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偽りの少女に安らぎを①

名も無き物語勇者編の一部のお話です。




魔王編→IGO編→勇者編→シルファディア編→時の街編

 







 重なり合ういくつもの偽りとたった一つの真実。

  本物が蔓延るこの世界で、私は一体何を遺せたのだろう。










「あーあ、暇だわぁ」

 彼女はそう言いながら床に仰向けに転がった。冷えたフローリングがひんやりとその背中をつつく。窓から覗く青々しい木々がどこまでも広い空とともにキラキラと輝いていた。

「いいじゃないか。今のうちに平和を噛み締めとけ」

 窓から差し込む眩い光に目を細めながら、彼は彼女の横に座り込んだ。

「平和は結構よ。ただ暇が嫌いなだけ。お分かり?バブ」

 彼女が窓の光を背にそう言うと、彼はハイハイと二回うなずいた。


 この世界の人々は北半球、赤道、南半球の大きく三つに分かれて生活している。

北半球には人間が、赤道には中立である国際機関IGO、そして南半球にはエルフを中心とする人間以外の種族が住んでいる。

 IGOを境に北と南は分断されており、唯一繋がっている列車以外での移動は基本的に不可能である。さらにその列車はIGOに許可を得たヒトしか乗ることができない。つまり北と南は事実上断絶状態にある。

そしてここ、タルトール王国は南半球の中央大陸南西に位置する平凡な国である。王国を治めているのは今年で二百二十八歳にもなる高齢の王。

 国民には亜人や魔物が多く、それは以前国王が自身を「大魔王」と称して大陸の各地を支配下に置き、ヒトを虐げていた歴史の名残である。最も現在は孫に改心させられて、ただの爺さんに成り下がっているが。

 そんな大魔王レイバーの孫娘、メイは今日という何も無い日を完全に持て余していた。

 彼女はミディアムに切りそろえられた桃色の髪にちょこんとくっついてるハーフツインを指でくるくると回しながらぼんやりと窓の外を眺めた。

 本来であれば、こんな昼下がりの眠たくなる時間は彼女の大嫌いな勉学の時間なのだが、今日は担当の先生が隣国へ出張しているため、この時間だけぽっかりと予定が空いてしまったのだ。

「はぁ……暇だわ。何か面白い事でも起きないかしら」

「俺はこのまま何も起きず、静かに暮らす方に一票だな」

 あまりにも暇で同じセリフを何度も繰り返すメイに隣に座る青年、バブは涼しい顔でそう返した。

 彼はレイバーの弟でありメイの大叔父でもある。

 整った顔立ちに肩にかかるくらいの美しい新緑の髪、知的でクールな雰囲気に独特な色気。そのアイドル顔負けな美貌に、この国の女性人気を甥孫のトートと二分している。

 本来は二百歳くらいになるが、ワケあって最近まで年をとっていなかったのでその年恰好はメイと対して変わらなかった。

「つまんない男ね」

 そういうとメイはふらりと立ち上がり、暇を象徴するような晴れ晴れとした外の風景をカーテンで一掃した。

 コンコン

 不意に背後からドアのノック音がした。

「どうぞ」

 静かにドアが開くと、メイのお世話係のメイドが深々とお辞儀をする。

「失礼します。メイ様、レイバー様がお呼びです。応接の間までいらしてください。バブ様もご一緒にお願いいたします」

 メイドは用件だけ伝えると、再び深々とお辞儀をしてそのまま持ち場へ帰っていった。

「何かしら……」

メイは不思議そうな顔でバブを見つめる。

「よかったな、メイ。暇じゃなくなるぞ、多分」

 バブは力なくそういうと、深いため息をついた。

 レイバーが突然呼び出すときは、何か面倒ごとを持ち込んでくる時と相場は決まっているらしい。

 応接の間には、長い顎鬚をしっかり蓄えた白髪の老人が、若い側近を両隣に連れて既に待機していた。老人は年甲斐も無く真っ赤なマントに同じ色のローブを纏っており、その裾には金の刺繍が施してある。しっかりと肉の付いた身体をどっしりと応接椅子に沈め、メイを今か今かと待ち構えていた。

