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偽りの少女に安らぎを②

 夕闇があたりを包み、今日の終わりを知らせる。見る見るうちに夜の影が手を伸ばし、すっぽりと闇の中に吸い込まれた。

「……で、どうするの?」

 メイは、集まった二人の方を見ながらそう問う。三人は側近達の目を盗み、タルトール城と城壁の間の暗がりに佇んでいた。

「まあ、とりあえずこれを見てください」

 リームは少し屈み、手に持つランタンで地面を照らす。地には棒で描かれた様々な文様が広がっていた。

「いつのまにこんなの描いたの……?」

「あなた方が気持ちよくお休みされている間に作っておきました。初めて使う術式なので描くのに時間がかかるかもしれないと思って」

 ランタンを低く構えたリームが小声でそういうと、バブはにやにやしながら彼の肩に手を置いた。

「なんだよ結構やる気満々じゃねーか」

「ははは、中途半端なことして失敗したら大変なことになりますからね」

 リームはバブの手を払いながら笑顔で言った。

「それでは説明します。今から「潜伏の術式」を張ります。この術式の陣内に入っている人は、陣外の人から一切認識されなくなる術式です。例え大声を出しても気づかれません。これを使って今からカルディア王国の教会内部に侵入します」

 術式とは、「魔力」というエルフや一部の人間が体内に秘めるエネルギーを、地面に描いた陣を媒体に物理化する魔力具現化手段のひとつである。

 術式の他に「ドレンドビーグ」を筆頭とする、魔力を物理的な力に変換する道具が世の中にはたくさんあふれている。むしろそういった道具達を使って魔力を変換させるのが一般的で、術式は悪魔と契約する陰湿な手段として忌み嫌われている。その為、術式の存在を知るのも一握りのヒトだけである。

 ただ、道具では出来ないことを可能とするのが術式であり、魔力を決まった用途に効率よく使いたい場合には適している。

「ちなみにこの術式を使うのはバブさんです」

「は?お前がしろよ」

バブは面倒くさそうに悪態をつく。

「この術式はちょっと特殊で、術を持続させる力、陣内の人を隠す力など全てが術者の魔力を燃料とします。そのため魔力が切れると解術してしまうんです。僕みたいな人並みの魔力しかないヒトがこの術式を使っても、ものの十分で解術してしまいます」

「あーー、なるほど。俺様の溢れ出んばかりの豊富な魔力が必要だということだな?」

リームの説明を一通り聞くとバブは満面のドヤ顔で偉そうに言った。

「そうですね、バブさんの溢れ出んばかりの豊富な魔力があれば半日はもつでしょうね」

 リームが両手を広げ笑顔でうんうんとうなずきながらそういうと、隣にいたバブの飛び蹴りでふっとばされた。

「まーた俺の有能が証明されてしまったな、下民共」

 バブは蹴り倒したリームの背中を足で踏んでは満足そうにそう言った。

「あ、そうそう。この術式には注意点が二つあります。一つは第三者に陣の内部に入られるとその人には僕達が見えてしまいます。だからできるだけ陣は小さく描いています。はみ出ないでくださいね。もう一つは、術者……つまりバブさんが声を出すと、この術式は解術してしまいます。くれぐれも喋らないでくださいね、バブさん」

 背中の土を払い落としながら立ち上がるリームが注意事項を付け加えた。

「だそうだぞ、メイ。お前の為に言ってるんだぞ」

 バブがそう言うと、メイが怒りのボルテージを上げバブに突っ込もうとするので慌ててリームが取り押さえた。

「よし、入れお前ら」

 説明を聞き終えたバブがそう言うと、二人はバブの傍に寄った。

「で、この術式が発動したら「転移の術式」で飛んでいくわけか」

 バブが「潜伏の術式」の隣に描かれている別の陣を眺めながら言う。この術式はリームやユリナがよく使うから何となく陣の形で分かったようだ。

「そうです。もたもたしていたら解術してしまいますからね」

 リームは頷いてそう言った。

「転移の術式?」

 バブとは対照的にキョトン顔のメイがそう問う。

「ここからカルディア王国までひとっ飛びする術式ですよ」

「え、なにそれ、便利な術式ね!」

 メイがいいものを拾った子供のような笑みを浮かべると

「言っておきますけど一度行った事あるところじゃないと行けませんし、詳細な陣を描く必要があるのでどこででも使えるわけじゃありませんよ」

 そんなメイを察したように苦々しくリームが言う。

「あ、そう」

 メイは、バツの悪そうな顔で軽く言った。

「バブさん、開始宣言は「シルファディア王家の術式二十三」です」

「分かった」

現在新術式の開発はIGOで禁止されている為、大昔に開発された出来合いの術式を使うのが一般的である。基本術式を除く全ての術式は開発した国の名に連番を打って存在している。国の名を冠しているが、基本的にはその国に関係ないヒトでも普通に使うことができる。もちろん例外もあるが。

