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第四話(180) オガ族のロオサ

 オガ族の集落に到着したのは、それから三日後のことだった。北方から移住してきた原住民が多く暮らしているので白い髪色の人が目立っていた。島内にいる白髪の人のほとんどはオガ族出身とのことだ。


 黒髪の特徴を持つ東方原住民との混血が進んだのは、カグマン人が北の都を植民地化したここ三十年くらいのことだそうだ。それまでは閉鎖的に暮らしていたので、今でも真っ白い髪をしている人の割合が多いというわけだ。


 そもそも同じ原住民だからといって仲が良いというわけではなく、人間の多くが抱える隣人トラブルは、異なる原住民の間でも起こり得ることだ。いや、隣近所だからこそ根深い問題となっているとも考えられる。


 その典型的な例が、北方移民と東方移民の対立だ。黒髪の東方移民は古代ウルキア人を先祖に持つので島に移り住んだ最初の原住民でもある。そこへ遅れてやって来たのが北方や南方の移民なので、同じ原住民でも部族が異なると大きな隔たりがあるようだ。


 つまり現代における島の問題の縮図が、原住民の歴史に凝縮されているというわけだ。人間は昔から、それこそ数万年も前から同じことを、少しずつ進化しながら繰り返しているということだ。ただし、その進化が進歩かどうかは疑問ではあるが。



 漁師町に住んでいる族長の家に訪問すると、これまでと同じように歓迎されたけど、領内にいる村長が集まって話し合いを行っているとのことで、ゲストハウス、といっても普通の小屋だけど、そこでしばらく待っているようにとお願いされた。


 そこで待っている間、ミルヴァからもう少し詳しくオガ族の歴史や事情を聞かせてもらうことにした。彼女はそこで暮らしてきた人たちの歴史を勉強しながら改革するのが、遠回りに見えて一番の近道だと話していたことがある。


「オガ族の自治領というのは、一つの国として完全に自立できているのよね。農業に依存していないから、冷害でも飢饉は起こらないし、不漁続きでも飢えることはないの。適材適所で人材を回すことができるから、泳ぎが苦手な子が漁師町に生まれても、いじめられずに森の中で仕事が得られるようになっているのよ」


 紙に書き残す文化がないので、それが後世に伝わらないのが残念だ。


「それだけに狩場の確保や良質な畑の維持は死活問題になるのよね。土地さえ奪われなければ、とても平和的な民族なのよ? 彼女たちの土地を奪っておきながら、抵抗しただけで野蛮な民族だと断じるのはフェアじゃないわ。何もしなければ、ビールを飲んで気持ちよく酔っ払うだけの人たちなんだから」


 大陸では当たり前に作られているビールも、島で飲んでいるのはオガ族だけだという。大麦は普通に栽培されているけど、粥として常食しているのが主だった。ただし一般的というだけで、まったく飲まれていないというわけではないそうだ。


「特に最近は山の土地を分け合っている東方系先住民との仲がこじれているみたいね。彼女たちにとって山は自然の食糧庫みたいなものでしょう? 昔は仲よく狩りをしていたけど、最近じゃ全然みたいよ。『山菜を巡ってケンカするなんて、昔は考えられなかった』って嘆く有様ですもの」


 茸一本で殺し合いに発展するので、土地の帰属意識はバカにできないのだ。


「でも、東方系原住民にも言い分はあって、海を持たない彼女たちはカグマン人の植民地化に逆らえなくて、それで厳しい貢租を納めるために、仕方なく争っているという面もあるのよ。最悪なのは、原住民同士が争うように仕向けたのがカグマン人の仕業ではないかということね。彼らにとっては植民地化をスムーズに行うプログラムの一つでもあるのよ。不満の矛先を現地人同士にぶつけ合わせるというわけね。渡来系のカグマン人というのは、本当に下劣で卑怯な連中よね」


 それを今度はミルヴァが王国を崩壊させるために逆利用しようとしているわけだ。


「証拠はないけれど、カグマン国を裏で操っていたゲミニ・コルヴスに、そのアイデアを授けたのがデモン・マエレオスだと、わたしは考えているの。あの男は北部の歴史や事情に精通しているし、王宮から出たことのないコルバ王や、長旅をしたことのないコルヴスには思いつかないアイデアですものね。もちろんこれは大陸でも起こったことだから、アステア人のコルピアスが練った計画かもしれないけどさ」


