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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第十一話(143) 八つの大罪 (暴食 色欲 強欲)

 ベッドの上でうめき苦しんでいるギュラ王女を見ても、何もしてあげることができなかった。それは私たちだけではなく、大魔法士ルキファ様も例外ではない。見えているのは過去の姿なので、祈りすら届かないというわけだ。


「大魔法士様」


 ミルヴァが問う。


「ギュラ王女がこのような姿になったのは、わたしのせいなのですか? なぜ人間の犯した罪まで、わたしのせいになさるのです? こうなる前に自制すれば良かっただけではありませんか。不治の病を治してあげたというのに、わたしばかりに責任を負わせるのはあんまりです。彼女の母親からも命の恩人として感謝されたのですからね」


 大魔法士ルキファが問い返す。


「その母親の心情が、他者であるお前に分かるというのかね?」

「財産や土地までくれると言ってくれたのですよ?」

「では、それもお前の目で確かめるがいい」


 何を言っているのか分からなかったが、しばらくすると、その母親であるグルトン女王が娘の様子を見に寝室に入ってくるのだった。当然ながら、女王にも私たちの姿は見えていない。そのままギュラの許へ行き、水を飲ませた。


「何をしていたの? 呼んだらすぐに来てって言ってるでしょう」


 水を飲ませてくれた母親に感謝の言葉もなかった。


「ああ、ごめんよ。わたしもやることが多くてね」

「誰のせいで、こんなにも苦しんでいると思ってるの?」

「わたしのせいだと言うのかい?」

「産んだお前以外に誰が悪いというんだ?」


 母親がその言葉に涙を流した。


「違う」


 突然、そこでグルトン女王が何かを閃いたようだ。


「それは違うよ。お前をこんな姿にしたのは、あの、黒猫を連れた修行者さ。そうに違いない。あの修行者がお前に変な物を食べさせたばっかりに、何もかもがおかしくなってしまったんだ。ああ、忌々しい。わたしの大事な娘に何てことをしてくれたんだろうね」


「ちょっと待って!」


 ミルヴァの叫びが空しく響いた。


「わたしは命を救ってあげたじゃない!」


 その声は、母娘には決して届かないのだった。


「お母様」


 なぜかギュラも涙を流している。


「その黒猫を連れた修行者を見つけ出してちょうだい。それからわたしと同じ苦しみを与えてほしい。お願い」

「ああ、約束するよ。お前を酷い目に遭わせたんだ。それでどうして何もしないでいられるというんだい? 捕まえて、死刑にしてやるんだ」


 なんて勝手な言い草だろうか?


「それよりお母様、お腹が空いてしまったわ」

「ああ、そうだったね。今すぐ用意するからね」


 そう言って、母親はその場を後にした。

 娘の方は喉の渇きから解放されて、目を閉じた。

 するとすぐにいびきをかいて眠りに落ちるのだった。


「見たかい?」


 ルキファ様がミルヴァに問う。


「これでもお前さんに感謝してるって?」


 ミルヴァは黙っているが、ギュラ王女に対して怒っているのが分かった。

 ルキファ様が諭す。


「見ての通り、感謝は一瞬で、恨みは一生なのさ。それが人間というものさね。人生が上手くいっている時は神に感謝する余裕もあるが、良くないことがあると、すぐに神のせいにするだろう? 自分を生かすための術でもあるんだが、私たちまでそれに付き合ってやる必要はないよ。だからマホのように何もしないというのが正しいんだ。いや、正しいとか悪いとかではないね。それしかやりようがないんだよ。お前と違って、マホは学ばなくても分かってしまうのさ」


 マホは真似も学びも必要ないから大魔法士の後継者に指名されたわけだ。


「食欲があるというのは悪いことじゃないのさ。私たちと違って、そうしなければ生きていけないのだからね。でも『暴食』はいけないよ。これは立派な大罪だ。人類における最大の罪と言っていいのかもしれないね。なんたって『暴食』から、ありとあらゆる犯罪が発生してきたのだからね。争い事も、盗みも、結局は誰かが犯した『暴食』から始まってしまったのさ」


