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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第二十四話 オーヒン国

 その夜、結局ケンタスとアキラは一緒の寝台で眠った。兵士が宿泊する小屋ということもあり、寝台が三台しかないので、アキラを泊めようとすると必然的にそうせざるを得なかったわけだ。俺やボボは寝心地のいい寝台を独占できたので別にどうでもよかった。


 いや、どうでもいいわけではない。ケンタスは子どもに甘いからアキラに気を許しているが、俺は過去の凄惨な体験を聞かされたところで簡単に信用しないようにしているのだ。それが事実かどうか分からないうちは保留しておくのが無難だからである。


 国道の外れでケチな小遣い稼ぎをしているような子どもなので、俺たちが無敵の通行カードである王都札を所持していること、また、そのカードが万能であることも知っていてもおかしくないわけで、それで俺たちにたかろうとしているとも考えられる。


「オラがオーヒン国まで案内するよ」


 翌朝、アキラが道案内を買って出た。

 やっぱり集る気だ。


「今日は峠越えだぞ」


 ケンタスが不安げだ。


「だから言ったろう? オラは馬より走れるって」


 アキラは昨日の夜に大泣きしたことを忘れたかのようにケロっとした顔をしていた。そこら辺も実に子どもらしい振る舞いだ。それを見て、やっぱり俺は信用してはいけないと考えてしまうのだった。


 ケンタスのことだから「ついて来るな」と言うこともないだろうし、そうなると俺の方から追い払うこともできないわけで、となると今日も俺たちはコイツに集られてしまうことになるわけだ。


 こういう時にボボが一言物申せばいいのだが、相変わらずの無表情でルーティン・ワークである柔軟体操をしてやがる。隙あらば身体を鍛えるか、弓矢の手入れをしており、それしか興味がない役立たずのボンクラ男だ。



「よし、出発するぞ」


 考え事をしているうちにアキラの同行が決まってしまった。


「オラに付いて来い!」


 ということでオーヒン国へ向けて出発した。この日は峠を越えて、麓の村まで下りていくだけで半日が終わってしまうということで、実際にオーヒン国の首都に辿り着くのは明日以降になるそうだ。


 蛇行だこうしながら山の頂上を目指しているのだが、アキラの脚力自慢が口だけではないというのがすぐに分かった。馬に負担を掛けないように騎乗しなかったのだが、歩いているだけで疲労が溜まり、空想する暇さえ持てない有様だった。


「主要道路に峠越えの難所があるから小さな島に三つの国が共存できたんだろうな」


 ケンタスの話に付き合いたいところだが、坂道の途中なので喋る気が起きなかった。


「武器が発達して強力な軍隊を組織しても、山岳地帯に引き込まれては制圧も難しいだろうし、やっぱり戦争の結果を左右させるのは地形の問題が大きいのかもしれない。でも一つの国がなくなったわけだから、別の要因もあるんだろうけどな」


 ケンタスには悪いが、勾配こうばいがキツイので相槌を打つこともできなかった。


「遠征を可能にしたのは島の気候だ。日照りが続いたり冷夏に見舞われたりしたら奪い合うことすらできなくなるからな。天候に恵まれた年が続いたから補給に困らない大遠征を計画できたわけだ」


 ケンタスの独り言はいつものことだ。


「そういう意味でもオーヒン国民は、考え得る一番の選択をしたのかもしれないな。両者に挟まれて暮らすとなると、絶えず戦争に巻き込まれるということになるから、それを避けるためにも中立国の道を選ぶしかなかったんだ。もしもどちらかに加担したとしても、地形学から完全攻略が難しいから、必ずしも望んだ結果になるとは限らない。情勢がひっくり返ってしまうと土地が奪われるだけでなく、激戦地で命を落とすことにもなる。自分たちの土地を激戦地にさせないためには、中立という名の降伏が最良の選択と判断するのは当然だ。でも、それぞれの国に高い税金、つまりは国防費だが、その高いツケを払わなければいけないので、戦争が終わるまで大変だったという話だ」


 戦時中の激戦地なんて地獄に産み落とされたようなもんだ。


「二つの国に高い税金を払わないといけないから、必然的に商人の町になったのだろう。建国が先か、それとも自衛のための独立が先だったのかはハッキリとしないけど、戦争で板挟みになるような地域なので、どちらにしたって経済発展を最優先させなければならなかったんだ。ただ、あまりに急発展したので、両国いずれかの資本投下はあっただろうけどな。そうじゃなければ新しい国を建国することなどできるはずがないんだ」


