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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第十二話(144) 八つの大罪 (憂鬱 憤怒 怠惰)

 場面はコーネリア領のメラ王女のいる寝室へと変わった。そこには両手両足をベッドの柱に紐で固定された王女の姿があった。まるで捕えられた化け物が縛りつけられているかのように見えた。


 私たち一行が近づいても気づくことなく、虚ろな表情で天蓋を見つめているのである。そこには別れ際に見た若々しい笑顔はなく、廃人のように横たわる姿があった。


「メラ王女に何があったんですか?」


 魔法の鏡で王女の心を若返らせたビーナが訊ねた。

 大魔法士ルキファが答える。


「彼女にもお前さんが魔法を掛けたんだったね。大きな姿見を用意して、若かりし頃の姿が見えるように幻覚を見せたんだ。でもね、ごらんよ」


 ルキファ様が示した壁には、割れた鏡が床に砕け散っていた。


「地震で粉々になっちまったのさ。そうなると、もう、手がつけられなくてね。鏡の所持を禁止していたというのに、今度はあちこちから鏡を集めるように命令したんだ。でも、結局はお望みの鏡は見つからなかったというわけさ。それで自殺を試みるようになっちまってね。それでこうして紐で繋がれているというわけさ」


 またしてもビーナの押し付けがましい魔法が仇となってしまったようだ。


「そんな、ひどい……」


 憐れむビーナをルキファ様が叱責する。


「どの口が言うんだい? こうなったのもお前のせいじゃないか!」

「違います。メラ王女は出会った時から病んでいました」

「その時も紐で縛られていたというのかね?」

「いいえ。それは違いますけど、こうなるのも時間の問題だったんです」

「あくまで、お前は自分に非はないと言うんだね?」

「はい。この状態は手を尽くした結果にすぎません」


 ビーナが言う通り、メラ王女が錯乱状態に陥っていたのは事実だ。


「マホや、お前さんは今回も何もしなかったのかい?」


 マホが悲しそうに首を振る。


「いいえ。メラ王女とはたくさんお話をしました。いえ、たくさんの思い出話を聞かせてくれたのです。王女はとてもご聡明でいらして、記憶力がよく、見てきたことを語る時は、私までまるでその場にいたかのように思わせるほど、細かく描写して話してくださるのです。感受性が豊かですから、喜怒哀楽が極端に表に出るのですが、それもメラ王女の愛らしいお姿だと思いました。気性が激しいので、突然部屋から追い出されることもあったのですが、それは一人になりたいという感情を、上手く伝えられないだけだったと思うのです。お父様を亡くされた影響が強いのでしょう。これまで甘えられたのが実父だけで、そのお父上を亡くされたから、苦しんでおられたのだと思います」


 そこでマホがメラ王女を見ながら悔しがる。


「でも、メラ王女には魔法なんて必要なかった。確かに気を病まれていたかもしれないけど、断じて、恥ずべき人ではありませんでした。同じ話を何度繰り返そうが、そばにいてあげるだけで、メラ王女は喜んでくれていたはずです。少なくとも、私はそう感じていました」


 ビーナが鏡を探しに行っている間、マホはメラ王女の寝室に通っていたわけだ。

 ルキファ様が頭を撫でる。


「マホや、やっぱりお前さんは優しい子だよ」

「ちょっと待ってよ」


 ビーナにも言いたいことがあるようだ。


「ウチも同じように感じたんだ。魔法の鏡を見て、メラ王女は喜んでくれた。病人を喜ばせたのは一緒だよ? それのどこに違いがあるというの? むしろ魔法で病気を治してやったんだから、私の方が褒められるべきじゃない?」


 それに答えられるのは大魔法士様しかいなかった。


「メラのこの姿を見ても、お前はまだ自分のことしか考えられないのかい? 救いようがないのはメラじゃなく、お前の方なんだよ。なんたってお前はメラに『憂鬱』の大罪を背負わせてしまったんだからね。お前が魔法を掛けなければ、メラはこれほど苦しむことはなかったのさ」


 憂鬱が大罪に含まれるというのは、どうもピンとこない。


「人間というのは私たちと違って、病気になるのが当たり前なんだよ。新たな命へと繋ぐためには、古い命には死んでもらわないといけないんだからね。病というのは、人間にとって不可欠というわけさね。病には身体の病気もあれば、心の病気もあるだろう。そのどちらも欠かせないんだ。躁病だろうが、鬱病だろうが、あって然るべきなのが人間という生き物さ。しかし『憂鬱』は大罪なんだ。なぜなら自然なことであって、決して憂うことではないのだからね。人間には治癒力があるのだから、治すための努力は悪くないさ。それも自然なことだ。でも、己を利するために、病の人間を憂いさせてはいけないんだ。ビーナ、お前がやったようにね」


