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第二十二話(198) 公子の使命

「公子!」


 僕を見つけて全力で走ってきたのはドラコ隊のマヨルとミノルだ。彼ら二人とはパナス王太子とパヴァン王妃を一緒にお守りした仲間でもある。それ以来会っていないので、かれこれ二年振りの再会だ。


 ドラコ隊が隠れ家にしている場所を転々と移動してきたので、僕が彼ら二人と出会ったのは決して偶然ではなかった。それでも実際に通ったことのない、地図を見せてもらって説明を受けただけの道なので、本当にドラコ隊の二人と出会って驚いているところだ。


「こんなところで何をしてるんだ? 隠れてなくちゃいけないだろう?」


 彼ら二人は僕が預かっている『金の王冠』の隠し場所を知っているので、スパイ活動を続ける上でも、絶対に隠れ家から出ないようにと命じてあった。それが隠れ家のリング領ではなく、峠を越えたハクタ領で再会したものだから驚いたわけだ。


「公子、それが、それどころではないです」


 喋るのはもっぱら小男のミノルの方だ。


「副隊長が暗号を使ってドラコ隊に助けを求めてきたんですよ」

「ランバが?」


 僕がランバと別れたのが五日前で、予定では二日前にカグマン国とハクタ国との間で戦争が始まっている状態だ。その結果はまだ分からないけど、ランバがドラコ隊と接触したということは、彼は僕たちに味方してくれたと考えても良さそうだ。


「へい、なんでも二日くらい前からハクタ領のあちこちで山賊が出没しているらしくって、副隊長が独断で騎馬隊を派遣したんですが、それでも手が回らないってんで、あっしらに助けを求めてきたんです」


 ハクタ軍は戦争中でそれどころではないはずだが、ランバは指揮している対オーヒン軍の前衛部隊から山賊退治の討伐隊を組織して派遣したということだろう。それは軍法会議で重い処罰が下されるほどの決断だ。といっても、ハクタ国が存続していればだが。


「しかし、二人きりで何ができる?」

「あっしらは足が丈夫なんで連絡役を命じられたんです」


 ドラコ隊は山賊退治で成り上がった、いわば山賊退治のエキスパートだ。村や町の位置も正確に把握しており、山賊がどこを根城にしているのかも全部知識として共有している。だからランバは助けを求めたのだろう。


「そうか、それじゃあ、充分に気をつけるんだよ」


 と言いつつ、別れようとしたところでミノルに引き止められた。


「公子、どこへ行こうってんすか?」

「僕はこれから大切な人を助けに行かなければならないんだ」

「それは、あっしらも同じです」

「同じなものか」

「同じっす」

「君たちが助けようとしているのは見ず知らずの人たちじゃないか」


 ミノルが首を振る。


「それは違うんですよ。『自分の家族を守るつもりで戦わないと、簡単に死ぬぞ』って隊長のドラコが言ってたんで。あっしらドラコ隊はそれで生き残ってきたんです。だからドラコ隊は死なないんです」


 僕もドラコに『死ぬぞ』って言われたことがあった。


「しかし、急いで峠を越えてきたんだ」


 そう、僕はエリゼを救いに来たのだ。もしも絶対的不利な状況からカグマン王国がハクタ国に逆転勝利したら、どんなに鈍い者だって内通者の存在に気がつくからだ。それが僕だとバレるのは時間の問題で、そうなればエリゼを人質に取られるのは確実だからだ。


「だから、ごめん。すまないけど、先を急がせてくれないか?」


 ミノルが掴んだ僕の腕を放さない。


「公子が差しているのは隊長の剣です。隊長はあっしらを置いて、一人でどこかへ行くような人じゃなかった。隊長にも大事な家族がいるっていうのに、あっしらの家族のことを誰よりも一番に考えてくれやした。隊長っていうのは、そういうお方なんです。お願いしやす。一度でいいんで、その剣に問うてくれませんか?」