 すると正面の仰々しいドアが開き、メイがひょこっと顔を見せ入ってきた。その後をバブが面倒くさそうに続く。

「おおー、メイ! 待っておったぞ!」

 レイバーは、自分で呼んでおきながら愛する孫娘の登場を無邪気に喜び、ハグするように両手を広げた。そんなレイバーの意思を無視してメイは両手を胸の前で組む。

「で、何の用なの? おじいちゃん」

「いや、実はメイに相談があっての……」

 レイバーは行き場を失った両腕を下ろし、少し残念そうに本題に入った。

「実はじゃな、北西の大陸にあるカルディア王国から是非相談したい事があるので来て欲しいとの連絡があっての……。その、メイに行って欲しいのじゃ」

「はぁー⁉」

 あまりにも唐突過ぎるレイバーの「お願い」に、メイはおもわず全力で叫んだ。

「何で用事がある方が訪ねてこないのよ、意味わかんないわその国。……っていうかそもそも何で私がいかなきゃなんないのよ。おじいちゃんが行けばいーじゃない」

「ま、まぁメイ、落ち着くんじゃ。まず、相手さんじゃが、ウチとは比べ物にならんくらいの大国なんじゃ。そういった些細な事をいちいち指摘するのは争いの元じゃ。次に何故ワシが行かぬかという事じゃが、実はワシ今から他国に出向かなければならない用事があってのぅ。そこでメイ、お主もそろそろ外交とかしておいた方がよいぞ。まぁ、何事も経験じゃ!」

 捲くし立てる孫娘の猛攻にレイバーはたじたじと返した。

「何でいっつもイキナリなのよっ! おじいちゃんのバカっ!」

 一方的に丸め込もうとするレイバーに、メイは理不尽な怒りを爆発させた。

「大丈夫じゃメイ。おぬしが危険な目に遭わぬようにレイリちゃんとダードちゃんを付けよう」

 そう言うとレイバーは、自分の両隣にいる若い側近を突き出した。

「何言ってんのよ。レイリちゃん達はおじいちゃんの側近でしょ!」

 メイはため息をひとつつくと、呆れ顔でそう言った。

 レイバーの側近は約十人ほどおり、その中でもレイリちゃんことレイリクールとダードちゃんことダードクロスは所謂彼の右腕左腕でありそ能力は頭一つ抜けている。

 レイリクールは薄いグリーンの髪にカーキ色の帽子を被り、同じくカーキのマントを羽織っている。鼻より上が包帯で覆い隠されており、表情が見えない。ダードクロスは獣族の亜人であり、その皮膚は固く鉄のような色をしている。筋骨隆々としたその腕には、重々しい斧が握られており、身体には鉄製の鎧が身に着けられている。

 メイは二人の側近を順番に見つめ、薄ら笑みを浮かべてレイバーに言った。

「おじいちゃんも素直じゃないわね……。私に付けるのはバブって決めてたんでしょう? そのために一緒に連れてこいって言ったんじゃないの?」

「う……」

 レイバーは孫娘の鋭い指摘に言葉を詰まられた。

 彼はその弟であるバブが苦手である。自分より頭が冴え、自分とは比べ物にならないくらいの魔力を秘め、自分より女性にもてる。彼は弟に劣等感を抱き続けてきた。

 そんなある日、タルトールの書庫でとんでもない術式を見つけてしまった。

『ヒトを封印する術式』

 こんなに自分を苦しめるような弟ならいっそ封印してしまえばいいと、彼の中の悪魔がささやいた。こうしてバブは200年もの間、肉体と精神を封印させられることになる。止めに入った妹のミニカと共に。

 それから月日は流れ、そういった蟠りは大分修復されている。しかし弟が苦手であるという感情は根強く残っているのだ。

「まぁ、その、なんだ。バブ、メイを頼んだぞ」

 レイバーは顔を顰めて、拙い言葉でバブに言う。微妙なプライドがチクチクと彼を攻撃するが、愛する孫娘の命には代えられない。そんなレイバーの精一杯の台詞をバブは腕を組んで聞きながらボソリとつぶやく。

