第四十話(128) 第二・第三容疑者
その日の夜、豪勢な食事をご馳走になり、王城の貴賓室に泊めてもらうこととなった。その間もゲミニ・コルヴス財務官との会話は止まることがなく、オーヒン国の歴史について多くを学ばせてもらうことができた。
その他にも亡くなられたコルバ王のお人柄や個人の偉業などを褒め称えて、話の結びにはしっかりとゲミニ自身の功績と重ね合わせるのだった。特に風土に合った作物を作る農地・農業改革の話がおもしろかった。
人間に合わせるのではなく、土と水に合わせること、つまりは土の種類や水の流れ、四季の移り変わりによる寒暖差や、日照時間など、それらを調べて何度も失敗を重ねながら最適解を導き出すのだそうだ。
その中で、気候が合わずに断念した大陸産の作物が多いことにも驚いた。歴史書には数百年後に伝わったと書かれるだろうが、それまでに何度も挑戦してきた人たちがいることを決して忘れてはいけないということだ。
ゲミニ・コルヴスの功績は大陸から農学に精通する学者を国賓待遇で招聘したことにある。まだまだ狭い範囲での試行錯誤だが、いずれ、といっても数百年単位の話だし、地球全体の気候変動にもよるけれど、食料自給率は飛躍的に上がるという話だ。
そういう意味でも大陸や半島の国々との関係は必要不可欠だと力説していた。島の自生種だけでは食べていけないので、こちらからお願いして貿易を継続させなければ、農業だけではなく、酪農も立ちいかなくなるのだそうだ。
貢物をするから隷属的な関係と捉え、それを対等な関係ではないことを理由に大陸脅威論を唱える者までいるそうだが、それは違うとゲミニは断言していた。外交として当たり前の手続きをしているに過ぎないというのが彼の持論だ。
大陸側の視点に立つと分かりやすいと教えられた。それは大陸が一つに統一されているわけではなく、ガルディア帝国ですら内戦による内部分裂や異国の脅威に怯えている事実があるからだ。共存共栄を望むのは、こちらだけではないという単純な話である。
我々より難しい立場にあるのが大陸と地続きの半島諸国だという。あの地域では過去に民族ごと入れ替わったこともあり、永続的な関係を築きにくいのが双方にとって信頼関係に繋がらない要因となっていると聞いた。
カグマン国も半島に出兵したことがあるが、現地の保守派に味方するつもりで出征しても、終わってみれば、なぜか侵略者にされており、いつの間にか対立していた現地の急進派によって歴史が歪められ、自国民を結束させるための宣伝材料に利用されるのだ。
いや、現地の人間を単純に保守派と急進派に分けるのも危険だと言っていた。対立していた急進派が、勝った途端に保守派面することもあり、敗れた保守派も人が変わったように間違った主張を唱えるようになるそうだ。
危惧すべきは、移動手段が飛躍的に向上すると、今度は同じことが大陸でも起こりかねないということである。大陸では常に内戦が起きているのに、どちらかに加担しただけで、我々だけが戦犯国にされてしまう恐れがあるそうだ。
つまり外国との同盟関係ほど当てにならないものはないということだ。調印した人たちが粛清されて、口を塞がれてしまうことが日常的に起こってしまうので、一方的に破棄されることを想定して防衛ガイドラインを作成しなければならないというわけである。
そんなことを五十も年が違う元・フェ二ックス家の王太子だったゲミニ・コルヴス閣下と朝から晩まで話し合ったのだった。一つだけ確信したことは、この男も僕と同じように王政存続派の一人であるということだ。
フェニックス家の王政を存続させることで自己が守られると考える王政存続派はゲミニ・コルヴスだけではなかった。彼の息子であるオーヒン国・第二代国王ゲティス・コルヴス陛下もその一人である。
その彼と滞在六日目の朝にお会いすることができた。二人きりで話したいということで、王城内にある聖堂で話し合うこととなった。礼服を装ったゲティス国王は若く、為政者というよりも子ども相手に話をするのが好きそうな優しい神牧者といった感じだ。
「不携行義務にご協力いただき感謝いたします」
聖堂に入る前に剣を警備兵に預けていた。
「そうしなければ警備が罪に問われてしまいますので」
「当然のことをしたまでですので、お気になさらないでください」
「それでは掛けて話しましょう」
朝の礼拝を終えたところで、祭壇前の長椅子に並んで腰掛けることにした。
「とは申しましても、基本的に私は父上の政策を継承しているだけですので、特に私の方から新たに付け加えることはないのです。状況の変化に応じて対策を講じることとなりますので、若干の軌道修正、または行き違いが起こるやもしれませんが、都度話し合うことで、公子とはこれからも協調路線を歩んでいきたいと考えております。常に対話の窓口は開かれていると考えていただければよろしいかと」
