第二十話(196) ジジの気転
『ジジ』
僕は王都に急いで帰りつつ、ヴォルベからの伝言を思い出していた。
『これからランバにお願いしてきたこと教えます。それを父上に伝えてください。ハクタ軍を指揮するキンチ将軍というのは必ず前衛を平民出身の兵士に任せるそうです。その時、主力部隊は一切協力しません。それがキンチ将軍の戦い方だからです。でも、それが今回は僕たちに有利に働くのです』
もうすでに都では戦争が始まっているはずだ。
『今回ハクタ軍が投入してくる兵力は五万人です。半漁や半農の兵士は含まれているわけではないので全軍ではありませんが、それでも大軍であることに変わりありません。それに対して王都には二万の兵士しか残されていないのです。こちらも裏をかくつもりなので、各地で任務についている兵士を結集させるわけにもいかないんですね』
急げ!
『倍以上の兵力差で戦わなければならないんですが、その兵力差を逆転させる方法を思いつきました。それはドラコが考えた作戦を応用するというものです。ジジも参加したザザ家との戦いで、ドラコは敵と味方の区別をはっきりさせるため服を脱いで戦ったと聞いています。これが今回も使えるんじゃないかと思ったんです』
頼む、急いでくれ!
『どうするかというと、王宮軍と反駁している都の兵士を味方にするんです。そこでドラコがやったように、味方になってくれる兵士に目印を付けてもらうんですね。目印を付けた兵士と剣を交えても、絶対に致命傷を負わせないと密約を交わすんです。そして交戦中に死んだ振りをしてもらって、死体を回収しつつ、今度はカグマン軍の軍服を着せるんです。そうすれば二万対五万の戦いが、いつの間にか最大で五万対二万の戦いに変わるんです』
もうすぐだ!
『でも、途中で気付かれたら王宮軍がやってきて一気に乱戦になってしまいます。そうなると二つの門を突破されてしまう危険があるため、できるだけ長く時間を稼いでほしいんです。これは大きな賭けだし、ランバが都の兵士たちを説得できなければ、最初の交戦で無残に味方を死なせてしまうかもしれません。そうなるとカグマン軍に勝機はないでしょう』
見えた!
『この作戦はランバに懸かっています。ランバを信じるかどうかはフィンス陛下にお任せします。もしも信じるというのならば、身体の一部に赤い布を巻きつけた兵士には危害を加えないでください。彼らは僕たちの味方です。赤い布はフェニックス、火の鳥の象徴ですからね。僕たちは貴族の為に戦うのではなく、フェニックス家という国家の為に戦うのです。といっても、本当のところは赤い染料を使うことで、流れるであろう血をカムフラージュする目的があるんですけどね』
赤く染まったハクタ軍を見て涙が溢れた。
場内の見張り塔から僕の姿を確認したらしく、北東門からすんなり壁内に入ることができた。その間も門の前では戦闘が行われていたが、それもすべてはヴォルベの密約を前提としたお芝居だ。
壁の内側では死体の振りをしたハクタ兵が運び込まれていたが、すぐに起き上がって、カグマン軍が用意した胸当てなどの防具を装着していた。それから部隊の再編を行い、交代の準備を始めているのだった。その数がすでに数千は超えている感じだ。
「タリアス司令官がお待ちです」
統合参謀本部が置かれている首都官邸に到着すると、すぐに作戦会議が行われている本議場に案内された。ヴォルベの作戦は成功しているけれど、余裕のある顔をしている兵士は一人もいなかった。
「司令官は中におります」
若い頃のタリアス司令官はモンクルスと共に前線で戦ったと聞くが、現在はお年を召されておられるので、現場の指揮は五長官職の高官に任せているわけだ。それでも防具を纏って戦う姿を見せている司令官が、僕には誇らしく感じられた。
「おお、ジジ、待っておったぞ」
タリアス司令官が孫に見せるような笑顔で出迎えてくれた。他の高官らも揃っていて、それぞれ壇上の司令官と対面する形で座っていた。中には軍服を赤く染めたハクタ兵もいるので、おそらくは協力してくれた部隊長なのだろう。
「そこに座りなさい」
司令官が命じたのは、本来ならテレスコ長官が座る壇上の横並びの席だった。平時ならおふざけでも決して座ってはいけない席だけど、そこに座らされたことで、テレスコ長官の名代で来ていることを実感させられた。
「陛下はご無事だそうだな?」
