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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第十二話 シャクラ村

 シャクラ村はカグマン国の武器庫とも呼ばれていた村だ。現在は貨幣の製造が中心だが、終戦前までは青銅の武器や防具の製造が行われていた。南方民族と北方民族の大きな違いは、所有する銅山の数に決定的な差があったようだ。


 これからの武器は鉄の時代になるといわれて久しいが、それは銅が貴重だから、自ずと安価な鉄の技術を高めていくしかないという逆説でもある。新たな技術がもたらされると、再びこの島に戦争が起こってしまうかもしれないが、それも世の常だ。


 俺たちがそうであるように、後世の者たちも『なぜ鉄があるのに青銅で剣を作るのか』と疑問に思うかもしれない。剣同士なら硬い鉄の方がいいに決まっていると思うのは自然なことだ。


 しかし武器や防具で一番大事なのは殺傷能力よりも保持・保存の能力だといわれている。金属の優劣は保存能力で決まるのだ。これから鉄がどのように技術革新していくのか見当もつかないが、銅よりも鉄の価値が高くなることはないだろう。


 というのも、平和な世の中になると貨幣が剣の代わりとなる武器になるので、希少性や加工面や保存能力からいっても、金、銀、銅、鉄の価値は未来永劫変わることはない。つまり、もうすでに格付けは済んでしまったということになる。


 安価な鉄で殺し合いをしながら、貴重な金銀銅を奪い合うというのが、これからの戦争の構図だ。銅で戦っていた時代よりも、人間の命の価値が鉄並みに低下した、という皮肉でもある。


 大昔は国の代表者同士が『金の剣』で戦っていたという嘘くさい話が残っているが、金は柔らかいので貨幣にすら向かないわけで、それでデタラメだと分かるのだが、要するに、少なくとも人間にはそれだけの価値があった、という逸話が残されているわけだ。


 それが現在は契約書という『紙』に縛られている者もいるのだから、人間の命の価値が軽くなるのも当たり前の話だ。しかも、それが他人事ではないから恐ろしいのである。


「どうやら着いたようだ」


 とケンタスが呟いて、馬を止めた。


「しかし検問があるようだな」


 俺も馬を止める。


「どうなってるんだ?」


 俺が驚いたのは荷馬車の行列だ。閑散とした山道が続いていたのに、急に道が渋滞を起こしていたのでビックリしてしまった。これがシャクラ村の日常なのか気になったので、ボボに尋ねてみる。


「シャクラ村って、いつもこんな感じなのか?」


 ボボは首を振る。


「オイラもシャクラ村は初めてだから分からない。子どもの頃から『シャクラに近付くとさらわれる』って教えられていたんだ。王都へ行くにはシャクラを経由した方が早いが、教えを守って迂回路を選ぶのが村の常識だ」


 ケンタスが解説する。


「それはきっと結界みたいなものだろうな。村に人を近付けないために脅しになるような御触おふれを絶えず流しているのさ。軍事機密もあるし、貨幣も製造しているから、用心するだけでは足りなくて、それで子どもが怖がるような噂を流したんだろう」


 人さらいについては、昔からよく聞く話だ。でも、本当に攫われているかどうかは分からない。奴隷商といった人身売買が行われている事実もあるが、元締めの存在がハッキリしないことには実態など掴みようがないのだ。


 色んな立場になって考えてみれば分かることだ。まず身元が分からない人間に身の回りの世話を託すのは危険だし、人を買うような者はそこまで人間を信用しないだろうから、つまるところ優秀じゃなければ奴隷は務まらないというわけだ。


 なぜなら労働力として売買されるにしてもリスクを伴ってしまうからだ。領主殺しや地主殺しがニュースになるので、殺意を芽生えさせないくらいの労働環境が必要で、暴力で一方的に支配し続けるにも限界があるというわけだ。


 それと人さらいは性別による被害の差が大きいともいわれている。女として生を受けただけで犯罪に巻き込まれるリスクが圧倒的に高まってしまうのだ。人身売買とは別に単純犯罪があることも忘れてはならないということだ。