物腰の柔らかい皇帝だ。歴代のカイドル皇帝は武力で国を治めてきたが、ゲティス国王は信仰だけで国王の座に就いたと考えていいだろう。旧帝国のカイドル国民にカグマン国の国教である太教を布教しているのだから、我々にとっても有り難い存在であった。
「懇切丁寧にして、簡潔なるご説明、その行き届いたご配慮には感謝の念が絶えません。私奴といたしましても、王政維持にご協力くださるならば、これ以上に強い味方は存在せぬと、心強く感じている次第にございます」
しかし、決して調子に乗ってはいけない。
「とはいえ、王家伝来の三種の神器を共に分かつ者として、閣下や陛下と違い、私奴は分不相応であることは弁えております故、玉座を盗む気など微塵もないことだけは先に申し上げておきます。金の王冠の守り人としての職責を果たすことができれば良いと、ただそれだけを全うしたい所存であります」
ゲティス国王が感心する。
「立派な心掛けですね。父上も申しておりましたが、私よりもよっぽど為政者に向いているではありませんか。私が十四の頃など、教会で小さな子どもたちと讃美歌を歌っていただけでしたからね。公子が『神童』と呼ばれているのも大いに頷けます」
褒め言葉に酔ってはいけない。
「お褒めに与り光栄至極にございます」
かといって謙遜は美徳にならず、反論にも成り得るので定型文で返すことにした。
「しかし、懸念もあるのです」
国王は不安が顔に出てしまう分かりやすい人のようだ。
「ルシアス・ハドラですが、果たして信用できる男なのですか? 聞くところによると、父上はパヴァン王妃陛下とパナス王太子の保護を約束すると誓っただけなのに、あろうことか命を奪ったというではありませんか。金の王冠の話を父上から聞いて、急に心に魔が差して、父上を出し抜こうとしたのではないかと思われるのです」
だからゲティス国王は僕と二人きりで話したかったのだ。
「それは私に対しても真実を述べていない可能性もございますので、保証の限りではありません。王冠を手にしていなければ、私もあの男に殺されていたかもしれないのです。ですが、王冠さえ無事であるならば、決して私に危害を加えることはありませんので、計算の立つ男であることは断言できます」
それは金の剣を所持するコルヴス家に対しても同じ意味を持つということだ。
「では、ルシアスは王冠の在処を知らないのですね?」
「はい。不慮の事故で命を落としても、ルシアスの手に落ちることはございません」
「公子も完全には信用していないわけですね」
「ドラコとハドラ神祇官を亡くした時点で、次は私の番だと思いました」
「金の王冠が公子を救ったというわけですか」
ルシアスに裏切られる前に、ルシアスに話したホラ話をコルヴス家と共有しておいた方がよさそうだ。父親がルシアスに騙されたことで、僕のことまで疑っているように思えたからだ。
「ルシアス・ハドラが私奴をお父上に引き合わせたように、彼には私にはない人脈というものがございます。年齢だけではなく、未熟な私が相手では会わないと突っぱねるお方でも、ルシアス・ハドラが仲介すれば会談を持つことができるのです。それを最大限に活かすのは必然であり、そのように考えることを当然と思っていただければ幸いに存じます。そのためには彼にも見返りを用意する必要がございますが、そこで私奴の希望と上手く合致したのです」
同じ話の繰り返しになるが、一度でも手を抜いたら、そこで終わりを迎える。
「希望と申しましても、フェニックス家の玉座を盗むような真似はいたしません。しかしながら、現行法の範囲内において、私のような者でも摂政を行うことができます故、改革を行わずして王政に参加することは可能でございます。法案の草稿から施行までを行えるというのは、どれだけの満足感を得られることでしょう? 想像しただけでも胸が期待で膨らむではありませんか。自分ならばこうする、というアイデアが止まらないのです。この胸の疼きを抑えるには、もはや王政参加を志す以外にございません。分不相応の野心とも受け取られ兼ねませんが、陛下には先にお伝えせねばと考えた次第にございます」
ゲティス国王の審判を待つ。
「結構ではありませんか。私も常日頃から教会に集う子どもたちに夢や希望を持ちなさいと言っているのですよ? それが国民のためになることならば尚のこと結構ですね。公子はフィンス国王陛下のご従兄なのですから、過度にご自分を卑下なさる必要はございません。私はオーヒン国のために尽力せねばなりませんので手伝うことしかできませんが、それでも父上とコルバ王のような関係性を継承していけると思うのです。ここにヴォルベ・テレスコへの協力を表明しようではありませんか」
