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第三十九話(215) ヴォルベのその後

「ヴォルベ」


 僕の名前を呼んだのは従弟のフィンス・フェニックスだ。僕たちは今、カグマン国の王宮内にある王の間で再会を果たしたばかりだった。この場では母君のフィン王妃が座る椅子すら存在しないのである。


 夏に会ったばかりだけど、玉座に座る彼の姿を見たのは初めてだった。彼の前で膝を折り、そうして見上げたフィンスの誇り高くも気高い表情を見ることこそ、僕が子どもの頃から待ち望んでいた光景だった。


「ご苦労だったね」

「陛下の御為に奉じることができ幸せを実感しております」

「貴君の働きはすべての公僕にとって良き手本となるでしょう」

「それ以上に価値のあるお褒めの言葉は他にございません」


 そこで警備兵に指示を出す。

 運んでもらったのはフェニックス家に代々伝わる三種の神器だ。

 それが実に五十年振りに全部揃ったとのことだ。


「デルフィアス宰相閣下からお預かりした物を陛下にお返しいたします」

「確かに受け取りました」


 周りの衛兵たちにとっても感慨深い瞬間だったようだ。

 フィンスが主席補佐官でもある父上に指示を出す。

 父上が宮中に響き渡るような声で号令を掛ける。


「これより即位の儀を執り行う。全員準備に取り掛かれ!」


 僕も宮内の教会へ向かった。



 即位式は滞りなく執り行われた。これでやっとフィンスは正式にカグマン王になることができたわけだ。子どもの頃の夢が大人になる前に叶ったので簡単なことのように見えるけど、実際は奇跡の連続だったように思う。


 偶然は神様にしか起こせないけど、奇跡は人間にも起こせるということだ。ユリスにしても、ハドラ神祇官にしても、ドラコにしても、志を持つことから始まったのだ。そして、身分を問わずに同志と呼べる者を集めることができたから勝てたのだ。


 成功のヒントと呼べるようなものがあるとしたら、その二つを挙げておきたい。では、人の心を動かすにはどうしたらいいかというと、やはり情熱しかないと思う。僕たちには執念にも似た、命知らずの情熱があった。


 だからこそ、敗れた者を笑うことはできないのだ。彼らにも執念に似た情熱があり、どちらが勝っていてもおかしくはなかったからだ。他人を笑うのは戦わない人たちなので、そんな奴らと同類にはなりたくないので、僕は挑戦者や敗北者を笑わない。



 次の日、僕たちは改修中の見張り塔に上って、二人きりで夜明けの時を過ごした。正式に騎士の称号を授与されたので、警護官として堂々と付き添うことができた。おそらく一人で百人の敵襲を次々と全滅させたことが効いたのだろう。


「ぼくは皇帝にならないよ」

「なんだって?」


 フィンスがユリスからの皇帝即位の打診を辞去したので驚いてしまった。


「ならないというより、なれないんだ」


 従弟が説明を続ける。


「カグマン国には王政の他にも院政があるのは知ってるでしょう? そちらの方が大きな力を持っていて、それがどうも、ぼくたちが考えていた以上に強大なんだ。諸外国と独自の交易ルートを持っていたり、高官同士で婚姻関係を結んで人材交流を行っていたり、とにかく把握しきれない問題が多い」


 だからユリスはその上に帝国府を開いたわけか。


「アミーリアという年配の修行者がいて、その人が他国の要人を積極的に紹介していたらしいんだけど、戦争に負けた途端に姿を晦ましてしまったんだ。消えたデモン・マエレオスと共謀していたんじゃないかっていう噂もあって、実際にデモンが信頼していたクルナダ国の特使と懇意にしていたらしいからね」


 カグマン国も修行者が暗躍していたということか。


「ただ、修行者の中にもアニーティアという素晴らしい功績を立てた人もいて、ほら、サグラ港に大型船を入港させたのが彼女だから、別に大陸からきたすべての修行者が悪いわけではないんだ。その姿を消したアミーリアにしても旗色を見ていなくなっただけで、やっていることは外交面で有益なことばかりだったからね。外国にはその土地でしか手に入らない物があるから、やっぱり彼女を否定することはできないんだ」


