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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
115/244

第二十七話(115) 公子の苦悩

 翌朝、兵舎の会議室で話し合いが行われた。僕とジンタの他に、ジャンジャジとロニーとパウルス・コールスの三人が同席した。彼ら三人が現在のドラコ隊を実質的に管理しているというわけだ。


 ジャンジャジはこれまでランバの補佐をして、ロニーが諜報活動を主な任務とし、赤毛のパウルスが作戦実行のリーダーとして活動してきたという話だ。これまでミクロスとジジが負担していた仕事を、彼ら三人が引き継ぐこととなった形だ。


「しかし、ランバもデモンの娘と結婚とはな」


 ロニーが無精ひげをさすりながら呟いた。

 パウルスが会話の相手をする。


「デモンが黒でも娘さんに罪はないでしょ? 隊長はハンスを信頼していたんだし」

「ハンスだって白とは限らんさ」

「疑り深い人だな」

「お前さんも常に見張られているということを忘れない方がいいぞ?」

「アンタのジョークは笑えないんだよ」


 と言いつつ、二人で笑い合うのだった。


「公子、今後についてですが、どのようにされるおつもりですか?」


 訊ねたのはジャンジャジだ。

 僕が答える前にロニーが口を挟む。


「おいおい、それを隊長さんに提示してやるのがお前さんの仕事じゃないのか?」


 そこにパウルスが追い打ちをかける。


「副長はドラコに幾つかの選択肢を用意してあげてただろう?」


 ジャンジャジがムキになる。


「それに副長だって初めから何でも出来ていたわけじゃないんだ」


 ロニーが呆れる。


「それを自分で言うかね」

「だから補佐止まりなんだよな」


 パウルスの言葉にロニーが笑った。


「公子、今後の方針をお聞かせください」


 ジャンジャジが強引に話を変えた。


「はい。基本的にはドラコの作戦を継続するしかないと思っています。救出で用いた替え玉作戦は、相手のリアクションを待つしかないというのは予め分かっていたことですからね。ハクタを中心に、オーヒンと、王宮と、ユリスの動きをしっかりと監視するしかありません。これまで通り、いつ、どこで、誰と誰が会っていたのか、それらの情報を一本化してもらえると助かります」


 それに答えたのはロニーだ。


「それに関しては問題ありません。我々との連絡方法はドラコがジンタに教えてあるので、いつでも情報を入手し、また、我々が隊長の指示を受け取ることができるようにもなっております。もちろん峠の向こうの情報はかなり遅れて入ってきますがね」


 情報網は問題ないようだ。

 考えをまとめながら説明する。


「ドラコが殺害された理由ですが、これは本当にまだ何も分かっておりません。ユリス・デルフィアスを誘き出すためにアネルエ王妃が誘拐されたわけですが、そこでドラコは先に誘拐犯の目星がついたからマエレオス邸に誰よりも早く辿り着けたわけです。しかし、もしもドラコが物理的に遠く離れた場所にいた場合、その時は相手の狙い通りユリスが先に到着していたので、殺されていたのはユリスだったのかもしれないのです。つまり、今回の誘拐事件から始まるドラコの殺害は、我々の救出作戦とは全く関係のないところで起きてしまったということになりますね。もちろん無関係と言い切れるほど分かっていないというのが前提ですけど」


 四人とも僕の話を聞きながら考え込んでいる様子だ。


「計画になかったことが起こったことで、本来よりも物事が早く進むことが考えられます。その最たることは、ランバがデモン・マエレオスの同行をリアルタイムで監視できるようになったことですね。ハクタ国がランバをどのように扱うのかは分かりませんが、人間を所有物のように扱うデモンのことですので、処断されるようなことにはならないと思っています。ランバ・キグスならば敵に寝返ることも考えられませんし、心配はしていません」


