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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
170/244

第三十八話(170) 夢

 アネルエ・セルぺスに成りすましているミルヴァとユリス・デルフィアスの結婚式が無事に行われた。ジマ国から両陛下も来島して、パレードも盛況のうちに終えることができた。初夜を迎えたミルヴァを隣の部屋で見守ったが、とても不思議な気持ちになった。


 私たちは十七歳で年齢が止まっているので、ユリスの方が五つ以上も年上だけど、実際は六十年近く生きているので、その差はおばあちゃんと孫くらいの開きがあった。そのせいか、甘えん坊のユリスにとっては、ミルヴァに抱かれるのが心休まるようだった。



 それから間もなくして、カグマン王国のコルバ王が死んだ。それをミルヴァはカイドル州の州都官邸にいながらにして感じ取ったとのことだ。『死神』の能力ということになるけど、もちろん私は何も感じることができなかった。


 その夜、ユリスに子守唄という名の催眠魔法を聞かせて眠らせたミルヴァが、寝室から出てきて、そのまま窓に向かうのだった。その間、私に出入り口を見張らせて、決して護衛を入れないようにと指示を出した。


「目覚めよ、同志たちよ」


 窓の外に向かってミルヴァが囁く。


「我が名は、予言する者である」


 おそらく、眠っている人の夢の中に語り掛けているのだろう。


「さあ、望むがいい」


 驚くことに、この声が島中の人たちに伝わるということだ。


「そなたらの願いを叶えてしんぜよう」


 ミルヴァにしかできない特殊な暗示魔法だ。


「どんな願いでも叶えてやるぞ」


 声を低くして、男女の区別をつきにくくしている。


「現実には起こり得ない、などと考える必要はない」


 まるで舞台女優だ。


「欲望の限りを尽くすのだ」


 老女のようであり、幼女のようでもあった。


「今こそ、本能の赴くまま行くがよい」


 このところずっと考え事をしていたのは、このためにセリフを考えていたのだろう。


「恐れる事は何もない」


 私には何が目的なのかさっぱり分からなかった。


「迷うことなく、立ち上がるのだ」


 それでもミルヴァは満足気だった。

 私の方を振り向いて一言。


「さぁ、これから素敵なゲームが始まるわよ」



 それから数日後の夜、私たちの元に通信部隊のカラスがやってきた。これはビーナがカラスに伝言を覚えさせて、官邸の二階にいる私のいる部屋まで飛ばしてくれたということだ。早速ミルヴァを呼んで伝言を聞いた。


『真夜中の暗示魔法を聞いたけど、随分と悪趣味ね。セリフを聞いて、夜中に一人で大笑いしちゃったわよ。もう少しマシなセリフは考えられなかったの? 素直にワタシに頼めばいいのに。今度は一言でも相談してよね。ということで、じゃあね』


 ビーナからの伝言を聞いたミルヴァはブスッとしていた。


「これだけ?」

「そうみたい」

「ちょっと本が書けるからって調子に乗ってるんじゃない?」

「でも、ビーナには才能があるから」

「『わたしにはない』って言っているように聞こえるけど?」

「ミルヴァはビーナと違って忙しかったから」


 ご機嫌取りが大変だった。


「わたしは台本なしで舞台に立っているようなものなのよ? つまり全部アドリブで対応しているの。そのことをビーナは分かっていないんじゃない? じっくり考える時間があったら誰だって本なんて書けるわよ。あんなの喋っている言葉を羅列するだけなんだから。まったく、あの子ったら、自分だけが特別なことをしてると思ってるんだもんね」


 そう言って、ユリスが眠る寝室に帰ってしまった。



 翌朝、官邸内の教会でミルヴァと一緒に朝のお祈りをしているところに、珍しくミクロス・リプスがやってきて、私を強引に中庭へと連れ出すのだった。彼とはこれまで二度か三度くらいしか会話をしたことがなかった。それも決して友好的ではない態度で。


 中庭に出るとミクロスの赤い髪は更に明るく光った。目も明るい茶色なので典型的なアステア人だ。半島訛りもあるので戦争をきっかけに先祖が島に移住してきたのだろう。それに加えて彼は赤くて大きな鼻も特徴的だ。