すでに伝わっているようだ。
「はい。クルナダ国のウーベ・コルーナを処刑するために大型船を沈めたので、新しい船を作るための予算を組んでほしいと、司令官閣下にお願いするように伝えてくれと頼まれました」
「テレスコ親子は、このわしを家来のようにこき使いおって」
そこで場内から小さな笑いが起こった。
「さて、早速だが本題に入るとしよう」
タリアス長官が仕切り直す。
「現在までの状況だが、ヴォルベとランバ・キグスの密約は上手くいったが、依然として敵主力部隊二万の王宮軍はハドラ領で待機している状態にある。こちらの主力部隊は陛下をお守りしているため、現有戦力で撃退せねばならん」
つまり味方になったハクタ軍を併せて五万の兵と王都にいる市民で戦うわけで、一見すると簡単に思えるけど、王宮への侵入を許して王族を人質に取られたら、そこで武力放棄しなければならないので、土地勘のある相手と戦うことで苦慮しているわけだ。
「リアーム・キンチ将軍のこれまでの戦術から、明日の早朝から正午までに総攻撃を仕掛けてくることが予想できる。その間にも我々に緊張状態を強いるため、絶え間なく囮の部隊を投入してくるだろう。つまりこちらは休息充分の敵と疲労の限界を迎えた段階で戦わねばならぬということだ。幸いにして、今回は休ませることができているがな」
情報のない状態で戦っていたら絶望を知ることになっただろう。
「いずれにせよ、倍の戦力を有しているとはいえ、苦戦を強いられることは必至じゃろうて。腕の立つ弓隊がおるので壁の前に整列させるわけにもいかぬし、かといって壁の内側に引き籠るわけにもいくまい。こちらがどのようにして守るかは、すべてお見通しなのだからな」
こちらの防御陣を考えたのがキンチ将軍だ。
「しかしじゃ、部隊長がもたらしてくれた情報によると、今回の作戦を現場で指揮しているのは将軍のご子息という話だ。キンチ将軍は一度も姿を見せていないと言っておる。そうであったな?」
問われたハクタ軍の部隊長が肯定した。
「勝機があるとすれば、そこじゃろうな」
そこでタリアス司令官が僕の方を見る。
「エムルから貴君に百人隊を用意するようにと頼まれたが、それで何をするつもりかね? 具体的な指示があったのならば、是非とも聞いておきたいんだがな」
「はい。テレスコ長官は私に『百人隊を率いて、決戦が始まる前にレオーノ・キンチ大将を人質に取ってこい』と命じられました」
僕の言葉に場内がどよめいた。
「相手の大将を人質に取れとは、また無茶な頼みをしおって」
そこでハクタ軍の部隊長が手を上げる。
「なんだね? 申してみい」
「はっ」
部隊長が立ち上がる。
「非常に申し上げにくいことではありますが、その作戦は現実的ではないと言わざるを得ません。人質に取るどころか、お姿を拝むことすらできないかと思われます。と申しますのも、キンチ大将は参謀として兵法を学んでおりますが、実戦練習はほとんどしていないのです。ですから数百、いえ、数千人の兵士の壁に守られている状態にありますので、近づくことは叶わぬかと」
場内が溜息に包まれた。タリアス司令官も気持ちを切り替えようとしている感じだ。でも、それではいけない。それだとテレスコ長官の期待に応えることができないからだ。長官は、ハクタ国に利用されたバカな僕を信用してくれた恩人だ。
「方法はあります!」
僕がこんなことを言ってもいいのだろうか?
「ジジよ、無駄死にすることはない」
モンクルス隊のサッジ・タリアスですら不可能だと思っているということだ。
「司令官閣下にお訊ねしたいことがあります」
「なにかね?」
「リアーム・キンチ将軍とは、どういった人物でしょうか?」
敵を知り尽くす、というのがドラコの基本戦術だ。
「そうじゃな、一言でいえば高潔なるお方だ。何よりも恥を厭うのだな。家名こそが心そのものだと思っておる。大昔の戦のように自ら戦うことを美徳とし、戦場から退いたことは一度もなく、他人に命を預けるようなこともしないのだ。北部に生まれていれば、将軍がカイドルの皇帝になっていたのではないかという者もおるくらいだ。わしらモンクルス隊の者ですら、将軍を敵に回さなくて良かったと口にしていたくらいだ。それが現実に起こったわけだが、第一線を退かれた後だったのは、数少ない希望かもしれんな」
ドラコならばどうする?