 質問がないので続ける。


「ドラコ・キルギアスが島の未来をどのように占っていたのか、僕の勝手な想像ですが聞いてください。ランバから聞いた話を元に考えると、ドラコは戦争の準備をしていたことが分かります。それは決して先制攻撃をするためではなくて、仕掛けられた戦争から身を守るための準備です。そのためにドラコ隊の隊士をリング領の練兵場に集めて新兵の訓練に充てたのでしょう。そういう意味でも、ここでの訓練は続けなくてはなりません。歴史が加速する恐れがありますので、もっと人員を増やして、動かせる部隊を育成しなければなりませんね」


 それには食糧の安定供給と武器の調達、それに伴う軍資金が必要だ。


「なぜリング領を重要な軍事拠点と考えたのか? それは過去の戦争でオーヒン国の周辺が最激戦区となっており、この島の中央一帯が覇権を握る上で大事だと考えたからだと思われます。しかもドラコは近い将来、自分たちが生きている間に戦争が起こると危惧していたと思われます。カイドルに住む部族に大量の弓矢を製造させているとランバから聞きましたからね」


 それと同時に弓兵を育成しているという話だ。


「それと暗殺計画を企てたムサカ法務官が、ドラコにフェニックス家の荘園を襲わせたのも戦争と無関係ではありません。現段階では誰が誰と、どの国を争わせたいのか定かではありませんが、軍隊を進軍させるとなれば、そのルート確保が重要となることは誰もが知る所です。各地域を移動するたびに戦っていては、本丸に辿り着く前に自国の兵士が疲弊し力尽きてしまいますからね。襲撃した荘園の土地は誰に主権が移ったのか、その背後を調べれば暗殺計画を企てた真の黒幕と真の目的が見えてくるかもしれません」


 三国に分国した今、カグマン国とハクタ国の間で、もしくはハクタ国とカイドル国の間で戦争が起こるということも考えられるのである。その可能性を無視して、頑なに否定しても意味はない。戦争をしたがっている者がいる限り、戦争はなくならないからだ。


 ロニーが報告する。


「領主が不在の荘園については、峠の南側にある領地をハクタ国のものとし、峠の北側の領地をカイドル国のものとすると決まりました。しかしサイギョクのように主権がオーヒン国へ移譲した例もありますので、これを機にオーヒン国が領土を拡大させることも考えられます。今のところカイドル国とオーヒン国で公式な会談が行われたという話は聞きませんが、北方地域はとにかく統治が難しい土地ですから、貢租と引き換えに主権を明け渡すことも充分考えられるでしょう。その土地に暮らす者の安全を考慮すれば、そのような判断を下してもおかしくはないのですよ」


 とはいえ、土地の譲渡を簡単に認めるユリスではないだろう。ただ、懸念すべきはオーヒン国の人口増加だ。高い貢租を支払ってでも国民を住まわせる土地を確保しようと考えても不思議ではない。オーヒンの人口増加が戦争を引き起こすことも充分に考えられるのだ。


 ただし、オーヒン国が根回しなしに戦争を仕掛けてくるとは思えない。わざわざ王宮とユリスを同時に敵に回すような真似はしないと思うからだ。それでも気をつけなければならないのが、ハクタ国と水面下で手を結んでしまうことだ。


 ジャンジャジがここまでの話をまとめる。


「それでは私が軍部の拡大を進めましょう。パウルスには兵士の訓練を監督してもらい、ロニーには引き続き諜報活動を行っていただきたい。ハクタに向かった副長に動きがあるとしても、我々が知るには八日から十日は掛かるでしょうし、それまでは集まる必要はなさそうですね。その間に、公子にはハドラ神祇官と話し合いを行っていただきたい。場所はジンタが知っています」


 ロニーが訊ねる。


「お前さんは公子に同行しないのか?」

「オレはドラコやランバからリング領から動くなと言われていましたから」

「しかし公子に護衛をつけないわけにもいかんだろう?」

「そうですね。では、誰か相応しい者を用意しましょう」


 そこでロニーが改まる。


「公子、ハドラ神祇官との話し合いですが、これは今後を左右する非常に重要な会合となるでしょう。本来ならば我々が出向いてご指示を仰がなければならないのですが、異国の地で揃って行動するのも、また危険なことでございます。隊長が亡くなった今、ハドラ神祇官とて安全とは言い切れません。隠れ家を移されている可能性もありますし、異変を感じたらすぐに引き返すことです。くれぐれも無理はなさらぬように、よいですな?」


