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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第四章 魔法少女の資格編
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第五話(137) メラ・コーネリアの場合

 それから二か月かけてコーネリア領に辿り着いたが、その間にビーナは自分の首にぶら下がっている魔黒石を何度も確認していた。しかし、私の魔黒石と比べても色の変化がないことがはっきりと分かった。


 それはいいとして、私たち一行がお城へ向かう街道を歩いていると、検問所が設けられており、そこで足止めを食らってしまった。旅に出てから八か月になるけれど、道の途中で止められたのは初めてだった。


「わたしたちは見ての通りの修行者で、怪しい者ではございません」


 ミルヴァが検問所の兵士に説明した。


「いや、それは分かりますよ。でも、これは規則なんですよ」

「何をお調べになりたいのですか?」

「コーネリア領というのは鏡の持ち込みが禁止なんです」


 私たちは誰も鏡を持参してこなかった。


「それで持ち物検査をしているというわけです。鏡が見つかったら大変なことになりますからね。いくら修行者様だって、生きて帰れるか分かりませんよ? いや、これは大袈裟でも何でもない、本当のことなんですよ。実際に見つかって処刑された旅商もいましたからね。ほら、鏡っていうのは高価な物でしょう? だから没収されるのを惜しんで隠して持ち込んだわけです。それで密告されて捕まっちまったんだ。いや、密告者を悪く思っちゃいけませんね。我々だって命懸けなんですから」


 ミルヴァが訊ねる。


「しかし、なんだって鏡を持ち込んではいけないというのです?」


 兵士が頭をかく。


「お城のお姫様ですよ。いや、いい歳をして『お姫様』っていうのもなんですが、あっ、いや、今のは拙いな。その、メラ王女のことですがね、もう、五年くらい前になるのかな? 何を思ったのか、突然『鏡禁止令』を発令したのです。まぁ、高価な物ですし、元々持っているのは富豪、いや、その中でも一部の者だけですから大したことはなかったんですが、領内のすべての街道の入り口に検問所を作らせたから辛抱たまらんのですよ。しかし、西に行けばもっと風変わりな決まりがあるって聞きますし、それ以外は住みやすい土地なので我慢していますがね」


 ビーナが訊ねる。


「調べるのはいいけど、まさかウチらの黒衣を脱がせるつもりじゃないでしょうね?」

「まさか、とんでもない」


 兵士は血相を変えて否定した。


「そんなことをしたら罰が当たる。いや、本当に捕まって処刑されてしまいますからね。西の都の奴らと一緒にしないでくださいよ。ここいらの人間はしっかりと戒律を守っていますので安心して旅を続けてください。調べるのはかみさんがしますので、先に紹介しときましょう」


 ということで、彼の奥さんだという検査官に服の中まで調べられた。


 その鏡禁止令は徹底されていて、道路の水たまり、つまりは水鏡すら禁止されているのだった。ガラスも透明な物は禁止されていて、使用されているのは色ガラスと曇りガラスのみという徹底ぶりだ。ガラスも高価な物なので普及していないのが救いだろうか。


 お城に到着すると、そこでも城内に常駐している牧者による持ち物検査を受けて、桶に水を溜めてもいけないという注意事項まで守らせるのだった。当然、磨かれた銀製品なども禁止だ。


 貴賓室で私たちを歓迎してくれたのはメラ王女ではなく、母親のコーネリア女王だった。かなりの高齢で、立って歩くにも宮仕えの手を必要とする老女だった。それでも発する言葉は力強く、聴力の方も衰えてはいなかった。