 人間社会に存在する医学者には耳が痛くなるような話かもしれない。病を憂う、つまりは患者を患者のままにしておくことが、医者にとっては一番都合のいい状態で、不安を煽り、憂いさせ、一度薬漬けにしてしまえば、そのままずっと薬が売れ続けるからだ。


 ただ、ルキファ様が仰っていた通り、病気になることも自然なら、治療するのも自然なことなので、治療する行為や、薬を売って身を立てること自体は悪くはないはずだ。やはり、問題はいたずらに不安を煽って儲けようとする一部の悪人のことを指しているのだろう。


 最初はピンとこなかったが、こうして考えてみると、人間と病は切り離すことができない問題なので、『憂鬱』が大罪に含まれるのは納得だ。問題は、富を独占したい人間の都合で忘れ去られてしまわないかということだ。それだけは、ないと信じたい。


「それじゃあ、次の場所へ移るよ」


 そう言って、大魔法士様が杖を振った。



 すると場面はラアス領にある王城内の地下牢へと変わった。そこにはイーラ王女の夫が投獄されていた。おそらく実の娘である王孫を誘拐した罪で捕まってしまったのだろう。しかし、王族なので鎖には繋がれていなかった。


 私たちにとって暗闇は居心地のいい環境だが、人間にとっては耐えられない人もいる。それでもイーラ王女の夫は静かに壁にもたれているのだった。息がないというわけではなく、ひたすら夢を見ているような表情だった。


「大魔法士様」


 ミルヴァが問う。


「まさかラアス領での行いまでお咎めになるおつもりですか? これまでの事情を把握されておられるということは、この囚人が何をしたかご存知のはずではありませんか? この男は自分の娘を誘拐したのですよ? わたしは犯人を捕まえる役に立ったのです。その功績を無視なさるおつもりでございますか?」


 ルキファ様が答える。


「まぁ、待つんだ。慌てちゃいけないよ。イーラも堪え性のない女だが、考えてみると、お前とよく似ているのかもしれないね。少しでも辛抱できたら、こうはならなかったんだろうけどね。ほら、やって来たみたいだよ」


 地上へと続く石段の上に小さな明かりが灯った。

 その明かりが、小さな足音と共に近づいてくる。

 現れたのは、これまた小さな女の子だった。


「お父さま」

「ああ、ルラじゃないか」


 そう言って娘の許へ行き、抱きしめるのだった。


「一人で大丈夫なのか?」

「うん。お父さまに会わせてあげるって、みんなが協力してくれたの」

「そうか、お母様はこのことを?」

「知らない。お母さまには内緒だって」


 そこで父親は安堵の息を漏らした。


「ルラ、会いたかったよ」

「わたしも、お父さまに会いたかった」


 そこで悲しそうに俯くのだった


「どうした? 嬉しくないのかい?」

「だって、わたしがワガママを言ったから、お父さまが怒られて」


 そこで父親がもう一度、娘を抱きしめた。


「そのことはお母様に言ってないね?」

「うん」

「だったら、これからも絶対に口にしちゃダメだ。いいね?」

「わかった」


 父親が娘に言い聞かせる。


「ルラの気持ちはよく分かった。でも、これは誰かが悪いということではないんだよ。だから、ルラも『すまない』という気持ちを持つ必要はないんだ。ただ、お母様は少しだけ怒りっぽいっていうだけさ。よくあることなんだ。分かったら、もう戻った方がいいな。ほら、みんなが怒られるといけないから」


 お父さんの笑顔に、娘も笑顔になる。どれだけの不安を抱えていたのだろうか? その笑顔には、言い知れぬ不安から解放されたかのような輝きがあった。それから父親の言いつけを守るように、急いで地上へと戻って行くのだった。


「今の会話を聞いたね?」


 ルキファ様がお訊ねになったのに、ミルヴァは返事をしなかった。


「誘拐なんて初めからなかったのさ。あったとしても娘の自作自演で、それに父親が協力してやっただけさね。この場合、娘の方が主犯となるだろうね。それなのに、お前が余計なことをしたばっかりに父親が捕まっちまったじゃないか」


