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第二十三話(243) 決勝戦

 ドラコとマン・ザザの対決は一瞬でケリがついた。こちらの半島でも剣で関節部を切断させるほど正確に斬り込める剣士は珍しいので、観客が唖然としていたのが印象的だった。


 しかしそれも一瞬で、ドラコが控室に戻る時には拍手喝采で称えるのだった。我が島でも死刑執行は娯楽の一つだが、こちらも同じように殺人がショーとして成り立っているようである。


「まぁ、当然だわな」


 自分が戦ったわけじゃないのに、ミクロスが隣の席で腕を組みながら得意がるのだった。


「でも、大丈夫ですかね?」

「何がだ?」


 試合後、気になることがあった。


「ドラコが剣の刃先を気にしてましたよ?」

「いつものことだろ」

「刃がこぼれたんじゃないですか?」

「大丈夫だよ、自前の剣があるんだから」


 確かにミクロスの言う通りかもしれない。ドラコの剣の所有者だったヴォルベ・ハドラが半島に渡って来るのは、ドラコにとっては想定外なので、決闘用に別の剣を用意していたはずだからだ。


「それよりもケンタスだ」

「そうですね」

「もしも負けたらアイツにオレの借金を肩代わりさせてやるんだ」


 いや、負けた時には死んでいる。


 第二試合。

 ケンタス対リンドー。

 本物の剣闘士グラディエーターとの対決だ。

 ハッキリいって、格が違う。

 悪いが、それが世間の正しい評価だ。

 圧倒的、一番人気。


 観客の反応も全然違う。

 第一試合は前座だったわけだ。

 試合後の反応は凄かったけど。

 でも、リンドーへの声援は別モノ。

 熱量が違う。

 本物のヒーローだ。


 防具の着こなしもカッコイイ。

 どこにでもある肩当てだ。

 だけど違って見えるのである。

 モリモリの筋肉にフィットしているので特注だろう。

 だからシルエットが美しい。

 本物。


 鉄のヘルメットもぴったりサイズだ。

 目と鼻と口以外を覆ったもの。

 魚のヒレみたいなのを載せている。

 鉄仮面。

 怖いけど、カッコイイ。

 熊と戦った時に負った傷は隠れているとのこと。


 グラディウス。

 両刃剣。

 短すぎず、長すぎず。

 狭い回廊でも無双できるそうだ。

 防具の隙間を狙う突きが怖いと聞く。

 一撃必殺の斬撃剣。


 対するケンタスは、まるで無防備だった。

 肩当てもなければ、肘当てもない。

 当然、兜も被っていなかった。

 腰布とか腰衣とも呼ばれる腰巻だけの姿。

 ハッキリ言って、場違いに見えた。

 立派なのはモンクルスの剣だけだ。


 一瞬で勝負がつく可能性もある。

 ケンタスをこの目で見る最後かもしれない。

 リングに立っているのが、俺じゃなくて良かった。

 心底、そう思った。

 見ているだけなのに、足の震えが止まらない。

 そして、その時がついに来た。


 銅鑼どらの音が試合開始を告げる。


 予想に反して、静かな立ち上がり。

 両者、剣を構えて睨み合ったまま。

 片手持ちのリンドーに対して、ケンタスは両手持ちだ。


 ピクリとも動かない。


 いや、よく見ると微妙な動きがある。

 二人とも足を動かしている。

 踏み込むタイミングを探るように。


 時折、剣先を合わせる。

 カチャカチャと。

 間合いを詰めるも、すぐに離れる。


 それを何度も繰り返すのだった。


 探り合いが長い。

 どちらも強く踏み込まない。

 強打がないのである。


 客席の方が先にれだしてきた。

 ブーイングを浴びせる者も。

 しかし両者にあせりは見られなかった。


「剣術の流派が違いすぎるんだな」


 隣のミクロスが呟いた。

 確かに、やりづらそうだ。

 両者ともに。


 そこでリンドーが強烈な突きを見せる。


 ケンタスがいなす。

 同時にキックを見舞う。

 しかしリンドーが転げてかわすのだった。


 客席が湧いた。


 追い込みを掛けるケンタスが身を引いた。

 相手が瞬時に身構えたからである。

 これが一瞬の出来事であった。


 猫のように動作が速い。


 見たことのない敏捷性。

 突進から退却までが一瞬。

 ヘルメットが脱げることなく。


「なにしてんだよ」


 ミクロスがイラつきだした。

 客席も同じだ。