「ありがとうございました」
直感とは、状況証拠の積み重ねの結果でもある。
「よく分かりました」
だから直感は外れることもある。
「改めて申し上げます」
だけど当たることもあるのだ。
「これより人質の標的をリアーム・キンチ将軍に変更します」
僕の言葉に場内がざわついた。
「いや、しかしじゃな」
タリアス司令官は否定的だ。
「そのキンチ将軍がおらぬではないか。息子に指揮を任せておるのだ。おそらくではあるが、オーヒンの侵攻に備えてハクタの王宮にいるのではないか? それでどのようにして将軍を人質に取るというのかね?」
勘です、とは言えない雰囲気だ。
「司令官閣下のお言葉通りの御仁ならば、必ず近くにいるはずなのです。すべては推論になりますが、戦争はご子息に花を持たせ、ご自身は王都を陥落せしめた後、王宮に一番乗りして、その今も衰えぬ指導力を発揮させる気でいるのではないでしょうか。ならば、その油断した隙をつくしかありません」
場内が明るく感じるのは、全員が顔を上げて聞いてくれているからだろうか。
「キンチ将軍は持てる兵力を全てご子息に預けているはずです。というのも、それが将軍の身体に染み込んだ戦術だからです。であるならば、現在の将軍は警護が手薄になっているに違いありません。その予測が当たれば、キンチ将軍を人質に取ることができます。なぜなら、ドラコ・キルギアスから学んだことを、そのまま実行すればいいだけなので、僕にはできるんです。お願いします。司令官閣下、僕にやらせてください」
場内に反対する声はなかったので、後は司令官の判断を待つだけだ。
「将軍の居場所を見つけ出すだけで日が暮れるかもしれぬな。見つけ出したところで、戦争が終わっている可能性もある。だから応援は出せん。たった百人の兵士を二万の敵陣内へ送り込むということは、それは『死ね』と命令していると同じことだ。生きては戻れぬと知りつつ、あえて命じるのだからな」
そこで怖い目で僕を見た。
「まずは百人全員を納得させることだ。それができぬ隊長に命令など出せぬからな」
ということで、百人隊が待機している兵舎の大部屋へ行って彼らと話をすることにした。一人でも拒否する者がいれば、タリアス司令官は許可を与えてくれないだろう。でも、強制することはできない。それが作戦を成功へと導く大事な心構えだからだ。
「つまり、どこにいるかも分からない将軍を見つけなければならないと?」
「それも、いつ敵と遭遇するか分からない敵陣で」
「相手は二万?」
「二万の兵に追われる可能性があると?」
「それでは無駄死にもいいとこではありませんか」
僕が話し終えると一斉に隊士らが口を開いた。
「でも、戦うことに変わりはないぞ?」
「そうだ。死ぬ時は死ぬんだ」
「しかし、組織として戦うのとはわけが違うぞ?」
「だから無駄死にと言ってるんだ」
「無駄とは限らないだろう?」
隊士らの中でも意見が割れていた。
「どこをどう捜せってんだ?」
「捜しているうちに戦争が終わってるかもな」
「その方が生き残る可能性が高いんじゃないのか?」
「ははっ、確かに」
「俺たちは国のために、家族のために戦うんじゃなかったのか?」
そう言ったのは、ドラコが特に目に掛けていたリュウガだ。モンクルス領出身の部族で、ドラコと同じ黒紫色の髪をした二十歳の青年だ。弓矢の精度が恐ろしいほど高いらしく、行く行くは予備隊の隊長を任せるとも語っていた。
「隊長」
リュウガが僕に問う。
「こいつらに成功した時と失敗した時の違いを正直に教えてやってください」
はっきりした男だ。
「分かった。失敗すれば死ぬ。死ななくても、ハクタ国が戦争に勝てば、要人を人質に取る極秘任務を受けたということで処刑されるだろう。カグマン国が勝ったとしても、戦闘には参加しなかったのだから出世できないし、もう二度と出世する機会はもらえないと考えた方がいい」
これからが重要だ。
「しかし、成功したらドラコの功績は再評価されることになる。そうすれば君たちは最後のドラコ隊の隊士として、死ぬまでドラコ隊の看板を持つことが許されるんだ。ランバがそうなったように、貴族になりたい者は貴族にだってなれる。我々にだけ、その最初の一歩を踏み出すチャンスが与えられたんだ。どうだ? 賭けてみないか?」
もうすでに、みんなの心は決まっているようだ。