 ミルヴァが問う。


「この後、ギュラ王女はどうなったのですか?」


「直後に黒猫を連れた修行者が捕えられて、城の牢に入れられちまったよ。お前の一つ下の女たちだ。修行院にいた者たちだから憶えているだろう? 六名が捕まったのは、お前のせいなんだよ?」


 六名ということは、劣等世代と揶揄されてきたジュノたちが、その後の一年で脱落者を出さずに全員で試練を受けることができたわけだ。不作の年どころか、私たちよりも優秀だったのかもしれない。といっても、それで全員に資格が与えられるかは分からないが。


「ジュノたちは無事なのですか?」


 ミルヴァが心配した。


「それをお前に教えてやる義理はないね。それは彼女たちが受ける試練であって、お前の試練はもうとっくに終わったのだからね。でも安心しな、魔力を封じ込めるだけじゃなく、記憶も消してあげるからさ。そうすれば気に掛けることもなくなるんだ」


 それでもミルヴァは黙らなかった。


「こんなことはギュラ王女にしか起こりません。彼女がいけないのです。わたしは他にも人助け、いいえ、国の存続にも力になりました。ルストー領のラクスリア王女をご存知でしょう? 彼女はわたしのおかげで世継ぎを持つ気になったのですよ?」


 ミルヴァが惚れ薬を飲ませたことで、王女が初夜を迎えることができたのは事実だ。


「それが余計だと、まだ分からないのかい?」


 そう言うと、大魔法士様が杖を振った。



 すると一瞬でルストー領にある城内の教会へと場面が変わった。そこには膝を折って祈りを捧げるラクスリアの夫ベニスの姿があった。私たち一行が近づいても気づかないということは、これも過去を見せられているわけだ。


「神よ、どうか、母子ともに健やかであることを願います」


 どうやらラクスリアは妊娠したようだ。


「大魔法士様」


 ミルヴァが確認する。


「ひょっとしてラクスリア王女はご懐妊されたのではありませんか? だとしたら、それをなぜ余計なことだと断じるのですか? 女の子を身籠ったら王家を受け継ぐ王孫を儲けたということになるじゃありませんか? 王婿もこのように祈りを捧げています」


 ルキファが言い捨てる。


「まぁ、見とくんだね」


 夫ベニスの表情が嬉しそうではない。


「神よ、あなたがいけないのですよ? だってそうでしょう? 私が何をしたというのです? 悪いのはすべてラクスリアなのですからね。だから妻には無事に出産してもらわねばなりません。生まれてくる子を殺すには、母子ともに健康であらねばならないのです。それくらい、この世との別れに叶えてくれてもいいではありませんか?」


 生まれてくる子を殺す?


「無事に生まれてきたら、浮気した男と一緒に喜んでいる妻の前で、子どもを殺してやるのです。私は罪を犯しますが、それは私が自ら望んでするわけではなく、私が罪を犯さければらないように、ラクスリアが導いたのですからね。神よ、それはあなたが一番お分かりになられているはずだ」


 ミルヴァが膝立ちで祈りを捧げるベニスの前に立って見下ろした。


「お前たち人間は、どうしてこうも身勝手な者ばかりなのだ?」

「不貞を犯した妻が悪いのに、どうして私が苦しまないといけないのですか?」


 見えていないベニスと一瞬だけ会話が噛み合ったようだ。

 その問いには、ミルヴァも答えられなかった。

 ベニスが続ける。


「神よ、裁くならば妻ラクスリアをお裁きください。しかし、彼女は王女です。どうせ、何もしてくださらないのでしょう? ならば、せめて辛苦を負わせたいではありませんか。誓って申し上げますが、私に非はありませんでした。責めるならば、ラクスリアをお責めください。罪人は妻の方なのですからね」


 ミルヴァが悔しそうに呟く。


「助けてあげるんじゃなかった。せっかく力になってあげたというのに、どうしてみんな裏切ってしまうの? 人間は受けた恩を忘れて、仇で返す者ばかりじゃない。いい事をした後に限って、酷い目に遭わされるんだ。もう二度と人間など助けてやるものですか」


