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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第九話(141) スパビア・プリードの場合

 そもそも歴史を紐解くと、ウルキアという一大帝国も人間社会に世界史なるものが存在するから生まれたのであって、そこに暮らす人、特に隣国との戦争のない東側の人間など、自分たちがウルキア帝国に属していることすら知らないものだ。


 ウルキアとは古都の名称にすぎず、そこで反乱戦争が起こり、西側に逃れた者がガルディア国を建国したから、対立構造を分かりやすく示すために大陸の東側半分の国々をまとめてウルキア帝国などと呼ぶようになったのだ。


 帝位がないのに帝国と呼ばれるのは、母神を崇める地教を信仰している地域全体を総称するためで、太教を国教とするガルディア帝国が存在していなければ、誰もウルキア帝国なる名称で呼ぶことはなかっただろう。それも戦争がもたらした発明品の一つかもしれない。


 戦争の理由も反乱戦争以後は、国境線を巡る領土問題で戦ったり、資源を横取りするために戦ったり、互いを宗教上の異端者と見做して戦ったりと様々だ。中には盗賊の略奪行為が戦争に発展したケースも存在する、というより、それが主だったりする。


 信仰する宗教のために戦うことを崇高とする風潮もあるが、私たちから見れば殺し合いはどれも一緒だ。村で起きた殺人事件も、何千人が殺し合う戦争も、そこに違いを見い出すことはできない。


 人間は食べるために他の動物や植物の命を奪うが、それを見ている感覚に近いのかもしれない。戦争も結局のところは食料を確保するためという見方もできるし、食べる必要のない私たちからすると、やはりどうでもいいこととして捉えてしまうのだ。


 それでも可哀想だと思う気持ちは存在する。戦争を仕掛ける人間には狡猾な者が多く、土地を奪いたいだけなのに、宗教を大義として利用して、持たざる者を戦争へとけしかけて戦果を独り占めする犯罪人がいるからだ。


 とはいえ、人間に宗教の概念を持たせた私たちにも責任の一端はある。模倣ではなく、宗教の原点、つまりは私たちの存在を忘れさせなければ、神を利用して戦争などするはずがないはずだから。


 私も人間社会に放り出されたら、人間と同じように原初神を忘れて戦争犯罪人になることもあるだろう。しかし、せめてウルキア人のように防衛のための戦争はするけれど、侵略のための戦争だけはしたくないものだ。


 余談だが、大陸の南方には地教から派生した宙教なる宗教が存在する。特徴は私たちの厳格な階級制度を模倣していて、それが庶民を苦しめているという話だ。人間が魔法使いを真似ること自体無理があるのだから、制度を扱い切れないのは当然だ。


 地教は原初神である母神を崇め、太教は男神を崇め、宙教は女神と男神を崇める多神教となっている。すべては私たちの模倣だけれど、ところ変われば信仰の対象も変わってしまうのが人間社会の面白いところだ。


 大陸の南方を征服したアウス・レオスという英雄が有名だけど、その一神教を信仰する大王でも多神教を根絶やしにすることは叶わなかった。ということは、これからも枝分かれして、様々な宗派が起こると予測できる。それが、世界戦争じゃなければいいのだけれど。



 湖の城を出てから二か月かけてプリード領に辿り着いた。古都ウルキアを含む領地であるが、現在はプリード女王が旧都を守る形で国境地帯に築城し、実際に居城していることから、プリード領と呼ぶ者が多い。


 王城は高く堅牢な防壁に守られており、城下町も城塞都市としての機能が万全のように見える。徴兵制があるためか、人口比率も若い男が多く、その誰もが兵士の格好をしていた。これまでの領地と違って、戦時下の雰囲気があった。


 他に気になったことは、これはプリード領全域にいえることだけど、教会の数が少ない、というよりも全く見掛けない点だ。巡礼者の姿も見当たらず、女、子ども、年寄りの姿もほとんど見掛けなくなった。


 おそらくはどこかに疎開地があるのだろう。それで王城のある町全体が前線基地という位置づけになっているのかもしれない。そのすべてがガルディア帝国の侵攻に備えているというわけだ。


