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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第三章 公子の素養編
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第十九話(107) 王宮の中の戦争

 救出作戦を始める前に、ハドラ神祇官に執務室へと連れて来られた。


「予定と違う事態だ」


 かなり動揺している様子だ。


「しかし、今さら手を引くことはできません」

「この状況でドラコを中に入れるのか?」

「こちらのプランを変更すれば、あちらも代案を実行に移すことでしょう」

「しかし、何人いた?」


「衛兵が二十四人で、回廊内の見張りが二人一組で六人います。それに政務官ら十二人を加えると四十二人いることになります」


 そこでハドラ神祇官が頭を抱えてしまった。


「閣下、考えている暇はありません」


 このままでは僕たち二人が暗殺犯に仕立て上げられる。


「私にやらせてください」


 ハドラ神祇官がじっと僕の目を見る。

 やがて頷くのだった。


「モンクルスの片腕と呼ばれた男の血を信じるとしよう」


 すぐに移動を開始した。

 まずは入り口と議事堂前にいる四人の見張りを始末する必要がある。

 回廊内で異変を察知した時、すぐに駆けつけてくるのがこの二組だからだ。


「それでは私が呼び出すので、閣下は目に入る位置に立っていてください」


 殺し方は決まっていた。


「相手を走らせないように、ゆっくりと死角となる通路に誘き出すのです」

「頼んだぞ」


 僕が声を掛けただけでは、門兵は持ち場を動かない。

 動かすにはハドラ神祇官の命令が必要だ。

 すべてドラコが考えた作戦である。


『公子、あなたが正面を向いて戦っても、相手に勝つことはできません。しかし、相手に武器を取らせなければ、勝機を見い出すことができるのです』


 先に入り口の門兵から始末する。


「ハドラ神祇官が手を貸してほしいと仰っています」


 そこで門兵が回廊の突き当たりに立っているハドラ神祇官を見た。


「行ってくる」


 もう一人の門兵に声を掛け、歩き出した。

 それを見て、ハドラ神祇官も歩き出す。

 歩いている門兵の後ろについて行く。

 短剣は黒衣の中で握られている。

 ハドラ神祇官が横道の角を曲がった。

 後を追うように、門兵も角を曲がる。

 そこで背後に忍び寄る。

 後ろから口を塞いで、喉を切り裂いた。

 死体となった身体を支えつつ、静かに床に転がす。

 その死体の足を引きずり、待機所へ隠した。

 明かりの下で短剣の刃を確認する。

 これを忘れる人は寿命が短くなるのだ。


 すぐに二人目を誘き出すことにした。


「一人では足りなかったようです。すぐに来てください」


 返り血を浴びなかったので、不審がられることもなかった。

 ハドラ神祇官が同じ場所へ誘い出す。

 二人目も難なく始末することができた。

 次は議事堂の前にいる警備兵だ。

 議事堂は王宮の中庭に立てられている独立した建物である。

 その入り口に二人の門兵が立っていた。

 我々が議事堂の中に用があることを知っているはずだ。

 だから門兵を別の場所に誘い出すことはできない。


「閣下、失礼します」

「躊躇うでないぞ」


 心強いお言葉だ。

 ハドラ神祇官の喉元に短剣を突きつける。

 これもドラコの作戦だ。


『公子、相手がすぐに状況を飲み込めると思わないことです。何が起こったのか分からない場合、兵士というのは経験則に従って行動するものなのです』


 神祇官に短剣を突きつけている僕を見て、すぐに門兵は槍を構えた。

 槍兵を侮ってはいけない。

 大抵の場合、格闘術にも長けているからだ。


「武器を捨てろ。さもなくば、神祇官の命はないぞ」


 そこで突きつけた短剣を喉に強く宛がう。

 ここで短剣を引けば、神祇官は絶命する。

 それを見せたことで、門兵の顔に迷いが生じているのが見て取れた。


「武器を下ろせ。これは命令だ」


 上官の命令は絶対だ。

 それは高度に訓練された兵士ほど強い意識を持っているのである。

 ハドラ神祇官の命令に従い、二人とも槍を地面に放るのだった。


「ダメだ。もっと遠くに放り投げろ」


 門兵が僕の言葉に従うようになった。


「よし。両手を頭の上に組んで、その場に跪け」


 それにも従うのだった。

 ここで確実に喉を切り裂く。

 血しぶきが飛んだ瞬間、地面に倒された。


 もう一人の兵士に押さえつけられてしまった。

 短剣を持った手に力が入らない。

 短剣を地面にこぼしそうになった瞬間、血を浴びた。

 ハドラ神祇官が覆い被さっていた門兵の首を切り裂いてくれたようである。


「ありがとうございます」


 起こしてくれたハドラ神祇官にお礼を言った。


「礼はドラコに言うのだな。こうなることを予想して短剣を持たされたのだ」


 僕が武器を奪われる可能性まで予測できていたわけだ。


「さぁ、ドラコを王宮に放つぞ」


 門兵の死体を向かいの聖堂内に隠し、隠し通路の入口へ向かった。

 入り口は台座の下にある。

 ハドラ神祇官と二人で力を合わせる。


「戦況は?」


 ドラコの第一声がそれだった。

 ハドラ神祇官が答える。


「入り口と議事堂の見張りを四人殺した」

「予定通りというわけですね」

「いや、他に衛兵が二十四人もいる」


 ランバが感想を漏らす。


「それは危険な状況でございますな」

「どうするのだ?」


 ハドラ神祇官が不安げに訊ねた。


「殺すまでです」

「処刑する人間は合わせて三十八人も残っている」

「皆殺しにして差し上げましょう」


 ドラコの言葉に唖然とするしかなかった。

 相手は王宮の特殊訓練兵ばかりだからである。


「かつてモンクルスは百人力と謳われておりました。それが私とランバには二十四人で充分だと考えたわけですからね。それが過小評価であるか、過大評価であるか、身を以って体験してもらおうではありませんか」


