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第二十九話(205) ぺガス、オーヒン国へ向かう

 他の北方部族とは交わらぬサホロ族の集落にお世話になることで、地面が凍り付く冬場を何とか凌ぐことができた。まるで別の世界に来たかのように感じたけど、紛れもなく同じ島の人間なのだ。


 春までという約束なので、芽吹きを合図にサホロ族の人たちに別れを告げた。ミクロスは誰とでも仲良くなれるので、カタコトで会話をしながら部族民と楽しい日々を送っていたけど、俺には寒すぎたので、もう二度と行くかと思った。



 それから新生カイドル国、といってもすでに世間では滅んだことになっているけど、そのカイドル国の都には戻らずに、オーヒン国から北に歩いて十日の距離にあるという、廃領となった旧、荘園地に身を隠した。


 集落というのは、人が住んでしまえば簡単に根付くものではなく、軽い災害が起きただけでも荒れ地に逆戻りしてしまうものらしい。この廃領となった土地もフェニックス家で代替わりが起きて、三国に分割してから廃村になったそうだ。


 あえて道は舗装しなかった。昼間に火を熾すのも禁止だ。とにかく誰にも見つからないように身を隠すことを心掛けた。空き家となった領主の家に潜伏して、そこでオガ族を利用したハクタ国の動きを監視しようというわけだ。



 村の生活が落ち着いた四月下旬、ユリスが俺とミクロスとルパスの三人を邸に招いた。ルパスというのはミクロスが特に気に入っている足の速い男だ。三人揃って呼ばれるということは、本格的に始動することを意味していた。


「そこに掛けてくれ」


 邸に行くと客室に案内されて、ユリスに椅子を勧められたので六人掛けのテーブル席の片側に並んで座った。ユリスはその向かいの席に着いた。室内にいるのは俺らの他に代理の補佐官だけだ。その補佐官がユリスの隣に座った。


「先ほどジェンババから最新の伝令が入った。やっと諜報活動を行う許可が下りた。ただし、四人以上での行動は厳禁だ。だから君たち三人にお願いしたいと思う」


 予想通りだ。


「さらに、かつての仲間に会うことも避けるようにとのお達しだ。これは存在を明かさない意味もあるだろうけど、又聞きによる伝言ゲームのような情報収集は原則として止めてもらいたいという意味もあるのだろう」


 ジェンババには『目で確認したものだけを報告しろ』と怒られたことがある。それと曖昧な数の報告を異常に怒るのだ。十の位どころか、一の位まで正確な数字を求めてくるので、そんな些末なことで怒鳴られるので、俺はもうジェンババのことが嫌いになっていた。


「それと、ソレインが軍隊長として我々と部族民との混成部隊を率いてくれることになった。最大兵数が五万で、それを私の合図でいつでも動かせる状態にしてくれている。だから、後は君たちがもたらす情報に懸かっているというわけだ」


 久し振りに走り回れるのでミクロスが嬉しそうだ。


「君たちの健闘を祈る」

「オレたちに任せてください」


 ミクロスが三人を代表して答えた。


「そうそう」


 最近、田舎生活を続けているせいか、ユリスの表情が穏やかだ。


「ロオサが肉料理を作ってくれたんだ。旅立つ前に食べていくといい」

「おっしゃ! やったぜ」


 ミクロスがはしゃいだ。彼はアネルエ王妃に対しては警戒心を抱いていたけど、ロオサに対しては好意的だった。デモン・マエレオスの紹介というのが気に入らないだけだったのかもしれないけど、俺にはその二人の違いがよく分からなかった。


 むしろ陛下に刃を向けたロオサの方が危険人物のように思えるし、ユリスの邸でご馳走をいただく時は常に毒が入っていないか気になってしまうのだ。それに比べてアネルエ王妃は本当に優しい女性だったので、どう考えても理解できなかった。



 その日の夜、長旅に出る前日ということもあってか、ミクロスが真面目な話を語り始めた。場所は俺たちが間借りしている民家の居間なので、他には雑魚寝しているルパスしかいなかった。つまり俺はミクロスの深酒に付き合ってあげているというわけだ。


「要するにだな、ユリス・デルフィアスは、こんな寂れた廃村でいつまでもコソコソと隠れなければならねぇお人ではないんだ。なんたってユリスは百万年に一人、現れるか現れないかのお人だからよ。ユリスの何がすごいかって、オレ様を隊長に抜擢したところよっ」