 それがドラコの剣を受け継いだ意味なのか。

 剣にそんな意味が込められているとは知らなかった。

 だから戦争が終わったら、弟のケンタスに渡そうと思っていたのだ。

 でも、ランバは僕に引き継いだ。

 ケンタスではなく、この僕に。

 そして、ランバは僕の作戦に協力したのだ。


「分かったよ、行くよ、行くけど、全力で走るからな」


 その言葉に二人の兄弟が満面の笑みを浮かべるのだった。



「公子、あれを見てください」


 河川に沿って移動していた時、ミノルが川下を指差した。


「煙が見えます」


 人がいるということだ。


「行ってみよう」

「へい」



 慎重に近づいて、森の中から煙の立つ河原を見ると、そこに百人くらいの集団がいるのを発見した。地元民という感じではなく、旅商でもないため、すぐにそれが山賊だということが分かった。ちょうど中食がてら休憩していたようである。


「近くに村はあるか?」

「へい、川下に小さな村がありますが……」

「どうした?」


「いや、わざわざ山賊が狙うような村じゃありませんぜ? 金目の物なんてありませんし、こんなところにわざわざ来るって、自分たちから遭難して飢え死にしに行くようなもんすからね」


 確かに言われてみればその通りだ。山賊には山賊の行動原理があって、自分たちが生きるために殺さず共存することが多く、盗んでも困らない程度に生かしておく場合がほとんどだ。殺生を行う悪質な強盗団は現金のあるもっと裕福な村や町を狙うものだ。


「連中の武器、オーヒンで使われているものだ」


 今日初めてマヨルが喋った。


「本当か?」

「間違いない」


 ミノルが説明を加える。


「盗むと厳罰ものなんで特徴があるんす」

「ということは、奴らはオーヒン軍ということか?」

「かもしれねぇです」


 これではっきりとした。


「川下にある村の人口は?」

「二年前の話ですが、その時で五百人だったと思いやす」


 老若男女の五百人では百人の兵士を撃退するのは難しい。


「二人とも聞いてくれ。どうやらもうすでにオーヒン軍による侵攻は始まっているようだ。ならば、すぐに行動を開始しないといけない。まずは二人で川下の村に行って、賊が近くにいることを知らせてくるんだ。寝たきりの老人もいるかもしれないから、安全な場所に避難するのを手伝ってあげてほしい。斥候兵を送り込んでいるかもしれないから慎重に頼む」


 喋りながらも、自分の判断が正しいかどうか分かっていなかった。


「敵は夜襲を仕掛けてくるかもしれないから、僕は奴らを見張っておく。動きがあるようなら、こちらで敵を引きつけておくから、そちらの任務は二人に任せた。とにかく君たちは住民を避難させることを優先してくれ」


 僕一人で大丈夫だろうか?


「そして無事に住民を避難させることができたら、急いでランバのところに行ってほしいんだ。もうすでに戦争が始まってるから進軍を始めるように伝えてきてほしい。いや、先にドラコ隊の伝令兵と合流してもいい。そこら辺は二人に任せるよ。とにかく一刻の猶予もない。全員で領民の命を守るんだ」


 ミノルが心配する。


「三人一緒に行動した方がよくありませんか?」


 三人しかいないので、その方がいいかもしれない。

 おそらく、それが正しい判断だろう。

 でも、僕は違う。


「ここはやっぱり二手に分かれよう。もうすでに村が襲われた後かもしれない。その時は、ここに戻ってくることなく、ランバのところへ急いでくれ。もうすでにランバの方でも気がついて、とっくに動き出しているかもしれないけど、僕たちは最悪の状況を想定して行動しなければならないからね。だから、もう時間はない」


