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第四十三話(219) ビーナのその後

「マルン」


 私の名前を呼んだのはビーナだ。


「それにしても空飛ぶ円盤なんて、すごい発想よね」


 ミルヴァが住んでいた隠れ家で数々の発明品を見学しているところだ。さすがのビーナでも、重たい大釜を宙に浮かせるという発想はできなかったらしい。それでも説明すれば練習なしで飛ばせるのだから、彼女の魔法力も驚異的だ。


「ここにある化粧品とか、香水とか、衣装とか、全部変装するために自作したんだもんね」


 それを私たちも借用することで、オーヒン国の大聖堂で働いたり、オークス・ブルドンの主治医になったりすることができたわけだ。親切にもミルヴァは製造方法まで残してくれていた。


「人間界で売り出せば大儲けできるでしょうね」


 女が最初に香水を発見しても、残念ながらそういうのは男が最初にビジネスにしてしまう。それは現代の人間社会が昆虫よりも動物の世界に近いからだ。少しずつ変化するだろうけど、それもかなり先の話だろう。


「久し振りにオーヒンの丘へ行きましょうか」


 その丘とは、ミルヴァとビーナの仲が良かった時に、三人でオーヒン国の発展を見守った原点ともいえる約束の地だ。最近は庭掃除が多いということで、愛用の箒にまたがって、夜明け前の空を飛んで降り立った。


「ねぇ、ビーナ」


 ちょうどいい機会なので聞きたいことを訊ねてみることにした。


「みんなが捜しているデモン・マエレオスだけど、どこに行ったか知ってる?」


 東の海を指差す。


「息子たちと一緒に半島へ逃げたよ」

「息子って、ハンスならぺガスの結婚式に来てたじゃない?」

「違う、本当の息子ね」

「え? デモンって子どもが出来ないとか言ってなかった?」

「言ってたよ」

「だから三人も養子にしたんでしょう?」

「うん、だから全部嘘なの」


 ぜんぶ、うそ?


「デモンのオヤジが語ったことって一から百まで嘘しかないのよ。みんな騙されてたんだから。子どもが出来ないって言ったのは、実子が殺されないためでしょうけどね。それが愛する奥さんもいれば、双子の息子もいるんだもん。ワタシだってマホに教えてもらってなかったら知らないままだったんだからさ」


 マホちゃんが過去を透視してくれたのだろう。


「もっと信じられないことに、あのオヤジったら、今はクルナダ国の官邸に出入りしているのよ? しかもガルディアの外交官とつるんでいるの」


 最悪の組み合わせだ。


「カイドル帝国最後の皇帝が、オーヒン国の七政官になって、荘園の領主になったと思ったら、ハクタ国の神祇官になり、それで今度は大帝国の外務補佐官になったんだもん。あの男ほど激動の人生を送ってる人もいないよね」


 舞台化されたら、どんな一代記になるのだろう?


「しかもあのオヤジが関わった国って必ず滅亡するか、戦争に負けるかしてるのよね。カイドル帝国に始まり、オーヒン国とハクタ国が揃って負けたじゃない? それでアイツと関わりのないカグマン国が勝つんだから、確実に疫病神よね」


 それでいてデモンだけが出世するのだから、おかしな世の中だ。


「でも、その疫病神に憑りつかれた国は、負けることで新しく生まれ変わることができたから良かったともいえるし、どう評価していいのか分からなくなるのよね」


 私の中では、ただの嘘つきオヤジだ。


「ということは、ガルディア帝国も滅亡しちゃうっていうこと?」

「いや、あのオヤジにそんな力あるわけないでしょう?」

「でも、毒が回るのは確かだよ?」

「いや、流石にね」


 と言いつつ、ビーナもジンクスを否定しきれない様子だ。デモンはまだ五十代半ばなので、健康ならば十年から二十年は現役でいられるはずだ。それだけの時間があれば、帝政の中枢に近づくことも充分に考えられる。


 デモンによって大陸の歴史が変わるなんて、それが「なくはない」と思わせてしまうところがデモンの怖さだ。ひょっとしたら世界史の中でも、もっとも重要な人物になってしまうのではないだろうか? デモンの死に様が気になるところだ。


