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ロマン・ストーリー 剣に導かれし者たち  作者: 灰庭論
第一章 勇者の条件編
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第一話 入隊式前日

 明日から王国に仕える兵士になるからといって特別な考えなど抱くはずがない。それは生まれた時から既に決まっていたからだ。


 自分の意志で将来を変えられないのは、すべての国民にいえることだ。我が国には古くから『人の一生とは星ように変わらない』という言葉がある。


「あっ、流れ星」


 とカレンがつぶやいた。彼女は王宮に仕える侍女じじょで、主に王妃とか王女と呼ばれている王族の世話をしている女の子だ。また、彼女も生まれた時から将来を変えることのできない人間である。


 そんな彼女と俺の友達を含めて三人で、牧場の原っぱで寝転んで星を眺めているところだ。新緑の季節だからまだまだ肌寒いけれど、南部なので島の中では暖かい方だと聞いている。


「見たのは私だけ? どうしていつもそうなんだろう? また嫌なことが起こらなければいいけど」


 古くから流れ星は凶兆として忌み嫌われていた。見た者の周りに死の兆しがあると言い伝えられているからだ。


「ねぇ、二人とも気にならないの? 星が落っこちたのよ? それも二人が明日入隊するという日にね。これは『やめなさい』という、お星さまからの暗示だと思わない? いくら戦争がないからといって間が悪すぎると思うの」


 思わず笑ってしまう。


「やめたいからといって、やめられるわけがないだろう? 理由を問われて『お星さまの暗示です』なんて言ったら上官に笑われちまうよ。いや、殴られるかもしれないな」


 カレンが横目で俺をにらむ。


「ぺガスったら、どうしていつもそうなのかしら? せっかくお星さまが教えてくれているというのに茶化したりしてさ。私は真剣に二人のことを心配しているのよ」


 ぺガスというのは俺の名前だ。正式にはぺガス・ピップル。カレンと同い年の十五歳。幼馴染ではあるが、じっくり話せるようになったのは三年くらい前からだ。彼女が王宮から抜け出さなければ出会うことすらなかっただろう。


「いや、気持ちはありがたいけど、心配されたところでどうなるものでもないからなぁ。しょせんは迷信にすぎないし」


「迷信だなんて、どうしてそんな風に考えられるの? 古くから残っている教えなんだから、デタラメであるはずがないでしょう? それにペガは笑われると言ったけど、王宮に入ったら星の動きを笑う方がおかしいと思われるんだから」


 それは確かにカレンの言う通りだ。星はこの世界の教書みたいなもので、暦や時間、距離や重さ、光の速度や球体の仕組みなど、ありとあらゆるものを教えてくれる存在で、天文学こそ学問の頂点であるといわれている。


「ケンは笑わないわよね?」


 カレンが俺の友達に話を振った。ケンとはケンタス・キルギアスという俺の幼馴染のことである。ぺガスを『ペガ』と呼んだり、ケンタスを『ケン』と呼ぶのは仲の良い証のようなものだ。俺の爺様が生まれる前からも既にあった慣習らしい。


 カレンが王宮から抜け出すと、いつも決まって三人で話をする。馬の世話をしている俺の家の敷地に忍び込んでは、原っぱに寝っ転がって、くだらない話をするのだ。


 この夜もカレンを真ん中にして、俺とケンタスで彼女を挟むように寝転んでいた。


「ねぇ、ケンったら、ちゃんと聞こえているの?」


 とカレンは上体を起こして、友達の顔を覗き込んだ。彼女はケンタスの黒紫色の髪と漆黒の瞳が大好きだと言っていた。俺とカレンは共に明るい茶色の髪色と瞳をしているので、ただの無い物ねだりだと思っている。


「えっ? なんだって?」


 とケンタスは頭の後ろで手を組み、足を組んだままの姿勢で身動き一つしなかった。

 カレンが呆れる。


「あなたったら、本当にいつもぼうっとしているんだから。そんな有様ありさまで王国の兵士が務まるのかしら? 凶兆がケンのことじゃないといいんだけど……」


 俺も上体を起こして肘をつく。


「ケンなら大丈夫さ。こう見えて剣術の練習はさぼったことがないからな。畑仕事もしたことがないような連中相手なら負けることはないさ。戦時中に生まれていれば間違いなく英雄になれたんだけど、それだけが残念でならないよ」