「……というか俺を側近扱いすんなよ」

 レイバーとは対照的にバブは彼のことを格下だと完全に見下している。

 ……というよりもバブは自分以外の他人を全て見下す癖があり、兄も例外ではない。むしろ兄と認識しているかすら怪しい。彼にとってこの世のヒトは自分か自分以外の二種類しか存在しないのだ。

 そんな格下の兄に側近扱いされたのが不服だが、所詮レイバーの戯事と割り切りそれ以上の反論は特にせずに先を促した。

「……で?その国に行ってハナシを聞いてくれば良いのか?」

「そうじゃ。もし何かお願いされても、即答の必要はないからの。とりあえず「善処します」で何とか持ち帰ってきてくれんかのぅ」

 バブがレイバーにそう確認するとレイバーは不安そうに返した。孫には盲目な彼だが、メイの性格が単純明快で一触即発なことは重々理解している。

「はいはい分かったよ。じゃあ準備するからミドルカート用意しとけよ」

 バブはそう言うと、くるりと踵を返して部屋を後にした。

「ちょっと待ってよバブ!」

 メイは慌ててそれに続く。

 取り残されたレイバーはバブの背中を見つめては深いため息をつきボソボソと何かをつぶやいていた。


 各々の部屋に戻り準備が完了した二人は、レイバー城の城門に立っていた。

「お待たせしましたー!」

 待つこと数十分、城下町の方から一つの不思議な乗り物が到着した。それは靴のような形状をした、操縦席がある車のような乗り物だった。

 運転席に一人、助手席に一人、後部座席は若干広く三人は乗れそうだ。

オープンカー仕様らしく、屋根のようなものは見当たらない。

 これはミドルカートと呼ばれる貴族の主な移動手段だ。勝手は自動車と同じで運転操作は足元のブレーキやアクセル、手元のハンドルにより行う。形こそ人間界の「車」のようだが、中身はただのハリボテである。

 その昔、まだシルファディアに駅ができたばかりの頃、視察と称して数人のエルフたちが人間界を訪れた。彼らは大勢の人間が自在に操縦しヒトを目的地へと運ぶ「車」を見てショックを受けた。

 ただでさえ列車システムに面食らっていたエルフたちは、列車よりもさらにピンポイントで乗客を目的地に運ぶ「車」に驚かされたのだ。

 彼らは南半球に戻り早速人間界の「車」を真似て作ろうとした。

 人間たちに詳しい設計書を貰いエルフ界の技術者達と何度も研究を重ねたがそんな高度なものを作り出すことはできず、仕方ないので形だけ「車」を模した器を魔力を通しやすい媒体で作り、結局魔力に頼ることにしたのだ。

 しかも魔力といっても名前通り「ミドルフォース」が器に埋め込まれただけのものであり、運転者本人の魔力を使用することも無い。

 ミドルフォースとは魔力使用時に発生する魔力の余波が凝固して固形化した一種の魔力結晶である。

 濃いピンク色をした球状のもので、魔力を日常的に行使している南半球では自然のサイクルとして常に発生している。特段珍しい物でもなければ普通にその辺に転がっている。

 しかもこの石には普通のエルフ十人分くらいの魔力が蓄えられている為、お手軽な燃料資源としてインフラなどにもかなり利用されている。

 また個人にも乱獲され続けた為、枯渇を危惧して現在では上位互換のストーンフォース共々IGOの規制対象となっており、使用にはIGOの許可がいる。つまり、ミドルカートはミドルフォースの魔力をそのまま動力として使い枯渇したら取り換える、そんなお粗末なものである。ミドルフォースを燃料源とするのなら、極端な話子供が鍋のふたに乗っても動かせる。