「遠い所、よくお越しくださいましたね」


 高齢者ということもあり、座っている彼女を四人で囲むようにして膝を折った。


「お会いできて嬉しゅうございます」


 いつものようにミルヴァが代表して挨拶した。


「おや、まあ、今年の修行者様は、みんな、めんこい顔をしてること」

「陛下もお美しゅうございます」

「おや、おや、口も達者なようだね」


 そこで女王はミルヴァの髪に触れた。


「本当に、修行者様の髪っていうのは、美しいものだね」

「お褒めに与り光栄です」

「娘も、昔は艶のある髪をしてたんだけどね」

「メラ王女にご挨拶をしたいのですが?」

「それは、どうだろうね?」

「ご加減でも悪いのですか?」

「アレは、間違いなく病気さ」

「お医者様は何と?」

「アレを治せる医者なんかいないさ」

「どのような病状なのでしょうか?」

「病状かい?」


 そこでコーネリア女王はしばらく固まってしまった。


「さあね、アレは不治の病だろうよ。なんたって、本人に治す気がないんだからね」

「お会いすることはできないのでしょうか?」

「止した方がいい。自分の娘ですら会おうとしないんだからね」


 どうやらメラ王女には子どもがいるようだ。


「でも、いいのさ、可愛い孫を産んでくれただけでも感謝しているんだ」


 そこで成人を迎えたばかりの王孫を紹介してもらって、ついでにメラ王女の夫とも話をして、王女の病気が家族でも治せないということを知った。一言でいえば心の病になるが、その原因は本人にしか分からないということになる。



 用意してもらった客室に行き、そこで四者で話し合いをすることとなった。といっても、マホはいつものように話し合いのテーブルには着かず、ベッドに入り、ネコと一緒に先に眠りに就いてしまうのだった。


「ねぇ、ミルヴァ、今回はウチに任せてほしいんだ」

「任せるって、何を?」

「だからメラ王女の病気を治すんだよ」

「どんな病気かも分からないじゃない」

「それを調べるのも任せてほしいの」

「あなた、なんでそんなに必死なの?」

「熱心って言ってよね」

「んん、違う。なんだか焦ってる」


 双子の姉妹のような関係なので何でもお見通しだ。


「だってさ、一緒に魔法士になろうって言ったのに……」


 そう言って、ビーナは色が変化しない魔黒石を手にした。


「なるほど、そういうことね」


 ミルヴァは察しが早い。


「魔黒石の色が変わったからといって、それで資格が得られる保証はないのよ?」

「分かってるよ。でも、一緒がいいの」


 両者は本当の姉妹のようだ。


「いいわ。だったら協力してあげる。わたしがギュラやラクスリアの問題を解決した時も手伝ってもらったでしょう? だから、あなたが独りで問題解決に取り組む必要はないの。一緒に考えましょう」


 ミルヴァのこういうところが大好きだ。


「でも、アイデアは自分で出さないとダメよ?」

「うん。ありがとう」


 ビーナが嬉しそうだ。


「で、どうしたらいいかな?」


 のっけからミルヴァに頼った。

 ミルヴァが苦笑いを浮かべる。


「まずはメラ王女に会ってみないとね」

「それだ」


 ということで、早速メラ王女のいる居室へと向かった。



 部屋の前に行くと、扉の横に二人の衛兵が立っており、こちらから声を掛ける前に止められてしまった。なんでも女王だけではなく、夫や娘ですら勝手に出入りすることができないようで、厳しく命令されているのだそうだ。


「ノックをして呼び掛けることもできないんですか?」


 ミルヴァの言葉に衛兵も弱り顔で答える。


「すみません。そのように命令を受けておりますので」


 勝手に踏み込むのはミルヴァのやり方ではない。

 そこでビーナが衛兵に訊ねる。


「お食事やご不浄はどうしてるの?」


 衛兵が答える。


「食事は二回。夜明け前と日没後に召使いが運ぶようにしています。ご不浄は部屋で行い、入室した際に召使いが交換するのです」


 召使いに不浄を手伝わせないくらい、人と会うのを拒絶しているということだ。


「その食事のタイミングだけど」


 ビーナが積極的だ。


「季節が変われば日照時間も変わるけど、その場合はどうするの?」

「夜明け前と日没後にご用意するのがご命令なので」

「そっか」


 ビーナは何やら得心したようだ。


「じゃあ、ウチらも日が沈むのを待ちます」


 ビーナによると、メラ王女は太陽の元で晒される自分の姿を他人に見せたくないから暗くなるまで待っているのではないかと推理した。だから会えるチャンスがあるならば、それは夜の間だけに限られると考えたようだ。



 ビーナの予想は的中した。日が沈み、召使いが食事を運んで、お食事を終えられるのを待ってから声を掛けると、最初は拒否されたものの、こちらが修行者であることを告げると、謝ってから入室を許可するのだった。