 デモンとコルピアスが力を持ったのは、私たちの愚策が招いた結果でもある。


「そういうこともあって、オガ族は都を攻め落とすことを躊躇しているのだと思う。だって、彼女たちにとっては三十年前に移り住んできたカグマン人の役人たちを追い出すことくらいは簡単ですものね。実際に赴任してきた歴代の州都長官を暗殺してきたのは彼女たちオガ族なのよ? 撤退もあり得る状況まで追い込んだけれど、そこへユリスが大軍を引き連れて赴任してきたから持ち直したけど、本当にあと一歩のところだったんだから」


 辺境の地とは、そこが大事な国境地帯であるが故、派遣されるのは優秀な役人の場合が多いけど、人材不足の王国では左遷先の一つとなっていた。ユリス・デルフィアスが志願しなければ、カイドル帝国が復活していてもおかしくはなかったわけだ。


「ハトマも誤解しているけど、オガ族が恐れているのはユリスが連れてきた兵隊じゃないのよ。彼女たちの頭を悩ませているのは、セタン村出身のソレイン・サンなの。ほら、ドラコが目を掛けていた男だから、あなたも憶えているでしょう? その男が王国側に寝返ったものだから、都攻めは難しいと感じているんだと思う。実戦経験のないカグマン兵よりも、ソレイン・サンが率いる部族連合の方が怖いものね。戦えば終わりが見えない泥戦になることが予想できるでしょう? 開戦を躊躇わせるということは、ソレインが正式に新生カイドル国に所属することが明確になったのかも。帰路の途中から護衛する兵士が増えたということは、そういうことですものね」


 ソレインは一度だけ見掛けたことがあるけれど、チャラチャラした印象しかなかった。


「そういえば、ビーナが前にこんなことを言っていたわね。『ソレインよりも、彼の妹に気をつけた方がいい』って。なんでもドラコ隊の隊士が口を揃えて褒め称えているんだってさ。でも男が褒める女って、女の割には大したもんだっていう、初めから見下した感覚があるじゃない? あだ名も『女ドラコ』だっていうし、まぁ、そういうことよね。結局はバカにしているのよ」


 そこでミルヴァが人差し指を立てて、唇に押し付けた。どうやら人の気配を感じたようだ。私は鈍感なので感じ取れないけど、彼女は喋りながらでも空気の変化を感じ取ることが可能なのだ。



 しばらくすると、白髪の若い女が訪ねてきた。


「アナジアおねえさん」


 出迎えたミルヴァの顔を見て、泣きそうな笑顔になった。


「リリッタじゃない」

「憶えてくれていたんですね」

「忘れるものですか」


 そこで二人は抱き合うのだった。ミルヴァは部族の人たちから本当に愛されているようだ。しかもその愛情を、彼女たちは隠そうとしなかった。線の細いリリッタも全身で喜びを表現しているように見えた。


 それから三人で寝台に腰掛けて、ミルヴァは私のことを紹介しつつ、リリッタが族長の娘であることを教えてくれた。年齢は私たちと変わらないけれど、年を取らないことは秘密なので、ミルヴァは二十歳を過ぎているという設定だ。


「お母さん、忙しそうね」

「カイドルが独立する報せを受けてからシワが増えちゃったみたい」

「シワが増えるくらいなら、まだいいんだけどね」


 少女が深刻そうに頷く。


「うん。これでまた渡来人に村が襲われちゃうよ。だってアイツらったら酷いんだよ。ワタシたちのことを同じ人間だと思ってないクセに、女を平気で犯すんだ。アイツらがやってくるまで自殺する人なんて一人もいなかったのに、どうしてワタシたちが死なないといけないんだ? 誓って言うけど、ワタシたちは何もしていないんだよ? アイツらが勝手にやってきたんじゃないか。部族の中には自活するだけでも大変な人たちがいて、貢物を用意する余裕なんてないというのに、巻き上げる物がないというだけで抵抗しているとみなして、ひどいところでは全滅した村もある。やってることは盗人と同じなのに、まるで英雄気取りなんだ。そんなのってある? どうしてそれが正しい行いだと思うことができるの?」


 涙をこぼすリリッタの肩に、ミルヴァは優しく手を回す。


「自分のした行いが過ちだと気がつくことができるのは、人によって差があるでしょう? 子どもの時から理解できる人もいれば、老人になっても理解できない人がいる。それと同じように、渡来人が侵略行為を過ちだと気がつくのは、だいぶ先の話になってしまうの」