 ちなみにミドルカートに関するミドルフォースの取り扱いは、IGO公認のものである。

「遅いわよ、ドライ」

 メイはそういうと、自分よりも随分背の高い筋肉質の男の胸板に人差し指を押し当てた。

「す、すいませんメイ様。ミドルカートの手配が遅れまして……」

 男はそのでかい図体を小さくしてオロオロと言い訳をしていた。

 彼の名はドライ。レイバーの側近の一人で、精錬された剣士である。レイバーの側近の中でも古株であり、歴戦を潜り抜けた強靭な肉体を武器に今もレイバーを守護している。

「まぁいいわ。行きましょう?」

 メイはそういうとドライから離れ、さっさとミドルカートの後部座席に乗り込んだ。後ろで傍観していたバブもそれに続く。

「では、行きますよ!」

 ドライは運転席に座り込み、アクセルを踏み込む。ミドルカートは静かな音とともに公道を走り抜けた。

「ねぇドライ」

 出発してから二十分ほど経っただろうか。快活なスピードに心地よい風を受け、うとうととしていたメイが不意にドライを呼ぶ。

「何ですか?メイ様」

 ドライは正面を見据え、メイに問い返した。

「そのナントカって国までどれくらい掛かるの?」

 メイがそう聞くと、ドライからとんでもない答えが返ってきた。

「カルディア王国ですか? 残念ですが、ミドルカートでは行けませんよ。海を越えないといけないので」

「はぁあああぁ?海越えするの⁉」

 メイは信じられないと声を張り上げて思わず立ち上がった。

「お前、レイバーのハナシ聞いてなかったのか」

 バブはそんなメイを横目で見ると、呆れたようにため息を一つついた。

「半分くらいは聞いてたわよ!」

 颯爽と走るミドルカートの上でいきなり立ち上がった為、バランスを崩して倒れそうになったメイは慌てて座りながらそう言う。

「このまま順調に行けば、港まで二時間くらいで着きますよ。

 そこから船で二時間くらいですかね。

 あまり離れた大陸ではないので」

「えええ、そこからまた都までミドルカート?」

「大丈夫です。カルディアの首都は漁港の近郊ですから」

 メイがウンザリした顔で問うと、ドライは笑顔でそう言った。

ミドルカートは走り抜ける。軽快に風を切りながら、三人を乗せて。

「やっと着いたわ……」

 メイは顔をげっそりとさせ、「お疲れ」のため息を深くつく。バブはそんなメイをよそに、涼しい顔であたりを見回していた。

 ここはカルディア王国。

 もとい宗教大国カルディアの首都、ガルマディアである。浮遊大陸シルファディアを除く南半球最大の国で、いたるところにフードの付いた真っ白なローブを纏った神官のようなヒトが居る。タルトールの数倍は栄え、活気付いているこの町の街道を三人は歩き始めた。

「……で? 城へ行けばいいの?」

 街中の喧騒を掻き分けながら忙しなく歩くメイが、護衛のため一歩先を行くドライに尋ねた。

「ええ、そのように伺ってます」

 ドライは周りに注意しながらメイ達を城の方へと誘導する。暫く歩くと街の華やかな賑わいが遠のき、鬱蒼とした木々と城壁が巨大な影を落としていた。

「着きましたよ」

 そう言うとドライは城門の前で立ち往生するメイ達を残し、門番の元へと向かっていった。なにやら話がついたらしく、城門がギギギという鈍い音を立てながら開いていく。

「さ、行きましょうか」

 ドライは慣れたようにテキパキと二人を城の中に誘導した。城の内部は豪華絢爛という言葉がピッタリなほど煌びやかに装飾されており、柱一つにしても豪快に金箔が貼り付けられている。周りにはいかにも貴族という感じのドレスを纏った女性や正装の男性達が優雅に歩いていた。メイたちはそのまま正面の応接室に通され、城の重役を待つこととなった。