 とはいえ、修行者からなる組織の影響力の大きさは無視できない点だ。


「だから、ぼくの一生は院政の再編に費やされるだろうから、とてもじゃないけど、帝国府で仕事をするなんて無理なんだよ。ヴォルベにも手伝ってもらうけど、ひょっとしたら、これまで経験してきた以上に大変なことになるかもしれないよ? ヴォルベはオーヒン国でスパイ活動をしていたけど、今度はぼくたちに近づいてくるスパイを見抜かないといけないんだもの」


 抵抗勢力との戦いが始まるわけか。


「そういうわけで、とてもじゃないけどユリスの要望には応えることはできないんだ。また、ぼくが貴族院を掌握することで、それで初めてカグマン国が平定されるわけで、それがユリスの助けにもなるだろうからね。だから、ぼくは皇帝にはならない」


 現実的な判断だ。


「その選択を僕は支持するよ。同時には無理だろうからね。一息ついて、これで終わった感じがしているのに、実はこれからが大変なんだよな。それは僕たちだけじゃなく、どこも同じように大変なんだ」


 見晴らし塔からハクタ国の方に目を向ける。


「ランバ・キグスとも話したけど、ハクタ国はこれから海賊たちとの本格的な戦いが始まるんだ。それが海の上で戦うだけなら大したことではないけど、海賊を支援しているというか、海賊を利用して利益を得ている役人や商人がいるから大変だと言っていた。コルピアスと繋がりのあった組織を洗いださなければいけないから、証拠固めが面倒なんだ」


 捜査にはカグマン国やオーヒン国との連携も必要だ。


「その海賊対策のために、ユリスはリアーム・キンチ将軍をハクタの国王にしたと思うんだ。といっても、決め手はご子息のレオーノ大将が僕たちに協力して、オーヒンとの戦いで自ら前線を率いて戦ったのが高く評価されたんだけどね。ユリスは名家に生まれたという理由だけでは信用しないけど、勇気がある者はきちんと評価するんだ。行く行くはレオーノ大将がハクタ王になるかもしれない。それが最善であると分かっているけど、理解はしているんだけど、僕は少しだけ悔しい気持ちがある」


 僕が勝手にライバル視しているだけだが。


「カイドル国はハトマというガタ族の女酋長が国王になった。僕はユリスのままでも良かったんじゃないかって思うけど、やっぱり北方地域をまとめるには時間が掛かるみたいなんだ。州都長官として実際に赴任したユリスが決めたことだから、実感として難しいと判断したんだろうね。彼女に任せた上で、北方地域を統治できる人材を育てていくという方針らしい」


 名家は一日にしてならず、という言葉もある。


「ユリスはソレイン・サンの働きを評価していて、彼を部族側の代表者に決めたんだ。北方地域には十以上の異なる部族がいて、ハトマにしても西海岸の三豪族をまとめるだけでも精一杯だって言っていたからね。残りの山岳地帯や極北地域の部族らが住む地域の管轄をソレインが受け持つというわけさ。といっても、彼らには独特の風習があるから、交易品の関税くらいしか干渉できないだろうけどさ」


 話す言葉も違うので、時間を掛けて融合していくしかないというわけだ。


「ユリスがカイドル国の国王を退位した一番の理由は、それよりも大変な仕事がオーヒン国に山積しているからだろう。海の向こうのガルディア帝国が、東方のウルキア帝国から離れ、大陸の中心に帝都を遷したのも、そうならざるを得ないという、人間の自然的な行動の現れなんだと思う。つまり中央集権という明確な意思を持っていたわけではなく、人間社会の構造上、必然的にそうせざるを得なかったということなんだ」