 流石にそれが千年先、二千年先だとは言えないようだ。


「知識があり、技能に優れ、多くの経験を積んできた老人でも、罪悪感だけはすっぽりと抜け落ちていることがあるのよね。見てくれだけは立派なのだけれど、罪の意識という、当たり前の心を持ち合わせていないんですもの。それが渡来人の正体なのよ」


 ミルヴァがリリッタの手を握りしめる。


「それに対してあなたたちは、この世のすべては、そう、自分たちの身体さえも神様からの借り物だと生まれた時から理解している。だからどんな人とも平等に分け合うことができるの。だって、自分の物だとは思っていないんですものね」


 人間は、その考え方を後世に残していけるのだろうか?


「あなたの祖先も原住民が暮らしていた島に移り住んできたけれど、北部の何もない土地を切り開いたわけじゃない? 人が住んでいるところを狙って襲いにきたカグマン人とは訳が違う。盗まずに、分け合えるかどうか、たったそれだけの違いなんだけど、人間だとそれが大きな違いとなってしまうのね」


 ビーナも同じことを指摘していたような気がする。


「着ている服はボロで、暮らしぶりは貧しいのだけれど、それを不満に思うどころか、気にすらしない。見てくれだけが立派な老人と違って、心持ちを豊かにすることを大事にしているものね。だからわたしは、リリッタのことが好きなのよ」


 そう言って、ミルヴァが少女の涙を拭った。


「だからお願い、どんなことがあっても死なないで」

「ワタシもおねえさんのことが大好き」


 オーヒン国の建国を夢見る前に原住民と知り合えていたら、また違った未来になっていたかもしれない。パルクスやドラコも死んでいなかっただろうし、でも、そうなるとパルクスの子どもは生まれていないから、やっぱりこういうのは考えても意味がないようだ。



 そこへさらに別の少女がやってきた。


「ロオサ、どうしたの?」

「ねえ様に話したいことがあって」


 少女はリリッタのことを『お姉さん』と呼んだけど、ロオサは黒髪なので血の繋がりはないはずだ。部族にしては身体が小さく、気が弱そうな顔つきをしていて、どことなく儚げな印象だ。


「話したいことっていうのは?」

「うん」


 と言ったきり、しばらく黙ってしまった。


「ロオサ?」

「私も一緒に戦う」

「なに言ってるの?」


 リリッタは立ち上がって、戸口に立つ妹に歩み寄り、見下ろした。


「あなたに何ができるというの? 薪すら上手に割れないくせに」

「でも私、戦いたいの」


 見た目と違って、やっぱり部族の女は気が強いようだ。


「お母とお父の仇を討ちたい。それをねえ様から、かか様に頼んでほしい」


「だめ。せっかく無事でいられたのに、そんな真似させたら、神様のところにいるお母さんとお父さんが悲しむでしょう? あなたには動物たちを育てる仕事があるんだから、それを一生懸命やりなさい」


 そう言って、妹を小屋の外に追い出すのだった。


「ねえ、リリッタ」


 ミルヴァが話し掛けた。


「ロオサというのは? あなたの妹さんなの?」


 リリッタが複雑な表情を浮かべる。


「違う。あの子はトワド村の出身で、そこで両親が馬を飼っていて、動物たちと一緒に育てられたんだけど、その馬を渡来人に目を付けられて、許可なく勝手に交易してはいけないって命令を受けてしまったの」


 馬は軍備扱いなので拒否することはできないのだ。


「それで渡来人に引き取られた馬が暴れて、乗っていた役人が落馬で死んだんだって。その責任をロオサの村に押し付けて、繁殖馬を全部持って行くというから、村の人たちは抵抗して、その挙句に全滅させられたの」


 態のいい強奪だ。山賊が牧場から馬を盗めば窃盗罪で殺されるけど、役人が法の下で部族から安値で買い取っても罪にはならない。それだけならまだいい方で、欠陥品と難癖をつけて賠償を強要するから性質が悪いのだ。


「村の大人たちが、子どもたちだけでも助かるようにと逃がしたから無事でいられたけど、アイツらは子どもだからといって容赦しないんだ。それから北部の村に避難していたんだけど、避難先の村も預かりたくないと言って、それでお母さんが引き取ることにしたの」