 建国からの不可侵条約の締結にも知らない裏の歴史があるのだろう。


「『商売を学びたいならオーヒンに行け』っていう言葉があるけど、オレたちだってオーヒン国に生まれていたら、まず間違いなく商人になっていただろう。そう考えながら町の中にもう一人の自分を探すのが楽しみだったりするんだ。それを自分の目で確かめられるのだから、兄貴の七光りには素直に感謝しなければならないな」


 俺にはそんなことを考える余裕はなかった。


「よし、今夜の宿が見えて来たぞ」


 村の名前はダバン村。昨日泊まったオザン村と同じく宿場町である。同じといえば馬車蔵や厩舎の数も同じで、村の風景も何から何まで一緒だった。おまけに宿屋の主人まで同じだったのは驚いたが、話を聞くと双子ということで思わず笑みが零れた。


 泊まる小屋の数も一緒で内装までピッタリ一緒だった。寝台が三つにテーブルが一つ。ただし一つだけ違うのは料理のメニューだ。今夜はポークステーキに岩塩をまぶして、お好みで酸っぱいブドウで作った果実ソースを付けて出してくれた。


 宿の主人によると、料理のメニューだけは被らないようにしているということだった。なんでも料理だけ食べにくる客もいるそうで、将来的には国道沿いに支店を作りたいといかで、それは役所からの回答待ちということだった。


 やはりオーヒン地方の人は商売に対する姿勢が違うと思った。俺たちの住む王都では、とにかく土地と建物と営業権を守ることしか考えていなくて、もっと儲けてやろうという意識は二の次になる。これだからサービスが向上しないのだろう。


 しかし、それも仕方のない話である。俺たちの場合は徴兵制がしっかりしているので、家業を継ぐだけで精いっぱいなのだ。つまりそういうシステムなのである。業績がいいからといって営業権を増やせるわけではないのだ。


「こんな粒の大きいブドウは初めてだ」


 アキラが嬉しそうにしているのを見て、ケンタスが微笑んでいた。

 俺にとっては地獄絵図である。

 後で四人分の請求に疑問を持たれて、処分を受けないかと憂鬱ゆううつになるのだ。


「今日もケンと一緒に寝るんだ」


 と言って、一足先にアキラが寝台に潜り込んでしまった。まるで親に甘える幼子のようだ。幼子にしては身体が大きすぎるので、それが見ていて不快になるのだ。まあ、でも、これは、甘やかしているケンタスも悪いといえるだろう。


「おやすみ」


 とケンタスが珍しく眠る前に挨拶をした。


「おやすみなさい」


 アキラにとっては親子のようでもあり、兄弟のようでもあるのだろう。出会ったばかりだというのに、すっかり打ち解けた感がある。弟のいないケンタスと、おそらく一人っ子であるアキラとの組み合わせは、二人の間では心地のいいものなのかもしれない。



 旅は八日目の朝を迎えた。カイドル州の州都まで三、四週間で到着したいところなので、やはり一日から二日は遅れているようだ。寄り道してしまった分がそのままタイム・ロスになっているので、今後は観光する余裕もなさそうだ。


 しかもアキラによると今日中にオーヒンの首都に到着できるかどうかも分からないという。その手前にあるゴヤ町を目指す方が現実的なのだそうだ。馬の脚を酷使したくないので我慢のしどころではあった。


「本当にいいの?」


 アキラがいきなり大きな声を出したので何事かと思ったら、どうやらケンタスに乗馬を教えてもらうことになったらしい。兵士にとって自分の馬を預けるというのは信頼の証でもある。そのことをケンはちゃんと理解しているのか不安になった。


 これでアキラに逃げられたらケンタスだけでなく、俺やボボまで一緒に処分を受けることになる。ましてや同僚の兵士でもない奴に馬の手綱を握らせたとなると、どんな言い訳も聞き入れてもらうことはできないだろう。


「なかなか上手じゃないか」

「オラ、このお馬さんがすっかり気に入っちまったよ」

「馬の方もアキラの事を気に入ったようだぞ」

「ああ、それは嬉しいな」


 そんなわけないだろう。ケンタスもいい加減なことばっかり言いやがる。勝手に馬の気持ちになって話すのだから、やっぱりケンはバカなのだ。どうもアキラが旅に同行してから面白くなくなったような気がしてならなかった。