「やろうぜ」
「ああ、やってやろうじゃねぇか」
「おれたちにしかできねぇんだぜ?」
「ああ、オレたちはドラコに認められたんだ」
「ただ、俺らの中に貴族になんかなりてぇやつはいねけどな」
「ああ、そんな奇特な奴はランバのオッサンだけだ」
そこで全員が笑うのだった。
全員納得させたことをタリアス司令官に報告し、許可を得てから作戦会議を開いた。
「この中でハドラ領出身の者はいるか?」
五人が手を上げた。
「地図を借りてきたが、現在はかなり変わっているそうだ。どこがどう変わってしまったのか、できるだけ詳しく教えてほしい」
五人から丁寧な説明を受けた。
「ここの廃村になった役場村に王宮軍を待機させているのは分かっているんだが、問題はキンチ将軍がどこに隠れているかだ」
全員が意見を口にするが、確信には至らなかった。
「ここの高原地帯だけど、ここだけ村や町がないというのもおかしな気がするんだが」
すると五人の中の一人が自信なげに口を開く。
「たぶん、いや、自信はありません。そっちの方は絶対に近づいちゃいけないって教えられてるんで。だから他の四人も知らないと思うんですけど、そこが自治領軍の基地があるんじゃないかって爺様が言ってました。ほら、おれたちのような平民出身の奴隷兵じゃなくって、金で雇われた傭兵がいるんですよ。たぶんだけど、そうじゃねぇかな」
間違いない。
「キンチ将軍はそこだな」
そこでタリアス司令官に自治領軍の練兵場を知る人物を見つけて呼び出してもらった。ハドラ領出身者は長らく王都から排除されていたため見つけるのに時間を要したけど、市内で商人に雇われている元・傭兵を見つけることができた。
「あそこを襲撃しようってのかい? やめときなよ」
元・傭兵はやさぐれていた。
「いいですから、建物の配置と構造をすべて描き起こしてください」
「死にに行くようなものだぜ」
と言いつつ、ちゃんと手は動かしてくれた。
「もっと上手に描けないのかよ」
隊士からヤジが飛んだ。
「どうせ描いても中まで辿りつけねってんだ」
こういうのは聞いておいた方がいい。
「どういうことですか?」
「あのな、あそこは至る所に見張りがいるんだよ。もう今はいないかもしれないけど、基地に近づけても、ああ、ここな、この基地が見えても、弓兵に狙われるから忍び寄ることすらできねぇんだ。玄関口に辿り着く前に十本以上の矢が身体中に刺さっちまうぜ? 賊がどの方角から近づいても狙えるようになってるからな。盾を構えて突っ込んでも、まぁ、無理だろうな」
それを聞いて、ヤジる者はいなくなった。
「建物の中の様子も詳しく教えてください」
「あんた正気か?」
呆れられたが、屋内で戦う場合、廊下の高さと幅に合わせて適切な武器を選択しなければならないので、もっとも重要な質問なのだ。後は屋内の明るさを知ることも重要だ。明り取りの窓を頼るわけにもいかないからだ。
作戦は明日の日の出を合図に開始することが決まった。馬は異変を報せる危険があるので徒歩で練兵場へと向かった。これで目的地にキンチ将軍がいなければ、これまでの作戦が無駄に終わるというわけだ。
しかし、基地に明かりが灯っているのを見つけた時、喜びのあまり大声を上げそうになった。見張りがおらず、予定よりも早く到着できたので、周辺を調査する余裕も持てた。その結果、建物には推定で五十人いることが馬の数から把握することができた。
キンチ将軍が乗る官馬車があることから、戦争が早く終わると考えていると推察できた。戦争で乗ってくるような軍馬車ではないし、また、ダミーに使うとも考えられないので、空になったワイン壺のことも併せて考えると、やはり将軍は油断していると思った。
「隊長」
逃走経路になりそうな場所に弓兵を配置させたリュウガが戻ってきた。
「相手が酔っ払ってるうちに襲撃した方がいいんじゃないですか?」
「いや、あの傭兵が描いた見取り図をそのまま信じるわけにはいかない」
「確かに、悪気はなくても記憶違いは起こりますからね」
「窓に光が差し込むまで待とう」
その時は近づいてくる。
「しかし隊長、屋上にいる弓兵は厄介ですね」
「分かるか?」
「はい。試し撃ちを見たんですが、かなりの腕です」
「それが最低でも五人か」
夜が明けつつある。
「隊長、北側に移動しませんか?」