 どう見ても膠着こうちゃく状態にあるからだ。


 そこでケンタスが上段に構える。


 ありえない。

 懐がガラ空きだ。

 心臓を突いてくれと言わんばかりに。


 それでもリンドーは飛び込まなかった。


 それどころか逃げている。

 にじり寄るケンタス。

 それに対して、後退あとずさりするのだった。


 客席が騒がしくなった。

 罵声を浴びせる者もいる。

 リンドーは焦らない。


 空いた手で挑発する。


 それにケンタスは乗るのだった。

 間合いを詰める。

 上段から力任せの一振り。


 寝かせたグラディウスの両端を持って受け止める。


 次の瞬間、勝負が決まった。


 一瞬の出来事だった。


 強振したケンタスの斬撃を受け止めたはいいが、グラディウスが真っ二つに折れて、そのまま腹の皮を切り裂いたからである。


 裂かれたリンドーの腹の中から内臓が飛び出して、床にぶちまけられたのだが、それを慌てて拾い集め、腹の中に戻そうとするのである。


 血まみれの手で長細い腸を掴むも、どうやっても腹の中に戻すことができず、血の涙を流しながら、ケンタスに救いを求めるのである。


 そこでモンクルスの後継者は決闘相手の首をスパッと切り落とすのだった。介錯かいしゃく、つまり苦痛をなくすために即死させたということだ。


「硬すぎたんだな」


 ミクロスの言葉だが、これはグラディウスのことを言っているのだろう。剣というのは軟らかければ曲がるだけだが、硬いと折れてしまう特性がある。


 だから大剣は利器になり得ず、槍と同じ突きの技術が重要であって、斬撃スタイルのドラコとケンタスだけが異能であるという、それだけのことなのだ。


 そして決勝戦は、そのキルギアス兄弟の対決となった。


 第三試合。

 決勝戦。

 ドラコ対ケンタス。

 兄弟対決。

 帝国と大帝国。

 島と大陸の代理戦争。


 特設リングの上の血はまだ乾いていない。

 そこに剣を持った男が二人。

 腰巻だけの原始的なスタイルだ。


 一人は剣聖モンクルスから剣を受け継いだ男。

 片や、もう一人は自身の名のついた剣を価値あるものにした男。

 残念ながら、決勝のドラコは別の剣を手にしているけど。


 剣の長さは一緒。

 背丈も変わらない。

 筋肉の量も変わらないように見える。


 つまり現時点では互角だ。

 違いは経験だけ。

 しかし互いに化け物と戦うのは初めてのはずだ。


 何が勝負を分けるだろうか?


 それよりも気持ち悪かった。

 客席で嘔吐した人が続出したからだ。

 酸っぱい臭いがスタジアムに滞留している感じである。


 さっきまでの歓声はない。

 声援も一つも聞こえてこなかった。

 それは賭けに負けた人が多いからだ。


「頼むぞ、ケンタス!」


 元気なのはミクロスだけである。

 俺は憂鬱だった。

 どちらかと会えなくなるからである。


 試合開始を告げる銅鑼が鳴った。


 両者、いきなりの豪打。

 それを互いに剣で受け止める。

 こんな激しい斬り合いは見たことがない。


 振った剣を全て弾き返している。

 攻守の入れ替わりが激しい。

 どちらが優勢か劣勢かも分からない。


 そこで鍔迫つばぜり合いとなる。


 固まる。

 両者、肩で息をしている。

 休んでいるのではなく、押し合っている。


 一旦、間合いを取る。


 すぐに斬り合いが再開される。

 客が固唾を飲んで見ている。

 スタジアムには金属音だけが鳴り響いているのだった。


 ケンタスによる中段の構えからの水平斬り。

 弾き返されたところで、小手への引き打突。

 それが空を斬る。


 追うドラコが上段の構えからのフェイント。

 喉元へ突きを入れるも、空を斬る。

 そこから膝を狙うも、ジャンプで躱されるのだった。


 両者、間合いを取る。


 そこで二人とも上段に構えるのだった。

 にじり寄って、間合いを詰める。

 どうやら決着の時がきたようだ。


 勝負は一瞬だった。


 考えることは一緒だったのである。


 首を狙った一打。


 同じタイミングで剣を振り上げて、同じ瞬間に踏み込んで、剣の刃先がち合った時、剣が二本とも折れたのだった。


 そこで先に次の動作を行ったのがドラコだった。無防備になったケンタスの腹に膝を入れて、倒れたところを馬乗りになり、顔面を力任せに殴りつけ、失神するまで殴り続けたのだった。


