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第十一話(231) デモン・バンクス外務次官

 デモン・バンクスは「赤獅子」の異名通り、赤い髪や髭をライオンのたてがみのように生やしているアステア系カイドル人だ。


 アクアリオス、フィウクス、マエレオス、そしてバンクスと、名前を変えながら主君も変えて渡り歩いてきた稀代きだいの政治家である。


 若い頃は貧弱な身体つきをしていたが、四十歳という初老の年齢を迎えてから身体を鍛え始めて、五十代となった現在も彫刻のような肉体を維持しているのだった。


 会議場で紹介を受けたカグマン国側の反応は驚きそのものだった。なにしろ彼は、我が国では南北戦争を仕掛けた黒幕の一人として指名手配されており、それが自らの足で堂々と姿を現したからだ。


 座席はコの字型にセットされているので、両国を左右に見据えるど真ん中の位置に座ったが、まるで彼が真の王様に見えた。


「まずはバルダリス総督閣下のご着任を心からおよろこび申し上げます。早速ではありますが、弊国の会議への参加を認めてくださるよう、切にお願い申し上げます」


 最初は必ず味方の立場から入る、それがデモンだ。


「大変失礼ではありますが、貴官はどの程度ガルマ国の権限を有しているのでございましょうか?」


 紹介では外務次官だと聞いた。


「カグマン島、並びにクルナダ国方面の外交交渉、そのすべてを委任されていると受け取って頂いても差し支えありませぬ」


 その地位を得るために、この男はどれだけの機密情報を売り渡したというのだろうか。


「ならば、認めないわけには参らぬようだ」

「賢明なるご判断、心より感謝いたします」


 総督が質問を重ねる。


「担当官からマエレオス閣下で間違いないとは聞きました、よろしければバンクス姓に名を変えられた経緯をお聞かせ願えませんでしょうか?」


 デモンが回想する。


「その前に、なぜ小官が愛する故郷を追われたのか、それから説明せねばなりますまい。すべての元凶は、ウルキアの修行者にございます。オフィウ王妃陛下をそそのかしたのも、いなたぶらかしたと言った方が正確か、いずれにせよ、アニーティアなる修行者、いや、あの魔女めが味方同士を争わせるように仕組んだのです」


 そのアニーティアは消息不明なので、デモンの話を一方的に信じることはできない。


「結果はご承知の通り、小官が欠席裁判によって戦犯の濡れ衣を着せられたが、そうなることは予期していたので、不本意ではありましたが、生まれ故郷を離れる決意を致したのです」


 デモンは故郷ですら政治利用する男だから信用できない。


「終戦後、クルナダ半島に渡ったのですが、ここには旧知の者がたくさんおりましたので仕事まで頂くことができましたが、外交上、それでは世話になった者に迷惑が掛かると思い、それでガルマ国に亡命したのです」


 どう考えても、デモンの亡命がキッカケでガルマ国の侵攻作戦が始まったとしか思えない。


「縁あって外務官のご息女とちぎりを結ぶことが叶いましたが、今もって我が心はカグマン島に置いてきたままにございます。ですから故郷の安寧あんねいを願い、こうして交渉しに参ったというわけにございます」


 どう見ても、ただの売国奴である。


「これまで故郷を守るために、あらゆる手を尽くしてきました。どうにか戦争だけは回避できぬかと、説得する毎日でございます。いや、礼は結構!」


 誰一人、お礼の言葉など口にしていない。


「礼などいらぬのです。これは育ててもらった故郷への御恩返しなのですからな。称賛など、欲しい者にくれてやる。望みは唯一つ、故郷の者たちが幸せになれば、それだけでいい。いや、これは、ガルマ人には内緒ですがな」


 そこで高い天井を見上げるのだった。


「しかし軍部の動きを止めるのも、もはや限界。これまでどうにか戦争だけはさせぬようにと抑えてきたが、軍閥貴族に命令できるほどの力は持たぬ故、二つの選択肢を持参することしかできなんだ。どうか、お許しくだされ」


 デモンに主導権を完全に握られているが、総督も全て承知の上で質問するしかないといった様子だ。


「その二つの選択肢とは?」


 弁が立つデモンが、それにはすぐに答えようとせずに、目を閉じて、歯を食いしばる芝居を入れてくるのだった。


「下手に希望を抱かせてはいけませぬな。両国が生き残る道は、ただ一つ、兵力で圧倒するのみ、それだけでございます。単純にして明快、ガルマ国の侵攻を食い止めるには、相手の兵数を上回れば良いのですよ」


