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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第四十一話(129) 第四・第五容疑者

 サウル・セトゥス次官と思いのほか意気投合し、まるで年の離れた兄弟のように接してくるものだから、僕もついつい甘えてしまい、客室を使わせてもらいながら話を伺った。


 オーヒン市内は商人が溢れる雑多な街という印象だったが、王城のある城下町は、すべてが戦争に備えて整備されているということが分かった。大陸の都市を真似たと言っていたが、我が国では真似すら出来ないというのが現実だ。


 オーヒン国の王城を攻略するには数千の出兵では足りず、持てるすべての兵力で臨まなければいけない。しかもオーヒン国の近隣には旧国の領民もいて、味方にできなければ、補給を断たれて壊滅的な惨敗を喫することもあり得るというわけだ。



 それから帰参して、セトゥス領の別荘地で書物を読み漁っていた僕のところに、ルシアス・ハドラから緊急の伝令が入った。彼には母親と妹の隠れ家で一緒に暮らすように命じてあったので一週間ほど顔を合わせていなかった。


 ルシアスからの伝令は、ガルディア帝国の外交官とクルダナ国の特使が僕と会いたいという内容であった。オーヒン国が両名を国賓として招いていたことは知っていたが、まさか向こうからコンタクトを取ってくるとは思わなかった。


 それから三日後、約束の日がきたので夜明け前に別荘地を出た。会談場所は王城近くにある迎賓館だった。渡された四枚の通行許可証を持参して、何度も持ち物検査を受けて、やっとのことで貴賓室に辿り着くことができた。


 手土産をどうしようかと悩んだあげく、渡せるような物が何もなかったので、僕が好きな料理のレシピを紙に書いて、栗と一緒に贈ることにした。食べ物は最初の持ち物検査で没収されたが、レシピは料理長に渡るという話だ。


「ヴォルベ・テレスコ公子をお連れいたしました」


 警護官に案内されて入ると、親子のような二人が同時に席を立ち、わざわざ僕の方に歩いてきて歓迎してくれるのだった。他に身分が高そうな人はいなかったので、おそらくその二人が外交官と特使なのだろう。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。お初にお目にかかります。私がヴォルベ・テレスコです」


 恰幅のいい礼服の年配男性が驚く。


「いやぁ、これはお若い。聞いていた通り、まだ子どもではありませんか」


 そこで赤髪のトサカ男が背筋を伸ばす。


「いや、失礼があってはいけませんな。公子はこの島の未来を背負うお方だ。名乗り遅れましたが、小官はクルナダ国の特使を務めるウーベ・コルーナと申します。以後、お見知りおきを」


 そこで差し出された手を取り、握り返した。


「私はガルディア帝国の外交官をしているバドリウス・ジス・アストリヌスと申します。親しい者にだけ『バド』と呼ばせておりますが、公子が気を遣われて、そう呼ぶのを躊躇われてはいけませんので、どう呼ぶかは公子にお任せいたします」


 最上級のお心遣いをいただいているような感じだ。


「では、『バドリウス殿下』と呼ばせていただきます」


 僕は愛称で呼べる身分ではないので、これも試されたというわけである。


「愛称で呼び合える日が来るといいですね」


 高貴な人や頭の良い人の特徴で、この人も発する言葉に含意を込めるタイプのようだ。


「では、お菓子とお茶をいただきながら、気楽に話そうではありませんか」


 物腰は柔らかく、見た目も海が似合うような爽やかさで、発する言葉も優しさに満ち溢れているが、軍服を装っているので、一瞬たりとも気を抜くことができなかった。金の王冠を王宮に返さない僕に対して、無言の警告をしているわけである。


「木箱は持参されなかったのですかな?」


 訊ねたのはコルーナ特使だ。


「はい。手土産を運ぶのに邪魔になったもので。いえ、その手土産もお持ちすることができなかったのですが」


 コルーナ特使が大袈裟に残念がる。


「そうですか。楽しみにしていたのですよ。コルヴス閣下が見事な作品だと褒めていましたからな。王冠が純金じゃなければ、公子が模した青銅器の方が、より価値があるんじゃないかと仰られてましたぞ」