 ドラコの勝利。


 ケンタスの敗因は、剣が折れた後のことを考えていなかったこと。絶対に折れないと思い込んでいたのかもしれない。


 それに対してドラコは、反対に絶対に折れると信じていたかのようだった。剣が折れた後の攻撃は、想定していなければできない早さだったからだ。


「おい! しっかりしろ!」


 何事かと思ったら、ミクロスが口から泡を出して倒れているのだった。それも仕方がなかった。なぜなら賭けに負けて、借金を背負ったからである。



 ミクロスをおんぶして医務室に連れて行くと、すでにケンタスが寝かされているのだった。医務室といっても医務員はおらず、テオが枕元で看病しているだけであった。


 隣の寝台が空いていたので、そこにミクロスを寝かせて、ケンタスの様子を見ることにした。


「こんなボコボコにされたケンタスを見るのは生まれて初めてだ」

「動かなくなるまで殴られましたからね」


 そこへ無傷のドラコが見舞いに来るのだった。


「どうだ、脈はあるか?」


 テオは勝手に喋らないので、ここは俺が答える。


「あるには、ありますけど」

「なんだ?」


 目が怖い。


「こんなになるまで殴る必要はなかったんじゃないかと思って」

「バカいうな」


 兄ちゃんが弟を見る。


「膝蹴りを食らって倒れながらも、折れた剣先を握って、俺のことを刺し殺そうとしてたんだ。意識が飛ぶまで殴らなかったら、俺の方が死んでいたさ」


 そこまでは見えていなかった。


「ん?」


 そこでドラコが寝台に横たわる借金王の顔を覗き込む。


「どうしてミクロスが気を失っているんだ?」

「賭けに負けてショックを受けたんです」

「え? なんで俺に賭けなかったんだ?」

「さぁ」


 そこでドラコがミクロスの頬をビンタする。


「ミクロス!」


 目を覚まさないので強烈なのをもう一度。


「起きろ!」

「あん?」


 そこで上体を起こすも、状況が理解できていない様子だった。


「ここは?」

「大丈夫か?」


 ドラコを目で捉えた瞬間、ミクロスが飛び掛かった。


「この野郎!」


 ドラコが抵抗しようとしないので、床の上で馬乗りした状態だが、そこでミクロスは拳を振り上げるも、叩きつけることができず、大泣きするのだった。


 見るも無残な姿なので、仕方なく介抱し、寝台のへりに座らせたが、しばらく涙が止まらなかった。


「なんで、なんで、お前が勝っちまったんだよう」


 大きな赤い鼻から、とめどなく鼻水が流れ落ちる。床まで届きそうな長い糸のような鼻水である。


「どうして俺に賭けなかった?」

「お前が、ケンタスには敵わないって言ってたからじゃねぇか」


 ドラコが見下ろしている。


「剣術では負けるが、タイマンなら負けないと教えたはずだ」

「あん?」


 ミクロスが汚い顔で見上げた。


「アウス・レオスの矛盾は矛と盾だから矛盾が生じるのであって、同じ矛と矛ならば、どちらも使い物にならなくなるだけだって、ビルボン湖で教えてやったじゃないか」


 それを聞いて、ミクロスが再び顔をクチャクチャにさせて泣き始めるのだった。


「どういうことですか?」


 借金王の代わりに尋ねてみた。


「魔黒石の剣は一本しかないわけじゃなかった。同じ剣を同じ強さで振れば、同時に二本とも折れることもある。それを俺は予め想定できて、ケンタスはできなかったという話だ」


 こうして世界地図からカグラダ府が消え去ったのだった。半島地域における隷属支配の歴史そのものが終わったということである。


 デモン、ドラコ、ガイルの三人が島民を裏切って、敵国に亡命して戦果を挙げたということになるが、そんな雑な括り方で歴史書に書き残してはいけない。


 後世の者たちが、特に極西地域の島民と半島民と大陸民が間違った歴史認識で不毛な争いをしないように、俺だけでも事実をありのままに書き残していかなければならないのだ。


 願わくば、他の者の手も借りたいところではあるが。




 第一章 主役編 完

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