き出た岬の突端に登ったのだが、眼前に広がったのは巨大ともいえる貿易都市の全貌だった。まさに大都会といった印象で、陸地だけではなく、海まで貿易船でごった返していた。
「ハクタの港が小さく見えるな」
まさにケンタスの言う通りで、町の規模はハクタの州都と王都を足して、そこに各地の行商人が集結しているといった具合である。上から見下ろしているので分かりやすいが、町の中心部から放射状に道が伸びているのだ。
町の中心部にある大きな建物が目についた。おそらくではあるが、建設中の大聖堂のようである。四方を囲む高い壁がそのまま王城ともなりそうだ。いずれにせよ、完成までには数十年は掛かりそうなくらいの大規模工事が行われているのだった。
蜘蛛の巣のような整然とした街づくりを見るに、かなりの権力者が都市を設計したに違いない。最初から計画的というか、知識と経験を持った者が未開の地に一から都市を作り上げたかのように見えた。
少なくとも勝手に家を建てさせていないことだけは、見ただけで分かった。町の隅々にまで一人の人間の意思が感じられるからだ。それでも歴史はありそうなので、人から人へ受け継がれているのは確かだろう。しかし並大抵の意思ではないことは確かである。
それにしても、高所での石積み作業は眺めているだけでもめまいがする。それに比べて俺たちが王宮でやっていた石運びの作業はなんて楽な仕事だったのだろうか。しかし、それよりも高所作業をさせるだけの指揮系統と財力があることに最も恐怖を感じた。
「町のことを調べようと思ったら一日じゃ足りなそうだな」
というわけで、早めに都入りすることにした。まずは領事館と呼んでいる役所に行って王都札の清算をした。そこで剣と馬を預けるのが外交上のルールだからだ。これで役所から一歩でも外に出ると他国から来た外国人となるわけだ。
「よし、まだまだ時間はあるな」
ケンタスが太陽の高さを確かめた。
「任務を負っている以上は滞在を延ばすことはできない。役所の人が言っていたが、天気が崩れそうなので予定通り明日には町を出なければいけないだろう。少しでも先に進んでおかないといけないからな。そこで今日は四人で別々の行動を取ることにする。兄貴の情報を知ることができればいいが、そう都合よく情報を入手できるとは考えていない。でも四人が別々に動けば時間を有効に使えると思うんだ。兄貴のことじゃなくても構わない。みんなでそれぞれこの町のことを調べてみようじゃないか。期限は日没までとする。日が沈んだら今夜の宿に集まることにしよう。お金も分けるので昼食も別々だ。大金だから無駄遣いしないようにな。それじゃあ、一旦解散だ」
久し振りの単独行動である。
自由時間は嬉しいが、この手分けして情報を集めるパターンは苦手だった。町の中心に建造中の巨大建物があるから道に迷うことはないが、すでに人の多さに酔ってしまい、取材できる健康状態ではなかった。
それでもサボるわけにもいかないので、とにかく仕事を始めることにした。といっても、まず何から調べればいいのか、それすら思いつかなかった。
こういう時は自分の心に問い掛けるのが一番だ。俺は何に興味があるのか? そう、俺はこの町の歴史や統治者の名前が知りたかった。
知らない町に行ったら役場か、その土地の警備兵に訊ねるのが手っ取り早い方法だ。なぜなら多くの訪問客が同じような行動を取るからだ。
そこで紹介されたのは建造中の巨大建造物だった。そこへ行けば町の歴史や法律を記した銅版が読めるようになっているとのことだ。
町外れから見下ろしていた時にも圧倒されたが、それを間近で見上げると、ただただひれ伏すしかないという感情が芽生えてしまった。屈する気はさらさらないのに、自ずと気圧されてしまう。
正面の前庭にとても小さな聖堂があって、その後ろに五階建て相当の大聖堂を増築した形の景観になっている。原点は小さいけれど、今はこんなにも大きくなりました、というアピールのように思えた。
工事中の大聖堂は立ち入りを禁止していたが、小さい方の聖堂は常に入り口が開放されているそうなので、そちらにお邪魔することにした。
文字が書かれた銅版が壁に飾られていることから、識字率が高いことが推察できる。
一枚目の銅版には、この小さな聖堂の歴史が記されていた。築三十五年の木造で、オーヒンの歴史はこの小さな聖堂から始まったようだ。
モンクルス擁するカグマン国とジェンババを軍師として招聘したカイドル国が戦って停戦協定が結ばれたのが五十年前だから、その十五年後にオーヒン国の歴史が始まったわけだ。
次の銅版には建国の父であるブルドン王のことが紹介されていた。大工だった男は、三十歳の時に神の声を聞いて、たった一人でこの小さな聖堂を建てたようだ。ご存命中らしく、年齢は六十六歳とのことだ。
次の銅版にはブルドン王の足跡が記されていた。聖堂を建てた後に始めたのが造船の仕事で、小舟ではなく、当時の島で一番大きな船を造ることを目標にして、それを実現させたようだ。
三十二歳の時に村長になって、大陸との貿易で富を築き、その富を民に分配して人口を増やしたようだ。三十六歳の時にオーヒン国を建国して初代の国王に即位している。つまり今から三十年前にオーヒン国は正式に独立したということだ。
戦争が終わったのも、カイドル国が消滅したのも、オーヒン国が建国三十周年を迎えたのも、すべては同じ年に集中しているというわけだ。もっと調べれば複雑な三国の関係性が見えてくるかもしれないが、銅版にはそこら辺のことは記されていなかった。