 人身売買で怖いのは実の親だと聞いたことがある。困窮を極める生活苦の前では、実の親ですら悪魔になってしまうのだ。親が子を売るわけがないと思う人は単純に生まれた場所が偶々恵まれていただけだろう。


 ただし、自分から進んで奴隷契約を結ぶ男女がいるので、それが話をややこしくさせている面もある。買う方だけを一方的に責め立てられない構造的な問題があるのだ。その一部が性奴隷のことだ。


 売春が忌み嫌われているというのも、結局のところはお金の問題があるからだ。博打もそうだけど、国の目が届かないところでお金が動くと税金逃れが起こってしまうので、だから宗教の力を利用してでも禁止させるわけだ。


 その一方で、昔の時代は性に寛容だったとのたまう輩がいるが、それを男が一方的に語っている時点で偏った見方であると理解すべきだ。奔放ほんぽうな性意識を持った人はどの時代でも男女問わず存在するが、一部を見て全体を語るのは無理がある。


 王宮や荘園には世継ぎの問題があるのでスキャンダラスに語られることも多いが、俺にとっては浮世離れした芝居の世界と同じ認識だ。王族や領主の価値観を、俺たち平民の価値観として認識するのも完全な誤りである。


 それと同じく性に奔放な村があったと聞いただけで、昔はすべての人が性に奔放だったと認識するのも、ご先祖様にとっては迷惑な話だろう。語り継がれている時点で特異であると見做すべきなのだ。


 また、書物に書かれてあるニュースも事実とは限らないのである。文献として貴重な証拠となるのは理解できるが、所詮ニュースはニュースなのだ。書いた人物が正真正銘の正直者であるかどうかは分からないのだから。


 世の中には狡猾な人間がいて、文献がニュース・ソースになるからと、ソースのためのソースを書き残す者もいるので用心する必要がある。それが組織的に行われてしまうと、否定するのも難しくなるから厄介だ。


 外国の文献は利害関係がないから正確だと解釈するのも誤りだ。観察者と執筆者が同じならば納得できる部分もあるが、執筆者が第三者からの資料に目を通した時点で、やはり政治利用されてしまうからである。


 そもそも、俺はそこまで人間を信用していない。ましてや本を書く人間などズル賢いに決まっているのだ。自分の人生ですら歳月を掛けて都合よく辻褄合わせをするくらいで、特に成功者、つまりは勝利者側の美談ほど当てにならないものはないのである。


 本を書いている人間が正直者だと盲信できる人は、一度自分の人生を物語にすればいい。そこでペンが止まる人こそが本物の正直者だ。人間というのは、愚か者だと「誇示誇張」という名の嘘をつき、賢い者だと「謙虚謙遜」という名の嘘をつくものだ。



「そこの三人、何用だ?」


 荷馬車の行列を横目に脇道を通ってシャクラ村に入ろうとしたのだが、柵の前で警備兵に止められてしまった。どうやら検問は商人だけではないようだ。これほど厳重に取り締まりが行われているとは思ってもみなかった。


「我々三人は王都から来た新兵です」


 ケンタスが代表して答える。


「重要な書簡を預かっているので通行許可をお願いします。目的地はヤソ村なので、この村に滞在する予定はありません」


 話はデタラメだが、足止めを食らわないための方便でもあった。


「書簡と王都札を見せてみろ」


 書簡の方は、動物の皮で作られた高級紙に、書かれた文字が改変できないように封蝋されており、さらに筒状の陶器に詰められていて、その上、濡れてもいいように革袋で密閉されているのだった。


 王都札の方は、銅版に三人の名前がきっちりと刻み込まれており、それを身体に彫ってある名前と、首に提げたプレートで本人確認をするわけだ。どちらも一目で正規の物と分かるので問題はないはずだ。


「それはご苦労であった」


 身元が確かなので肩の力が抜けたようだ。


「新兵が村で仕事を始める時期は窃盗も多くてな。顔を覚えるまでの、この半月くらいが一年で一番つらい時期なんだ。最近は兵士の格好をして堂々と盗みを働く手口が流行していて、満足に工場も動かせぬからな」