 そのことについて、ミルヴァが王の間に通された時、城を預かるスパビア王女に訊ねた。ちなみにプリード女王は不在で、古都ウルキアに居城しているという話だった。前線の指揮を後継者である娘の一人に託したということなのだろう。


「城下町には教会が一つもないのですね」


 腕や足に包帯を巻いた、見るからに痛々しいスパビア王女が頷く。私よりも髪を短く刈り込み、そのきれいな顔にも深い傷が刻まれていた。この人は王城に留まるだけではなく、戦場にも出向いているのだろう。


「教会があると、そこが狙われてしまいますからね。それでも守らないといけないということは兵士たちも承知しているのですが、町や村の子どもを戦争に巻き込むわけにもいきません。だからといって、信仰心をお疑いにならないでいただきたい。わたしたちが戦う理由は、それだけなのですから」


 スパビア王女自身も少女の年齢だ。


「もちろんでございます。誰がお責めになるものですか」


 その言葉も気休めにはならないと、ミルヴァも分かっているようだ。

 スパビア王女が心境を吐露する。


「兵士たちの言葉を代弁するような真似はしたくありません。それでも彼らの心情を察すると、やるせない気持ちがあるのも事実なのです。どうして、どうして、わたしたちだけが戦わなければならないのかと。そうではありませんか、生まれた場所が少しでも東に位置していたら、戦争とは無縁の生涯も送ることができたのです。そのことは見なくとも、脱走兵が存在していることから分かるものです。東側の人間には、わたしたちがガルディア人からの侵攻を防ぐために戦っていることを知らぬ者もいるのですよ? そういった事実があるにも拘わらず、無神経にも、兵士たちに平和を説く巡礼者もいるのです。信仰心を奪われないために戦っているというのに、それではあんまりではありませんか。武器を捨て、無抵抗のまま土地を差し出すようにと兵士を説得するのですが、一体、彼女たちは何のために存在しているというのですか? そういう者たちは、暴力反対を訴えているにも拘わらず、ガルディア人からの侵攻があると、いつの間にか姿を消しているのです。どこへ消えたかというと、兵士らの家族が暮らす村へと避難しているんですね。そこを、その場所を守るために、兵士は命懸けで守っているというのにですよ!」


 戦争とは無縁な場所で生まれた牧者なのだろう。悪気はなく、むしろ正義感が強く、それで戦争反対を説くために前線へ来たわけだ。その戦争とは無縁な故郷も、王女たちが守り抜いてきたというのに、そのことを理解できないのだ。


 本当に戦争を止めさせたいのならば、自国の人間ではなく、侵略者であるガルディア人に訴えなければならない。国境をまたぎ、敵兵の剣先に立ちはだかる勇気がないのなら、黙っていればいい。信仰など一人でもできるのだから。


 しかし、大地に流れた血は元に戻らない。土地や文化が奪われるだけではなく、血筋ごと根絶やしにされることがある。それでも構わないと言う人たちは、もうすでにこの世から去っている、永遠に。


 そうかと思えば、戦争反対を唱える地教徒の巡礼者が、侵略された途端に宗旨替えするのも人間の強かさだ。すでに土地に根差すことを目的としない宗派も存在している。こうして分裂していくのが人間社会の宗教なのだろう。


「スパビア王女」


 ミルヴァが訴える。


「すべての巡礼者が同じとはお考えにならないでいただきたいのです。ガルディア人は自分たちがどこから生まれたのかも忘れてしまった哀れな人たちです。恩を忘れて、反抗を繰り返す、出来損ないの根無し草ではありませんか。わたしたちに出来ることがあれば何でも協力いたしますので、どうか、ご自分に疑問を投げかけることなきよう、お願いいたします」


 束の間、スパビア王女の表情が和らいだ。


「ミルヴァでしたね。あなたの言葉は、不思議と神からのご神託のように感じられます。あなたがわたしの代わりに陣頭に立たれたら、兵士たちはどれほど心強いでしょうか。というのも、ガルディア帝国の皇帝は西側諸国を次々と制圧し、そこで腕の立つ兵士を集め、それから部隊を編成して全面決戦に挑んできたのです。準備に長い時間をかけた上、こちらは侵略する意図はありませんから、すべての局面において後手に回るしかないというわけです。前哨戦では地の利を活かして勝利を収めましたが、年内に大規模な侵攻があると報告を受けており、そこで防ぎきることができるかは、確信を持てないというのが正直なところです」


