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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第七話(139) アセディア・スロースの場合

 それから二か月かけてスロース領に辿り着いた。そこは鉱物資源に恵まれた土地だった。ウルキア帝国の西側から東側に人が流れたのは、ひとえにこの地で新たな鉱脈が発見されたからだともいわれている。


 そもそも、ウルキア帝国と大陸を二分するガルディア帝国が戦争を仕掛けてきたのも、スロース領の金山を奪うことが目的だ。それなのに聖地奪還を大義として刷り込んで兵士らに戦争をさせるのだから性質が悪い。


 歴史を遡ると、教義のズレから内紛が起こり、ウルキア帝国から追い出されて、以西の地に新たな国を建国したのがガルディア人の先祖たちだ。それを子孫が自己を肯定するために、自らを迫害された被害者として資料に書き残すことで歴史を改ざんしてきたのだ。


 問題はガルディア人が信奉しているのが父神であることだ。父神すら母神以外からは生まれ得ないというのに、それでもガルディア人は母神を崇めるウルキア帝国の土地を聖地と呼んで奪おうとするから変な話になる。


 都合の悪い古い資料を焼き払っては、自分たちにとって都合のいい資料だけを守り抜き、自分たちで作った歴史書を証拠にしてしまうのだ。そこに無理があるから辻褄の合わない神話が生まれてしまうわけだ。


 間違った記述のある資料に証拠能力はないのに、それが最古であれば鵜呑みにするのが人間社会だ。そうなると、原初神を崇める地教を信仰するウルキア人が戦争によって絶滅させられると、そこで創生期の話は失われることになる。


 だからといって、特に何も思わないのが私たち魔法使いだ。地殻変動によって海の底に沈んだ文明社会もあるが、それでも特に何も思うことはない。たとえ聖地を奪われたとしても、人間にとっての特別な場所でしかないので、やはり何も思わないのである。



 地教の総本山であるガリヤ山から遠ざかるほど本来の教義から離れていくのは経験済みだが、ここスロース領も例外ではなかった。地教を信仰する土地でも私たちへの扱いがぞんざいなのだから、ガルディア帝国ではどのような目に遭うのか想像もできなかった。


 王城へ行くと、疲れた顔をした衛兵が事務的な手続きを行って神官に取り次ぐのだった。ここまで来ると、直接スロース女王には会わせてくれないようだ。持ち物検査も当たり前だし、貴賓室へ通されることもなかった。


「断っておきますけど」


 教会の官長室で神官のおばさんから注意を受ける。


「東側からお越しになったので今回だけはお泊めしますが、次回からは帰属先の王室から紹介状を発行してもらってからお越しくださると助かります。黒衣を纏えば誰でも巡礼者になれるというわけではないのですからね」


 過去に巡礼者を装った不届きな者がいたのだろう。問題を起こす人というのは当事者だけではなく、私たちのような関係のない者にまで迷惑を掛けるから性質が悪い。問題が多くなれば法律が生まれ、被害が大きくなれば厳罰化されていくのも納得だ。


「それと泊まり部屋ですが、まずは自分たちで掃除をしていただきます。蝋燭の支給はございませんので、日没までには片付けなくてはなりませんよ。ここではアセディア王女殿下もご自分で掃除をなさるので、面倒と思われるなら今すぐ出て行かれるといいでしょう」


 掃除は苦にならないけど、王女への対応の方が面倒そうだ。


「明日の予定ですが、泊りを希望されるおつもりならば、それに見合う分だけ、しっかりと働いてもらわねばなりません。奉仕活動の一環だと思って、感謝の気持ちを労働で報いることですね。それでよかったら、早速働いてもらいましょう」



 教会のある別棟には巡礼者を泊める部屋がいくつかあり、そこの一室を使わせてもらうこととなった。二つの寝台がある四人部屋で、塵一つ落ちていないように見えたが、それでも神官のおばさんから掃除をするようにと命令された。


 奉仕活動を命じられたのは生まれて初めてのことだった。それは自ら進んで行うものであって、他者から命じられるものではないからだ。地教の信仰地域でも、人間は勝手にアレンジを加えてしまうようだ。


 客ではないので仕事を命じられるのは一向に構わなかった。問題はそれを奉仕活動と呼ぶことにある。意味を取り違えてまで使う言葉ではなく、無理して使わなくても、労働の一言で片付く問題だからだ。


 奉仕の精神がない者に奉仕活動をさせても意味はないというのに、それでも奉仕を命じるということは、宗教を強制させなければならないほど社会の秩序が乱れているということなのだろう。