「しっかし凄いお城ね……」

 メイは応接室に飾られている装飾をマジマジと見つめながらそう言った。

「こら、じっとしとけよ」

 大人しく応接イスに座るバブは挙動不審にウロウロするメイを冷たい目で見ながら言った。

「だってすごいじゃない! コレも、コレも、タルトールのお金じゃ買えないものばっかりよ!」

「メイ!」

 興奮して思わず声が大きくなるメイの言葉を遮るようにバブが叫ぶ。

「な、何よ」

 突然大声で名指しされて驚くメイに、バブは物凄く真面目な顔で言った。

「頼むから、城の重役が来たら一言も喋らないでくれないか? タルトールの品格が問われる」

 暫くの沈黙―

「な、な、なんですってぇええ!」

 メイは怒りに頬を染め、こぶしを振り上げた。入り口付近に立っているドライがまたはじまったと言わんばかりに呆れた顔で二人を見ている。

 その時―

 背後のトビラがギイイと鈍い音を立てて開く。

「お待たせいたしました」

 涼しげな声と共に一人の男性が部屋の中へと入ってきた。メイは振り上げた拳をさっと後ろに回し、何事もなかったかのように静かにバブの隣に腰を下ろす。

「私はこの国の教会における最高指導者であるフィラと申します」

 フィラと名乗る男性は、そう言って深々と礼をした。年恰好は三十代だろうか。線の細い身体に少し癖のある長い銀髪を後ろで一つに結い、教会関係者らしいローブを纏っている。ただ、それは街で見かけたフード付きの白いローブではなく、薄い青を基調とした装飾の美しいものであった。

「私はタルトール国王の弟、バブと申します。こちらはメイ姫」

 バブは立ち上がり深々と会釈する。彼の似合わない敬語に驚いたメイはぽかんとした顔でその横顔を見つめていた。

 大切な席で人が挨拶しているのにマヌケ顔で座り続けるメイにしびれを切らせたバブは、咳ばらいをしながら彼女の背中をバシバシと叩いた。ハッとしたメイは突然勢いよく立ち上がり、遠慮がちに頭を下げた。

「それで、相談というのは?」

「単刀直入に申しますと、タルトールと我がカルディアの間に不可侵条約を結んでいただきたいのです」

 フィラは神妙な面持ちでバブを見つめる。

「不可侵条約?」

 バブが怪訝そうに顔を歪める。

「ええ……。詳しい事は言えませんが、我々は今世界中の同士たちを探しているのです。そのためには、自由に他国を歩ける環境を整えなければなりません」

 バブの不信感が伝わったのか、フィラは相談を投げかけた意図を言える範囲内で伝えようとした。

 不可侵条約……。現在平和に暮らしているタルトールにとって特に不利益になる事はない条約だ。しかし、レイバーがどんな相談でもその場で決めずに持ち帰れと言っていた事を思い出したバブは