さっきまでの姦しい雰囲気は消え、緊迫した静寂に包まれる。バブは瞳を閉じ神経を地に向け広げた手に集中する。

「シルファディア王家の術式二十三、『潜伏の術式』」

 術式開始宣言に答えるように陣がまばゆい光と強い風で包まれる。

「きゃっ……」

 メイが驚いて悲鳴を上げたかと思うとすぐに風や光は止み、もとの暗闇に戻った。しかしリームが地に描いた陣だけは地面から離れ、青色の淡い光とともに彼らを中心にくるくると回転している。

「これで、私達は誰にも見えないし、聞こえないことになってるのかしら」

「大丈夫ですよ、術式は成功しています」

 半信半疑でそういうメイに笑顔でリームが答えた。

「それではお二人ともこちらの陣内にどうぞ」

 リームは「潜伏の術式」の隣にある「転移の術式」に二人を誘導する。二人が陣内に納まるのを確認すると、彼は静かに唱えた。

「シルファディア王家の術式十八、『転移の術式』」

 「潜伏の術式」よりも激しい光と風に捲くし立てられ、三人はその場から忽然と姿を消す。描いた陣だけが、確かにその場にヒトがいたことを主張するかのように。


 大陸一の大都市ガルマディアは、昼間の喧騒を忘れ静けさを取り戻していた。街中に転々と並ぶ白熱灯だけが淡い光を放ち、行き交う人も殆どいない。

そんな街から少し離れた所にある教会は、巨大な扉と見張りを数人残し厳かに朝を待っていた。見張りが交代のために教会内部に入って行くちょうどその時、教会の裏あたりから青白い光が漏れ出す。

「大成功ですね!」

 リームは満面の笑みで二人に言う。

 いつも時空転移で散々下手クソといわれ続けてきたためか、ちゃんと転移できたことが嬉しかったらしい。

「そんなことより、早く入るわよ!」

 メイは見張りが開け放った教会の扉を見ると、チャンスだといわんばかりに二人の手を引っ張る。三人は、扉に向かって駆け出した。

街行くヒトも、見張りたちも、誰も彼女らの存在には気づいていない。交代の見張りがその大きな扉を二人がかりで閉めようとしたその時、三人は滑り込むように教会内部へと進入した。

 中は不気味な静けさに包まれおり、広い大聖堂の奥にある美しいステンドグラスが非常灯に反射してうっすらと光っていた。下手に動いても仕方ないので、バブ達は見張り達が向かう方向へ付いて行く事にした。

見張りたちは大聖堂を抜けると、光の漏れる部屋へと向かう。この部屋は休憩室のようで、彼らは仮眠をとったり一服したりと無防備に寛いでいた。

「こいつらに付いていっても、教会の奥にはいけないみたいね」

 メイは役に立たない見張りの男共を冷ややかな目で見ると、ため息を付いた。とりあえず奥に行ってフィラとリームを直接交渉させないと何もはじまらない。声の出せないバブが意味ありげにリームを肘で小突く。