そこで立ち上がった。
それに合わせて、僕も立ち上がる。
「有り難きお言葉、感謝いたします。陛下の期待に添えるよう、精進いたす所存にございます」
そこで差し出された手を取り、強く握り返した。コルヴス家は三種の神器の一つを所有しているため、王政が揺らぐような王族殺しなどに加担することはないだろう。父親の年齢を考えれば、野心を抱いて実行するには遅すぎる。よって、コルヴス家は無実だ。
「公子にお訊ねしたいことがあるのですが?」
「なんでございましょう?」
そこで長椅子に座り直した。
「王族が狙われているということで、父上や私にとっても無縁の話ではないのですが、それよりもクミン王女の安否が気に掛かるのです。三陛下は警護が充分で、デルフィアス陛下も無事にお見送りすることができました。しかし、クミン王女に関しては所在すら分からぬというではありませんか。何か知っていることがあれば、是非とも教えていただきたいのです」
それよりもデルフィアス陛下が無事にご帰参なされたことに安堵した。
「王女に関しては心配に及びません。王宮が襲撃される前に脱出し、フィン王妃やフィンスと一緒に隠れ家で過ごされていましたから。私もお会いしてしっかりと確認しました。父上の保護下にあるので安全は確かです。ただし、現在どこに匿われているのかは定かではありません。なにしろ私も極秘任務に就いており、連絡を取り合うことができませんでしたので」
ゲティス国王が進言する。
「お父上と連絡を取られてはいかがですか?」
「子が王家伝来の家宝を無下に扱っていること知れば、自ら職を辞すことも考えられます」
「無理に打ち明ける必要はないのではありませんか?」
「実を申しますと、陛下と違って親子関係が上手くいってないのです」
「そうですか。それならば致し方ありませんね」
矛盾がないように説明するのが難しかった。
「私も陛下にお訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「伺いましょう」
シロだとは思うが、ゲティス国王も容疑者からは外せない。
「ドラコを殺した犯人を見つけたいのですが、何か情報をお持ちではないでしょうか? 私がドラコの作戦に参加していたことは隠しようがない事実です。まだ広く知られているわけではございませんが、もうすでに知られているということを前提に行動せねばなりません。相手は金の王冠を捜しているでしょうが、それを私が持っていることを知らずに命が狙われた場合、説明する前に殺されるかもしれませんからね。ですから、どうしてもこちらが先に犯人に目星をつけたいと考えているのです」
ゲティス国王が分かりやすく首を振る。
「ドラコが殺害されたというのは知っていますが、それよりも私はアネルエ王妃が誘拐された事件の対応に追われまして、正直なところ、それどころではなかったのです。デルフィアス陛下にも捜査の継続を約束しましたが、とてもドラコ殺害の事件まで手が回りそうにありません。お力になれなくて残念です」
予想通りの答えだ。
「父に頼まれてはいかがでしょうか? 父はドラコを高く買っておりました。公子がお持ちのドラコの剣も手に入れたいと望んでおられます。しかし、このままではドラコが風聞通り、王族殺しの首謀者として汚名を着せられたまま歴史に名を残してしまうこととなります。父も『ドラコの剣』を『呪いの剣』にはしたくないでしょう。ドラコを殺害した犯人を見つけることができれば王政の安泰にも繋がります。そこに実があれば、力を貸すのが父上です。ドラコの剣と引き換えに、ドラコ殺害の犯人を見つけてもらうというのも悪い条件ではないと思いますよ」
ゲティス国王は父親が剣のコレクターだということを知っている。彼がドラコ殺害に関わっているとしたら、こんな回りくどいやり方をしてまで『ドラコの剣』を放置させることはなかっただろう。ここはやはり限りなくシロに近いと考えた方がよさそうだ。
「考えておきます。ありがとうございました」
翌日、オーヒン市内の貴族街に赴き、ルシアス・ハドラの仲介でセトゥス家の邸を訪問することとなった。セトゥス親子といえば、パヴァン親子救出作戦でハドラ家を支援してくれた恩人である。
しかし、ハドラ神祇官が死んだことは知っているが、それが息子の手によって殺されたことまでは聞かされていないという話だ。不本意ではあるが、コルヴス親子と話し合って、一連の事件はドラコを殺害した一味の仕業に仕立て上げることで話がまとまった。
「これはこれは、ようこそお出でくださった」