 ルキファ様が問う。


「お前は人間が悪いと思っているのかい?」

「当然でしょう? 不貞を働いたラクスリアが悪いに決まっているではありませんか」

「自分がしたことを忘れたわけじゃないだろうね?」


 ミルヴァは答えられなかった。


「お前がラクスリアに『色欲』の罪を背負わせてしまったんだよ? お前は修行院の子どもたちの中でも飛び抜けて強い魔力を持っている。それは自分でも分かっていたことじゃないか? それなのに人間に対して使うには強すぎるってことが、まったく理解できていなかったんだ。安易に使うものじゃないのさ。マホがラクスリアに何をしたか思い出すんだ。マホはね、この男の妻に対して『何もしない』ということをしてあげたんだ。お前ほどの賢い女に、その意味が、なぜ分からない?」


 そこでマホに問い掛けた。


「マホや、どうしてラクスリアに何もしてあげなかったのか、教えてくれないかい?」


 小さな後継者が答える。


「はい。人間は十七年も生きれば大人の身体になりますが、すべての女が子どもを産む身体になるわけではありません。個人差があるので、個々の悩みは尽きませんが、それでいいのです。同じであることの方が、より苦しむことになりますからね。ラクスリアはすでに女の身体になっていましたが、戸惑いもあったのでしょう。私たちと同じ十七でしたからね。そんな彼女に対して、焦らせることはなかったのです。ただ、時間を掛けて、待ってあげればよかった。それが今は残念でなりません」


 落ち込むマホを、大魔法士様が優しく抱擁する。


「お前は何も悪くないんだよ。ミルヴァが勝手にしたことなんだ。この女の罪まで、お前が背負うことはないんだ」


 そこでミルヴァに向き直る。


「マホの言葉を聞いたね? 人間にとって、女の出産は命懸けさね。時に己の命と引き換えにすることだってあるんだ。だからすべての人間が早熟である必要はないと言っているんだ。個人差を知っているからこそ、あえて沈黙を選んだのさ。それに引き換え、お前ときたら知り合ったばかりの者に対して、いたずらに性衝動を煽っただけじゃないか。自分の力を誇示するためにラクスリアを利用したのさ」


 今なら『じっくりと話を聞く』という選択ができたかもしれない。


「性欲が悪いと言っているわけじゃないんだ。それがなければ、人間は絶滅してしまうのだからね。生き残るためには、食欲と同じくらい大事なものさ。でもね、『色欲』は大罪だ。そこから多くの罪を生み出してしまうのだからね。殺し合う者もいれば、盗む者も出てくるだろう? 開き直るのが人間で、それも結構だが、他者に迷惑を掛けない範囲でやってほしいもんだ。それが出来るのなら、という話だがね」


 ミルヴァが訊ねる。


「ラクスリア王女がどうなったのかも、教えてはいただけないのですね?」

「当然さね。お前さんが関わらない方が人間社会にとってもいいだろうしね」

「あの」


 そこで声を上げたのはビーナだった。


「大魔法士様、アヴァリティア王女はどうなったでしょうか?」

「ああ、そうだったね、お前さんも魔法を使ったんだったね」


 そう言うと、大魔法士様は杖を振った。



 すると突然、市街地の中にある競技場へと場面が変わった。そこではまさに今、観客の歓声と共にウサギのレースが始まろうとしていた。それを特等席で見つめるアヴァリティア王女の姿があったのだった。


 私たち五人が特等席に現れても王女は気にも留めず、レースが始まるのを待っていた。それは私たちの姿が見えていないというのもあるが、たとえ見えていたとしても、食い入るようにレースを見つめる彼女の注意を引くことはなかっただろう。


「何よ、あれ? 本当にウサギなの?」


 ミルヴァが驚くのも無理はなかった。スタートラインにいる八羽のウサギのうち、一羽だけ他のウサギに比べて一回りも二回りも身体の大きなウサギがいたからだ。おそらくというか、確実にそれがビーナに魔法を掛けられたウサギに違いない。


「行けっ! ヨル! その調子よ!」


 レースが始まると、アヴァリティア王女は席を立って応援を始めた。


「やったあ!」


 当然というか、あっさりと王女のウサギが優勝してしまった。アヴァリティア王女が手を振って、観客の拍手に応える。しかし当の王女は、笑顔とは裏腹に、負けたかのように冷めた目を向けるのだった。