「ねぇ、ミルヴァ、こんなところ早いとこ引き上げて、さっさと移動しようよ」


 教会の掃除から泊まり部屋へ帰ってきたビーナがたった三日で音を上げてしまった。それは彼女の辛抱が足りないからではなく、賃金をもらっているわけではないというのに、監視されながら労働を強制されているからだ。


「もう少し我慢してみましょう。まだ本館にも立ち入らせてもらえないんですもの。せめてスロース女王にご挨拶だけでもさせてもらわないと、わざわざ立ち寄った意味がないじゃない」


 蝋燭の用意がないので、部屋の中はすでに真っ暗だった。それでも私たち魔法使いは僅かな光源さえあれば昼間と同じくらい知覚する能力があり、無くても困ることはなかった。気をつけるのは不審に思われないように努めるくらいだ。


 ビーナが激怒する。


「意味って何? 本館の掃除までしろっていうの? ウチらは使用人じゃないのよ?」

「それよ、それ」


 ミルヴァには何か考えがあるようだ。


「黒猫を連れた修行者は労働者ではないということを教えてあげなくちゃね。それにはスロース女王かアセディア王女に直接話す機会を設けないと。これまでの先輩らの行いがそうであったように、わたしたちの行いで後輩たちの道が開かれるわけでしょう? だから、もう少し頑張ってみましょうよ」


 それからさらに三日ほど労働に勤しんで、教会の屋根の補修工事を終えたところで、いよいよ翌日から本館へ呼ばれることとなった。これもすべて風を上手に使いこなして修理をしてくれたビーナのおかげだ。



 しかし、本館に呼ばれても私たちに対する扱いは変わらなかった。朝から晩まで奉仕活動という名の強制労働をさせられて、それを当然のことのように思われるのだから困りものだ。肉体疲労のない私たちには我慢できても、使用人らは大変だろう。


「もう、とっくに限界は超えています」


 一緒にダイニングホールの掃除をしている使用人の女の子が愚痴をこぼす。


「暗くなったら休めるのだからと、お日さまが照っている間は僅かな休憩も与えてくれませんからね。お家の為とはいえ、これでは身体を壊してしまいます。せめて月に一度でも里へ帰ることができたら、それを楽しみに労働に精を出せるのですが、週末の休みすら与えてくれませんからね。過労のせいで結婚する前に死んでしまった子もいました。私も無事にお勤めを果たせるのかどうか自信がありません。どうして名家に生まれたのだろうと、出生を恨む始末です。気ままに旅ができる巡礼者様が羨ましい」


 旅人は帰属先のない身元が不確かな者として蔑視される風潮があるので、言葉をそのままの意味で受け取ってはならない。彼女は旅人を羨むほど、自分の置かれた境遇が過酷だと言いたいわけで、一種の自虐というわけだ。


「それでもアセディア王女殿下がお生まれになる前は、宮中にも笑顔があったと聞いています。女王陛下は大変寛容なお方で、時と場所さえ弁えれば私語を禁止することなどなかったのです。それが変わったのは、陛下が発病されてからだといいますね。何かと言えば『あなたが笑っている間も、陛下は病で苦しんでおられるのですよ』と小言を受けてしまいます。不謹慎を理由に罰を受ける子もいるのですが、宮中で働くよりも謹慎処分を受けた方がマシだと考える人がほとんどですよ」


 自暴自棄な考え方に至らせるということは、やはり環境に問題があるのだろう。勤勉であることは褒められることだけど、個体差の激しい人間を一つの価値基準で評価を下してはいけないわけで、それが人間社会を旅することで得た教訓だ。