 話が大袈裟なのはいつものこと。


「でもな、真面目な話をすると、オレのような身元が不確かな奴隷出身を、誰が隊長なんかにするかよ。ドラコと違って、先祖から譲り受けた土地もないんだぜ? 担保がなくても、ユリスはオレを隊長にしてくれたんだ。そんなこと、一千万年経っても起こるかよ。ねぇんだよ、ねえの」


 十年勤め上げれば騎士の称号が授けられるかもしれないし、そうなれば護衛官として側に仕えることができるかもしれない。そうなれば一応は下級貴族と呼ばれるようになるわけだ。


「一度くらい貴族の女とヤッてみてぇよな、チキショー! ランバの野郎めっ! あの野郎だけ上手くやりやがって。しかもデモンの娘だぜ? どうかしてるんじゃねぇのか? オレは羨ましくねぇからな。羨ましくねぇったら、羨ましくねぇんだ、バカ野郎!」


 そう言って、なぜか酒を飲みながら涙を流すのだった。


「しかし、ハクタは敵だ。完全な敵国だからな。オガ族との武器密売に関する歴としたとした証拠があるんだ。ランバの野郎め、オレたちを殺そうとしやがったんだ。デモンと一緒にぶっ殺して、一緒の棺桶の中に寝んねさせてやんよ」


 ランバが密輸に関わった証拠はなかったはずだ。


「何が副隊長だ。ドラコが死んだ年に結婚するかフツー? しねぇだろう。どういう神経してんだろうな? 結婚したってことは、めでたい気持ちがあったってことだからな。しねぇよ、しないしない。オレだったらそんな気にならねぇもん」


 しかし『貴族の結婚』は『仕事』と同義だったりするので何とも言えないところだ。


「ランバの野郎め、あのおっさんだけ毎日うまいもんを食ってるんだぞ? 側には可愛い召使いがいてよ? ケツなんか触り放題なんだよ。チキショー! オレ様は許さねぇからな。いま座ってる席を、オレ様がそのままいただくんだ」


 ミクロスは思い込みが激しいので抑え役が必要のようだ。


「よし、目標が見えたな。ハクタの魔女と手を組んだデモンは悪魔も同然だ。ランバも悪魔と契約した以上は、こちらも全力で戦わないといけない相手だ。オレたちの手でハクタを取り戻すんだ」


 そこで寝ているルパスを足で揺さぶり起こすのだった。


「よし、手を合わせろ」


 ルパスが朦朧としながら手を合わせる。


「いいか? オレたち三人は仲間だ。この先、どんなことがあっても、この手を離すんじゃねぇぞ? 裏切りは許さねぇ。これからどこに行くにしても三人一緒だ。どんなものでも、この三人できっちり三等分するからな。忘れるんじゃねぇぞ?」


 翌朝、三人での旅が始まった。



「なぁ、ペガスよ」


 オーヒン港が見える浜辺に到着した五日目のことだった。


「悪いけど、お前はここに残れ」


 突然の戦力外通告だった。


「オレやルパスとお前では走るペースが違いすぎるんだわ。もうちょっと走れると思ったけど、完全に見込み違いだったな。これだとお前も、オレらに迷惑を掛けてるんじゃないかと思って、申し訳なくなるだろう? だからオレの方からクビにすることにした」


 どこに行くにも三人一緒って言ってたはずだ。


「悪く思わないでくれよな。仕事には納期ってものがあるんだ。きっちり仕事を上げないような奴は、どこに行っても通用しねぇ。ましてや戦争が起ころうとしてるんだ。悠長にテメェの成長なんか待ってられねぇよ」


 三人できっちり三等分するって言ったはずだ。


「しかしな、半日走った程度でバテるんだったら、自分の方から仕事を断らなくちゃダメだ。こっちはお前が断らないから、『おっ、できるのか?』って期待しちまったもんな。本当は初日の段階でクビにしたかったんだよ。でも、本気を出してないだけかと思って様子を見たが、だが、お前には『本気がない』って、分かっちゃったんだよな」


 いやいや、半日走りっ放しで、しかもそれが五日連続。歩いて十日の行程を、半分の日数で走破したというのに、どうしてそれで責められているのだろうか? 俺の脚力だって常人以上だ。


「とりあえずオレとルパスでハクタに行くから、お前はオーヒンで適当に調査してろ。ほら、お前は敵兵の数をかぞえたり、武器や防具について調べたりするのが得意だろう? そういうのを自分で考えて報告をまとめろ」