 それが出来れば苦労はない。


「ガルマ国には、まともに戦える兵士など十万もおりませぬ。さらに統率のれた部隊だと、せいぜい一万が限界かと。腕の立つ者は名家が囲って自分たちの身を守らせようとしますからな、国の為に戦う兵士は腕が落ちるのですよ。『一流は名家に仕え、二流は山賊や海賊になり、三流が兵士になる』という言葉があるくらいなのです」


 我が国もオーヒン周辺で、そんな感じの引き抜きがある。


「しかし決してあなどってはなりませんぞ? 統率の執れた一万兵が相手では、カグラダ府を守り切ることは不可能ですからな。ガルマ国の軍部はそのことを熟知しておるのです。だから侵攻計画が持ち上がったわけだが」


 お前が教えたのだろう。


「それに対抗するには、防衛費を増やす他ありませんぞ。島から二万の兵士を派遣して、国境線を守らせるのです。それに伴って食糧も運搬せねばなりませぬが、今は勝利することだけを考えねばなりますまい」


 バルダリス総督が問題点を指摘する。


「派兵すると、それが侵略行為だと受け取られるのではないかと危惧しているのです。もしも武力衝突が起これば、我が軍が海を渡ったという事実をもって、加害国にされる恐れがありますからね」


 デモンが即答する。


「派兵した兵士をクルナダ軍に編入してしまえば良いのですよ。そうすればクルナダ領内を自由に守らせることができるではありませぬか。守るべきは領土の主権であって、軍服ではないのですからな」


 総督がキセリニ国王に尋ねる。


「貴国はそれでも構わないのですか?」


 隣に座る父ベナルチの方を見るが、目を合わせようともしないので、仕方なくといった感じで答える。


「それ以外に対抗し得る手段はないかと」

「編入といっても表向きにすぎませんが?」

「承知しております」

「貴国の領土を我が国の兵士が自由に移動できるということです」

「そうなりますな」

「構わないと?」

「事態が悪化したと聞いておりますので」


 まるで他人事みたいな受け答えをするのだった。


「……しかし、二万の派兵など」


 そこでシプルフ通商担当が発言を求めたので、総督が許可するのだった。


「バンクス閣下は先ほど、選択肢は二つあるとおっしゃられた。では、残りの一つを伺いたいのですが」


 デモンはその質問に答えず、総督の隣に座っている補佐官を見つめるのだった。


「ケンタス・キルギアス」


 デモンが破顔はがんする。


「貴官がモンクルスの後継者か。前科がついた上、戦争の英雄にもなり損ねたのに、それでよく現在の地位を手に入れたものだ。いや、虚仮こけにしているわけではない。純粋に、不思議なのだよ」


 ケンタスが答える。


「総督のお近くで守らせるために、ユリス・デルフィアスが私奴わたしめに側近としての地位を与えたにすぎませぬ」


 デモンが首肯する。


「見事な模範解答であるが、ちと、つまらぬ答えだな」


 続けてシプルフの質問に答える。


「そう、もう一つの選択肢であったな。これは荒唐無稽こうとうむけいであるが故、充分な兵力を有する貴国が採用するとは思えんのだが、まぁ、良いだろう。それは戦争の勝敗を一対一の決闘で決めるというものだ」


 そのやり方は流石さすがに古すぎる。


「古典的ではあるが、多くの者が血を流し合う状況を避けるためにと、わしが軍部に提案したのだが、これに意外なほど食いついてな、『合意を迫れ』と命令する始末であった。ガルマ国にしてみれば、土木の仕事を覚えさせた作業兵を死なせたくはないのだな」


 そこで視線を総督に移す。


「しかし貴国が、その提案に乗る必要はありませんぞ? 多数の訓練兵を抱える帝国軍にとっては愚策ですからな。キンチ将軍にご相談した上で、大軍をもって迎え討てば良いのです」


 再びケンタスに視線を移す。


「もしも実現したら、帝国軍の代表者は貴官が選ばれるだろうが、いくらモンクルスの後継者とはいえ、その若さで引き受けるには荷が重すぎる。これは半島の歴史を変える決闘になるのだからな。歴史の教科書だけではなく、地図まで変えてしまうのだ」