 ミルヴァが反論する。


「それは結果論であって、あの時は何も分からなかったのですよ? あの時点では、娘さんの命が無事だったかどうかも分からなかったのです」


 この件に関しては、アイデアを出した私も無関係ではなかった。


「マホや、お前さんはどう思うね?」


 ルキファ様の問いにマホが答える。


「はい。ミルヴァの主張は尤もです。ですが、捜査権のない私たちにできることといえば、目撃情報を提供することだけです。目撃していないのならば、できることは何もありません。それが人間社会の有り様ですから」


 ミルヴァが詰問する。


「あなた、それ本心で言ってるの?」

「実際に、私は何もしなかった」

「私たちには人助けできる力があるんだよ?」

「人を助けるために魔法力があるわけじゃない」

「では、何のために魔法力が存在しているというの?」

「母なる神にお仕えする為以外に、理由は存在しないと思うけど」


 マホの言葉を聞いて、目が覚めた気がした。生まれた時から修行院にいたというのに、人間社会を散歩程度に旅をしただけで母神の存在を忘れてしまったわけだ。私でこの有様なのだから、人間が母神の存在を覚え続けることなどできるはずがない。


「ミルヴァや」


 ルキファ様が憐れむ。


「お前さんの悲劇は、マホの力を見抜けなかったことかもしれないね。お前さんは真似だけしていれば良かったんだよ。そうすればイーラに『憤怒』の大罪を背負わせることもなかったんだからね」


 ミルヴァが腹立ち交じりに反論する。


「どうしてそれが、わたしのせいになるのですか? 確かに魔法を使いました。しかし、イーラ王女に魔法を掛けたわけじゃないではありませんか? 犯人が夫であることを知って、それで投獄したのは、いわば……、そう、彼女が生まれた時から持つ、王女としての資質、または才覚の問題だと思うのです。そんなものまでわたしのせいにされてたまるものですか」


 それに答えられるのは大魔法士様しかいなかった。


「お前は魔法を使った時に、人間に与える影響というのをまったく考えていないんだね。お前にとっては何でもないことでも、人間にとっては奇跡に見えちまうんだよ? 奇跡を起こしたお前が、この男を犯人だと名指ししたんだ。頭に血が上っているイーラが冷静でいられなくなるのも無理のない話さ。これまでは周囲の人間が上手く機嫌を取っていたようだけど、お前が現れてしまったから、もう耳を傾けることができなくなっちまったのさ」


 人間からしたら、ミルヴァは神に見えたかもしれない。


「生きていれば怒りで拳を握ることがあるだろう。人間なのだから怒りは大切な感情さ。悪いことには怒らないと駄目だしね。理不尽なことに憤りを覚えることもあり、それが世の中を良くする原動力にもなるんだ。だけど、同じ感情を二つ掛け合わせてはいけないよ。二つの脳ミソのうち、常に片方は冷静でいなくちゃ、感情が増幅しちまうからね。周りが見えなくなるほど自分を失った状態で、他人を裁けるものか。人間の判断力ほど頼りにならないものはないんだから『憤怒』は大罪なのさ。イーラと一緒に、お前たちが監獄に入って頭を冷やせば良かったんだ」


 今回の誘拐事件の真相は、六歳の女の子が乳母係の女に会っただけの話だ。冷静に考えれば、裁かれるべき人はどこにもいない。それはルラの父親も娘に言っていたことだ。私たちの到着が一日遅かったら、何事もなく丸く収まっていたのではないだろうか?


 といっても、私にはミルヴァやビーナを責める資格はない。己の点数稼ぎのために事件捜査を行い、アイデアを出したのはこの私だからだ。ルラちゃんから父親を奪ったのは私なのだ。そのことを彼女たちから責められないというのが申し訳なく感じる。


「それでは次の場所へ行こうかね」


 そう言うと、大魔法士様は杖を振った。



 すると場面はスロース領にあるお城の寝室へと変わった。ベッドで眠っているのは働き者のアセディア王女だ。その傍らに椅子を置いて腰を落ち着けているのは婚約者だ。その彼が寝ている王女の顔を確認しながら巻物の本を読んでいる。


 アセディア王女は母親であるスロース女王の介護をしていたはずだが、その彼女が昼間から眠っているということは、やはり疲れが一気に出てしまったのだろうか? まったく起きる気配がなかった。


