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第六話(226) それぞれの根拠

 傷みのはげしい屋根しかない馬車蔵の前で、バルダリス総督のもと、外交団が予想される襲撃に対してどのように対処するか話し合っているところだ。


 ケンタスが判断を決めかねているところ、ここでミクロスが口を挟む。


「こちらから奇襲を仕掛けるというのはどうだ?」


 提案はするが、命令しないところがミクロスらしかった。年下であっても作戦の立案に長けている者に任せるのである。


「領土に侵入しただけでは殺せません」

「じゃあ、襲われるのを待つってのかよ」

「殺すだけの法的根拠がありませんからね」

「殺されるって時に法律かよ」


 妥当とはいえない判決によって前科がついたケンタスであるが、それでも彼の遵法じゅんぽう精神は変わらないのである。


「根拠……」


 そこでシプルフ通商担当官がガレットに尋ねる。


「そもそも貴君は賊が襲撃すると、なぜ分かったのかね? その根拠を聞いていなかった」


 ガレットが答える。


「それは、この耳で計画の一部を聞いたからだ」

「聞いただと?」

「シプルフという名前も聞いたぞ」

「そんな、まさか」


 賊の会話を聞いたということは、声が聞こえるところまで近づくことができたということだ。だから全身泥まみれだったというわけだ。


「それだ!」


 ケンタスが閃いたようだ。


「ガレットが言語を理解できたということは、現地の山賊ではなく、計画性を持ったプロの暗殺者集団ということになる」


 そこで馬車に乗るバルダリス総督に向かって話す。


「ならば迷う必要はありません。共謀罪でも、こと要人を狙った暗殺は極刑に処されます。それを法的根拠とし、こちらから奇襲を仕掛ける作戦を実行したいと思います。お決めになるのは総督閣下ではございますが」


 作戦を考えるが、それを実行するか判断を委ねるのがケンタスだ。決して上官に向かって命令を下すことはないのである。


「ケンタス・キルギアス、貴君が最善と思われる策を用いよ」

「承知しました」


 それに異を唱えたのがシプルフだ。


「閣下、それは同意いたしかねます。五十の賊を相手に奇襲を仕掛けると申しておるのですよ? モンクルスの後継者ならば生き残ることは可能でございましょう。しかし、我々はどうするというのです? 賊が一人ずつ順番に戦ってくれるはずがないではありませぬか。どうか、ご再考願います」


 走るのも苦手そうなので、彼の気持ちも分からなくはなかった。


「ケンタスよ、作戦が成功する可能性はいかほどか?」

「手斧の五十ならば、一人も犠牲者を出すことはありません。作戦が忠実に守られたらの話でございますが」


 再考した総督が、改めて決断する。


「作戦内容を話せ」


 ここで粘るシプルフではなかった。交渉のプロなので、引き際を知っているのである。


「奇襲はガレット一人で行います。他の者は総督のご家族を全力で守るお手伝いをしてもらいたい。奇襲があれば、敵は本陣を狙ってくるでしょうから、その場合は私が一人残らず返り討ちにしたいと思います。いや」