「何を話しているのですか!」


 神官のおばさんが急に現れた。


「職務中の私語は慎みなさいと言ったはずですよ」


 責められている使用人をフォローした方がよさそうだ。


「職務中ではありません。一仕事終えて一息ついていたところなのです」

「誰が休んでいいと言いました?」


 ものすごい剣幕で怒っている。


「ご覧の通り、ホールの清掃は終わっているのですよ?」

「ならば食事の用意を手伝えばいいではありませんか」


 それでは仕事を早く終わらせて休み時間を作った意味がない。


「食事の用意はマホが手伝っています」

「ああ、もう言い訳はたくさんです」


 フォローするはずが、余計に怒らせてしまったようだ。


「何事ですか!」


 そこへ今度は宮内長官のおばさんがやってきた。


「これは婦長様、お騒がせしてすみません」


 そう言って、神官のおばさんが平謝りするのだった。


「あなたの大きな声が城内の隅まで響き渡っているのですよ?」

「この者らが駄弁を弄していたので注意していたのです」

「陛下の宸襟しんきんをお騒がせして、お身体に障ったらどうするというのです?」

「大変失礼いたしました」

「わたくしに謝っても仕方ないではありませんか」

「申し訳ございません」


 神官のおばさんでも、婦長には頭が上がらない様子だ。


「どうしたというのですか?」


 そこへ気難しそうな顔をした麗人が現れた。


「ああ、これはアセディア様」


 宮内長官によると、彼女が王女のようだ。


「神官長が招いた巡礼者の一人が騒ぎを起こしたものですから、厳重に注意をしていたところなのです」


 いつの間にか、私が問題を起こしたことにされていた。


「巡礼者など招いても碌なことがないと言ったではありませんか」

「ご尤もでございますね」


 宮内長官のおばさんでも王女には頭が上がらない様子だ。


「神官長」


 アセディアが命じる。


「明日にでも巡礼者の一行には帰っていただくのです。よいですね?」

「承知いたしました」


 私たちを監視する神官長がいて、その神官長を監視する宮内長官がいて、その宮内長官を監視している王女様がいるというわけだ。狭い城の中で常に監視されているので衛兵までが疲れた顔をしているのだろう。


「巡礼者というだけで食事が用意されるものと思っているのですからね」


 アセディアが神官長に向かって嫌味を言う。


「労働が何よりも大切だと説きながら、己は与えられた食事とベッドを、さも当然かのように受け取るのです。神にお仕えしていれば働かなくてもよいというのですか? それでは誰が母上の介護をするというのです? 祈りが何になりましょう? 働きもしない巡礼者の祈りなど、神に通じるわけがないじゃありませんか。用意してもらった部屋の掃除もしないような巡礼者など、今後泊める必要はありません」


 そう言っている王女もまた疲れた顔をしていた。


「アセディア」


 そこへ礼服を着た青年が現れた。


「巡礼者に当たるのはお止しなさい」


 王女の兄だろうか?


「誰に向かって口を利いているのです?」


 婚約者かもしれない。


「僕も貴女の許可なく口を開けてはいけないというのか?」

「この者たちの前で、わたくしに恥をかかせるつもりなら、あなたにも出て行ってもらいます。あなたが城にいても使用人を怠けさせるだけなのですからね」


 青年が悲しい顔をする。


「誰よりも休みが必要なのは、君なのかもしれないね」

「わたくしまで堕落させるつもりですか?」


 青年は、それ以上は何も言わなかった。



 結局、私のせいで城から追い出されることとなった。それを別棟の泊まり部屋に戻った時、ミルヴァたちに一から説明した。誰も私を責めることなく、むしろビーナはアセディア王女の横暴な態度に腹を立てていた。


「散々こき使っておいて『出て行け』はないでしょ。王女の方こそ労働を当たり前だと思っているのよ。どれだけの人に支えられて生きられていると思ってるの? 働いているのは目に見えている範囲の限られた人たちだけじゃないんだから。どれだけの早さで屋根を修理してあげたと思ってるのよ。ねぇ、そうでしょ?」


 ミルヴァが頷く。


「これまで訪れてきた領地では悩める王女の相談に乗ってきたけど、これからは王女によって苦しめられている領民を救ってあげる必要があるかもしれないわね。どうも、ガリヤ山を越えた辺りから人間社会の気風が変わってきたように感じる。王族は権力志向が高まり、それによって臣下は部下を締め付けるようになる。これで戦争が起これば男王を必要とするようになるかもしれないわね。そう考えると、男神を崇める太教が派生したのも、人間社会にとっては必然だったのかもしれない。それがどれだけ愚かなことだと分かっていても、暴力には暴力でしか対抗できないのが人間なのよ。それが人間社会の本質だと断定してもいい。人間自体は進歩も進化もしていないの。ただ、破滅へ向かって突き進んでいるだけ。これからも戦争が起こる度に技術革新が起こるでしょうけど、安寧の時代が失われたことに気がつく人はいないでしょうね」



 出立する前にミルヴァがアセディア王女に一言もの申すことがあるとかで、夜明け前に教会へ行って彼女が現れるのを待った。すると流石は臣下に厳しい労働を強いるだけあって、王女は早起きしてお祈りをしに現れるのだった。


「アセディア王女、お話ししたいことがあるので、お時間をいただけますか?」


 元々気難しそうな顔をしているので、不意の待ち伏せでも表情は変わらなかった。


「許可を求めたことは評価してあげましょう」

「ご寛容感謝いたします」


 形式的な謝辞を述べて、ミルヴァが続ける。


「わたしたちはこれまで一年以上に渡って東から西へと旅を続けてきましたが、スロース領の領民ほど勤勉な人たちを見たことがありません。『とても素晴らしい領民をお持ちだ』と女王陛下にお伝えしたかったのですが、それが叶わず残念な気持ちでいっぱいです。しかしながら、領民の顔に笑顔や覇気が見られないのも事実なのです。果たして、病にせられた女王陛下は、現在のような状況を好ましく思われているのでしょうか?」