「なぁ、エルマよ」


 ミルヴァの召使いをしている時の私は『エルマ』と名乗っている。


「オレ様は今でもユリスの結婚を認めちゃいないんだ。つまらない小細工をしたか、色気を使ってたぶらかしたに違いねぇからな。本当はオメェの女主人に直接言ってやりたいけど、護衛の奴らは話しすらさせてくれねぇからよ。本当に危険なのはアネルエっていう女の方なのに、まったく腹が立つぜ。まぁ、正確に言うとオメェらもデモン・マエレオスに雇われてるだけなんだろうけどよ」


 そこでミクロスは私の反応を窺うので無反応を貫くことにした。


「まぁ、いいや。これからもオレ様がオメェらを見張り続けていることを忘れるんじゃねぇぞ? 姿が見えないのは遠くから監視しているだけかもしれないんだから、盗み見されねぇように気をつけるこったな」


 そう言うと、その場を後にするのだった。ミクロスは勘の鋭い男だ。デモンに雇われているというのは間違いだけど、ミルヴァが細工をしたというのは事実だ。そこを当たり前のように疑えるというのが彼の有能さを証明している。


 普通の人間はミルヴァと会話をしただけで暗示魔法に掛かってしまうので、ミルヴァの言動に疑いを持つこと自体が難しいのだ。それでも疑い続けられるということは、ミクロスという男は魔法が掛かりにくいタイプということになるので注意が必要だ。



 これこそが宗教を巡る争いの根本的な原因ともいえるだろう。魔法が掛かりにくい、つまりは自分たちが信じる神を相手に信じ込ませるには排除、さらには根絶しなければならないという考えに至るからだ。


 宗教によって女を苦しめるイデヤ人や、宗教によって女を差別するエニヤ人や、宗教によって女を政治から締め出すガルディア人や、宗教によって女を食い物にするアステア人など、とにかくどれもこれも間違っている。


 魔法使いの中でも私たちだけしか行動する者がいないので、人間社会で苦しんでいる女を救うにはミルヴァが立ち上がるしかなかったわけだ。未来永劫、その意味を理解する人間は現れないだろうけど、私は知っている、って、それが大事だ。



 ただし、狡猾なアステア人の中にもミクロス・リプスのように命懸けで腐敗したザザ家と戦った者もいるので、出自だけでは量れない部分があるというのも事実だ。それが更に戦争を複雑なものに見せているのだろう。


 戦争によって儲かる人がいる以上、人間社会から戦争をなくすことは不可能だ。しかし、間違った信仰を捨てさせることができれば、ウルキア帝国のように平和をもたらすことができるわけで、そのために私たちは戦うことを決意した。


 ミクロスですらミルヴァの真意を見抜けないのだから、人間に期待してはいけない。どんなに優しい男でもミルヴァの理想を阻むのならば、それは長い目で見た時に平和への妨げとなるからだ。


 時代の変わり目で戦争が起こりそうな雰囲気があるけど、大事なことはミルヴァの掲げる理想を見失わないことだ。信じられるのは、正しい世界と間違っている世界、在るべき世界と在ってはならない世界、その違いを知っているミルヴァだけなのだから。



 それから数日後の夜にビーナからカラスの通信が入った。ユリスは結婚してからは居室に護衛を入れないようにしているので、夜の間は私たちだけで部屋の中でリラックスできた。もちろん、そうなるように導いたのはミルヴァなのだが。


『ハクタ州の演習地で大事件が起こってるんだけど、これって、あなたたちの仕業じゃないでしょうね? 『幻を見た』とか、『幽霊に殺された』とか、とにかく大騒ぎになってるの。でも、あなたたちはカイドル州にいるから、いくらなんでも無理があるでしょう? どういう事情か知りたいから、心当たりがあるならカラスに向かって説明してちょうだい。じゃあね、頼んだわよ。追伸、ワタシは調子に乗ったことなんて一度もないからね』


 前回の会話を聞かれてしまったようだ。


「このカラス、聞いたことは何でも喋っちゃうみたいね」


 ミルヴァが窓際のカラスを見て表情を曇らせる。


「まぁ、いいわ、この子に悪気はないものね、って、これもビーナに告げ口するんだっけ? それより幻のことだったわね。それはきっと幻覚キノコのせいじゃないかしら? 去年の秋にガサ村の森の中で実験してたから、おそらくそれが今になって効果として現れてしまったのかもしれないわね。どうしてタイムラグが起こってしまったのかは調べてみないと分からないけど、考えられるとしたら、キノコが生える時期まで幻覚作用をもたらす魔力が潜伏した状態になっていたのかもしれないっていうことかしら。そういうのも含めて実験中だから、もう少し研究を続けないといけないのよ。こっちに来てからもカイドルの王城跡でも実験をしていたから、そこでも騒ぎになるかもしれないわね」