 それだけ言うと、ドラコはすぐに動いた。


 まず、裸にした女と子どもの死体を教会へ運び入れた。

 法服を着せた男の死体はハドラ神祇官の替え玉だ。

 その三体の遺体をランバに見張らせるのだった。

 次に七政院の処刑を始めた。

 執務室の扉を開くのはハドラ神祇官の役目だ。


「私だ。至急、会って話したいことがある」


 秘書官が扉を開けた瞬間、ドラコが手斧を心臓に突き刺した。

 それからゆっくりと歩いて会計検査官にも手斧をぶち込むのだった。

 僕は死亡を確認する役目である。

 すべての死体に槍を突き刺して完全に息の根を止めるように命令を受けている。

 ハドラ神祇官も槍を持たされていた。

 これがドラコ隊の掟だ。


「ムサカ法務官がお呼びだ」


 ハドラ神祇官は相手によって呼び出す文句を変えるのだった。

 軍務官もあっさりと死んでしまった。

 それでもドラコは槍で念入りに止めを刺すように命令した。


「計画に変更が出た」


 内務官も死んだ。

 内側から鍵を掛けない外務官は誰に殺されたか分からずに死んだ。

 大きくて丸い背中だったので、念のため短剣で首を切り裂いた。


「閣下、折り入って、ご相談したいことがあります」


 これで財務官も死に、残るはムサカ法務官一人である。


「いないな」


 無人の執務室を見て、ハドラ神祇官が呟いた。


「後にしましょう」


 ドラコに焦りが感じられるのは制限時間があるからだろう。


「次はどうする?」

「衛兵を殺します」


 そう言うと、手斧から大剣に武器を替えた。

 回廊内は広いので、振り回すことが可能だ。

 兵士というのは状況によってあらゆる武器を使いこなせなければならないのである。

 ドラコが僕を見る。


「閣下を命に代えてでもお守りするのだ」

「はい。誓います」

「私の後ろから離れるんじゃないぞ」

「はい。止めを刺すのはお任せください」

「公子、あなたは幸運を運ぶ鳥です」


 そう言うと、回廊に戻り、王族の居住区へ向かって歩き出した。

 入り口に二人の門兵が立っている。

 彼ら二人が顔を見合わせて、何か話し始めた。

 血まみれの僕らを見て、聞いていた話と違うと思ったのだろう。

 しかし、気がつくのが遅いのだ。

 槍を構えた時には、首が廊下に転がっていた。

 もう一人の門兵が、それを見て固まっている。

 ドラコは剣を振り上げなかった。


「今すぐ詰所にいる衛兵を全員呼んで来い」


 その言葉に慌ててその場を後にするのだった。


 自ら敵を呼び寄せたのは、回廊内で戦った方が地の利を活かせるからだろう。

 槍を持って突進してきた衛兵が、途中で首を落とした。

 首を無くした衛兵は、そのまま前のめりになって廊下に倒れ込んでいった。

 二人目の槍兵がドラコと対峙する。

 ドラコが振り上げた剣を槍で受け止めようとするが、槍を落としてしまった。

 すぐに拾い上げようとするが、拾ったのは切断された手首である。

 それをくっ付けようとしている間に首が廊下に転がっていった。

 続く三人の槍兵も、指先をぽろぽろと床にこぼした。

 それから手首を落とされ、肘から下を落とされ、槍を落とす前に首を落とすのだった。

 次の相手は大剣使いである。

 相手が剣を振り上げた瞬間、ドラコの剣先が喉に突き刺さった。

 とにかくスピードが違う。

 ドラコの大剣はまるで光のようだ。

 振り下ろす剣は雷のように速いのである。

 一振りするごとに手首や腕が宙に舞った。

 首から血しぶきをあげた者が、手で栓をしようとしている。

 武器を放棄した者も容赦なく首を刎ねた。

 あばらの隙間に剣を刺し込まれた者もいる。

 もうすでに十五人の屍の上を歩いてきた。

 しかしドラコにかすり傷を負わせた者は一人もいなかった。