「またその話か」


 相変わらずケンタスには興味がない話題のようだ。

 その素っ気ない態度にも腹が立つ。


「『またその話か』って言うけどな、戦争がなければ、俺たちは一生貧民暮らしなんだからな。それで三十年も前に終わった戦争だというのに、その戦争で武勲を立てた英雄の家系ってだけで偉そうにしている連中にびへつらわないといけないんだ。そいつらだけは戦争がなければ家柄だけで勝手に出世しちまうんだろう? やってらんないよ」


 カレンが優しい声でなだめる。


「家柄も人間には選べないのよ」


 そんなことは俺もわかっている。


「うん、確かにそうだ。しかし、それをおごることなく自覚できている者がどれだけいるかって話なんだよ。カレンだっておかしいと思わないのか? 生まれた時から国王の娘はお姫様で、お前は一生その人の世話をしないといけないんだぞ? 現在の国王は戦争に勝った英雄でもなければ、俺たちを救った救世主でもない。税金でのうのうと優雅に暮らしているだけじゃないか」


 俺の言葉に、カレンは自分のことを言われたかのように落ち込んでしまった。

 すかさずケンタスがフォローする。


「それをカレンに言っても仕方ないだろう? 王宮の人間は冗談でも国のことを悪く言えないんだ。オレたちだって明日からは王国の兵士だから、言いたいことがあっても胸に仕舞しまっておく必要がある。それに平和に暮らせているのだから、現在の国王は悪くないどころか、名君と呼べるんじゃないか? そういう意味ではフェニックス家の王朝というのは仕えるだけの価値はあるよ。出世は望めないが、戦争の芽を摘むのが現在の兵士の役目だからな」


 さとされるとかえって反発したくなる。


「ケンまで聞き分けのいい子どものようだと、俺一人だけ強欲な大人みたいに見えるじゃないか。そこまでおかしいことを言ってるか? 俺は単純に出世を望んでいるだけだろう? いや、正確には無能な奴らのために身体を張りたくないだけなんだ」


 今度はカレンが反論する。


「そう簡単に無能と決めつけるのはよくないわ。だって、あなたは王宮のことを何も知らないでしょう? 王女さまは王女さまで悩んでいると思うのよ。国王陛下だって、好きで国王になったわけじゃないかもしれないじゃない。町の人は知らないけれど、みんなに内緒で外国の果物をこっそり栽培しているのよ?」


 現在の国王が農家に優しいのは、国王自身も農業に興味を持っているからなのかもしれない。それは結構だが、次の国王が善政を継続するとは限らないのだ。その度に振り回されるのは俺たちの方だ。その辺のところをどう思っているのか尋ねてみる。


「ケンは国王が変わって制度や法律が変わっちまったらどうするんだ? それでも聞き分けのいい子どものままでいるつもりなのか? 例えばだ、暴君で有名なジュリオス三世みたいなのが新しい国王になったらどうするんだよ? 農民には高い税金を課して、部族民を奴隷のように扱うんだぞ? そんな国王でも命令には従わないといけないっていうのか?」


 ケンタスに尋ねたのに、カレンが口を挟む。


「フェニックス家の後継者に、そんな人はいない」


 ここは俺が反論させてもらう。


「いや、もしもの話だよ。だって、お姫様が変な野郎と結婚するかもしれないだろう? いや、その前に現国王だって年を取れば血迷っておかしなことを言いだすかもしれないんだ。ケンは何も考えずに忠誠を誓うのか?」


 問い掛けてみたが、ケンタスは黙って考えていた。その顔をカレンがじっと見ている。見られている方のケンは彼女の視線をまったく意識していないようだ。やがて考えがまとまったのか、ケンが静かに口を開いた。


「人間というのは生まれる場所も、生まれる時間も選べないものだ。戦時中に生まれたなら、オレは戦争を終わらせるために頭と身体を使うだろう。そして、現在が平和な世の中ならば、戦争にならないように、やっぱり頭と身体を使わないといけないんだ。農家の後継ぎではなく末っ子に生まれたのも、べつにオレが選んで決めたことじゃない。兵士になることも選んで決めたことではないが、幼い頃からそうなると決められているなら、そこで頭と身体を使ってみせると腹を括るしかないじゃないか」