「ええ、わかってます。やはりこの教会、神力で溢れているみたいですね。ただ……」

 リームはバブの意図を察したようにそう言うと、語尾を弱めて少し考え込む。

「ただ?」

 メイは首をかしげてリームに聞いた。

「いや、たいしたことじゃ……ないです。とにかく、フィラさんに会いたいのなら奥へ進みましょう」

 リームはそう言うと休憩室の奥の暗がりの方を指す。メイは得体の知れない闇に進入するのを拒むように二人を見つめたが、二人は容赦なくメイの背中を押した。


休憩室の奥は「神子」達の部屋になっているようで、細い廊下の両端にいくつもの扉が並んでいた。ところどころある灯火が、教会の不気味さを一層強めている。

不意にメイがリームの肩に手を掛け、声を忍ばせて話しかける。

「ねぇ、向こう側から誰か来るワ!」

 メイは廊下の奥を指差さすと、そこにはおぼろげながらこちらに向かって歩いてくるヒトの姿が二人ほど見えた。

「見回りの方ですかね……」

 リームは足を進めながらそう言う。段々と近づいてくる足音。徐々に二人の会話が聞こえ始める。

「……呼ばれたんですよ、フィラ様に」

「なるほど。フィラ様は今、神の間にいらっしゃいますよ」

「そうですか、一刻も早く……」

 二人の神官は声を潜めて話しながら、足早にどこかへ向かって行った。

「今の聞いた?アイツらフィラに会いに行くのよ!尾行しましょう!」

 すれ違った後も振り返って彼らを凝視していたメイは勢いよくバブ達に向かって言った。

「都合よすぎません?」

 あまりの奇遇さを不審に思うリームがポツリとそうつぶやいたが、メイの耳には届いていなかったため諦めて彼女について行くことにした。

 二人の神官は暗闇に包まれたこの教会内部を、テキパキと目的地に向かって歩き続ける。右へ左へ、左へ右へ。暗さも相俟って三人には何処をどう歩いたのか全くわからなくなっていた。

「ここからどうやって帰るのかしら?」

 誰もが密かに心の隅に押しやった不安をメイが言葉にする。

「「今はアイツ等についていくことだけ考えろ」って、バブさんなら言うと思いますよ」

 不安そうな顔で必死についていくメイを横目で見ながらリームが言う。そんな二人のやりとりを背後で見ていたバブはうんうんとうなずきながらメイ達に続いた。

 暫く直線の廊下が続いたかと思うと、でかでかとした大層な扉が見えてきた。

「なんかあの奥がボスの部屋って感じね!」

 さっきまで不安そうな顔をしていたメイがここに来て強気にそう言った。二人の神官はなにやら扉に陣を描く。青白い光が描かれた陣を追従し拡散すると、それに答えるように扉は静かに割れていった。

 中は大聖堂のような部屋になっており、美しく輝くステンドグラスの前には何故か飾り立てられた巨大な時の十字架が置いてある。その十字架の前にフィラと、もう一人六十代くらいの風貌の男が立ち話をしていた。

「お呼びでしょうか、フィラ様」

 メイ達が尾行してきた二人の神官のうち、背の高い方がフィラに声を掛ける。彼は被っていたフードを脱ぎ、その頭部をあらわにする。おかっぱに切りそろえられた髪に鋭い目つきの男性は、フィラとその隣にいる男に深々と礼をした。

「はて……どういうことでしょう。私はあなた方を呼んだ覚えはありませんが」

 フィラがどうしたものかと怪訝な表情で二人を見つめる。上官の思わぬ言動に二人の神官は慌て、先ほどフードを取ったおかっぱ頭の男が取り乱して言った。

「あ、あれ? 確かにフィラ様が呼んでおられるという伝言を承ったのですが……」

 オロオロする二人を暫く眺めていたフィラの隣の男がその口を開く。

「ま、いいではありませんかフィラ。彼らにも話を聞いてもらいましょう」

 彼はその仏頂面にかすかな笑みを浮かべて一歩前へと進む。

「ヴィード様……そうですね。あなた方も知っておいたほうがいいのかもしれない」

 フィラは隣に立つヴィードという男の方をちらりと見て、二人の神官の方に向き直る。

「我々の神子開拓作戦の方ですが、順調に進んでおります。殆どの国がわが国との不可侵条約を結んでいただき、神子探しも順調でございます」

 フィラが仰ぐように両手を広げて説明をはじめた。

「殆どの国……ですか。結んでないのは何処の国です?」

 ヴィードは自分達の言うことを聞かない国があるという事実に苛立ち、その顔を醜く歪ませる。

「……タルトールとその周辺の何国かですね」

 フィラは静かにそう言った。

「タルトールか……。特出した特長も無い凡国の分際で生意気ですね。不可侵条約を結ばないのなら滅ぼして差し上げましょう?フィラ」

 ヴィードは憎々しげにそう言うと、歪んだ笑みを浮かべてフィラの横顔を見つめる。

「結ばないのではなくてまだお返事をいただいていないだけです。それに滅ぼしてしまっては神子を探すという利に反してしまいます」

 感情的なヴィードと冷静な応対をするフィラ。しかしもう一人、冷静になれない女がいた。

 その女は単純明快にして一触即発。

「ななななっ、なんですって!あのクソジジイ、タルトールを馬鹿にしてえッ!」

 怒りに身を任せたメイは勢いよくヴィードに飛び掛かった。

「メイ!」

「メイさん!」

 陣からあと一歩というところでリームがメイを取り押さえたが、遅かった。メイの突然の行動に驚いたバブが思わず彼女の名を叫んでしまったからだ。

 陣はバブの声に反応するかのように一旦収縮し、放射状に拡散する。青白い光を放つ守りの陣は、もう無い。

「⁉」

 突然の招かざる来客に、わけがわからず混乱するフィラと二人の神官。ヴィードだけは何故か薄ら笑いで三人に話しかける。

「おや、タルトールのお姫様ではございませんか。こんなところまで何用ですかな?」

 彼はリームに取り押さえられて地に伏せるメイを見ては嘲笑する。メイを取り押さえる意味を失ったリームは彼女から離れ、静かに立ち上がった。リームから解放されたのにもかかわらずメイは地に手を付いたままヴィードを見上げる。