「勝手口はなかったはずだ」
「窓です」
「ぶち破れと?」
「はい。板を打ちつけただけの木窓が傷んでるんです」
「確かか?」
「はい。長く放置されていたから腐ったんですよ」
「よし、移動する」
そして、いよいよ、その時がきた。
「隊長、本当に一人で大丈夫ですか?」
「うん。それより屋上以外にも弓兵はいるはずだ」
「射道さえ確認できれば仕留められます」
「君たちが頼りなんだ」
「なに、俺たち部族の方が腕は上ですよ」
作戦開始。
やることは簡単だ。
建物の北側にある窓に向かって突き進むだけ。
当然、見張りに気づかれる。
屋上から矢が飛んできた。
建物三階の窓からも飛んでくる。
相手の標的は僕一人だ。
いつの間にか矢の雨が止んでいた。
リュウガたちが倒してくれたのだろう。
槍を壁に立てかけて、手斧を取り出し、木窓をぶち破る。
そこで森の奥に合図を送った。
すると半笑いで隊士らが集まってきた。
「隊長……、化け物っすね」
言っている意味がよく分からなかった。
建物の中に入ると、予想に反して静まり返っていた。
先に進むと、敵兵が武器を捨てて床に伏せていた。
「しまった!」
全員に報せる必要がある。
「将軍は自殺する気だ!」
叫びつつ、奥に進んだ。
「キンチ将軍!」
奥の部屋に辿り着くと、まさに首を吊った直後だった。
ダメだと思った、その時――
背後からナイフが飛んできて、吊っていたロープが切れたのだった。
振り返ると、リュウガが息を切らして立っていた。
それからキンチ将軍を寝台に寝かせて、目を覚ますのを待った。それと同時に投降した将軍の部下を呼びつけて、隊士らに馬を走らせる準備を命じた。夜が明けたということは、王宮軍が進軍を始めるからである。
「レオーノ・キンチ大将にお父上を人質に取ったことを急いで伝えてください。将軍は生きています。全面降伏すれば速やかに解放すると伝えるんです」
続けて隊士にも命じる。
「念のため伝令は二班に分けて、それぞれ監視をつけて最後まで見届けるように。我々も官馬車に将軍を乗せて王都に向かう。危険な任務だが、国の命運を握る重要な仕事だ。最後まで気を抜かないように」
そう言うと、隊士らが仕上げの任務に向かった。
それから間もなくしてキンチ将軍が目を覚ました。来賓室には僕の他にリュウガしかいない。他の隊士には生き残った捕虜の見張りをお願いしてあった。将軍に水を渡すと、一気に飲み干すのだった。
「お前たちは一体、誰だね?」
「私がジジで、隣がリョウガです」
「捨て子か」
「私のような者が閣下に失礼を働いてしまい申し訳ありません」
「ああ、まったくだな。最近の捨て子は人間の言葉を喋るようだ」
本来なら話し掛けてもいけないお方だ。
「なぜ死なせてくれんかった?」
「テレスコ長官から人質に取るように命じられたからです」
「あの男が命じたと?」
「はい」
「それはなかろう。あの男にそんな真似はできぬはずだ」
この人には正直に話さなければならない。
「ご子息ではなく、将軍に標的を変えたのは私です」
キンチ将軍が微笑む。
「見事な判断だ。誉めてやろう」
「光栄です」
「しかし、助けたのは余計であったな」
「長官が『閣下は生きてこそ価値のあるお方だ』と」
「それはテレスコの言葉ではなく、モンクのセリフよ」
モンクというと、騎士の称号を授かる改名前のモンクルスのことだ。
「長官は『オーヒン軍を撃退できるのはキンチ将軍だけだ』とも仰っていました」
「ならば余計なことをせずに、勝たせればいいものを」
「どうか、お力をお貸しください」
そこでキンチ将軍の顔つきが変わった。
「ジジと言ったな?」
「はい」
「お前はわしにものを頼める立場ではない」
有無を言わさぬ感じだ。
「あまり調子に乗るでないぞ?」
「失礼しました」
そこでキンチ将軍の表情が固まった。
「ジジ……」
そう呟いて、天を仰ぐ。
「そうか、マクス国王陛下が警護に欲しがってたのがジジではなかったか?」
「マエレオス猊下に却下されたと聞きました」
「あの男めっ!」
忌々しそうに吐き捨てる。
「余計な真似をしおって! あの男が関わるとすべてが裏目になるのだ。一体、あの男には何が憑りついておるというのだ? いや、あの男自体が憑き物なのだ。そうであろう? あの男と関わるものは皆不幸になるのだからな」