「ねぇ、ビーナ」


 沈黙が続いたので話を変える。


「酔っ払いのオークス・ブルドンを国王にしても大丈夫だったの?」

「ゲミニのオヤジが天下人になるよりマシでしょう?」


 確かに。


「息子のゲティスはどうなったの?」

「ユリスは約束を守ったわよ」

「一緒に殺されなかったということね」

「今は旧・コルヴス領の教会にいる」


 それと、もう一つ気になることがある。


「ケンタスがデモンのいる半島に赴任するけど、大丈夫かな?」

「大丈夫よ」


 そうは言うけど不安だ。


「戦争にならない? 大陸に張り合うように帝国府を開いちゃったし」

「帝国には帝国で対抗するしかないから、それはそれで間違いじゃないの」


 言葉の違いでしかないのに、侵略を目論む大国と対等に渡り合うためには、意地でも帝国府を開かなければならなかったというわけだ。植民地にされてからでは遅いわけで、そういう意味では、島の統一を急いだミルヴァも間違っていなかったのだ。


「半島ではなく、大陸との戦争になるの?」

「それはどうかな?」

「ならない可能性もあると?」

「半島の戦火が飛び火するかどうかってところよね」


 全面戦争にはならないということだろうか。


「だったらユリスが生きているうちは安泰だ」

「それも違うのよね」


 ビーナが説明する。


「大陸には他国の中枢に入ることを目的とした仕事が確立されているから、実は全面戦争ってあまり起こらないのよ。あったとしても、それを口実に抵抗勢力を壊滅させることが真の目的だったりするの」


 内部侵略だ。


「だから国民が知らない間に侵略国の一部になっていたりするのよね。自分たちは自立した独立国だと信じているけど、裏では原住民の土地を奪って、挙句の果てには戦う必要のない現地人同士で殺し合いをさせるわけ。それで新しく作られる都が大陸の帝都とそっくり、なんてことが世界中の至る所にあるんだもん」


 支配するのにわざわざ自分で戦う必要はないというわけか。


「それも自然の猛威と考えれば仕方がないんだけどね。だって病原菌や寄生虫に文句を言っても意味がないでしょう? それはもう、自然界に存在するものとして諦めるしかないの。病原菌や寄生虫だって、生き残るために必死なんだもん。ワタシたちから見れば、そこに大差はないものね」


 虫の世界で起こることは人間の世界でも起こる、それが自然だ。


「どうして人間は世界を一つにしようとするのかな? 世の中には全部同じにしないと気が済まない人がいるみたい。そのくせ同じ口で『真似はよくない』と言ったりするのよ? 世の中には変わった人や変わった国があった方がおもしろいのにね。全部同じにするなんてもったいないよ」


 ビーナにとって現実は舞台と同じだ。


「ユリスのように規範となる渡来系カグマン人もいれば、ドラコやケンタスやジジのような原住民もいる。原住民との混血のヴォルベや、半島系のミクロスやブルドン王とか、そういう人たちがいてもいいの。いてくれた方がお芝居における配役も幅が広がって面白いに決まってるんだから」


 ルーツは違えど、この島の住人もやがては単一化されていくだろう。それでも、その時代ごとに渡来人による侵略の恐怖はあるわけで、そこで島の独自の文化を守ることは決して悪いことではない、と言いたいわけだ。


「ただ、人類には共通の価値観を共有する必要がある時代というのもあって、どうやらそれが現代らしいのよね。地球規模で考えれば、これも従来の考え方に統一しようとする流れに逆らう大事な行動なの」


 ガルディア帝国は世界を太教に染めようとしている。


「だから世界征服とか、世界統一に手を貸すのではなく、『世界を一つにしましょう』という合言葉を完全に否定する、そんな新しい価値観を提示してあげられる存在が待たれているというわけね」


 古くから救世主の登場が予言されている。


「そして、その救世主は、この島から生まれると思う」


 それはビーナが望んでいるだけのような気がする。


「新しい命を生み出せるのは女だけだから、救世主は間違いなく女。今は誰か分からないけど、その救世主を見つけることができるのはケンタスしかいないと思う」


 残念ながらミルヴァではなかったということだ。


「だからワタシはケンタスと一緒に旅に出る。世界征服のためではなく、ガルディア帝国に世界征服をさせないために大陸へ渡るの」


 ミルヴァが残してくれた変装道具があれば何にでもなれる。


「まずは半島に行きましょう。思い切って敵陣に潜入するのも悪くないかもしれない。戦争だけは回避させたいもんね」


 そこで思い出す。


「その前にぺガスの結婚式に行かなくちゃ」

「え? もう終わったんじゃないの?」

「キルギアス領の教会で身内だけで式を挙げるんだって」


 ということで、ビーナの箒に跨って移動した。

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