 だから質問されるまで口にしなかったわけか。


「いや、こんな提案はすべきじゃなかった。現実的に考えれば、二万の兵士を派兵する以外に選択の余地はないのだからな。必ず勝てる戦いなのに、なにも自ら勝率を五分に引き下げることはない」


 バルダリス総督が尋ねる。


「ガルマ国の代表者は誰なのですか?」


 身振り手振りで大袈裟に拒絶する。


「いやいや、そんなことは聞く必要がないのですよ。話し合うべきは、派兵した兵士をどの地域に配置するとか、指揮系統はどうするとか、そういった具体的な問題についてですからな」


 赤い髭をさすって考える。


「これは小官がいけなかった。どうでしょう? 一度中座して、貴国だけで話し合われてはいかがか? 結論を急がねばなりませぬが、今日中に決めなければならぬことでもありませんからな」


 ということで、会談を中断して、総督が泊まっている貴賓室で話し合いが行われることとなった。



 総督の妻子には寝室で休んでもらって、広間の方を会議室として使わせてもらうことにした。


 僕たちが泊まっている部屋と違って、細工が施された調度品や、綺麗な絵柄の花瓶に花が活けてあったが、そんなことはどうでもよくて、それぞれ持ち込んだ椅子をテーブルの周りに置いて、会議を始めるのだった。


 今回はミクロスも総督の隣に座っているが、ガレットは部屋の外の警備をしているので不在であった。僕も護衛隊の一人として室内警護を任されている。


「あの男の話には全部が全部、裏がありますぜ」


 特攻隊長らしく、ミクロスが口火を切った。


「総督、信じたらダメです。みんな信じて騙されてきたんですから。二万の派兵にこだわってるのを見ると、それくらいなら勝てると踏んでるんですよ。あの男が一人で試算したにすぎないんですから」


 このためにユリスはミクロスを半島へと渡らせたのだ。


「クルナダの連中も同じです。オレたちにデモンが城に来ていることを黙ってたんですからね。奴ら、グルなんですよ。本当は侵攻作戦なんかなくて、オレたちに防衛費を負担させようって腹なんじゃないですかね? クルナダ軍への編入も、それで公共事業に従事させようとしてるんじゃないですか?」


 相手がデモンなので陰謀論とも思えなかったが、正面に座っているシプルフ通商担当が否定する。


「正しい可能性もあるが、それは流石に穿うがち過ぎではないかね? クルナダ国の国防が脆弱ぜいじゃくであることは紛れもない事実。総督府を守るには、遅かれ早かれ、在留軍を増員させる他ないのだから」


 総督が正面に座るケンタスに意見を求める。


「貴官の考えは?」


 周りに椅子を並べて座っている職員も注目して見ている。


「侵攻作戦が存在するのか、それは潜入捜査すれば分かること。ですから簡単に見破られるような嘘はつかないでしょう。やはりここは、ガルマ国が我が国と戦争をしたがっていると捉える必要があります」


 年内の開戦は避けられないようだ。


「デモンは嘘をついていない。しかし、すべてを明かしているとも思っておりません。軍部が戦争をしたがっていると言っていましたが、誰よりも手柄を立てたいと望んでいるのは、全権を任されているデモン本人なのですからね」


 嘘ではなく、本心を隠しているわけだ。


「計算できる兵士は一万だと言っていましたが、その後に山賊と海賊の存在を認めていました。これは有事の際に、国の仕事を請け負う義賊のような組織が存在していることを示しています。そんなやからが参戦すれば、激戦必至となるでしょう」


 実際の兵力を誤魔化したわけだ。


「いずれにせよ、ガルマ国への対応については、この場にいる者だけで決められることではありません。ユリスですら、一人では決められないのですから。派兵するにしても、決闘を行うにしても、帝国議会が決めることです」


 残念ながら、その様子を見ることはできない。


「我々ができることは、帝国議会が最善の判断を下せるように、より多くの判断材料を集めることです。ガセネタに踊らされないためにも、情報の裏を取る必要がありますね」


 さらに詳しく説明する。


「そして議会でしっかりと議論ができるように、クルナダ国やデモンと話を詰めておく必要があります。編入後の兵士の取り扱い、駐屯地の維持費、食糧負担、条件面を話し合った後、すべて公式文書として議会へ提出します」


 都合よくたかられないように、クルナダ国にも防衛費を負担させなければならないということだ。


「一方で、いくら現実的ではなくとも、決闘に関しても細かく話を詰めておく必要があります。我々が内心バカげていると思っても、それを決定するのは帝国議会ですので、真剣に議論ができるように、やはり同じく条件面について話し合わなければならないのです」