「わっ、私は、そ、そのっ……」

 とにかく何とか言い訳しようと声を絞り出す。しかし姿を隠し、神官を尾行した上こんなところまで侵入したことを納得させるような言い訳を思いつくわけも無く、ただ取り乱して状況を悪くするだけであった。

 そんなメイを満足げに見下ろすと、ヴィードが低い声を漏らす。

「ほほう……タルトールは我が国と友好な関係を築く気は無いようですな。

 これは明日にでも宣戦布告をするしかない」

 部屋内に重い空気が漂う。メイは真っ青になり、自分がやってしまったことの重大さに気づく。

 最悪―……

 バブが最も懸念した状況になってしまった。

 カルディア王国と全面的に争うことになってしまえば、タルトールのような平凡な小国は直ぐに蹂躙されてしまうだろう。

 ここまで拗れたらもう駄目だ。この状況はどうやっても切り抜けられない。

 こうなったらリームに頭下げて、時間を戻してもらうかこの連中の記憶を消してもらうしかない……。バブは絶望的な状況に眉を顰め、最後の希望の鍵を握るリームの方を見る。

 するとリームはメイ達を庇うように一歩前に出て、毅然とした態度でヴィードに言う。

「待ちなさい!」

「おや、まだ強気な坊やが居るようですな……ん?」

 ヴィードは高圧的な笑を浮かべ一歩前に出る。しかしリームの胸元に輝くペンダントに気づくと突然顔色を変えた。フィラとその後ろに佇む二人の神官は珍しく表情を崩すヴィードに何事かと驚いていた。

「貴様……時の街の連中か!」

 ヴィードは憎々しげに顔を歪め、リームを睨みつける。

「あなた方が未自覚者をこの狭い空間に閉じ込めているという情報を掴んだので、タルトールの方々に協力してもらってここまで来たのです」

 リームは負けじとヴィードを睨み返した。

 神力は本来神とその一族のみが持っている力であるが、稀に一般人にもその力を保有する人が存在する。

 その中でも時を操る神力は、知らぬ間に確定時間に悪影響を及ぼすことがあるため神族に発見された場合、時の神とともに時の街に永住するか神力を剥奪され確定世界でそのまま生活するかを選択することとなっている。

 永住といっても希望すれば親族共々転居することもでき、衣食住その他生きる為に必要なことはすべて時の神が保証し、タイムパトロール等で確定世界に接触が必要なときは優先的に出身地に赴けるなど手厚い保護は受けられるようになっている。

 未自覚者とはそういった時を操る神力を持ちながら自覚無く生活している者のことをいい、自覚者とは自分は神力を持っているということを自覚しているが、時の神に従わない者のことを言う。

 両者に共通していることは、どちらも時の神がまだ捜索しきれていない神力保持者ということになる。

「ふふ、まさかタルトールの後ろ盾に時の街が付いていようとは……」

 ヴィードは俯き額を押さえてそう呟いた。

「あ、あのヴィード様……これは一体?」

 いよいよ状況が飲み込めないフィラが痺れを切らせてヴィードに問う。フィラの問いに答えようとヴィードが振り返ったその時

「あらあら……こんな時間に何事です?」

 澄んだ女性の声が響く。

「神!」

 暗がりから現れた女性にヴィードが言った。

「神?」

 フィラも二人の神官も、きっとこの神と呼ばれた女性に対し信仰してきたのだろうが、二人とも対面するのは初めてらしく声を合わせて驚く。

 その女性は美しいラベンダー色をしたウェーブの髪をふわりと靡かせ、ヴィードの元へと歩み寄った。

彼女は頭にラベンダーのコサージュをちょこんと付け、首元や胸元のラインも同じくラベンダーで飾っている。そこから膝頭辺りまで純白のワンピースが伸び、裾は花びらのような曲線を描いていた。