「さぁ、どうぞ、こちらにお座りください」


 居室に通されると、メラ王女に勧められた長椅子に腰掛け、わざわざ王女自ら花茶を用意してくれて、私たちの正面に腰を下ろすのだった。花茶は冷めきっているが、それでもお茶を出してもらった行為そのものが嬉しかった。


 メラ王女はというと、どこからどう見ても普通のお母さんにしか見えなかった。表情が明るく、引きこもっている割には声に張りがあり、とても病んでいるようには見えないのだ。家族が大袈裟に心配しているのではないかと勘繰ったほどだ。


 しかし、一つだけ引っ掛かるところがあるとすれば部屋の明かりだ。広い居室に細い蝋燭が一本だけ灯っている状態なので、彼女のテンションと不釣合いに感じてしまうのだ。私たちは問題がないけど、彼女には私たちの表情の変化までは見えていない気がする。


「それにしても、ここへ来る修行者様っていうのは、どうして皆さんそんなにお若いのでしょう? 毎年お見えになっているけれど、わたくしのような老女は一人もおりませんでしょう? 顔つきも一緒に見えますし、毎年同じ方がお見えになっているのではないかとも考えてしまうのです。そう、修行者様にはきっと秘密があって、若さを保つ秘訣とでもいいましょうか、美容に効果のある特薬のようなものがあるんじゃございません? 不老不死という言葉もあるくらいですから、きっと不老長寿の薬があるのですよ」


 私たちは人間と違うだけだ。


「はぁ。しかし、なんてお美しいのでしょう? ミルヴァさんと言いましたね。あなたの艶やかな絹糸のような髪、それが白髪ではなく、黒紫の髪だから羨ましいのよね。まるで一本一本が息をしているようではございませんか。皺一つない顔の造形も、そのまま石か銅で固めてしまいたいくらい。あなたの型で造られた銅像ほど美しい物はこの世に存在しないのでしょうね。それとビーナさん、あなたもとても魅力的です。張りのある皮膚は生命力に満ちていて、御召し物の上からでも分かるほど立派なプロポーションをしているわね。自慢じゃありませんが、わたくしも同じ年頃の時には誰もが羨む身体をしていたのですよ? 皺を伸ばせば余計に皮膚が伸び、脂肪を落とせば骨が浮かんでくる。どうしてこうも上手くいかないのでしょうね?」


 何度も言うけど、メラ王女はどこにでもいる普通のお母さんだ。


「今はこのようなみすぼらしい姿になり果てましたが、昔はあなたたちに負けないくらい、いえ、失礼しました。言い直しますね。昔は皆さんと同じくらい美しいと評判の娘だったのです。この世で一番美しいのはコーネリア領にいるお姫様だと言ってくださる方が大勢いまして、わざわざ西の山を越えて見物にくる王子様もいたのです。求婚された数は、そう、百から先は数えなくなりました。わたくしと結婚するために決闘する殿方まで現れる始末です」


 そこでメラ王女は一人で笑うのだった。


「なんて愉快な時間だったのでしょう。ドレスを着れば『花よりも美しい』と言ってくださる殿方や、微笑みを向けただけで『あなたは私の太陽だ』とも言ってくださる殿方もいました。婚約者を捨てて『あなたと結ばれることができなかったら生きる価値はない』と言って、実際に命を絶たれた殿方もおりました。すべてが夢のような時間でしたわ」


 そこでまたしても一人で大笑いした。


「小心者のお父様がまた滑稽で、殿方から指輪をたくさん頂いたのですけれど、そう、あれは誕生日のお祝いの日ね。求婚する王子様を一度に二十人も呼ぶものだから、どの指輪を嵌めればいいのか分からなくて、それでお父様に相談したのですけれど、すると『十本の指に二つずつ嵌めればいいじゃないか』って、それを真剣に言うものだから、もう可笑しくって、可笑しくって」


 それからも一人で大笑いしながら昔の思い出話を語るのだった。話をしている時のメラ王女は楽しそうで、とても心が病んでいるようには見えなかった。喋り方まで少女のようになり、表情まで可憐さを取り戻すのだった。



「――あの頃はお母様もお優しかった」


 老婆の声で目が覚めた。どうやら、いつの間にか居眠りをしていたようだ。目を開けると、目の前に老婆が座っていた。いや、違う。それは紛れもなく、別人のように変わり果てたメラ王女だった。