 アセディア王女がミルヴァを睨みつける。


「それが、わたくしのせいだと言いたいのですか?」

「お心当たりがあるようで何よりでございます」

「無礼な!」


 アセディアの一喝が教会に響き渡った。

 ミルヴァは怯まない。


「臣下の者らは疲労の極致にあります。お母上を献身的に介護されているのはご立派ですが、殿下のように誰もが若く健康的な肉体を持っているわけではございません。部下に暇を命じるのも、主君の仕事ではございませんか」


 王女がミルヴァに反論する。


「病身の母上に休みはございません」

「闘病は労働ではないのですよ?」

「陛下に献身することの何がいけないというのですか?」

「時々でも人の手を借りてはいかがでしょう?」

「まるで、わたくしがいけないことをしているかのような物言いですね」

「労働者から休息を取り上げてはいけません」


 そこでアセディア王女が悔しそうな顔をする。


「わたくしは、母上のことを思って、ただ、それだけなのです。余暇を楽しむなど、そちらの方が耐えられそうにありません。夜中でも何度も目を覚まし、その都度、母上の安否を確かめに行くのです。すべては後悔したくないからではありませんか。休みはいつでも取れますが、死は二度と還らぬものなのですからね」


 ミルヴァがアセディアの手を取る。


「なんてお優しい方なのでしょう。しかし、母上の死がそうであるように、あなたという存在もこの世にたった一つなのですよ? あなたが倒れたら、誰がお母上の面倒を看るというのです? せめて眠っている間だけでも休む必要がありそうですね。あなたには深い眠りが必要のようです」



 アセディア王女との会話はそこで切り上げて、朝のうちに王城を後にした。その後、お城の使用人らがどうなったのかは分からなかった。いくら私たち魔法士の卵でも、すべてを上手くやることなど出来ないということだ。


 黒猫を連れた修行者の存在感が希薄になっているということは、先輩らも旅の終盤にかけて苦労していたということだ。私たちを見つけて感謝する人も目に見えて減っているので、それだけで途中で離脱する者も多かったのではないかと察することができた。



「あれ? ミルヴァの魔黒石だけど、前より白くなってない?」


 次の目的地となるバニタス領へ向かう道中で、最初にビーナが気づいた。


「あら、本当ね」

「『本当ね』って、どうして白くなったの? 魔法なんて使ってないじゃない」

「だとしたら、今頃になって効き始めたのかも」

「どういうこと?」

「アセディア王女に魔法を掛けてみたの」

「そんな場面あったっけ?」


 私もビーナと同じく思い当たる節がなかった。


「深い眠りに就けるように暗示を掛けてみたのよ」

「え? 別れ際の、あの会話だけで魔法が掛かったというの?」

「そうみたいね」

「『深い眠りが必要だ』とか、そんな風に言っただけでしょ?」

「王女自身も潜在意識の中で深い眠りを欲していたのかも」

「だとしたらスゴイことだよ?」

「うん」


 ビーナが興奮するのも無理のない話だ。キーワードを口にするだけで魔法を掛けられるということは、詠唱魔法のレベルが上がったことを意味する。人間相手なら小道具を用いずとも、言葉を掛けるだけで充分ということだ。


「ねぇ、ミルヴァ、引き返して確かめに行きましょうよ」

「止めておきましょう」

「気にならないの?」

「ゆっくり眠ることができているのなら、それでいい」


 そこでビーナが私に同意を迫る。


「マルンは気になるよね?」

「うん」


 それが正直な気持ちだった。


「マホも気になるよね?」

「私は何もしない」


 いつものように素っ気なかった。


「どうしてよ?」

「だってネコが引き返そうとしないんだもん」


 そこでミルヴァがまとめる。


「三対二で多数決成立ね」


 ビーナが悔しがる。


「黒猫も数に入れちゃうの?」

「当たり前でしょう」


 そう言って二人は笑い合ったが、私はまったく笑えなかった。旅の行程も残りわずかだというのに、私とマホの魔黒石だけ出発時と色が変わっていなかったからだ。これでは試練を乗り越えたとは見做してくれないだろう。


 マホは相変わらずで、のんびりした性格が災いし、焦ろうともしないのだった。修行院時代に身の回りのことを私が全部してあげていたので、その人格形成の影響が悪い方に出たのかもしれない。だとしたら、マホが魔法士になれないのは私にも責任がありそうだ。

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