 そこで腕を組んでいたミクロスが首を捻る。


「わからないのは、決闘の提案者がデモンってところだ。あの男は『百人斬りのヴォルベ』よりもケンタスの方が腕は立つって知ってるんだぜ? 対戦相手をどうするつもりなんだ?」


 隣のバルダリス総督も不信感を抱いている表情だ。


「具体案を示さなかったということは、ただのハッタリなのかもしれないな。それでも無視することはできないわけだ」


 総督も腕を組む。


「現に、我々は二つの選択肢について話し合わなければならなくなった。派兵問題だけでも大変なのに、決闘についても条件面で話し合い、帝国議会に提出する文書を作成しなければならないのだからな」


 そこで総督が大きな溜息。


「まったく、面倒な相手だ」


 シプルフ通商担当が声を掛ける。


「そこは我々にお任せくだされ」


 それには何も答えない総督であった。


「あっ」


 ミクロスが何かを思い出したようだ。


「そういえば、シプルフ、お前だったよな? お前がデモンにもう一つの選択肢について尋ねなければ、話し合う必要もなかったんじゃないのか? あの野郎だって『現実的じゃない』って引っ込めてたじゃねぇか」


 シプルフが汗を拭う。


「それは、結果論であって、もっと、いい選択、そう、こちらにとって得になる話があったかもしれないので、尋ねないわけにもいかないわけで、そういうのは、言いっこなしではありませぬか」


 そこでケンタスが、わざわざ手を上げて発言を求める。


「許可する」


 特別補佐官が口を開く。


「デモン・バンクスは、我が国の政治プロセスを熟知しております。ユリス・デルフィアスが独裁者になり得ないことを、誰よりも知っている男なのです。我々に決定権がないことは、初めから承知のこと」


 モンクルスの後継者が続ける。


「大事なことは、デモンの真の狙いを知ることです。軍部に自ら提案しておきながら、我々には決闘に消極的な姿勢を見せました。しかし、そちらを選択させるのが、デモンの本当の望みかもしれません」


 ケンタスが答えを出す。


「全面戦争よりも決闘を望んでいるのであれば、厳しい条件を突きつければいいのです。あくまで主導権は我が国にあると思わせねばなりませんからね。国境地帯の領土の割譲、その条件をのむようであれば、初めから決闘が目的だったということが分かるでしょう」


 ミクロスが納得した表情を見せる。


「決闘に合意させて、汚い真似で勝とうってか?」


 総督が不安そうだ。


「普通には戦わせてくれぬだろうな」


 ケンタスが最後にまとめる。


「まずは対戦相手を知ることです。用意していないのであれば、その先の話はありませんので」


 と話し合いを終えたところで、午後の会談に臨むのだった。



 再開後も座り位置は午前と同じであった。違っているのは、クルナダ国の国王をはじめとする高官らの顔つきだ。クルナダ半島の、クルナダ国の問題なのに、まるで他人事なのである。


 ひょっとしたら、我が国とガルマ国、どちらが勝っても不利益をこうむらないように、すでに根回しが済んでいるのかもしれない。そんなことを思わせる雰囲気であった。


「キルギアス補佐官、貴官に進行を任せる」


 バルダリス総督が先手を打った。


「承知しました」


 そこでデモンに向き直る。


「バンクス閣下にお伺いします。決闘に合意した場合、その時の対戦相手をお教えください。用意されていないのであれば、検討するに値しませんので、議事録から抹消し、派兵問題について協議を進めたいと思います」


 それを受けて、デモンが不敵な笑みを浮かべるのだった。


「さすがはモンクルスの後継者。いきなり核心をついてきおったか。よかろう、どれほどの知恵者ちえしゃか試してみたが、これ以上の隠し事は無用であるな。ならば、話は早い方がよい」


 そう言って、衛兵に指示を出す。


「対戦相手を、今すぐこの場に呼んで参れ」


 その男は、すぐに現れた。


 ケンタスが、思わず立ち上がる。


 総督も、知ってる男のようだ。


 あのミクロスが、言葉を失っている。


 三人とも驚いて声が出ないのだ。


 まるで生き返った死者を見ているかのようである。


 デモンが隣に立つ男を紹介する。


「紹介しよう、ドラコ・キルギアスだ」

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