 恐縮するしかなかった。


「では、またの機会にお持ちします」

「ああ、それはいい。楽しみが一つ増えたわけですからな」


 そこでバドリウス殿下が焼き菓子を載せた皿を勧めてくれた。


「さぁ、お上がんなさい」


 毒味役はいないので、自分で食べるしかなかった。


「それでは、いただきます」


 信頼を示すため、警戒せずに食べるのも芝居のうちだ。


「ああ、おいしい」


 本当に美味しかった。


「この焼き菓子の中に練り込んであるのは何ですか?」

「龍の卵です」

「龍って、あの龍ですか?」

「そうですよ。南洋上のとある島で偶然発見したのですが、現地の者がそう呼んでいるのです。といっても、その正体は大きな殻に包まれた大きな豆のことなんですけどね」


 それからバドリウス殿下は、僕の知らない外の世界のことをたくさん教えてくれた。象を追い掛けて迷子になった部族が氷の上を歩いて神の国に辿り着いたとか、自分たちが暮らしている地球が丸いことを知らない人の方が圧倒的に多いとか、そんなことだ。


 他にも伝説上の話として、海の向こうには巨人が暮らす島があるとか、我々よりも遥かに進歩した文明を持つ民族がいる大陸の話とか、大空を飛ぶ大きな船の話とか、それに乗る小さな異人の話とか、まるで芝居を観ているかのように楽しむことができた。


 それからウーベ・コルーナ特使が話を引き継いで、巨人と小人の対比から、自国を引き合いにしつつ、大陸との関係がいかに重要であるかを説き、この島は小人に成り得ても、巨人に成り得ることはないと、それをやんわりと言い聞かせるかのように話すのだった。


「公子の立ち回りはお見事でありますが」


 コルーナ特使が懸念を抱く。


「分国された三国の三陛下と三者平等にお付き合いできるとは思えないのですよ。何と言ってもカグマン国には公子のご従弟がおりますからな。フィンス陛下に肩入れするのは当然のことでございましょう。フィンス陛下を匿われていたことと、パナス王太子をお救いする救出作戦に参加されたこと、さらにパナス王太子をカイドル州に向かわせて、デルフィアス陛下に保護をお求めになった事実を考え併せますと、どう見てもマクス陛下の失脚を目論んでいると思われても致し方ありませんぞ」


 核心をついてきた。


「金の王冠が手に入ったことで心変わりされた可能性もございますが、いや、野心家であることは結構でございます。しかしコルヴス閣下が話されていましたが、事態の成り行きを見守っているようには思えず、公子ご自身の手で政局を左右してやろうと考えているように見えるわけでして、となれば、やはり一貫してオフィウ派の掃討を図るのではないかと考えられるのです。もうすでに、そのように腹を決めているとお見受けいたすが?」


 彼らは第三者の立場なので視野が広く、現在の状況を俯瞰で見ることができるわけだ。

 ここが勝負どころだ。


「五十も歳が違っていなければオフィウ王妃陛下の影響力は脅威ではありますが、母親を亡くしたマクス・フェニックスは誰よりも御しやすい王様です。マクス陛下から玉座を奪うことはしませんが、私の理想を叶えるには最も適した人物といえるのです。初めからこうなることを望んでいたわけではなく、それどころか三種の神器の存在すら知らなかった点をご留意していただきたい。三人のうちの一人を勝たせるために、わざわざ敵を増やすようなことを私が望むでしょうか? 戴冠式の際に王冠を掘り起こして、そこで命が狙われるのだけは避けたいので、これからじっくりと協力者を吟味して、ゆっくりと選別していくつもりです。ですから、金の王冠が日の目を見る時には、私の髪が真っ白になっているかもしれませんね。それくらい気の長い話だと思っていただければよいかと思われます」


 金の王冠の絶対的な価値を自分から手放してはいけないのだ。


「なるほど」


 コルーナ特使が唸った。


「では、弊国といたしましては、後任の特使を公子に紹介した方がよさそうですな。公子が白髪になるということは、小官はその時分、余生を過ごしているでしょうからな」


 そう言って笑ったので、僕も笑うことにした。

 バドリウス殿下は表情を変えなかった。


「では、私も協力者の一人として、公子に耳寄りな情報を提供しましょう」


 やけに挑発的な目だった。


「これから約一年後にカイドル国で戦争が起こります」

「大陸からの出兵があるということですか?」

「それは非現実的というものです」

「では、オーヒン国が?」


 バドリウス殿下が僕の反応を見て楽しんでいる。


「これは失礼。戦争という言葉がいけなかった。内戦と言った方が良かったかな。その言い方も結果次第で表現が変わりますけどね。デルフィアス陛下が勝てば反乱を鎮圧したという見方になりますが、もしも敗れるようならば、地名か、または英雄の名を冠して『なんとかの戦い』といった具合に記録されるでしょう。呼び名はともかくとして、カイドル国内でそのような動きがあるのです」