 話しながらケンタスが閃く。


「そこで忠誠を誓うとしたら、国家や君主ではなくて、法律なのかもしれないな。もちろんそれだって変わることはあるし、変えなきゃいけないものもある。だからこそ、法律というのは忠誠を誓うだけの価値があるように思えるんだ。国家とは法律をどれだけ共有できるか、ということだし、君主とは国民に法律をどれだけ守らせることができるか、ということでもあるからな。君主や国家よりも上に法律があるように感じられたなら、オレは入隊式で迷いなく法に忠誠を誓えるよ」


 悪政として有名なジュリオス三世は、『我は法なり』と宣った歴史上の人物だ。ケンタスはおそらくその歴史から法と君主、及び国家と国民の相関関係や距離感を考えたのだろう。主君ではなく法律に誓いを立てるというのは、俺も悪くないアイデアだと思った。


「なるほどね、俺も明日は腹の中で法律に誓いを立てるとしようか。それなら色々と腹を立てることも少なくなりそうだからな。贅沢をしている貴族や王族の血筋だって、法だけは容赦なく裁いてしまうからな。うん、法律に誓いを立てるというのは良いアイデアだ」


 ケンタスが夜空を見上げる。


「これは皮肉な話だが、ジュリオス三世の悪名が知れ渡ったおかげで、オレたちは平和というものについて考えられるようになったんだ。彼が悪政の代名詞とならなかったら、政治について考えることもしなかった」


 そこで入隊前のケンタスが微笑む。


「オレが兵士になって嬉しいのはさ、町では手に入らない書物を読めるんじゃないかってことなんだ。新しい書物に出会うたびに、それまでの考え方が一変してしまうっていう、そんな経験を何度も繰り返したいんだよ」


 ワクワクしているケンタスの横でカレンが俯いている。


「どうしたんだ?」


 彼女に尋ねてみた。

 カレンが申し訳なさそうに答える。


「確かに王宮には書物庫はあるけど、新兵が入れるような場所じゃないの。入隊する前にガッカリさせるのもどうかと思ったけど、後で期待外れになるよりはいいよね」


「そっか」


 とケンタスは寂しそうに呟いた。ケンの楽しみの一つが本を読むことだった。ケンには二人の兄がいて、真ん中の兄貴も兵士になっていた。その兄貴の伝手で旧カイドル国の領地で手に入れた書物を数年前から読むことができたというわけだ。


 ケンタスがいなかったら、俺も一生書物とは無縁で生きていただろう。町の人間だけではなく、王宮に仕える者でさえ文字が読めない人の方が圧倒的に多いからだ。役人や商人だって必要以上の文字を読めないのが当たり前なのである。


 というのも、積極的に文字を学習させようとしないのは、為政者いせいしゃが民衆による自由な言論を恐れているからだろう。その証が戦争の度に繰り返される焚書だ。『書物があれば家ごと燃やされる』といわれるほど、戦時中は酷かったようだ。


 戦勝国となり、家に書物があっても咎められない時代にはなったが、それでも手紙を出そうと思えば検閲されるし、私的な学問所や集会を開こうと思えば事前に届け出が必要になる。それもすべては反乱を予防するためなのだろう。


 戦後三十年しか経過しておらず、敵国として戦った旧カイドル国の人間が全員死んだわけではなく、統一されて同じ国民となったが、だからといって遺恨いこんがなくなったわけではないからだ。


 そう考えると未だに徴兵を必要としている理由も分からなくもないが、そろそろ新しい国家像を考えてもいい時期には来ていると思う。敵国だった領土にも自警組織を認めれば、俺たち王都の兵士が故郷を離れる必要がなくなるからだ。


「それにしても、あなたたち、いつの間にか大人になったのね」


 なぜか寂しそうにカレンが呟いた。


「初めて会った時は二人とも私より小さかったのに、ケンの方は、あっという間に見上げるようになっちゃった。王宮の中で生まれた私にとって、二人は外の世界そのものだったのよ。それが明日からは王国の兵士なんだもんね」