 楽しいのはケンタスとアキラだけだ。特にアキラはすっかりケンのことが気に入ってしまい、何をするにもケンの真似をするようになってしまった。パンをかじるタイミングや、噛み砕く回数や、飲み込む瞬間まで同じようにしようとするのだ。


 それでアキラが硬いパンに喉を詰まらせて苦しそうにすると、ケンタスが水を飲み、それをアキラに真似させるという、変な気遣いまで生まれる始末だ。二人は楽しそうに昼食の時間を過ごしているが、それを見せられている俺にとっては苦痛でしかなかった。


 馬を休ませるための休憩中も二人は片時も離れなかった。ケンタスがオシッコをしに草むらの方へ行くと、アキラもついて行くのだ。しかし流石に度が過ぎると思ったのか、ケンに追い払われたアキラがしょぼくれて戻ってくるのだった。


 ボボは休憩中も身体を鍛えることに余念がないので話し相手にはならなかった。というのも、トレーニングをしながら筋肉に話し掛けているので、横から口を挟めないのだ。自問しているわけではなく、他人と接するように声を掛けているから俺など眼中にないのだ。



「あれがゴヤ町だよ」


 アキラが馬上で指を差した方向に目的の村があった。田園地帯を抜けて、海が見えてくると、沿岸に民家が点在し始めて、密集した宿屋街や人で賑わう露店が建ち並んでいるところが、どうやらゴヤ町の中心地のようだ。


「まだ日は高いけど、どうする?」


 一応、尋ねてみた。


「王都札を使える宿があるなら馬を休ませた方がいいな」


 それがケンタスの判断だった。馬の事を最優先に考えるのは彼も同じである。気持ちとしては、餌を与える時間をもっと増やしてもいいくらいだ。途中の休憩が短すぎるような気がしていたので、この反省を明日以降に繋げたいところである。


 ゴヤ町には漁港があり、酢漬けや干し魚の加工場が何棟もあるので、かなり活気のある町のように見える。牧場や田畑も管理されており、かなり行政がしっかり機能しているように思えた。やはり行商人の通り道が町を豊かにするようだ。


「おい、アキラ! どこへ行く?」


 ちょっと目を離した時のことだった。初めての場所なので俺たちは三人とも町の様子に目を奪われていたのだが、そのタイミングを計ったかのようにアキラが馬に乗ってそのまま消えてしまったのだ。道は夕方の混雑で立ち往生せざるを得なかった。


「どうして気がついた時に追わなかったんだ?」


 ケンタスが珍しく当惑していた。それから辺りをぐるりと見渡すが、俺には何をしているのか意味不明だった。アキラが消えたのは後ろだ。道の両端にはびっしりと宿屋が並び、正面には聖堂しかないのだから、捜すなら歩いて来た道を引き返すしかなかった。


「どうする、手分けして捜すか?」


 ケンタスの表情が険しい。狼狽うろたえているようにも見えるし、怒りに震えているようにも見える。どちらにしても裏切られるとは思っていなかったようだ。だからケンタスは甘いのだ。こうなる可能性は充分に考えられた。


「どうするのか、さっさと決めてくれ!」


 そう言っても、ケンタスはなんの反応も示さなかった。


「おい、ケン、日が暮れちまうぞ!」


 その言葉でやっと目を覚ましたようだ。


「宿を探す。後のことは宿を決めてから考えよう」


 ということで、宿はすぐに見つかり、昨日までと同じように三人用の小屋に泊まることができた。食事は魚のグリルと鶏肉団子のスープをいただいたが、雰囲気が最悪だったので味については何の感想も持てなかった。


「それで、どうするんだ?」


 食後にイチジクの葉を乾燥させたお茶を飲みながら訊ねてみた。これでも食事中は料理が不味くならないように黙っていたのである。そういう気遣いをする人間ほど味を楽しめないものだ。


「馬と一緒だからな、盗賊に狙われないといいんだが」


 耳を疑うとはこのことだ。馬を盗んだ奴の心配をしてどうするというのだろう。どこまでお人好しなのだろうか。心配すべきは自分のこと、いや俺たち三人の方だ。俺の実家の馬だから、何とかなるとでも思っていそうだ。