 責めるべきはカグマン人であって、避難先の村人ではない。


「でも、あの子があんなことを言い出すなんて思ってもみなかった。ロオサは動物たちが大好きで、動物たちもロオサのことが大好きなんだよ? 笑った顔は見たことがないけれど、心の優しい子なの。そんな子に人を傷つけたいって思わせるなんて、ワタシはやっぱり渡来人が許せない」


 ロオサの両親もカグマン人がいなければ、きっと平和に暮らしていただろう。


「たぶん、カイドル国が独立して決心したんだと思う。あの子の両親は新しく国王になったユリス・デルフィアスに殺されちゃったから。保護してくれているワタシたちの力になりたいって思っちゃったのかな……」


 あのユリスが村の全滅を命令するだろうか? 彼の人間性からは考えられないけど、彼のすべてを知っているわけではないのも事実だ。いずれにせよ、ユリスはカイドル州の最高責任者だったので、無関係でないことは確かだ。


「リリッタ、ちょっとここに座ってちょうだい」


 ミルヴァが彼女を隣に座らせる。


「ロオサの願いを叶えてみてはどうかしら?」

「え? 叶えるって?」

「あの子に敵討ちをさせるの」

「妹を戦わせるというの?」

「そうね」


 そこでリリッタが絶句した。

 私にもミルヴァの考えが理解できなかった。

 ミルヴァが説得を続ける。


「戦わせるといっても、あの子を前線に送るわけじゃない。実際に矢面に立たせるわけじゃないから安心して。でも、戦いに参加すると表明させる必要はある。なぜなら、彼女はわたしたちのシンボルになり得る存在だからなの」


 シンボル?


「だって躊躇している場合じゃないでしょう? カグマン人に支配されたら、今後もトワド村の悲劇が至る所で起こるかもしれないのよ? 誰もが無関係ではいられないの。トワド村の悲劇を広めることで、今まで無関心だった者たちからも協力が得られるかもしれないじゃない。そのためにはロオサにシンボリックな存在になってもらわないといけないのよ」


 両親を殺された少女を担ぎ上げることで部族の士気を高めようというわけだ。


「ロオサのために戦うことをスローガンにすることで、戦いに参加してくれなくとも、応援はしてくれるでしょう。それだけでも、わたしたちにとっては充分なのよ。結束こそが、今は何よりも重要な時期ですからね。わたしも一緒に戦うから、ロオサをわたしに預けてちょうだい。戦争が終わったら、必ずあなたに返すと約束するから」


 リリッタが考えている。

 ミルヴァは待った。

 私には時が止まったように感じられた。

 リリッタが顔を上げる。

 どうやら答えを見つけたようだ。


「わかった。でも、一つだけ断ってもいい?」

「なに?」

「ロオサはもう、誰にも渡さない。ワタシが自分の手で守るから」


 その瞳には強い意志が宿っていた。


「それでこそ、部族の女だわ」


 そう言うと、ミルヴァはリリッタを抱き寄せるのだった。



 それからミルヴァは姉妹の母親である族長のリリジャと会って、リリッタと一緒に説得して、母親が決心を固めると、村長が集まる会合に参加して、それから三日続けて話し合いが行われたのだった。


 話し合いをする上でミルヴァが苦労したのは、『都の軍隊を相手に、どのようにして勝利するのか?』という質問に対する答えだ。勝利は確実だけど、流石に『魔法を使う』とは言えないので、人間社会に適した説明を用意する必要があったからだ。


 それでもハクタ国から武器と防具の提供が得られることを話すと、一様に納得させることができた。さらに『都を落とすにはどうすれば良いのか?』という問いに対しても、詳しい作戦内容を伝えることで、完全にミルヴァが主導権を握ることに成功した。


 これには官邸で暮らしていた経験が活かされたように思う。都のどこに誰が住んでいるのか、また、兵舎にはどれだけの人員が配置されているのか、それらをすべて把握しているので、完璧な作戦を立てることができたというわけだ。


 それよりもミルヴァがしつこいくらいに注意喚起したのは情報の管理だった。ソレイサン村の部族の他にも敵側に寝返っている村があるかもしれないので、とにかく戦争の準備を悟らせないようにとお願いしていた。


 ただ、それに関しても、オガ族は元々閉鎖的で、ビールの造り方ですら他の部族に教えないような人たちだから、絶対の自信を持って『秘密は守る』と答えていた。彼女たちにとっても命懸けの作戦なので、そこは問題がないように感じられた。


「さぁ、次はハクタへ乗り込みましょう」

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