 ケンタスが神妙な顔つきになる。


「大変な仕事ですね」


 警備兵が頷く。


「ああ、お前たちは楽な仕事に回された方だぞ。兵役の中でもシャクラへの配属が一番悲惨だ。そりゃ手当は多いかもしれぬが、自由に休めることなど一切ないからな。これなら牧場の馬になった方がマシなくらいだ」


 大変なのに、まるで不幸自慢でもしているかのように嬉しそうだ。


「まぁ、金山や銀山の警備の方がキツいという話だが、どちらにせよ、お前たちの仕事はハッキリ言って仕事の内に入らん。王都札を見せびらかして好き勝手できるんだろう? ああ、俺も伝令兵になりたかったな」


 愚痴っているが、苦労している自分のことは嫌いじゃなさそうだ。

 ケンタスが深く同情する。


「確かに検問は責任も大きいですからね。厳しく取り締まらないといけないので大変な仕事だと思います。しかし顔馴染の商人まで念入りに調べる必要はあるんですか? ここへ来る前に酷く憤慨ふんがいした人とすれ違いましたけど」


 警備兵はうんざりした顔をする。


「そりゃ積み荷を一つ一つ調べられたら頭に来るだろうな。顔パスの商人なら尚更だ。けど仕方ないんだ。売った物を盗んで、またその盗品を売りつけに来てるんじゃないかって疑惑があるからな。おっと、これは内緒の話だった。お前たちも内緒にしてくれよ。しかし最近は目に余るほど物が盗まれているからな。手癖の悪い新兵もいるが、そうでなければ、この新入りが増える時期を狙った商人の仕業に違いないんだ。まぁ、そのうち分かるだろう。お前たちもこの村に用がないなら、さっさと立ち去った方がいいぞ。ただでさえピリピリしているというのに、最近は怒鳴り声が飛び交っているからな。ああ、いや、俺が引き止めているんだったな。すまん、通ってよろしい」


 盗賊というと力ずくで荷馬車を襲って強引に盗むイメージだが、兵士や商人に成りすます知能犯も存在するから性質たちが悪い。「頭の良い人は社会に出て成功しやすく、表の顔は土地の名士だったりするから逮捕が難しい」とケンタスの兄貴も言っていた。


 盗賊退治に身体を張る人がいる一方で、世の中には悪い人なんていない、なんて思っている人もいる。そういう人は悪行を助長させるだけの害悪にしかならないが、犯罪者をかばうのも犯罪なので、やはり同類でしかないのだ。


 人間の寿命が一歳までなら善人しか存在しないのは確かだが、二歳くらいになると既に凶暴性を発揮する子どももいたりするので、親のしつけが成功するとは限らないし、たった一つしかない自分の命を守るためには、異常なくらい警戒心を持つべきなのである。


 他人に自分の命を預けてはならない。事件や事故に巻き込まれても後悔しなければ無条件に万人を信じてもいいが、俺みたいにこの世で最後の一人になっても死にたくないと思う者は、他人から嫌われてでも警戒し続けないと気が休まらないのだ。



「よし、先を急ごう」


 本当は貨幣の製造をじっくり見学したかった。金属の話、いや、お金に興味があるからだ。ケンタスの兄貴によると、とにかく大事なポイントは火力と風力と金属の融点を知ることらしい。


 また異なる石を組み合わせることで融点が下がったり、硬度が高くなったりするので、それが学問として面白いとのことだ。大変なのは風を送り込む作業だというが、こればっかりは経験しないと分からないことだ。


「光る石を拾った」


 村を出てから、ボボが握り拳を開いて石を見せた。


「なんだそれ?」

「オイラには分からない」


 ケンタスが説明する。


「それは酸化する前の銅貨だ。しかし王国で流通している物とは大きさやデザインが違うな。商人が出入りしているから外国の銅貨かもしれないが、王国の銅貨が新しくなることも考えられる。いずれにせよ、今のところは不明だな」


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