 そこで固まる僕にコルーナ特使が説明を加える。


「公子もご存知のことと思われますが、カイドルの地というのは大昔から平定するのが難しい土地柄ですからな。地域に点在する豪族が幅を利かせ、不可侵という名目で広大な土地を支配しているように見せ掛けているのです。道など作ろうと思えば幾らでも作ることが可能ですが、安全に移動できる馬車道一本通すのに二百年以上かかったというではありませんか。地図を見てもらえれば分かりますが、旧都までの道が迂回しているのはそのためなのですよ」


 完全に支配できていないから安全な最短ルートが存在していないというわけだ。


「ジェンババがいた頃は抑え込むことができていたという話ですが、五十年前に停戦協定が結ばれて、侵略の脅威が弱まってから、再び内乱が起こるようになったのです。どこにでもある話でございますが、まぁ、とにかく隣人同士というのは仲が悪いと相場が決まっておりますからな。土地の境界線や、漁場を巡って絶え間ない争いが起こるのです。その結果、デモン・アクアリオスは旧都からオーヒンへ都を遷したわけですな。英雄ジュリオス三世を擁立することで、それを可能としたのです」


 生まれ故郷のハクタにもある話なので笑えなかった。


「そこで旧都の支配権と引き換えにオーヒン国の独立を成立させたのが亡きコルバ王とコルヴス閣下なのです。オーヒン人に名を変えた旧国の人間は安全が保障され、カグマン国は二百年以上かけて維持してきた馬車道を守ることができ、さらに旧都を実効支配できるわけですから、互いに利が合致したわけですな。カグマン国から兵士を派遣することで豪族を抑え込むことができるので、内乱が減少していったという話です」


 そこでコルーナ特使が呆れた顔をする。


「それが、あの、女のような顔をした若造は……、あっ、いや、これは失言ですな。デルフィアス陛下というのは確かに異才なのかもしれませんが、カグマン国による侵略の脅威が豪族を大人しくさせていたということをさっぱり理解していないのですよ。赴任して五年以上になりますが、それを自分の手腕によるものだと勘違いしきっておる。カイドルは戦わずして治められる地ではございません。それをこれから思い知ることとなりましょう」


 僕も三国分国は国力を弱めるだけの愚策だと思っていたので反論できなかった。


「殿下と特使はデルフィアス陛下に会われたと伺っておりますが、その脅威についてお話しされたのですか?」


 僕の問いにバドリウス殿下が答える。


「来年、刈り入れの時期に内乱が起こると予想したのは、我々独自の調査に基づいてのことです。我々にとってはデルフィアス陛下だけが貿易相手ではありませんので、それこそ公子のように、どちらか一方に肩入れすることはないのですよ。じっくりと情勢を見極める余裕があるというわけですね。この情報を我々と共有しているのは、公子が最初の一人となります。いや、公子以外の者に伝えるつもりはありません。どうぞ、この情報をお好きに活用されてはいかがでしょうか?」


 この男は僕を試しているわけだ。僕しか知らない情報を、僕がどう扱うのか見るつもりなのである。三陛下のうち、僕がユリス・デルフィアスを頼りにしているのは事実だ。しかし、それを気取けとられてはダメだ。


「貴重な情報をご提供いただき感謝いたします。しかし陛下のお命に係わる情報ならば、私ではなく、やはりデルフィアス陛下ご本人に伝えても良かったのではありませんか? 私は王政の存続を希望する者です。二百年以上かけて作り上げた一本の馬車道を、豪族に明け渡すのを黙って見過ごすわけがないではありませんか」


 そこでコルーナ特使が口を挟む。


「地方豪族が恐れているのはカグマン国やハクタ国からの進軍でございます。それはこれまでも、そしてこれからも変わることはございません。豪族が反乱を起こし、勝利して旧都を制圧しても、カグマンやハクタから進軍があれば、半年もかからずに土地を奪い返されることでしょう。下手をすれば先祖が守り抜いてきた土地も奪われるキッカケにもなり兼ねないのです。しかし、旧都制圧後もハクタからの進軍がないと分かっていたらどうですかな? いや、まあ、デルフィアス陛下の失脚を望んでいる者がいればの話でございますが」