 ガルディア帝国はウルキア帝国と違って帝位の在る帝国だ。アクタビウス家だか、ジス家だかが皇帝の実権を握り、小国を武力による弾圧、または無血開城で支配下に収めることで、現在の地位を確固たるものにしてきたという歴史がある。


 その勢力範囲は海を越えた西の果てにあるカグマン島にまで及び、皇族の血縁者を王宮に嫁がせることで辺境地を支配してきたわけだ。半島の小国は完全な属国となり、国王の任命権すら帝都が有しているという話だ。


「率直にお聞きしますが」


 ミルヴァが積極的に訊ねる。


「大規模な侵攻といっても、ガルディア帝国の帝都は西側の中心にあり、攻勢を仕掛けるといっても長期の遠征になります。そこでですが、こちらが徹底抗戦した場合、勝機というのはどの程度あるとお考えございましょう?」


 そんなことを聞いてどうするというのだろう?


「そうですね、もうすでに進軍しており、一月後には本体が到着するとの報告を受けておりますが、数でいえば互角以上、二十八万から三十万の大攻勢となりますが、こちらも戦闘員だけで同じ数を配備することができました。半兵を併せれば数の上では圧倒できると考えております。敵軍は補給も困難となるでしょうし、隊列を維持できるとも思いません。統率も乱れるでしょうし、これほどの大軍では情報も正確に伝わらないでしょう。そこは我々としても付け入る隙だと考えていますがね」


 そこでスパビア王女が苦悶の表情を浮かべる。


「しかし、その敵軍の弱点は、そっくりそのまま我が軍にも当てはまることなのです。地図上にある街道を分かりやすく攻めてくるとは限りませんし、大軍が一塊で動くとは思えません。部隊を的確に配置して、そこで正面決戦ができれば必ずや撃退できるでしょう。ところが、防壁となっている我が領土の網の目を潜って侵攻を許した場合、他の領土では全面降伏するしかないというのが実状です。一万、そうです。たった一万の敵兵でも、内部に侵入を許したら、王城のある王都でも抗戦することは困難でしょうね。そのためにも国境で侵攻を食い止めなければいけないのです。互いの斥候兵が夜目を光らせている状態で、勝利の瞬間まで緊張を維持できるかは、結局のところは一人一人の兵士の意思に懸かっているのです」


 兵力では勝っていても、戦争をしたことのないウルキア人が勝利するというのは難しそうだ。話に耳を傾けながらも、早々にウルキア帝国が降伏する絵が思い浮かんでしまった。はっきり言うと、戦争慣れしたガルディア人に勝てる可能性はゼロだ。


 ガルディア帝国の大軍が侵攻してくる一か月後に地教が人間社会から消滅するかもしれない。そうなれば密教として細々と残っていくだけになるだろう。とはいえ、これも私たちから見たら自然淘汰にすぎないわけだが。


 いくら地教が私たち魔法界に最も類似した宗教だからといって、協力する義理はない。それが魔法界の在り方だからだ。聖地であるガリヤ山が人間に征服されようとも、人間が入山した時点で住処ではなくなるのだから。


「スパビア王女」


 ミルヴァが玉座の前に歩み出た。


「わたしにお時間をいただけないでしょうか?」


 何をするというのだろう?


「傷つきながらも民のために戦う王女のお力になりたいのです」

「先ほど申した『陣頭に立ってくれたら』というのは、つまらない冗談ですよ?」

「いいえ、それを実行したく存じます」


 親友のビーナも呆れている。

 スパビア王女は言葉の意味が理解できていない様子だ。


「何をなさるおつもりですか?」

「風のない夜を待ちましょう」



 それから三日後の真夜中、風のない夜がやってきた。するとミルヴァはスパビア王女を見晴らし塔の最上階へと連れて行くのだった。ビーナも同行しているが、マホはいつものように『私は何もしない』と言ってそのまま眠ってしまった。


「ミルヴァ、ここで何をしようというのです?」

「眠りに就いている兵士に呼び掛けるのです」

「ここで?」

「はい。兵士に語り掛けて、士気を高めようではありませんか」

「どうやって? 地上にいる衛兵にさえも声は届きませんよ?」

「夢を見せればいいのです」


 眠っている兵士に夢の中で語り掛ける?