「なあ、ケンよ、このところのお前はどうかしてるぞ。アキラと出会ってから様子が変わっちまったじゃないか。嘘か真か分からん話を聞かされて、すっかり同情しちまってよ。いや同情してるんじゃなく、騙されてるんだよな」


「騙されてるだって?」


 ケンタスが俺を睨む。


「あれが子どものつける嘘だと思うのか? 同情を誘って恵んでもらえるほど世の中は甘くないって、誰よりもアキラは知っているんだ。むしろ命を狙われるかもしれなくて、誰にも話せなかったんだよ。それにさっきの顔、そう、オレたちの前から逃げ出した時の顔を見なかったのか? 聖堂から法衣服の男が出てきただけで怖がっていたじゃないか。アキラは法服を見ただけで普通じゃいられなくなるんだ」


 それは見過ごしていた。考え事をしていたので、俺が気づいた時には既にアキラの姿は雑踏の中に消えていた。確かに村の真ん中に不釣合いなほど立派な聖堂が建っていたのは憶えている。それと、法衣服の男もいたような気がする。


「どうして何もしていない子どもが法服を見ただけで怯えないといけないんだ。生まれて来た場所が違うだけで、子どもに過酷なトラウマを背負わせるなんて間違っているじゃないか。どんな人間であっても他人の人生をもてあそんでいいはずがないんだ。人間は平等じゃないからこそ、それを少しでも是正するために生きるんじゃないのか? 今の世の中では努力が報われるか報われないかという以前に、努力する行為すら認められないんだからな」


 内容は熱いが、怒りを込めて静かに語っている。


「ペガの言う通りさ、オレはアキラと出会って変わった。いや、変わったように見えるのは、目が覚めたからなのかもしれない。オレはもう迷わないと決めたんだ。苦しんでいる人のためなら躊躇ちゅうちょせずに戦えるって気がついたからな。マクチ村のような村はぶっ壊さないといけない。自治領地である荘園で好き勝手している連中を野放しにしてはいけないんだ。法衣服を纏って他人の人生を蹂躙じゅうりんしている奴らが腐るほどいるじゃないか。そんな奴らを匿う悪制や悪法は、この手でぶっ壊してやるよ。これまでは誰かがやってくれると思っていた。苦しんでいる人がいても、きっとどこかに彼らや彼女らを救う人はいる、と他人事のように思っていたんだ。それで世の中がどう変わろうが、長老のようなご意見番気取りで他人を評価して終わりさ。身に危険が及ぶ仕事を他人に任せて、自分は安全な場所から批評するんだ。それで手を汚した人間を、まるで神様にでもなったつもりで裁き始める。それがどれだけ大変な時代かも理解せず、自分は手を汚さなかったことだけを心の拠り所にするんだ。苦しんでいる人に対して、見て見ぬ振りをして、命の尊さを力説し、そんな自分の手を汚さない人だけが高説を垂れて死ぬことができるわけだが、オレはそんな奴に憧れない。そんな口だけの情けない男になんかなりたくないからな」


 ここまで怒りを溜め込んだケンタスをこれまで見たことがなかった。


「ペガやボボにはすまないが、オレはもう私有地と称して法の秩序を無視した行いをしている連中を許さないと決めたんだ。オレにとってアキラは、そのことに気づかせてくれた大事な人なんだ」


 それは決して簡単なことではないはずだ。


「許さないと言ってもな、具体的にどうするんだよ?」


 そこでケンタスが一気に消沈した。


「それはまだ決めてない。オレたちの家族やボボの村の人は全員が人質のようなものだからな。悪い奴だけ斬ればいいという話ではないだろう? せめて兄貴がいてくれたらって思うけど、それだと今までのオレと変わらないんだよな」


 現実を受け止める必要がありそうだ。


「いや、どちらにしても俺たち三人で世の中を変えるなんて出来っこないんだ。遅かれ早かれ協力者の存在は必要になる。それには同志を集めるしかないんだから、ケンの兄貴に力を借りるのは逃げじゃないさ」


 頷いているので、一定の理解は得られたようだ。


「兄貴よりもまずはアキラを見つけることだな。消えたわけじゃないんだよ。怖くて近づけなかったのさ。とりあえず今日は早めに休んで、朝になったら村の周辺を捜してみることにしよう。オレたちには彼女の力が必要だからな」


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