 そこでマヨルとミノルが顔を見合わせて、立ち上がるのだった。

 ドラコ隊に別れの挨拶はない。

 だから僕も別れの言葉を口にしなかった。



 二人と別れた後、僕はじっと森の中で身を潜めていた。

 そこで敵兵を観察していた。

 監視ではなく、観察だ。

 なぜなら、僕は戦うと決めていたからだ。

 敵はきっちり百人。

 一対百。

 百倍。

 でも、僕は勝てると思った。

 勝てると思ったから、二人を先に行かせた。


 軽そうな短槍が百本。

 そんなものでは、いつまで経っても上達しない。

 訓練を積んだ兵士ではないのだろう。

 弓兵が一人もいない。

 だから一人でも皆殺しにできると思った。

 周りに手頃な石が転がっていないのも重要だ。

 この状況では投石が一番怖いからだ。

 だけど土には注意しなければならない。

 目潰しとしては有効だからだ。


 僕は勝てる。

 それでも観察は必要だ。

 全員の利き手と利き足を知ること。

 左利き相手では攻め手を誤ることがあるからだ。

 八人が左利き。

 顔は憶えた。

 利き手と利き足が違う人もいる。

 それも全部記憶した。

 手強そうな相手は一人もいない。


 あとは僕の問題だ。

 大事なのは足を動かし続けること。

 止まったら囲まれる。

 僕が全力で動けるのは二百。

 ゆっくり二百数えるくらいの時間が限界だ。

 その間に全員を殺すことはできない。

 休憩が必要だ。

 百の時点で逃げる必要がある。

 休んだら、また戦う。


 追われたらどうする?

 返り討ちにするまでだ。

 とにかく走り続ける。

 それでも追い掛けてきたら?

 逃げ切るまでだ。

 一度に全員を殺せると思うな。

 絶対に休息は必要だ。

 十本勝負で全員を殺す。

 最初の一本が大事だ。


 暑さのせいか、川べりで水を浴びていた。

 裸で浸かっている者もいる。

 草地で眠る者までいる始末だ。

 分散している今がチャンス。

 荷をまとめてあるところから狙え。

 武器から遠い者は後回しでもいい。

 足が速そうな奴から殺す。

 身体が重そうな奴は後回しだ。

 さぁ、お前たちが望んだ戦争を始めてやろう。


「うあああっ」


 と、飛んだ首が叫んだ。

 一振りごとに首が飛ぶ。


「て、敵襲だ!」


 意味のない最後の言葉だ。

 骨に当てるな。

 関節を狙え。

 這って逃げる者は足の腱を狙う。

 立ち向かってくる者がいない。

 四百数えるまで延長だ。


「この野郎!」


 威勢はいいが、突きが甘い。

 よろけたところで首を刎ねる。


「こんちくしょう!」


 コイツは振りが大きすぎる。

 懐がガラ空きだ。

 加速させた踏み込みで剣を寝かせて心臓に突き刺す。

 ここで休息を入れるため一時退却だ。


 森の中まで追い掛けてくる者はいなかった。

 ありがたい。

 敵の動きを観察できる。

 一か所に集まっていた。

 逃げていた者も戻っていく。

 全員が武器を取ったようだ。

 ここからが本番か。

 密集した敵が相手だ。

 でも怪我人が思ったより多そうだ。


 ん?

 生き残ってるのは四十人?

 六十人も殺したということか?

 確かに、それくらいの手応えがある。

 相手が弱すぎるのか?

 いや、ドラコの剣がすごいんだ。

 手入れを怠らなかった甲斐があり、切れ味が増している。

 少し軽くなったような気がする。

 まるで腕が伸びたように感じるのだ。


 休み過ぎはよくない。

 相手に余裕を与えるからだ。

 ドラコは密集した相手でも立ち向かった。

 僕にもできる。

 姿を見せると槍を投げてきた。

 まるで当たらない。

 槍投げの練習などしたことがないのだろう。

 相手に時間を与えなかったのがよかった。

 一人、また一人と逃げていく。


 関節の可動域は限られている。

 相手の動きを読むんだ。

 次の瞬間、どのような軌道を描くのか。

 それが読めれば無傷でいられる。

 もげた腕や、飛んだ首が、川を流れていく。

 これで終わりじゃない。

 逃げた者を最後まで追う。

 命乞いする者の息の根を止めるんだ。

 相手が弱すぎたのか?

 それとも剣がすごいのか?

 いや、僕が強いんだ。

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