 つまりオフィウ・フェニックスが豪族の後ろ盾になっているということだ。


「しかし、地方の一豪族がカイドル軍に対して反乱を起こせるものなのでしょうか?」


 僕の問いバドリウス殿下が答える。


「分国前に駐留していたのは、せいぜい二万の兵士でしょう。それならば幾つかの豪族が手を組めば充分に対抗できます。カイドルには優秀な弓使いがいますからね。同数ならば必ず勝てると思っているはずですよ。彼ら豪族が恐れているのは数の暴力です。つまり分国前のカグマン国は、戦わずして勝利していたというわけです」


 やはり分国は愚策だ。


「さらに言えば、反乱軍の方はすでに一年後の戦に備えて準備を始めています。旧都制圧のためのルート確保や、食料確保など、手抜かりを期待することはできません。それに対してカイドル軍はどうですか? 陛下はまだ首都に帰りつくことが出来ていないではありませんか。帰国したらしたで、雑務に追われるでしょうしね」


 もうすでにカイドル軍の惨敗が目に浮かぶようだ。


「このままではデルフィアス陛下のお命も一年で尽きるところですが、救える方法もあるのですよ? それが公子、あなたの持っている情報です。今すぐ伝えて、カグマン国に助力を求め、反乱が起こる前に連合軍で北部一帯を制圧してしまうのです。その際に武器や防具を没収し、財産までも取り上げてしまえば、抵抗する気力もなくなるでしょう」


 そこでバドリウス殿下が笑みを浮かべる。


「我々がそれをデルフィアス陛下にお伝えしなかったのは、先にも申しましたが、公子と同じスタンスでいるからです。デルフィアス陛下が難局を乗り越えるも良し、ハクタ国がカイドルの地を併せて治めるも良し、一年後の内乱がどのような結果をもたらそうと、我々にはさして変わりありませんからね。すべては公子にお任せいたします。あなたはこの島の未来を変えられるお方なのですから」


 大陸の人間ということもあり、彼が高みの見物を決め込むのは仕方のないことだ。僕と違って失うものが何一つないからだ。彼らにとっては数多くある貿易国の一つに過ぎないのである。悔しいが、それが現実だ。


「未来を変えるつもりはありません」


 すぐに返事をしなければならないことを忘れていた。


「ご逝去された陛下とコルヴス閣下が築いた三十年の平和を、次の三十年でも継続させれば良いだけですからね。後継者争いが起こることは仕方のないことですが、王政を維持するという共通の価値観さえ保たれれば変化を望む必要はないのです。つまり私が為すべき仕事は、それほど多くないということになります」


 それでも自分に価値があることを印象付けなければならない。


「私の幸運は、一つのサイクルの終わりと始まりのポイントに、今回も含めて三度も立ち会えるかもしれないということなのです。もちろん健康が保たれればという話ですが、王政の打倒を目論む反逆者がいれば、この命を惜しむつもりはありません。とは申しましても、私はドラコ隊を動かせる力を得ましたので、彼らが私の出番を残してくれるとは思えませんけどね」


 そこでバドリウス殿下が問う。


「こんなことを言うと気分を害されるかもしれないが、公子とははっきりとした話し合いが必要だと思ったのでお訊ねしますが、ドラコ隊を我が物にするために、隊長を謀殺したのではないでしょうね? 公子自ら犯人を捜しているようですので、そこは信じたいところですが」


 第三者から見れば、僕もドラコ殺害の容疑者の一人に見えるということだ。


「私がドラコ殺害に関与していないことは、ドラコ隊の隊士が一番よく知っています。それは第三者の証言よりも確実だと思いませんか? 私が犯人捜しをしているのは、それが王政の維持に不可欠な行動だからです。ドラコは正統なる王位継承者のお命を救った英雄です。王家の親類縁者を謀殺しましたが、それもすべては不正を正すためだったのです。自ら汚名を被る作戦でしたので、誤解から殺害されたとも考えられますが、もしも作戦内容を知る者によって殺されたならば、その者は王政の打倒を目論み、新王朝の成立を目指す反対勢力かもしれないのです。ですから、王政を維持させるためにはドラコを殺した犯人を見つけ出さなければならないと考えました」


 これは二人への牽制でもある。


「それに何より、王政の犠牲となったドラコ・キルギアスの名誉を回復し、英雄として奉らなければ故人に申し訳が立ちませんからね。ドラコを英雄にすることで、島の子どもや新兵に戦う意義を植え付けることもできます。唯一にして絶対の国王陛下に忠誠を誓わせるためにも、ドラコ殺害の犯人を捜し出さなければなりません」

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