「夫は愛してくださり、娘も『将来はお母様のようになりたい』と言っていたのです。それがどうしたことでしょう。人を憐れんだ目で見て、わたくしを病人扱いするではありませんか。こうして閉じ込めているのも、きっとお母様の差し金でしょうね。あなたたちも早くお逃げなさい。さぁ、早く! 出て行きなさい! 出て行くんだ!」


 そう言うと、怖い顔をして、私たちを急き立てるのだった。



 途中で眠ってしまったので何が彼女を豹変させたのか分からなかったが、思い込みというか、被害妄想に陥っていることだけは分かった。これでは身内でも手を焼くのは当然だ。一人で勝手に自分を追い込んでいるので、これでは手の施しようがない。


「お手上げね」


 客室に引き上げたミルヴァが匙を投げた。


「んん」


 ビーナは納得していない。


「何か方法はないかな?」

「無理よ。昔を懐かしんだところで、若返らせることなんて出来ないんですもの」


 これはミルヴァの言う通りだ。大魔法士でも私たちの加齢を止めることはできても、若返らせることなどできないからだ。ましてや相手は人間なので、その加齢を止めることすらできないわけで、人間を死なせない魔法は存在しないのだ。


「若返らせる?」


 そう呟いて、ビーナが居室を彷徨さまよう。


「……それがメラの望み?」


 そこで急に立ち止まった。


「それだよ!」


 ビーナの元気いっぱいのスマイルが出た。


「いいこと思いついちゃった」



 それからビーナは一週間ほど留守にして、どこで手に入れてきたのか分からない壁掛けの鏡を持って、明け方前にメラ王女のいる居室へと向かうのだった。私もミルヴァと一緒について行った。


「メラ王女にプレゼントをお持ちしました」


 そう言って、ビーナは布が掛けられた鏡を目の前に掲げた。


「冗談なら止しておくれ」


 一週間しか経っていないのに、随分と老けてしまったように感じた。

 ビーナが誘惑するような目で告げる。


「華やかな誕生日会をやっていた頃のご自分に会いたくないですか?」

「何を訳の分からないことを言ってるんだいっ!」

「この布をめくれば、いつでも会うことができるのです」


 その言葉にメラ王女の顔つきが変わった。

 それから、ゆっくりと鏡に歩み寄るのだった。

 恐る恐る布をめくる。


「うそ……、これがわたし? いいえ、間違いないわ。わたくしなのね?」


 鏡を覗くメラ王女は、信じられないくらい若々しく見えた。



 その日、メラ王女は一日中ビーナがプレゼントした鏡を見ていた。鏡の中の自分に話し掛ける彼女は、まるで少女のようだった。久し振りに夫や娘とも会話をしたようで、家族の者たちからも感謝されることとなった。


 ビーナが使った魔法も初期の詠唱魔法だ。魔法の鏡を見つけに行ったわけではなく、メラ王女自身に暗示を掛けて、若い時の鏡を見ていた記憶を引き出して、それを現在の視覚に上書きして見せているわけだ。一週間も掛かったのは単純に領内に鏡がなかったからだ。


 当たり前だが、魔法の鏡ではないので、他の者の目には昨日と変わらないメラ王女にしか見えていない。それでも表情が明るくなり、口調まで変わってしまったので、それだけでも別人のように感じると夫が話していた。


 それでもビーナはこれからも『鏡禁止令』を続けるようにお願いしていた。それは自分の掛けた魔法にイマイチ自信が持てないからだろう。他の鏡を見てしまった瞬間、掛けた魔法が解ける可能性があり、その予防策が『鏡禁止令』の継続というわけだ。


 それにしても、ビーナまで簡単に魔法を掛けてしまった。私が思うよりも人間に魔法を掛けるのは簡単なことなのかもしれない。それでもメラ王女に鏡を覆っていた布をめくらせた演出は褒めておくべきだろう。


 そう、詠唱魔法とは対象者を暗示に掛ける演技力や、信じ込ませるための台詞や、それらを総合してまとめる演出力が大事なのだ。小道具や舞台設定や音効や照明など、完璧な台本がなければ魔法を掛けることができないというわけだ。

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