客間で面会したのはオーヒン国法務官のアント・セトゥスとご子息のサウルだった。跡継ぎの息子を溺愛しているのか、父親が現役だというのに息子に主席を譲っていた。それでも会話はアント閣下がリードするのだった。
「ルシアスとは先だって話をしましたが、公子とお会いするのは初めてでございますな。ハドラ猊下が非常に高く評価されておりましたぞ。小官もこうしてお会いできる日を待ち望んでおりました。いや、しかし、それにしても若い。年はお幾つか?」
アント閣下は孫を可愛がる優しいお爺ちゃんといった風貌だ。
「十四です」
「はぁ、モンクルスの片腕は自分に似せた若い分身までお持ちになられたか」
父上の話を持ち出されるのは仕方がない。
「公子は王妃陛下と王太子殿下が亡くなられた現場に居合わせたと伺っております」
「はい。賊の凶行を防ぐことができませんでした」
「ご自分をお責めになるな」
そこで隣に座る息子の肩に手を掛けた。
「陛下と殿下を殺めた賊は、必ずやこのサウルが仇を取りましょう。ゲティス国王とも会われたそうだが、ああ、うん、いや、その、あの若い神牧者は兵隊の動かし方を知りませぬ。その点、サウルは違いますぞ? 公子と同じように幼少の頃から武術の腕を磨き続けてきましたからな。きっと、公子とも気が合うはずでございます。ゲティス国王はデルフィアス陛下のお妃の行方を捜すことで手がいっぱいだとも伺っておりますからな、こちらの件はサウルにお任せくだされ」
国王選挙に敗れたセトゥス家がハドラ神祇官に協力したのは、父親が息子に実績を残してやりたいと考えたからなのかもしれない。王族を守ったことが評価されれば、セトゥス家から国王を輩出することも夢ではないからだ。
「早速ではありますが、今しばらく別荘地をお借りしてもよろしいでしょうか?」
父親が息子に答えさせる。
「はい。喜んでお貸しします。他に出来ることはございませんか?」
申し訳なくなるくらい好感の持てる年上の士官という感じだ。
「非礼を承知で申し上げますが、私だけではなく、ハドラ家の者も命が狙われている可能性がございますので、あまり身辺を騒ぎ立てないでいただきたいのです。特に夫人やご息女がどこにいるのか、詮索しないでいただけますか? 協力を仰ぎながらこのような非礼を口にしたことを、どうかお許しください」
サウルは気にした素振りを見せなかった。
「命に代わる物はございません。お約束いたしましょう」
「温情、心より感謝いたします」
息子を立てたのに、本人よりも父親の方が満足そうにしていた。
ならば、父親を無視して息子を相手にした方がよさそうだ。
「サウル次官には救出作戦をご支援していただいたという、決して忘れてはならない御恩がございます。捜査の行き詰まりからゲティス国王陛下に相談いたしましたが、両者を秤にかけるという、非礼この上ない愚行の意図は一切ありません故、これからも変わらぬご支援のほど、切にお願い申し上げます」
父親が息子を立たせる。
それに倣って、僕も立ち上がった。
「こちらこそ、より一層の親睦を深めていこうではありませんか」
差し出された手を強く握り返した。
これまで握った誰よりも強い握手だった。
それから父親のアントとも握手を交わして席に戻った。
「しかし、一時はどうなることかと思いました」
それがサウルの正直な感想のようだ。
「フィンス陛下の即位やデルフィアス陛下の王族復帰で喜んでいたのも束の間、ドラコ・キルギアスが殺されたことで、あの冷静沈着なハドラ神祇官も混乱していましたからね。そのハドラ神祇官も殺され、パヴァン王妃とパナス王太子が亡くなられたことを知った時には、生まれて初めて絶望というものを感じました。こんなことを告げ口すると後で父上からお叱りを受けるかもしれませんが、父は『乗る馬を間違えたのではないか?』と本気で漏らしていたのですよ。私は心配ないと思っていましたがね」
父親のアントが、なぜか嬉しそうにする。
「いや、これは参りましたな。叱るどころか、今すぐにでも官職を譲らねばならないと考えているのですよ。それくらい倅には感謝しているのです。とは申しましても、公子が三種の神器をお守りしてくださったおかげですがね」
僕が三種の神器を持っていることを、どれだけ広めていいのか難しいところだった。王冠の価値を知る者にとっては最強の防具と成り得るが、王政反対派にとっては暗殺対象となって命を狙われてしまうからだ。
「その金の王冠のことですが、ドラコが殺されたのが、王冠を狙ったものなのか、それとも王冠をこの世から消し去ることが目的なのかはっきりとしていませんので、ご内密にしていただけないでしょうか?」
父親が息子に答えさせる。
「お約束いたしましょう」
「ちなみに、ドラコ殺害について何か情報は入っていませんか?」
「残念ながら何一つ入ってきていませんね」