 一番危険で嫌な仕事を押し付けられた感じだ。


「ただし絶対に見つかるんじゃねぇぞ? 見つかってもオレたち知らねぇからな? お前もペラペラと喋るんじゃねぇぞ? 滅亡したカイドルの元兵士とか言って誤魔化せばいいんだ。誤魔化せないようなら自決しろ。何があっても知り合いのところには行くなよな」


 ユリスは『自決しろ』とまでは言わなかったはずだ。



 それから三ヶ月の間、俺はミクロスとユリスの連絡係となり、隠れ家とオーヒン国の間を何度も何度も繰り返し往復した。それ以外の時間は司令部のあるコルピアス領に潜入して、敵軍の兵数を調べることに費やした。


 軍師ジェンババによると軍部が発表する兵数は当てにならないらしい。オーヒン市民ですら百万の兵力があると信じる者もいれば、その半分もいないと反論する者もいる。要するに民兵をどこまで含めるかで数値が変わってしまうということだ。


 実際に日頃から訓練を積んでいる兵士の数は、俺が調べた限り、というよりも七月の上旬に全軍による決起集会のようなものがあり、その時に十一万の兵士がきれいに整列しているのを確認することができた。


 これは人口比で考えたら異常な割合だとユリスが言っていた。戦争を仕掛けるために計画的に増やさなければ達成できない数値だとも分析していた。それが七月の下旬に現実のものとなったので、もありなんというわけだ。


 ミクロスがユリスと話し合うということで、俺も一緒に潜伏中のラパッド領に向かった。そこはオーヒン国から歩いて三日で行ける距離にあるフェニックス家の荘園地で、そこに七月二十五日現在、五万のカイドル軍を駐留させているというわけだ。


 領主のジローム・ラパッドにとっては、一世一代の大博打だったそうだ。ハクタ国のマクス国王に誓いを立てていたので反旗を翻したということになる。それでもユリスの説得に応じたのは、オーヒン人に対して思うところがあったからだそうだ。


 ちなみにラパッド領の領主は新生カイドル国が滅亡したことを知らなかった。浮世離れしているわけではなく、半年前の出来事というのは、そう簡単に伝わるものではないからだ。というより、未だに旧・カイドル帝国が健在だと思っている人も少なくないのだ。


 というわけで、会議を行うラパッド邸の客室にはユリスと代理の補佐官とソレインとミクロスと俺の他には室内警護の六人しかいなかった。ミクロスの相棒のルパスはハクタ国で張り込みを続けているらしい。


「つまり、どういうことかというと」


 ミクロスが報告をまとめる。


「ハクタ国やオーヒン国は戦争の準備を進めているというのに、カグマン国は、まさかハクタ国が攻めてくるとは思っていないんですよ。八月一日に動きがありそうなのに、のん気に記念式典を開くんですからね」


 味方だったハクタ兵と戦争をするなど、俺も未だに信じられないでいた。


「ただ、ただですよ? オレたちだって、まさかオガ族が攻めてくるなんて思わなかったわけですから、人のことは言えませんよね」


 そこでミクロスが赤鼻をかく。


「これってやっぱりドラコが言っていたように、ハクタ国とオーヒン国の二つの国を行き来しているスパイがいるんですよ。じゃなきゃ、ここまで連動した動きを見せるって有り得ないですもん。しかも閉鎖的なオガ族まで巻き込むことができるって、相当前から潜入してたか、よほど大きな組織が背後にあるんじゃないかと思うんです。大陸産の油を大量に、しかもそれを秘密裏に仕入れることができるって、それだけでもスゴイことですからね」


 その巨大組織の正体を知ったためにドラコは消されたというわけか。


「しかも、その組織の厄介なところはハクタ国とオーヒン国の、そのどちらが勝ってもいいように、同じだけの賭け金を張ってることなんすよ。絶対に勝つギャンブルってことは、それはもう、その組織こそがイカサマ上等の胴元ってことなんすよ」


 そこまで調べても、組織の影すら見えないそうだ。


「怪しいのは夏前に姿を消したガルディア帝国の外交官ですね。さすがに大帝国が相手だと、大陸に渡らないと証拠は掴めないっすけどね。その前にカグマン国まで滅ぼされたら、その時点で終わりですけど」


 そこでユリスが訊ねる。


「勝てそうか?」

「負けますよ」


 ミクロスが即答した。


「七政院の再編が不十分だったということか」

「まさにその通りです」


 ミクロスが説明する。


「オレが調べた限りですけど、やっぱりカイドル国が滅亡したことで風向きが変わったみたいですね。それまで新国王に協力的だった役人連中がハクタの役人と会う機会を増やしていたりしますから。それもデモン・マエレオスによる根回しなんですけどね。あの男はワイン商の振りをして役人を買収するんです」


 やはりデモンが組織の黒幕ではなかろうか?