「わかりました。暫く時間を頂いても宜しいですか?」

 そうフィラに問う。

「そうですよね……直ぐに決められるようなことでもございませんね。分かりました。また後日早いうちにそちらに伺います」

 そういうと、フィラは先ほどまでの神妙な面持ちを少し緩ませ笑顔を浮かべた。そして、お互いの国の情勢や世間話を一時間ほどした後お開きとなった。

「では、そういうことで……」

 バブはそこまで言うと立ち上がり、それに続いてメイとフィラも腰を上げる。フィラが笑顔で右手を差し出すと、バブは一瞬ためらったがしっかりと握手を交わした。



「ふわぁー、アンタがあんなキモい敬語を使えるなんて初耳よ」

 メイは城を出るなり大きなあくびをしながらバブに言う。城を後にした彼女達は、帰宅するために街中の方へと足を進めていた。

「むしろキモい敬語も使えない残念なヤツはお前くらいだよ、お姫様」

 バブはメイのイヤミをイヤミで返しながらスタスタと歩く。

「しかし、彼らの目的が見えてきませんねぇ……」

 メイが今にもバブに食って掛かろうとしていたので、ドライが慌てて会話に参加する。

「何か同士を集めてるとか意味わかんねぇこと言ってたな。不可侵条約自体は別に問題は無いんだが……」

 バブは眉をひそめ、独り言のようにそう言った。

 その瞬間―

 ドンッ

「いてっ」

「きゃっ……」

 考え事をしながら下を向いて歩いていたので、ヒトにぶつかってしまったようだ。

「おい、大丈夫か?」

 バブはぶつかった衝撃で座り込む十代前半と思われる少女に右手を差し出した。

 少女は突然の出来事に状況を把握できてないらしく、えらく怯えた表情でバブを繁々と見つめる。すると

「神子さま!」

 背後から女性の叫び声が響く。

 三人が後ろを振り返ると、体格の良い熟年の女性が猛スピードでこちらへ走ってきていた。その顔は何故か怒りに満ちており、このまま突撃されそうである。

「あんたたち!神子さまにぶつかるなんてどういうつもりなの?」

 三人の元にたどり着いた女性は息すら切らさずにメイたちを怒鳴りつけた。よく見ると、座り込んでいる少女は先ほど街中で良く見かけた白いフード付きのローブを纏っている。

「はぁ……ミコ? なによソレ」

 いきなり謂れの無い罵声をぶつけられたことにご立腹なメイが冷たく返す。

「神子さまを知らないなんて……。あんた達、よそ者かい?」

 女性は呆れたようにため息を一つつくと、「神子」について説明しだした。

「神子さまってのはこの国の神の遣いなんだよ。神と交信して、国を救ってくれるんだよ!」

 女性は恍惚とした表情で空を仰ぎながらそう言う。

「はぁ……」

 メイは何と返したらいいのか分からず、とりあえず相槌だけうつ。

「とにかく、神子さま。こんなところをお一人で歩いていらっしゃったら、また危険な目に遭いますよ」

 女性は彼女が神子と呼ぶ少女に向かって優しくそう言うと、少女の意思確認もせずにひょいと抱え上げて踵を返す。一瞬こちらを振り向いたが、メイ達が呆然と立ち尽くす様をみるなり黙って帰っていった。



「おおー!メイ、バブ、よくぞ戻った!」

 翌日、タルトールへと戻ったメイ達はカルディア王国での折衝を報告するためにレイバーの元を訪れていた。

「して、如何なものか?」

 レイバーが二人にそう問うと、バブがフィラから相談された不可侵条約について一通り説明しだした。

「ふぅむ……」

 レイバーはそう唸ると、腕を組んで暫く物思いにふけた。

「分かった、とりあえずこの件は後ほど会議で決めるとする」

 一時の沈黙の後に、レイバーは神妙な顔で二人を順に見つめながらそういった。レイバーの言う「会議」とは、国の血縁者と側近による親族会議のようなものである。

「とにかく、二人ともつかれたじゃろう。暫く休んでいなさい」

 レイバーはそういうと、二人に退室を促す。

 メイがバブの方をちらりと見ると彼もこちらの様子を伺っていたようで、相槌を打って二人で王の間を後にする。王の間を出た彼女たちは、休憩室に向かって歩き出した。

「しっかし何なのかしらねぇ、あの良く分からん国は……」

 メイは疲れた身体を伸ばしながらバブに問う。呑気なメイと対照的にバブは眉をひそめ、黙って歩く。

「メイさま、バブさま!」

 不意に背後から呼ばれ、二人の歩みが止まった。

「何?」

 メイが振り返ってそう問うと、二人を呼び止めたメイドが恐れ多そうに言う。

「お客様がお見えです。応接の間までいらしてください」

「客だって?」

 バブはカルディア王国のフィラの顔を頭にちらつかせ、驚いたように言う。

「いやまさか、違うでしょ。フツーに考えて」

 メイが察したようにバブに言った。バブが怪訝な顔つきで俯いていると

「とにかく、行ってみましょう?」

 メイがそう促した。

 二人は無言のまま応接の間へと足を急がせる。昨日の今日でいきなり来られても正直困る。バブはそんな思いでいっぱいだった。

案内のメイドが応接の間のドビラを静かに開く。

「こんにちは、メイさん達」

 そこには、笑顔で掌をひらひらと振るリームがいた。

 彼は時の街という次元の違う世界に住んでいるメイ達の友人である。その女性然とした可愛らしい顔全開で、屈託の無い笑みをこちらに投げかけている。その光景を見るなり気が抜けたバブは、目を据わらせて大きなため息を付く。