「現実では、三十万もの人間に、あなたの声を直接届けることはできません。ですが、ここでスバビア王女が話した言葉は、わたしを通して兵士の耳に伝えることができます。今、あなたの前には三十万の兵士がいるのですよ。さぁ、声を掛けておあげなさい」


 そう言って、手を差し出した。

 しかし、スパビア王女はその手を握ろうとしなかった。

 ミルヴァが王女に暗示を掛ける。


「自分を信じるのです。兵士の命はあなたに託されているのですよ。神に選ばれし者として、勝利を誓うがいいでしょう。神の言葉を代弁するのです。彼らはそれを待っているのですからね。さぁ、声を掛けておあげなさい」


 すると、王女はゆっくりとミルヴァの手を握るのだった。


「ウルキアの神兵よ」


 スパビア王女の気高くも誇り高い声が地に響き渡る。


「聞こえますか?

 決戦の日が迫っています。

 神はあなたたちをお選びになられた。

 今こそ戦うのです。

 異端者から民を守りなさい。

 それを神は望まれています。

 邪悪な血を一滴も残してはなりません。

 勝利するのです。

 殺しなさい。

 異端者どもを葬るのです。

 生きて帰してはなりません。

 一人残らず殺しなさい。

 玉砕あるのみ。

 恐れてはなりません。

 あなたたちには神がついています」



 翌日には王城を後にしたので、実際にミルヴァの魔法に効果があったのかどうかは分からなかった。ガルディア帝国との全面戦争も一月後ということもあり、少なくともそれまでは確かめることはできないはずだ。


 それでも王城の衛兵たちの顔つきが明らかに変わっていたので、ひょっとしたら本当に魔法で夢を見せることができたのかもしれないと思ってしまった。ただ、人が見る夢なので、やはり確かめることは不可能だ。


 しかし効果が現れたとしたら、今回のミルヴァの魔法はどういった原理を働かせたのだろうか? 声は音であり、音は振動で伝わるものだから、その振動を兵士の耳に伝搬させたということか? そうなると大気も自在に制御できるということを意味している。


 声を届けることさえできれば、人間というのは睡眠中、常に夢を見ているものだから、後は勝手に脳が夢として処理するに違いない。こうして考えてみると、今回の魔法がまったくのデタラメというわけではないということが分かる。


 ただし、それをアイデアとして思いついてしまうところがミルヴァの凄さだ。私が何千年掛けても到達できない発想力だ。対面式の暗示と違って、夢だからぼんやりとした暗示になるが、それでも三十万人に同じ夢を見せるというのは新しい手法だ。


 アイデア次第で今までになかった魔法を生み出すのが個性だけれど、ミルヴァほど魔法士になるために生まれてきた魔法少女はいないのではなかろうか。ビーナも凄い才能の持ち主なのに、彼女の才能が霞んでしまうほどずば抜けているからだ。


 また、本人が自覚しないうちに勝手に魔法レベルが上がっているところも驚愕だ。今回はプリード領の王城周辺にいる三十万の兵士を対象としていたが、次に同じ魔法を掛ける時は、その範囲が領土内全域まで広げることができるかもしれない。


 風が吹いていても、つまりは雑音なんかも気にすることなく、届けたい人の耳にピンポイントで振動を送ることができるかもしれない。そんなありえない魔法を掛けることができるのが、ミルヴァという才能の凄さというわけだ。


 ただ、残念なのが、試練を終えた今、結局私はミルヴァのように魔黒石を光らせることができなかったことだ。それは別れを意味している。まず間違いなく記憶を消され、人間社会に放り出されることになるだろう。


 そうなると、ミルヴァの更なる成長を見ることができなくなる。どこかの町で会ったとしても、向こうは知っていても、私は顔も思い出せなくなるということだ。自分が魔法士になれないことよりも、そっちの方が心残りだった。

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