 そこで大きな溜息をつく。


「ビーナも手伝ってくれたら新しい幻覚キノコの使い方を発見することができたかもしれないのに、あなたは取材と称して旅行に出掛けるだけなんですもの。何が勉強よ。ただの観光じゃない。芝居に無駄はないって、その芝居そのものが無駄なのよ。『芝居のため』って言えば誰からも許されると思わないで。大半の者にとって、芝居は侮蔑や嘲笑や、卑しめたり貶したりする対象なんですからね。今は大事な時期なんだから、わたしたちにもっと協力してちょうだい」


 最後の方は夢見がちな子どもを叱りつける親のような表情になっていた。ミルヴァからすれば、芝居に夢中になっているビーナは家業をないがしろにする親不孝者のように思えるのだろう。


 ビーナも喧嘩をしたくてしているわけではなかった。彼女にとって一人きりで創り上げる芝居こそが自己の確立であり、自立でもあるからだ。それ故、親でもあり友でもあるミルヴァとは反目しあうのだろう。


 私はそんな彼女たちが決別しないために存在しているようなものだ。ミルヴァの掲げる理想は彼女だけでは達成できないし、ビーナが掲げる自由な表現が許される社会も彼女だけでは達成できない。だから結局は全員で力を合わせていくしかないからだ。



 それから間もなくしてカイドル城の跡地で幽霊騒ぎが起こった。本当なら直接出向いて調査したいところだけど、官邸から出ることができないので、部下に調査を命じたユリスから話を聞き出すしかなかった。


 ユリスは魔法が掛けられているのでミルヴァは知りたいことを何でも知ることができた。眠る前に一日の出来事をベッドの中で語るのが日課になっているからだ。それをミルヴァは合いの手を入れつつ、次にどうすれば良いかアドバイスするのだった。


 しかしミルヴァは、決して命令するような真似はしなかった。深刻ぶることで、ユリスがその不安を取り除くように自分から決断させるのだ。そうすることでユリス自身に洗脳していることを悟らせないようにしているわけだ。


「よし、わかった。それほど心配ならば本格的に調査団を送ることにしよう」


 そう言って、ユリスはミルヴァの手を握った。


「無理を言ってごめんなさい」


 それに対してミルヴァは、しおらしい妻を演じるのだった。


「これで少しは気分が晴れるといいけど」

「殿下の、そのお気持ちだけで充分嬉しゅうございます」

「『殿下』は止してくれって言ったろう?」

「ですが……」


 と言いつつ、ミルヴァはわざとらしく戸口に立つ私の方を見るのだった。

 そこでユリスが指示を出す。


「ああ、エルマ、もう下がってもいいよ。今日も一日ご苦労だったね」

「失礼いたします」


 命じられるまで眉一つ動かさないのが召使いの仕事だ。居室に立ち入る許可を得ているのは私だけなので、仕事はきっちりこなさなくてはならなかった。フィルゴという五月蝿うるさい補佐官がいるので一度のミスも許されないからだ。


 私が寝室を出る前にユリスはミルヴァの唇を求めたが、性行為を見るのは気持ちが悪いのですぐに居室へ移動した。男には指一本触れさせないと豪語していたミルヴァだけど、ユリスのことは可愛くて仕方がないといった感じだった。


 芝居と出会ってビーナは変わったけれど、ミルヴァもユリスと出会って変わった部分があるように見える。それは母親を愛するユリスの姿に希望を抱いたからなのかもしれない。男の中にも稀に女を崇拝できる者が生まれる、という一筋の希望に思えたわけだ。



 それから数日後の夜、ビーナからカラスの通信が入った。いつものように子守唄でユリスを寝かせたミルヴァが窓辺に降り立つカラスに話し掛けた。彼女以外の者が話し掛けても勝手に喋らない仕組みだ。


