第三十七話(213) マクスのその後
「ジジ」
僕の名前を呼んだのは裁判長のユリス・デルフィアス陛下だ。半円形の劇場では今まさに『大法廷』が開かれており、その舞台の上に設置された証人席に僕が呼ばれて、これから被告席に座るハクタ国・元国王のマクス・フェニックスについて質問を受けるところだ。
「それでは貴君がハクタ国の奇襲攻撃を知り得たのは、被告から情報を入手したからということで間違いないと?」
証言台で発言を行う。
「はい。二人きりで話す機会を得まして、それで被告人の方から自発的に教えていただいたのです」
裁判では言葉の微妙なニュアンスの違いを正確に伝えることが重要だ。
「しかし開戦前に、それほど重要な情報を敵国の兵士に教えるというのは、にわかに信じがたい行為なのだが、正直、私としても貴君の証言だけを基にして信じるというのは難しいところだ。貴君の上官であるテレスコ長官からも被告の恩赦を求める書状を受け取ったのだが、それが法廷においては証拠になり得ぬことは言うまでもなかろう。誰か、他に、その場にいた者の証言があればよいのだが」
正直に答えるしかない。
「マクス被告は、私だけに教えてくれたのです」
「なぜ、貴君だけに伝えたと?」
「被告は私のことを『友達』だと言ってくれたのです」
そう言うと、今まで静かだった傍聴席で笑いが起こった。
その笑い声が収まらない。
五千人近くいるので、収拾がつかない状態だ。
裁判長のユリスが木槌を叩く。
するとピシッと静まり返るのだった。
「被告が貴君に『友達だ』と言ったと?」
マクスが僕を見て下手クソなウインクをしている。
「はい。被告と私は生まれも育ちも違います。フェニックス家のお世継ぎでしたので、本来ならば言葉を交わすことすら憚られる者同士でございます。その上、ハクタ国の国王に即位されたことで、国籍まで変わってしまいました。それでもマクス被告は、みなしごである私のことを『友達だ』と仰ってくださいました」
集団に紛れて野次を飛ばす者がいた。
「戦争が起こり、ハクタ国が敗れれば、ご自分の命がないことくらいは、分からぬはずがございません。それでも被告は、友達である私の身を案じ、ご自分よりも、こんな私の命を、身寄りのない私の命を、助けてくれたのです」
傍聴席で笑っている名を知らぬ人に聞いてほしかった。
「それで、どうして笑えるというのですか? 私には、自分の命を犠牲にしてまで助けてくれる友達がいるのです。どれだけの人が、たった一度の人生で、それほどの友達を得ることができるでしょうか? 地位や名誉や財産などは、一人で得ることも可能ですが、友達だけは、一人では得られぬのです。私には何もありませんが、たった一人、マクス・フェニックスという友達がいます。それは玉座から被告席に身を落とそうとも、その関係は終生変わることはありません」
生意気にも癪に障るような証言をしたので野次が酷くなってしまった。それでもめげることがないのは、マクス王子が笑顔でいるからだ。処刑されるかもしれないというのに、そんな顔をしているものだから、僕も笑わずにはいられなかった。
「静粛に」
ユリスが木槌を叩く。
「ジジ、貴君は余の大切な部下だ。そして誰よりも誠実であり、信頼を置いている。入手した情報を貴君が報告すれば、モンクルスの一番弟子であるエムル・テレスコと同様に、私も貴君の情報を信じて、それを基に作戦を立てただろう」
最大級のお褒めの言葉だ。
「しかしマクス・フェニックスによる情報漏えいは、れっきとした利敵行為であり、ヴォルベ・テレスコとランバ・キグスの連携による咄嗟の気転がなければ、多くの自国民を死に至らしめていたことも確かだ。国王とは特定の友人を助けることよりも先に、国民のことを一番に考えなければならない。そうでなければ、国のために戦った者たちも浮かばれないではないか」
そこで傍聴席から万雷の拍手が起こるのだった。
「だが、ここはハクタの法廷ではない。結果だけを見れば、被告のもたらした情報によって南部の再統合が実現し、それによって北部の侵攻を防いだのも事実である。その功績を条件付きで認めるとしよう」
傍聴席の反応を見るに、賛否ある判決のようだ。
「その条件とは、紛失した三種の神器の一つである『金印』の返還だ。被告の母親であるオフィウ・フェニックスが所有しているとの話だが、王宮から持ち出したことは認めたが、現在はどこにあるか分からぬと申している。その紛失した『金印』を返還することができたら、恩赦を与えることとする」
そこで被告席に問い掛ける。
「被告は『金印』がどこにあるか知っておるか?」
マクス王子が立ち上がって答える。
「その、『きんいん』が何のことか分かりません」
その答えに傍聴席が爆笑した。
ユリスが木槌を叩く。
それから陶器の置物を取り出した。
その置物を手で摘まんで掲げる。
「これは私がヴォルベ・テレスコに指示をしながら作らせた陶器製の『金印』だ。これに似た金でできた置物を捜している」
「あっ!」
思わず叫んでしまった。
「ジジ、どうした?」
「知ってます」
「なに? 『金印』を見たというのか?」
「はい。ゲームの駒です」
「駒だと?」
間違いない。
「はい。僕はよくマクス王子と陣取りゲームをして遊んでいたんですけど、その時に使っていた『王様』の駒が金製で、それとそっくりな形をしていました」
印字の面を下向きに使っていたので印鑑だとは思わなかったわけだ。
「それは今、どこにある?」
「ゲームの道具は新王宮のおもちゃ箱に仕舞ってあると思います」
ユリスが隣席に座る補佐官代理に確認する。
「そのおもちゃ箱はどこにある?」
「被告の所有物はすべて王城にて保管しております」
「今すぐ確認するように」
補佐官代理が動く前に、舞台袖で傍聴していたミクロスが走り出していた。
王城とオーヒン市内にある『大法廷』を往復するのに半日以上は掛かるはずなのに、ミクロスはその半分以下の時間で戻ってきた。休廷中だった傍聴席にも、再び人が集まり、開廷時よりも立ち見が増えていた。
「静粛に」
ユリスが判決を読み上げる。
「主文、被告マクス・フェニックスによるカグマン王国領への侵攻作戦への関与は認められず、デモン・マエレオスを首謀者とする一派による謀反の疑いが濃厚なため、よって被告の軍事行動への責は問わないものとする」
ここでも賛否ある反応だ。
「しかしながら、ハクタ国を統治する国王としての重責は免れず、国家、及び国民を代表し、戦犯として刑罰を科すものとするが、国宝の返還に速やかに応じたため、王家への敵意がないことを認め、情状酌量の余地ありと見做し、減刑により、判決は家名の放棄、及び終身刑とする」
賛否ある反応だけど、拍手が多いのは人徳ではなく人柄だろうか。
「受刑者の流刑地だが、セトゥス領改めキルギアス領の領内に収監されるものとし、終生領外への立ち入りを固く禁じる。尚、領主である故ドラコ・キルギアスの特別縁故者として、ジジを被相続人とし、併せて刑務官の任を命じる故、ここに騎士の称号を授与する。服務規程や予算については、また場所を改めて説明するとしよう」
そこでユリスがマクスに問う。
「これで文句はあるまいな?」
マクスが真顔で問い返す。
「どういうことですか?」
その言葉に傍聴席が笑いに包まれた。
「ジジが君の世話をするということだ」
マクスが拳を振り上げる。
「やったぜ!」
その姿に会場が笑顔に包まれた。
僕はやっぱりこの人が大好きだ。