「このままだと確実にカグマン国が滅ぼされるんで、それでどうするか話にきたわけです。今から出兵すれば、ハクタ国なんて余裕で倒せますからね。でも、出兵するなら今日じゃなきゃダメなんです。五万兵をハクタの首都に移動させるには、おそらく一週間は掛かるでしょうからね」


 ユリスが苦慮する。


「ジェンババは『オーヒン軍が先に動くまで動くな』と言っていた。さらに『すべてのオーヒン兵が最低でも一日分の戦闘を行うまで交戦してはいけない』とも言っていたのだ。それが五万の兵を有効に活用する取るべき手段ということなのだろう」


 ここで気兼ねなく反論するのがミクロスだ。


「それじゃあ、カグマン国を見捨てるんですか? ハクタ国が南部を再統一したとして、そのままオーヒン国に勝ったとしますよね? いや、オレたちが加勢するんだから勝ちますよ。でも、それで本当に南部の覇権を取り戻せるんですか?」


 ユリスが答える。


「我々にはパナス王太子とパヴァン王妃がいるんだ。その二人を助けて、陰謀に絡む人物の正体を暴き、再び王宮に平和を取り戻すというのが、亡きハドラ神祇官とドラコの作戦なのだから、我々がその仕上げを引き継ごうではないか」


 見事にオーヒン国の高官やデモンの化けの皮が剥がれたわけだ。



 それから八月一日の開戦に間に合うようにと、ミクロスは再びハクタ国へ向かった。この時も我が軍の存在を隠すためにカグマン国との連絡は禁じられたままだ。ジェンババの指示とはいえ、ユリスにとってはかなり苦しい決断だったと思われた。


 俺も家族がカグマン国にいるので心配だったけど、それでも次兄が貴重な牧夫で、長兄も大事な労働力である農夫なので、なんとなくだが、楽観的にはなれた。これが下級貴族の役人だったりすると、あえて狙われたりするから不安に感じたりするものだ。



 次にミクロスが潜伏中のラパッド領に現れたのは、十一日後の八月五日だった。邸の会議室に現れた瞬間、笑顔を見せていたので、正式に報告するまでもなく、カグマン国がハクタ国に勝利したことが分かった。


「いや、オレはね、ランバを信じていましたよ」


 ミクロスはユリスにもちょいちょい嘘をつくのだった。


「なんたってドラコ隊の副隊長ですからね。デモンなんかの野郎に寝返るわけないんですよ。ジジがヴォルベと一緒にランバのところへ行った時は、オレも思わず駆けつけてやろうかと思いましたよ。いや、まぁ、向こうも身を隠すのに必死だったから、声を掛けるのは止めておきましたけどね」


 俺も経験があるけれど、ミクロスの尾行は本当に気づかないのだ。ドラコ隊は盗賊団を撲滅して名を挙げたけど、結局のところ最大の功労者は、やっぱりアジトを見つけることができたミクロスのおかげだと、一緒に仕事をして強く思うようになった。


「それでユリス、次はどうするんですかい? オレは山をそのまま突っ切ってきたんで、たぶんだけど、リレー式のオーヒンの伝令よりも速いっすよ? 奴らの到着はおそらく早くても今夜あたりになるでしょう。つまりオレたちにはアドバンテージがあるってわけです」


 伝令のエキスパートであるミクロスがそう言うなら確実だ。それにしても信じられない速さだ。相手は足の速い人を交代で走らせているのに、ミクロスはたった一人で追い抜いてしまったということだからだ。


「では、もう一度オーヒン国の領内を調べてきてほしい」


 ユリスの答えに、ミクロスが納得しない。


「え? 出兵しないんですか? 敵軍はキナイ峠にいて、すでに戦争を始めてますよ?」


 ユリスは譲らない。


「ジェンババのお考えは違うようだ。オーヒン軍は二万から三万の予備兵力があるはずだから、それが今どこに隠してあるのか突き止めろとの命令を出された。手分けして調べさせているが、ミクロスもその調査に加わってほしい」


 ジェンババとの伝達速度が徐々に速くなっているので、姿は見せないけれど、近くにいることは確実だ。結局、翌日にはミクロスがセトゥス領で一万五千の自治領軍を見つけて、ジェンババの許可が出たところで、ユリス率いるカイドル軍による進軍が始まった。

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