 異国の地にいるということを強く意識しなければならないことを思い直すことができた。



 ハドラ神祇官のいるセトゥス領まで一緒に同行するのは、マヨルとミノルという名の双子だった。兄のマヨルが大柄なのに対して、弟のミノルは小柄な体つきをしており、双子と聞いていなければ兄弟とも思えない見た目をしていた。


「公子、一つ聞いてもいいですかい?」


 山道を下りながら話し掛けてきたのは、異様に大きな耳が特徴の弟のミノルだ。


「うん。息が上がると喋れなくなるので、聞きたいことがあるなら今のうちにするといい」


 馬車道を使えないので徒歩で移動するように指示を受けていた。


「それなら聞きますが、公子が国王陛下の従兄ってのは本当ですかい?」

「ああ、本当だよ。僕たちは母方に同じ血が流れているんだ」

「そいつは良かった」

「それはまた、どうしてだい?」

「だって昨日ロニーが『たんまりと報酬をもらえる』って」

「ああ、なるほどね」


 彼らにとっては切実な問題だ。


「あれはロニーの冗談だったんですかね?」

「いや、報酬は僕が約束するよ。それに値する働きをしているのだからね」


 そう言うと、ミノルが後ろを振り返った。


「あんちゃん、約束してくれるってさ」

「チーズ!」


 二本の指を広げて、兄のマヨルがニコニコした顔を見せた。


「あんちゃんと二人で牧場の仕事を手伝わせてもらうのが夢なんす。無事に兵役を勤め上げたら、それなりの所を紹介してもらえるでしょ? 牧場警備をしながら山羊や牛を育てて、美味しいチーズを毎日たらふく食うんです。そうなったら言うことありません。それにはドラコ隊に所属していたっていうのは何よりも勝る経歴だ。しかし隊長が死んじまって、その夢が潰えたと思ったんですが、公子が国王の従兄なら心配いらないや。ちゃんと守ってみせるんで、道の途中でヘンなもんを食ったりしないでくだせえよ」


 旅立つ前に二人の出自を聞いたが、この兄弟に身内はいないという話だ。彼らのような土地や住む家や家族がいない者が、戦争では最前線へと送られる、ではなく、むしろ志願して行くわけである。


 最前線が矢の標的になるのは誰もが知っている。それでも前線への突入命令に従うのは、出世や報酬が約束されているからである。貧しき者を貧しいままにさせておくのは、前線志願者を確保しておくという側面もあり、それが残酷だが現実なのだ。



「ダンナ、着きましたぜ」


 またしても僕が足を引っ張ったせいで、セトゥス領の別荘地に辿り着いた時には真夜中になっていた。途中で何度も休みをもらい、食事の際に任された火起こしに手間取ったのも遅くなった理由である。


 他にもルートが限られていたのも遅れた理由の一つだ。領内にいるすべての警備兵が事情を知っているというわけではないので、任務の内容を知る警備兵に我々が来た理由を何度も説明しなければいけなかった。


「警備主任と話をしてきた」


 説明してくれているのは途中から案内を引き受けてくれたセトゥス家の私兵だ。


「今日は詰所に泊まり、邸への訪問は夜明けを待ってからにしていただきたい」

「はい。分かりました」

「それでは失礼いたします」


 ドラコがジンタを連れてきていたので、すんなりと通してもらうことができたようだ。狭い詰所の硬い寝台の上で眠ることとなったが、興奮して眠ることができなかった。


 それはすぐ近くにエリゼがいるからだ。これほど夜明けが待ち遠しいと思った日は、これまでなかった。幸せとは、明日が待ち遠しいと思える瞬間を持てることなのかもしれない。



 疲労が溜まっていたせいか、目が覚めると完全に朝になっていた。夜明け前には誰かが起こしてくれると思ったが、そういう指示を出した覚えがないことに気がつき、今回は反省することにした。