「お昼寝してるみたいね」


 ビーナの声は弾んでいた。


「ミルヴァの魔法が効いたんじゃない?」

「うん?」


 対照的に、ミルヴァの表情は不安げだった。

 ビーナが説明する。


「ほら、よく眠れる魔法を掛けたって言ってたじゃない? ここの人たちは働き過ぎでさ、休みがないって愚痴をこぼしていたから、これで少しは気が休まるかもね」


 ミルヴァが大魔法士様に問う。


「アセディア王女は、その、つまり、いつから眠っているのでしょうか?」


 ルキファ様が感心する。


「ほほう、お前さんも段々と自分の愚かさが分かってきたようだね。不安で堪らないんだろう? 残念ながら、その不安は的中さ。アセディアはお前さんが去った後から目を覚まさなくなっちまったよ」


 ビーナが絶句する。


「私たちの魔法っていうのは、人間には効きすぎるのさね。ましてや未熟なお前たちが掛けた魔法だ。加減の仕方なんて分からないだろう? それを人体実験のように次から次へと試しちまうんだから困ったもんだよ。どうせお前たちのことだ、眠りから目覚めさせる方法も分からないのだろうよ。どうやって目覚めさせるつもりだったんだい?」


 ミルヴァが答える。


「わたしには夢の中に語り掛ける魔法がございます」

「ほほう」


 ルキファ様が唸る。


「アセディアが目を覚ますまで語り掛けるというアイデアは悪くないね。この可哀想な男の代わりに、お前が世話をしてやるんだ。互いに老婆となり、それで一生を終えるかもしれないが、それも仕方がないことさね。なんたって、お前がアセディアに『怠惰』の大罪を背負わせてしまったのだからね」


 ミルヴァが反論する。


「王女は『怠惰』の大罪を犯したからこうなったというのですか? わたしは『深い眠りが必要だ』と言っただけなのですよ? 休みが必要だと説きましたが、それは人間にとって大事なことではありませんか? どうしてそれを『怠惰』などと断じるのですか? それはあまりに厳しいご裁量です」


 今回も大魔法士様は後継者のマホに意見を求める。


「マホや、お前さんの取った行動を説明しておやり」


 闇のような真っ黒な目をした魔法少女が答える。


「はい。休息というのは労働と同じくらい大事なことです。休みの質が労働の質にも影響を与えますからね。でもそれは、私たちが与えてあげるものではありません。労働者が自ら考え、話し合うべきことなのです。立ち寄っただけの私たちに、組織や団体によって事情が異なる労働環境の何が分かるというのでしょう? だから私は何もしませんでした」


 マホは一貫して、人間社会のことは人間たちに任せるという方針のようだ。救いの手を求められても手を取らず、人間の手を取る時は死を看取る時だけ。彼女が大魔法士様に認められたということは、それが最適解ということだ。


 ミルヴァが腹を立てたように、マホというのは冷たくて、無慈悲に見えることが多々あるのだが、結果的に関わった人間たちを苦しめたのは、慈愛に満ちたミルヴァの方だというのが何とも皮肉な話だ。


「マホの言う通りだ」


 ルキファ様が補足する。


「人間は私たちと違って休まないわけにはいかないんだから、休みは必要さね。しかし、休むための権利を獲得したことのない一部の人間たちからは、必ず堕落した者が出てくるんだ。労働のありがたみがさっぱり分からない者たちも含まれるね。苦労をさせず、甘やかすように権利をばら撒けば、とことん怠けちまうのが人間さ。それだけに留まらず、味を占めたら仲間内で甘い汁を分け合うようになるんだよ? だから『怠惰』は大罪なんだ。働き者のアセディアを怠け者にするお前のやり方は、本当の怠け者に楽をさせるだけなんだ」


 振り返ってみると、スロース領のお城で働いている人たちは休みがなく、さらには睡眠時間が短いことを、まるで自慢するかのように話していた。大変であることを必要以上にアピールし、同情してやると、なぜか嬉しそうな顔をするのだった。


 人間には理解しがたい複雑な感情表現が他にもたくさんあるのではないだろうか? 苦労自慢する人と、辛苦に耐え切れずに自殺する人が、狭い社会で同居しているから、話し合いが噛み合うことがないのだろう。


 また、医者を必要としない健康な者からすれば、身体が丈夫ではないだけで怠け者に見えてしまうのかもしれない。他人の痛みが分からないというのが人間の最大の特徴でもあるので、そういった誤解が生じるのも避けられないわけだ。

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