 そこで言い直す。


「依頼者の名を吐かせるために数名は生かしておくつもりですが」


 奇襲を命じられたガレットが疑問を呈する。


「アタシは全員を殺せないぞ? 矢筒には三十本しか入ってないからな」


 それでも二十四本の征矢そやを携行する帝国軍の弓兵より多い本数だ。


「全員を殺す必要はない。半分で充分だ」


 三十本だから十五人だが、それでも無茶な要求だ。


「分かった。総督のことは頼んだぞ」


 それをガレットはあっさりと引き受けるのだった。

 続いてケンタスが他の者にも指示を出す。


「私が閣下をお守りするので、ミクロス隊長は奥方様の盾となってください。テオ、君はアイチャを頼む」


 それに異を唱えたのはミクロスではなく、アイチャだった。


「ケンタスがいい」


 両親に挟まれて馬車に乗っているアイチャが泣きそうな顔をしている。


「これは遊びではないのですよ」


 優しそうな奥様だが、声は厳しさを感じさせるものだった。


「ケンタスがいいもん」


 父親がモンクルスの後継者に助けを求める。


「承知しました。ご息女は私がお守りしましょう。わざわざ誓いを立てるほどの敵ではありませんので、どうぞ、お任せあれ」


 おしゃべりのシプルフが唖然としているのが印象的だった。


「それじゃあ、行ってくるぞ」


 そう言ってガレットが颯爽さっそうと森の中に消えて行くのだった。


「テオ、すまないが、縄を用意してくれ」


 何に使うか分からないが、馬車に積んである荷物の中から取り出して、ケンタスに渡した。他の者も注目して見ている。


「閣下、アイチャをお預かりしてもいいですか?」

「いいが、縄で何をするつもりだ?」

「この世で一番安全な場所にくくりつけておくのです」

「言っている意味が解らないのだが」


 そこで突然、ケンタスが背を向けてしゃがみ込むのだった。


「さぁ、アイチャ、おんぶだ」

「おんぶ?」


 父親の戸惑う顔とは対照的に、笑顔のアイチャがケンタスにおぶさるのだった。


「テオ、きつめに縛ってくれ」


 これにはシプルフも黙ってはいられない様子だ。


「正気かね?」

「身を隠せる穴がないならば、私の背中が一番安全です」

「それで応戦できると?」

「もちろんです」

「赤子ではないのだぞ?」


 僕も同意見だが、命令に従うことしかできなかった。


「担当官は私のことよりも、ご自分の身を守ることをお考えください」


 そこでミクロスが声を出して笑ったが、他の者は何が面白いのか分からない顔をしていた。


「私に責任はないからな」

「それでは有り難く、手柄を頂戴致しましょう」



 時は夕刻。

 バルダリス夫妻は馬車に乗ったままだ。

 いつでも逃走できるように。

 その周りに二十人の外交団。

 ほとんどが職員なので戦力にならない。

 警備兵は半分だ。


 ミクロスが最後の砦。

 手にしているのは手斧。

 ドラコ隊が最も得意としている武器だ。

 僕は短槍たんそう

 ジジに鍛えてもらった槍術そうじゅつ

 彼の足元に及ばないけど。


 そしてケンタス。

 手にしているのはモンクルスの剣。

 敗北の意味を知らない剣である。

 なぜか背中に三歳児。

 夕暮れ時の子守り。

 無邪気な笑顔を見せている。


 そこでアイチャが目をつぶる。

 言うことに従った感じだ。

 ケンタスが剣を構えている。

 決戦の時が来たようだ。

 四方は森だが、音で分かる。

 僕にも聞こえる、ケンタスが見据える先から。


 森の中から賊が三人現れた。

 ケンタス目掛けて走ってくる。

 三人同時攻撃だ。

 そこに自ら突入するケンタス。

 賊の顔が驚愕の表情へと変わった。

 予測不能だったのだろう。


 手斧を振り上げるも、

 振り上げた腕が胴体から離れ、

 三本の腕が地面に虚しく転がるのだった。


 腕を失くした三人が立ちすくむ。

 それも一瞬だった。

 すぐに首から上を斬り落とされたからだ。


 すぐに六人の賊が現れた。

 半包囲陣形。

 そんなものはケンタスに関係なかった。


 首を上に飛ばすか、

 下に落とされるか、

 その違いでしかない。


「ウソだろ」


 ミクロスの声だ。

 僕も信じられなかった。

 でも、事実である。


 手斧を振り上げた男が、

 腕と首を同時に切断されるのだった。

 有り得ないが、事実なのだ。


 次は八人同時に現れた。

 挟撃を狙うも、

 一振りの上下動だけで二つの首が飛ぶ。


 隙を見て本丸を狙う者もいる。

 しかしケンタスは見逃さない。

 あばらの隙間から心臓を一刺し。


 死体につまずく賊に一閃。

 手斧を正面に構える者には手首を切り落とす。

 それを踏み込んだ一突きでやってのけるのである。


 手斧を両手に持った男。

 次の瞬間。

 両腕を失った男となる。


 次も八人同時に現れた。

 しかし、誰も戦わない。

 戦わず、地面に転がった死体を見ている。


 目の前には、夕陽に染まった僕たちよりも、

 真っ赤な男。

 背中には目をつぶっている三歳児。


 一斉に逃げ出すも、

 逃げない。

 足が動かないのだ。


 八人が這いながら森に帰る。

 芋虫のように。

 誰も立ち上がることができないでいる。


 ケンタスは容赦なく殺す。

 殺す。

 そして、殺す。


 賊が死ぬ気で逃げる。