「以前は熱狂していたのに、最近は観客も何だかおもしろくなさそう」


 王女の言葉に、祖父くらい年の離れた臣下が答える。


「殿下のウサギに敵うウサギがおらぬことは、観衆も承知しておりますからな」

「では、賞品をもっと豪華にしましょう。これまで得た財宝をすべて賭けるの」

「すべてでございますか?」

「そうよ、ヨルが獲得した賞品なのだから、文句はないでしょう?」

「それでも対戦を望む者はおりますまい」

「だったら、金山を賭けましょうよ」

「いや、それは流石に陛下のお耳にも入れるわけには参りません」

「どうしてよ? ヨルが負けるとでもいうの?」

「ウサギに万一のことがあった場合、取り返しのつかないことになりますぞ?」

「大丈夫よ、ヨルが負けるわけないんだから。あの子は魔法のウサギなのよ?」


 老家臣が弱った顔を見せる。


「さぁ、さっさと対戦相手を見つけてくるの」


 そう言うと、引き続き行われたレースに夢中になるのだった。


「この子が、あのアヴァリティア王女だというの?」


 ミルヴァが首を振る。


「あの子は質素で物欲のない良い子だったじゃない?」


 ビーナは言葉を失い、茫然としていた。

 そんな彼女をルキファ様が責める。


「お前さんが去ってから、この子は変わっちまったんだよ」

「嘘です!」


 ビーナが反論する。


「私は王女に魔法を掛けていません」

「嘘なものか。魔法を掛けたウサギに魅入られちまったんだからね」

「それが私のせいだというんですか? この生意気なガキが悪いのに」


 大魔法士様がきっぱりと否定する。


「人間というのはね、物に魅入られちまうもんなのさ。動物だけじゃないよ? 形あるものはすべて対象になっちまうんだ。宝石なんかがいい例じゃないか。つまり、お前さんはアヴァリティアに『強欲』の大罪を背負わせてしまったのさ。マホや、この分からず屋に言っておやり」


 マホはビーナではなく、レースに夢中になっている王女に向かって口を開く。


「この子とは少しだけしかお話しできなかったけど、すごく良い子なのです。彼女にはささやかな夢があって、それがウサギを元気にすることでした。それはでも、誰かの助けを借りるとかではなく、自分でウサギの飼い方を勉強して育てたいと言っていたのです。だから、ウサギに魔法なんか掛けちゃいけなかった」


 ルキファ様が唸る。


「人間というのは私たちと違って、学ばなければ何もできないものなんだ。それを決してバカにしてはいけないのさ。ましてや、その機会を奪うなんて以ての外さ。それにビーナ、お前さんは魔黒石の色を変えることに魅入られちまって、それでアヴァリティアを利用したろう? お前は自分の魔法を押し付けたのさ。それは浅はかとしか言いようがないくらい酷い罪だ」


 ビーナが反論する。


「でも、この子は優勝して手に入る『ウサギ小屋が欲しい』と言っていたんですよ? ということは、『強欲』はこの子の心に最初からあったものじゃないですか」


 ルキファ様が即座に否定する。


「欲があること自体は何も悪いことだとは言っていないんだよ。ウサギ小屋が欲しい? 結構じゃないか。何かを目標にすることは継続する力を生み出すのだからね。人間にとってはそれも必要なことさね。でもね、度が過ぎると詐欺や独占にも繋がるだろう? だから『強欲』は大罪なんだ。お前さんがやったことは……、そうさね、いかさまでレースに勝たせたようなものだ。それでも罪を認められないというのなら、お前さんは生粋の詐欺師ということになるね」


 ひょっとしたら、人間社会が少しずつ魔法界に似てきたのは、ミルヴァやビーナのような魔法士の卵たちが、試練の旅の最中で、良かれと思って魔法を使ってしまったからではないだろうか?


 人間界は魔法界とは別に、独自の社会形態を形成しているが、少なからず与えた影響は大きいと見るべきかもしれない。問題は、マホのような賢者は何もせず、ミルヴァやビーナのような愚者の方が多大なる影響力を持っているということだ。


「よし、ここまできたら、お前たちが犯したすべての罪を見せた方がよさそうだね」


 そう言って、大魔法士様は杖を振った。

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