「貴様らは、それでも王都の騎士か!」


 ドラコの怒声が回廊に響き渡った。


「それでどうして陛下をお守りすることができるのだ!」


 勝っているのに、悲しんでいる。

 そんな涙声だった。

 剣を構える衛兵たちに向かって、ドラコが突進していった。

 残る十人の衛兵が、十数え終わる前に死んだ。

 それは、まるで回廊を吹き抜ける風のようである。

 その風に吹かれた者たちは、もうどこにもいない。

 十人とも首を失ってしまったからだ。


 そこで一息つこうと思ったが、ドラコは周囲への警戒を怠らなかった。

 残る敵はムサカ法務官と秘書官の二人だけである。


「教会へ戻らないのか?」


 ハドラ神祇官が訊ねた。


「私兵をどこかに潜ませているかもしれませんので、脱出するまで気をつけてください」


 僕たちが把握した敵営の数を信じていないようだ。

 それが戦場で生き残ってきた理由なのだろう。


「公子、後背の警戒をお願いします」

「はい。お任せください」


 これほど用心深いドラコを殺せる人間など、この世に存在しないと思った。

 中庭にある教会に行くと、ランバが安堵した表情で出迎えてくれた。


「隊長、ご無事でしたか」

「ああ、早速だが、女の死体を運んでくれ」

「子どもの方の死体はいかがされますかな?」

「血で汚すわけにはいかないな」


 ドラコは全身が血でまみれていた。


「私が運ぼう」


 返り血を浴びていないのはハドラ神祇官だけだった。


「ご協力感謝いたします」


 ドラコがすまなそうに礼を述べた。

 それから王族の居住区へ向かう前に、僕に念を押した。


「ムサカ法務官を見つけたら尋問を行うので殺さぬようにお願いします」

「はい。分かりました」


 ドラコを先頭にして教会を後にした。


 廊下に血だまりができていて滑りやすくなっている。

 吐き気を催すほどの臭気も滞留していた。


「誰だ?」


 ドラコが回廊の先に立っている人物に声を掛けた。


「味方にございます」


 その声はムサカ法務官の秘書官だ。

 ハドラ神祇官が説明する。


「ムサカ法務官のご嫡男だ」


 ドラコが剣を構えた。


「どうか、お待ちください」


 秘書官が慌てて牽制した。


「閣下に手土産がございます」


 両手を後ろ手にして何かを持っているようである。

 回廊の先にいるので薄暗くてよく見えなかった。


「ハドラ閣下、こちらでご容赦願えないでしょうか?」


 そう言って、差し出したのは――


「なんてことを……」


 ドラコが悔しがる。

 目を凝らすと、生首を持っているのが分かった。

 秘書官は父親の首を差し出したというわけだ。


 ドラコが詰め寄る。


「これはどういうつもりだ!」

「ハドラ閣下にお味方したく、この手で断罪したまでにございます」


 ハドラ神祇官が問い詰める。


「助かりたくば、暗殺計画の首謀者を言いなさい」


 秘書官が呆ける。

 どうやら此奴こやつは何も知らないようだ。


「お父上は何者かと暗殺計画について話していなかったか?」


 ハドラ神祇官の語気が荒い。

 秘書官が手に持っている父親の首を覗き込んだ。

 しかし、生首は何も答えてくれなかった。

 バカ息子が手に持っている生首を縦に振った。

 しかし、父親は目を覚ますことはなかった。

 ドラコがハドラ神祇官を下がらせた。

 秘書官は意味が分かっていない様子である。

 ドラコが大剣を振り下ろす。

 その瞬間、秘書官の手から父親の首が滑り落ちた。

 代わりに、自分の首を両手に抱えるのだった。

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