 カレンと出会ったのは五歳の時だから、もう十年も前のことだ。森の中で迷子になったのを、見つけたのがケンタスと俺だった。


 次に会ったのは、それから五年後のことだ。その時は迷子ではなく、自分の意志で抜け出したようだった。なんでも森で木苺に花の蜜をかけて食べたのが忘れられなかったらしく、食べ方を教えた俺たちを探しにきたそうだ。


 それから二年経過して、三度目に会った時には胸が膨らんでいた。それを見て女として意識することもあったが、カレンの視線はケンタスの方を向いていた。


 それでも侍女と兵士では、結婚自体があり得ないことだ。だから二人とも必要以上に親しくならないのである。


「二人が兵士になったら、私たち会えなくなるのかな? そんなの絶対に嫌だよ」


 カレンは俺たちに尋ねたが、ケンタスに任せる。


「大丈夫だろう。王宮に常駐するようにはなるが、休みの日には家の手伝いだってしないといけないんだ。オレたちは畑仕事が本業だからな。それは自分自身も履き違えたらいけない部分なんだ」


 ケンタスの言う通りだ。国の制度で徴兵制はあるが、これは逆説的にいえば、家族の跡取りとなる人間は完全に兵役を免除されているということだ。つまり跡取りが早死にした時点で本業に戻れるわけで、そこで『家の仕事を忘れた』では話にならないというわけだ。


 カレンが微笑む。


「だったら、私たちはこれからも変わらないようね。春には新緑の原っぱでお昼寝をして、夏には川で水遊びをして、秋には一緒に山菜を採るの。冬は嫌いだから馬小屋でお喋りしましょう。ああ、良かった。これからも楽しいだけの人生が続いていくのね。それだけが心配だったのよ。王宮では顔を合わせることもできないものね」


 そうなのだ。下級兵士である限り、王宮の従事者と顔を合わせることが出来ないのが現実だ。これは裏切り者やスパイの存在が歴史的に明らかになっているから、当然の措置なのである。


 ケンタスが微笑む。


「安心してくれて良かったよ。流れ星を見たくらいで心配されても、オレたちにはどうすることもできないしな」


 カレンが思い出す。


「あっ、そうだった。凶兆を見たばかりだったのね」

「ハハッ、忘れるくらいなら、それほど信じていないということだろう」


 ケンタスが笑い飛ばした。

 それでもカレンは不安げだ。


「あなたも流れ星の凶兆は迷信だと思ってるの?」


 それに関しては俺もケンタスがどう答えるか気になるところだ。


「迷信には信じるとか信じない以前に、目的というものがあるんだろうね。例えば『日が沈んでから髪を切ると身内に不幸が起こる』っていう迷信があるだろう? あれは『夜になったらなるべく蝋燭ろうそくたきぎを節約しましょう』っていう教えでもあるんだ」


 謎を解くように説明する。


「他にも『雨が降った時に川に近づくと水龍に食べられる』という迷信もあるけど、これは完全に子どもへの躾だよ。後は『子どもによろいを着せると早死にする』というのは、戦地へ行かせたくない親心だろうし、根拠がなさそうで、すべてに意味があるんじゃないかな。ただ『火遊びをするとヘソが取れる』という訳の分からない迷信もある。これに関しては途中で意味を見失って、言葉だけが残ってしまったんだ。数百年前まで遡ればちゃんと意味があったのかもしれない」


 ケンタスによる独自の考察は続く。


「流れ星に関してもそうだ。きっと戦争ばかりしていた頃に生まれた迷信で、戦地で流れ星を見る機会と、同時に兵士の死を知る機会があまりに多すぎて迷信になってしまったんだ。これから平和な時代が長く続くと、今度は吉兆の兆しとして新たな迷信が生まれるかもしれない。。だからこの先、今夜カレンが見た流れ星を吉兆に変えることなら、現在のオレたちでも出来るかもしれないんだ。流れ星の意味を変えるために生きるというのも、人生を懸けるだけの価値はあるかもしれないね」


 カレンがケンタスの話を聞きながらうっとりしていた。


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