 まだあどけない少女のような風貌であるのに……

 全てを見下すかのような冷たい笑み。

 全てを否定するかのような鋭い瞳。


 だが、そんなことより……

彼女は三人がよく知る女性と瓜二つだった。


「ミラ……ノ?」

バブは思わずその女性の名を呟く。



「フラノール神!起こしてしまいましたか……騒がしくてすいません」

 ヴィードは頭を下げ、申し訳なさそうにそう言った。

「いいえ、ヴィード。お気になさらず」

 フラノールと呼ばれたラベンダー色の少女は緊迫したこの場をつかつかと歩き、メイたち三人の前で足を止める。

「あなたたち……タルトールの方々ですのね」

「だったら何よ」

 優しい笑みで問うフラノールに、メイはつっけんどんに返した。

「まあ、元気がいいのですね」

 フラノールは両手を口元で広げ、驚いたようにメイを見る。

「何でこんなとこんな所までいらしたのかしら」

 メイはフラノールの視線から逃れるように目を逸らす。

「……答えていただかないと困りますわ」

 笑みを崩さず語り掛けるフラノール。

暫らくの沈黙―……

 メイにはそれが永遠の時のように感じられた。そんな沈黙を破り、再びフラノールが静かに口を開く。

「……では、仕方ありませんわね。この不法侵入を敵対行為とみなし、我が国はタルトール国に宣戦布告しますわ」

 彼女はその優しい仮面の下から意地悪な笑みを覗かせる。

 メイたち三人は突き付けられた現実に言葉を失い、ただ固まるばかりだった。ふと我に返ったバブが何かを伝えようとリームの袖を引っ張ろうとしたそのとき、フラノールが元のやわらかい笑みで語りかけた。

「しかし、私達も争いや揉め事は好みませんわ。出来れば平和的な手段での解決を望んでいますの」

 そういうと彼女は徐に右手を上げ、三人の真ん中に居たリームに向かって指差す。

「彼を引き渡して頂ければ、今日のことは無かったことにして差し上げますわ」

 彼女は三人に取引を持ちかける。まるで計画通りに事が進むのを喜ぶかのようなあくどい笑顔を浮かべながら。

「え、僕?」

 リームは彼女の予想外の行動に困惑したように問う。

「ええ。少し時の街の方の力をお借りしたいことがありますの」

 フラノールは満面の笑みで返す。この女は多分、リームが神族だということを知っている。何をしようとしているのかは分からないが、罠……だろう。

 だが破格の条件だ。少なくともこの場は切り抜けられる。

リームは横に居るバブの方を見て意思を確認するように相槌を打つと、彼も同じような行動を取った。

「分かりました。あなた方に従いましょう」

 リームは険しい顔でフラノールにそう言った。そんな彼をバブの反対側で見ていたメイは、驚いてその腕を掴む。

「何馬鹿なこといってんのよ!アンタ正気?」

「あはは、大丈夫ですよメイさん」

 リームはいつものように困ったような笑みを浮かべた。

「こんな取引、馬鹿げてるワ!……あんた、リームは関係ないじゃない!」

 メイはなおも冷たい笑みを浮かべてその場を傍観するフラノールを怒鳴り散らした。

「あなたはいまいち御自分の立場が分かっていらっしゃらないようですわね」

 フラノールは下等生物を見るような蔑ずんだ目でメイを見下す。

「バブも何とか言ったらどうなの!」

「いいから落ち着けメイ。お前は何処の国の姫なんだ?今やるべきことは一つだろ」

 自分ひとりの力ではどうすることもできないと思ったメイはバブに助力を求めたが、バブからはメイが期待するような答えは返って来なかった。

「じゃあ、交渉成立ですわね」

 フラノールはメイが何か言おうとするのを制して言った。メイはそんなフラノールを憎々しげに睨みつけると、不安そうにリームに向き直った。

「まあまあ、そんな顔しないで下さいよメイさん」

 リームが冗談っぽくメイを嗜める。

「だ、だって……」

 何も出来ない自分に悔しさで涙腺を緩ませる。そんな彼女の頭を二回ぽんぽんと叩くと

「ピンチになったら助けに来てくれるんでしょう?」

 リームは笑顔でそう言った。

「あ、当たり前よ!」

 メイは少し溢れた涙をぬぐい、力強く答える。

 そんなメイを安心したように見つめると、リームはフラノールの方へと歩み寄った。

「あなた方はフィラ達が出口まで案内いたしますのでご安心下さい」

 フラノールは優しくそう言うと、フィラ達と共に退室を促す。

 先ほどまで完全に蚊帳の外に居たフィラは突然名指しされ、慌てて返事を一つするとバブ達と共に部屋を後にした。


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