 邸へご挨拶に伺う前に、身だしなみを整えるために小川へ行くことにした。エリゼと会う前に顔を洗って、水浴をして全身の汗も流しておきたかったからである。場所はジンタから教えてもらった。


「ん?」


 小川へ行くと、川遊びしているエリゼと召使いの姿が見えた。お目付け役のホロムが見守る中、エリゼは蹲って、ひたすら川面を覗き込んでいるのだった。魚釣りには見えないし、何をしているのかよく分からなかった。


「エリゼ!」


 顔を上げたエリゼがとびきりの笑顔を見せる。


「ヴォルベじゃないっ!」


 そう言うと、全力で走ってくるのだった。

 膨らんだ胸が揺れているから、思わず下を向いてしまった。


「まさか、こんなところで会えるとは思わなかった」

「うん。僕もだよ」


 エリゼが髪を気にする。


「小川を覗き込んで何をしていたんだい?」


 エリゼが頬を染めながら答える。


「ヴォルベが来ていると聞いたから、それで会う前に水面の鏡を見ていたの」


 僕のために意識してくれたことが嬉しかった。


「そっか、いきなり会って驚かせようと思ったけど、知ってたんだね」

「うん、警護の人も報告するのが仕事だから」

「そうだね」


 サプライズを受けることができない家に生まれたので仕方のないことだ。


「それより、ヴォルベこそ、どうしてここへ?」

「ああ、うん。エリゼに会う前に身だしなみを整えようと思って」


 そう言うと、すごく嬉しそうな顔をするのだった。


「私たち、考えることが一緒なのね」

「うん。僕たちはとてもよく似ているんだ」

「他にはどんなところが似ているの?」

「セロリが嫌いなところさ」

「ジンタから聞いたのね?」


 そこで、なぜかエリゼは頬を膨らませるのだった。


「何を怒っているんだい?」

「だって、ヴォルベには私のことを話しているのに、ヴォルベのことについては何も教えてくれないんですもの。はぐらかしの天才よ」

「仕方ないよ。そういう仕事なんだ」


 それで納得するのが僕たちのおかれた環境だ。



 それから邸へ行ってハドラ神祇官にご挨拶しに行ったが、二人の息子と共に外出しているということでハドラ夫人が客間で出迎えた。ジンタとマヨルとミノルは外で待機しているが、それは緊急の時しか中に入ることが出来ないことになっているからだ。


「お母様、ヴォルベったら、足の裏の水膨れを潰してまで会いにきてくれたのよ?」


 はしゃぐエリゼをハドラ夫人が窘める。


「エリゼや、公子は新しく即位された国王陛下のご従兄なのですよ。言葉遣いには気をつけなければいけません。今後、名前を呼び捨てにすることを禁止します。分かったら、返事をするのです」


 それを聞いて、居た堪れない気持ちになった。

 ここは改めて挨拶し直さなければならないと思った。

 そこで立膝をつくことにした。


「奥方様、私奴はこの通り、ご息女の外出許可を願い出た、いつぞやの日と何も変わっておらぬ身でございます。世情は変わりましたが、私自身は、まだ何も成し遂げていない男でございます故、恐縮ではありますが、よろしければ、これからも、これまでと同じように接していただければと願っております」


 ハドラ夫人が僕の手を取る。


「ヴォルベ、あなたはなんて寛大で、公正で、己に厳しく、勇ましいのでしょう。エリゼはあなたに好意を抱いております。あなたとの結婚を夢見ているのですよ? 私もあなたこそエリゼに相応しいお方だと思っております。どうか、これからもエリゼと仲良くしてくださいね」


 それから三人一緒に昼食を食べ終わるまで、ハドラ夫人の話をひたすら聞いていた。でも正直、結婚という言葉で頭がいっぱいになり、話の半分も記憶することができなかった。それでも新しい国王が決まったこと以外は何も知らされていないことだけは分かった。