 利便性に流されたという自然現象だと、僕は考える。


「オーヒン国に大聖堂を建てた初代ブルドン王は『神の声』を聞いたというけれど、それは作り話だとしても、狙いは完璧で、まさに先見の明があったと認めざるを得ないんだ。『神の声』が本当だとしたら、僕たちは初代ブルドン王ではなく、声の持ち主である、まさしく神そのものに感謝しなければならないだろう」


 昔よりも神が身近にいるように感じられるのは確かだ。


「中央集権では都市部と地方の格差で思い悩むことになるけど、まずは中央に都を置いて、一つになることが重要なんだ。価値観をすり合わせることで大きな戦争をなくすことができるからね。といっても、その価値観を共有させるのが大変なんだけどさ」


 そこでケンタス・キルギアスのことを思い出した。


「ははっ、それをケンタスは地球規模で行おうとしているんだ。それで大陸に渡ると言っている。僕らとはスケールが違いすぎるんだ。彼を従者にしようとしていたけど、あれは間違いだったね。僕たちの冒険時代は終わってしまったけど、彼の冒険はこれから始まろうとしているんだから」


 舞台のお芝居にたとえるならば、幕が下りればそれでおしまいだけど、ユリスや僕たちには、これから舞台映えしないような地味で何の面白味もない仕事が続いていく。人生のハイライトがいつ訪れるかなんて誰にも分からないということだ。


 でも、ケンタス・キルギアスにとっては違う。これだけ目まぐるしいほど世の中が変わったというのに、それですら彼にとっては物語の序章にすぎないのだ。ケンタスの一代記は、ひょっとしたら人類にとってのハイライトになるかもしれない。



 人生のハイライトで思い出したけど、僕にはどうしても実現させなければならないことがあった。それはエリゼとの結婚だ。しかし、それには大きな問題があった。それは彼女がレオーノ・キンチ大将という許婚がいるという事実だ。



「お時間を取らせて申し訳ない」


 その彼が、どういうわけか僕が暮らしている首都官邸を一人で訪ねに来たのだった。本来ならば護衛付きであるはずが、この日は外に待たせて、僕と一対一で話したいというので、そういうことならばと、誰も招いたことのない私室へと通したわけだ。


「たった今、ハドラ領から久し振りに王都に戻ってきたばかりで、夜分に押し掛けては迷惑になることは承知していたが、どうしても貴君に、いや、失礼した。貴官に話しておかなければならないことがあるので、こうして参じたわけだ」


 住み始めたばかりなので何もないけど、椅子とテーブルはある。


「どうぞ、まずはお掛けください」

「それでは失礼して」


 軍服姿のレオーノ大将は、まだ負傷した足が癒えていないようだ。


「今日はどういったご用件でいらしたのですか?」

「ハドラ領へ行って、本日付でエリゼとの婚約を解消してきた」


 本題から入る好感の持てる男だ。


「これで貴官は私に気兼ねなく彼女と結婚できるはずだ」


 こんなにも都合よくいくものだろうか?


「それを伝えにわざわざおいでくださったわけですか?」


「名誉のために誓って言うが、私はハドラ家が領主を失ったから婚約を解消したわけではない。ダリス猊下は救国の英雄であり、亡くなられたからといって、裏切るなど有り得ぬからな」


 国は違えど、今の彼は僕と同じ帝国府の人間だ。


「貴官がエリゼに好意を抱いていることは以前から知っているが、それも解消した理由ではない。エリゼは譲る譲らないだのと、そういった対象ではないのだからな。私は、私の意思で婚約解消を願い出たのだ」


 これは神のイタズラだろうか?


「それはまた、どういった理由で解消されるに思い至ったのでしょうか?」


 レオーノ大将が負傷した足をさする。


「キッカケは、この怪我だ。戦場でこの足に包帯を巻いてくれた女性がいて、修行者なので顔を布で覆っていたが、目を見た瞬間、私は恋をしてしまった。『痛みが消えてなくなるから』とおまじないをしてくれたのだが、そのおまじないはさっぱり効かぬのだ。しかし、危険を顧みず、治療をしてくれたことで、私はその女を捜そうと心に決めたのだ」


 修行者ということは、やはり神の使いに違いない。

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