 足をもつれさせながら。

 そして、殺される。


 二人だけ足の速い男がいた。

 しかしミクロスに追いかけられて、

 順番に頭をカチ割られるのだった。


 静寂が訪れた。

 ケンタスに呼吸の乱れはない。

 なぜか見物していた職員の呼吸が荒い。


 ケンタスが耳をすます。

 森の中を見つめる。

 そこで森に背を向ける。


「気配が感じられない」


 誰も返事をしない。


「ガレットに何かあったんじゃないだろうな?」


 こういう状況で口を開くことができるのはミクロスしかいなかった。


「ちょっくら見てくるよ」


 と歩き出したところで、森の中からガレットが姿を現すのだった。


「おぅ、無事だったか」

「当たり前だ」


 ガレット・サンの何が怖いって、ケンタスですら気配を感じられなかったことである。


「他の賊はどこにいる?」

「他って何だ?」


 質問者のミクロスに不審な目を向けるのだった。


「他の賊だよ」

「ケンタスが殺したんじゃないのか?」


 そこでケンタスが尋ねる。


「ガレット、君は何人殺したんだ?」

「二十五」

「え?」

「お前が半分殺せって命令したんじゃないか」


 彼女は三十本の矢の半分ではなく、五十人いる賊の半分だと思ったわけだ。


「ケンタスは何人殺したんだ?」

「二十五だ」

「じゃあ、全員だな」


 たった三人で全滅させてしまったということだ。

 ケンタスが困り顔を見せる。


「誰に依頼されたか、かせるつもりだったんだが」

「なんで全員殺したんだ?」

「俺はてっきり矢の半分、十五人くらいだと思ったから」

「アタシのせいにするな」


 ケンタスが言い訳をするとは珍しい。


「ヴォルベもそうだが、どうして島の男はこうも命令が下手くそなんだ。半分は半分なんだから、『半分』って言ったオマエが悪いぞ」


 またしてもミクロスだけが大笑いするのだった。

 それを他の者は口を半開きにして見ているのだった。



 翌朝の出発前、森の中で死んだ賊の死体確認に付き合わされた。バラックの警備はミクロスとガレットに任せてある。


「これで二十五、間違いない」


 すでに死体には虫がいていたが、それよりもガレットの弓術の凄さに目を奪われた。


 すべての死体が首から大量の血を吹き出していることから、太い血管を正確に破いたことが見て取れたからである。


「人間業じゃないな」


 モンクルスの後継者にして、これである。


「ガレットの遠的を射抜く技術は、いつか世界を変えるかもしれないな」


 一本の矢で世界が変わる、そんなことは起こらない、と言い切れないのが、ガレット・サンなのである。



 それからバラックへと引き返して、すぐにクルナダ市へと向かって出発した。移動中は先行するガレットが安全を確かめてくれるので快適な旅となった。


 クルナダ市の隣町まで来たところで、馬に食事と水を与えるために休憩を取った。ここで馬を充分に休ませないと、かえって遅れがでるのである。


 幸いにして、我が外交団には行軍の指揮に定評のあるミクロス大隊長様がいる。新・カイドル国初代国王のユリスを無事に凱旋帰国させた実績があるが、帝国軍でも手本とされている。


「なぁ、ケンタスよ」


 総督府御用達の宿にある給水場で馬に水をりながら、一息入れたミクロスが話し掛ける。


「昨日の賊だが、何か分かったか?」


 他の者は宿で休んでいるので、この場には二人しかいない。


「荷物を調べてみましたが、身元が分かるようなものはありませんでした。ただ、武器が全部一緒、つまり盗んだ物ではなく、支給された物ですから、間違いなく雇い主が存在しますね」


 遺留品は全て押収してある。


「エルキュラ前総督の暗殺事件と同じ首謀者かな?」

女絡おんながらみのトラブルなんて話を鵜呑うのみにはできませんね」


 現地では暗殺ではなく、現地の市警は普通の刑事事件として処理したそうだ。


「コルピアスも女絡みで死んだわけだからな」

「三角貿易の関係者二人が同じ死に方をしたわけです」

「暗殺者が愛人だと厄介だな」

「だからユリスも愛妻家のバルダリス総督を後任に選んだのでしょう」


 単身赴任でもないので安心だ。


「それで暗殺者集団を送り込んできたわけか」

「それを隠そうとしませんからね」

「暗殺じゃなくて、戦争か」

「はい。もう、始まってるんです」


 クルナダ国の特使によるカグマン王暗殺未遂事件も起きたばかりだ。


「そういえば、デモンと一緒に大帝国の外交官も消えたって話があったな」

「バドリウス・ジス・アストリヌス」


 ジス家、つまりは皇帝一族だ。


「大帝国も絡んでるんじゃないだろうな?」

「その考えは排除できません」

「ったく、忌々(いまいま)しい奴らだな」

「もしも会っても、証拠がないので疑いを掛けてもいけませんけどね」


 外交非礼は相手に付け入る隙を与えてしまう。


「要人との話し合いはお前に任せるから頼むぜ」

「ミクロス隊長も市内での情報収集お願いします」


 ミクロスが大きな赤い鼻をピクピクさせる。


「ミクロス大隊長な」

「あっ、すいません」

「お前、ちょいちょい間違えるよな」

「口が覚えてくれなくて」


 それからいつものように長い説教ではなく、自慢話が始まるのだった。

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