 つまり一時的ではあるが、ハドラ家が神祇官を失職したと知らされてないわけである。父上が首都長官になったことを祝ってくれたけど、ハクタ州とカイドル州がそれぞれ国になったことも知らされていない様子だった。


 ドラコ・キルギアスが死んだことも知らないだろうし、ハドラ家に危機が迫っていることも知らないのである。ハドラ夫人とエリゼだけが夏の避暑地に訪れた優雅さを纏っているのだ。それが僕の胸の内を苦しくさせるのだった。



「ヴォルベ、聞いているの?」


 エリゼと小川のほとりに来ていた。


「ごめんなさいね。お母様もやることがないから話し相手ができて嬉しかったのよ」

「お役に立てたのなら何よりだ」


 そこでエリゼが照れるのだった。


「お母様に言ってくれた言葉、嬉しかった」

「嬉しくさせるようなことを言ったっけ?」

「言ってくれたわよ」


 エリゼの紅潮した頬は、まるで熟れた果実のようで、とても美味しそうに見えた。


「ヴォルベはフェニックス家の親戚なのに、それなのに変わらないでいようって」


 仕事に関わる話はできないけれど、せめて恋愛では本当のことを言おうと思った。


「それには理由があるんだ。初めてエリゼと会った時、僕は君のことを裕福な商人の娘だと思ったんだ。その時、僕は州都長官の息子だから、叶わぬ恋だと諦めてしまった。僕の方から一方的にね。でも、再会した時、神祇官の娘だと知って、卑屈になってしまったんだ。身分違いで、決して手の届かない人だとね。商人の娘だと思い込んでいた時は偉そうに一方的に振ったのに、自分より身分が上だと知った途端に、みじめに振られるのが怖くなったんだ。だから君から逃げたんだ」


 エリゼが僕の目を見て、じっくりと話を聞いてくれている。


「でも、そんな僕に手を差し伸べてくれたのが君だ。君だけが、何者でもない僕を見てくれていた。生まれて初めての経験さ。街中で偶然出会った時と変わらないように、僕に接してくれたんだ。それでどうして、国王の従兄になったからといって偉そうに振る舞えるんだ。そんな男はエリゼに相応しい男じゃない。僕たちは似ていると話したことがあるけど、あれは違うね。僕はエリゼの心持ちを真似しただけなんだよ。僕はエリゼに好かれたくてたまらないんだ。君に愛されたくて仕方ないと思っている。今は、ただ、それだけの男だ」


 言葉だけなら、ただの詐欺師なので、これからの行動が大事だ。


「よかった」


 そこでエリゼが太陽の火を消すくらい大きな深呼吸をした。


「何が良かったの?」


「うん? だって、さっきまでヴォルベは元気がなかったというか、すごく悩んでいるみたいだったから、きっとお母様が言った『結婚』が憂鬱にさせたのかなって思ってたの。でも、そうじゃなかった」


 憂鬱ではないけれど、重たい責任を感じるのは確かである。


「じゃあ、お母上が言った言葉は本当なの?」

「なんて言ってたかしら?」


 わざとらしく、とぼけた顔の愛らしいこと。


「僕との結婚を夢見てるって」


 エリゼが顔を両手で覆い隠した。


「お母様ったら、本当にお喋りなんだから」


 君のために平和な世の中にしてみせるからね、とは心配させるので言えなかった。



 それから近くの湖に行って、湖畔を散歩した。


「本当は一緒に水浴がしたいんだけど、今日はやめましょう」

「どうして?」

「裸にならないといけないから」


 そこでエリゼが慌てる。


「裸を見せたくないわけじゃないの」


 すごく大事なことだった。


「エリゼの裸が見たい」

「うん。ヴォルベに見てほしい」

「エリゼの裸に触れてみたい」

「うん。ヴォルベに触ってほしい」

「いつか……」


 出産は母体を危険に曝すので、未成年での妊娠は避けなければならない。それが良家のご息女との結婚における常識だ。年少者を好む男が少なくない、というより、かなり多いので例外もあるが、僕はエリゼが常識的な結婚を考えてくれているということが嬉しかった。

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