『どういう訳か知らないけれど、今そっちに新兵のケンタス・キルギアスが向かってるの。ドラコの弟ね。あの子たちは馬の扱いが上手いから、ひょっとしたら驚くような速さで到着するかもしれない』


 馬も人間と同じように走れる馬と走れない馬がある。それを見抜くのが馬主であり、能力を開花させるのが調教師というわけだ。さらに騎手によっても結果が左右されるという面白さがあるとのことだ。


 一日でどれだけ移動できるかは目安であって絶対ではない。道の状況や天候にも左右されるので、正確な日程を組んだり、到着予想するのが難しかったりするのが馬というものだ。条件次第では足自慢のミクロスの方が速い場合があるといった具合だ。


『それとは別の話なんだけど、ドラコ隊が演習地から丸ごと消えたから大騒ぎになってるの。といっても幽霊騒動の最中に消えたものだから、それと関連付けてパニックになってるのね。隊を預かるランバもいなくなったから、ドラコとの接触があるかもしれない』


 私たちは官邸から出られないので、外勤のドラコの動向を探れないでいた。


『ドラコ隊と関連しているか分からないけど、どうも、オーヒン国周辺の地域で不穏な動きがあるみたいなんだ。ひょっとしたら、もうすでに大きな事件が起こっているかもしれない。三十年前にゲミニ・コルヴスに協力した荘園の領主が殺されたの。これが陰謀の始まりを予感させるのよね。もう少し詳しく調べてみるけど、陰謀に巻き込まれないように気をつけてね。王族の血筋が殺されるって、只事じゃないわよ』


 いよいよ、幕が開けたようだ。


『それと今後、幻覚キノコの使用は控えてちょうだい。作用がはっきりしない物を使うのは危険だからね。そんな物を使って関係のない人が死んだらどうするの? ケンタスもガサ村を通るのよ? それで死んだらワタシは許さないからね。魔法の実験は構わないけど、やるなら安全を確かめてからにしてよね。追伸は……、なし!』


 カラスの話を聞いていたミルヴァが怒っている。


「あの子ったら、何様のつもり?」

「カラスが聞いてるよ?」

「構うもんですか」


 ミルヴァが怒りを吐き出す。


「わたしに命令したよね? いつからそんな偉い立場になったというの? 幻覚キノコの実験はビーナの命を守ってあげるためでもあるのよ? 八方塞がりの状況に陥っても、キノコの粉末を振り撒けば窮地を脱することができるの。そのために頑張って実験を続けてきたのよ? それに対する労いの言葉はないわけ?」


 まだまだ怒りが収まらない様子だ。


「それにケンタスがどうしたというの? 劇作家が若い役者に入れ込むように、実績のない卵に目をつけたわけね。それで『自分が最初に才能を見抜いた』っていう感覚を味わいたいんでしょう? もう、本当にくだらない。ドラコがパルクスの娘と恋仲になったものだから、新しい男に目が行ったわけね。そんなにユリスと結婚したわたしのことが羨ましかったの? あなたはユリスのことも特別視してたものね。もう、うんざり。いい男を追い掛けたいなら、計画を終わらせてからにしてちょうだい。そうすればケンタスでもユリスでも好きにすればいいわよ。すべては理想の社会を実現させる為だってことを忘れないで!」


 ビーナは英雄に恋い焦がれて、彼らの生涯を描くことに傾倒していたので、ミルヴァが怒る気持ちは理解できた。私たちのことよりも、キルギアス兄弟の方が大事なのではないかと思うこともあったのでガツンと言ってあげる必要があったわけだ。


 モンクルスやドラコが英雄であるのは確かだけど、そんな彼らですら間違った男神崇拝に疑問を抱けない凡人にすぎないわけで、その二人以外だとユリスに可能性を感じるくらいで、他の人間は等しく平平凡凡だ。


 そして女を大切にするユリスですら、カグマン国が国教と定める太教に疑問を持つことができないのだから、ミルヴァが絶望するのも無理のない話なのだ。一度広まった宗教ほど厄介なものはないので、だから危険を冒してまで布教するのだろう。


 しかしビーナが天才と認めたのはケンタスだけだ。モンクルスやドラコと実際に会っているけど、彼らのことは天才と呼ばなかった。その違いは気になるところだ。そこへちょうどケンタス本人が現れるというのも天才の成せる巡り合わせなのかもしれない。

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