「どうしたんですか?」

 事情を知らないリームは不思議そうに二人を見つめる。

「なんっでアンタがここにいるのよっ!」

 珍しく柄も無く緊張したというのに、フタを開けてみればこの男という展開にメイは怒りをあらわにした。

「折角玄関からお邪魔したのに心外ですね」

 以前、あまりにもリーム達が突然目の前に現れるので「たまには玄関から来い」とメイが怒鳴ったことを覚えていたらしい。

「タイミングが悪すぎるのよっ!」

「いたっ」

 悪態をつくリームにメイがこぶしを振り上げ一喝する。思いっきり頭を小突かれたリームは両手で頭を押さえて顔を歪めた。

「何をそんなに怒ってるんですか?」

「お前の来るタイミングが悪すぎるからだよ」

「いったい何があったんです?」

「いや、実はだな……」

 バブが昨日の出来事の概略を簡潔にリームに説明すると、彼は腕を組んで考え込んだ。

「そういえば最近カルディアは国の大小に関わらず手当たり次第に不可侵条約を結んでいるようですね……」

「そうなのか……」

 リームは時の街の人だがIGOの職員でもある。世界の全ての情報が集まるIGOにいる彼は世界の動きにバブ達よりは敏感だった。

 とは言えリームが所属しているのは保護課なので、表面上のことしかわからないのもまた事実だ。

「そんなことより、お前は何の用だよ」

 今考えても分からないことをどうこう言っても仕方ないのでバブは話題をリームに向けた

「えっと、それは……」

 何故か言葉を詰まらせるリームに、バブは不審げに顔を曇らせる。時の街と確定世界は別次元の世界。お互いの住人が顔を合わせるということは、それだけでも時空の歪を大きくさせるものである。

 つまり、リーム達が何の用も無く確定世界に来ることはまず無い。一体どういう言いづらい理由があるのか知らないが、降りかかる火の粉は振り払わなければならない。

「……メイさん達の顔が見たくて」

 リームは困ったような笑顔で答えた。

「コラ、本当のことを言えよ」

 バブは呆れたようにそう言った。都合が悪くなるとすぐ会話をはぐらかすリームだが、もうちょっとマシな言い訳があるだろう。今日のは三点だ。

「あはは……」

 リームが乾いた笑いを浮かべていると、背後にある応接の間の扉が重々しく開いた。

「バブ様、お客様です」

 扉を開いたメイドと共に部屋に入ってきたのは、他でもないカルディア王国のフィラだった。バブとメイは目を丸くして驚く。

まさか、本当にもう来るなんて。

「おや、先客がいらしたようですね。宜しいですよ、こちらで待たせていただきます」

 フィラはそう言うと、メイドが進めるイスへと腰をおろす。

(ど、どど、どうするのよバブ)

 メイはひそひそとバブに耳打ちした。バブは少し考えると、そのままフィラの方へと向かって歩く。そしてフィラの座るイスの前で跪き、こう言った。

「申し訳ございません、フィラ殿。我が国の主レイバーとの会議が今日ございます故、まだこちらの意見として明確なものができておりません。できれば明日にでももう一度お越しいただければ幸いなのですが」

 丁寧につづられたその言葉に、フィラは慌てて返答した。

「ああいや、今日は観光できたんですよ。折角なので立ち寄って挨拶をと思って参った次第です。お気になさらず」

「そ、そうでしたか、それはわざわざ有難うございます」

 バブはそう言うと深々と頭を下げ、しばらく世間話をした後フィラを見送るために応接室から消えていった。

「まったく人騒がせな人ね」

 メイは小さなため息と共にそう言うと、バブたちが出て行った扉の方を見つめた。

「ところでリーム……」

 そういいかけながらメイがリームのほうを向き直すと、何故か彼は神妙な顔で考え込んでいた。

「どうしたの?」

メイが不思議そうにリームに声を掛ける。

「さっきの方……神力保持者ですよ。それも確定世界のヒトとしては最高クラスの」

「なんですって⁉」

リームが静かにそう言うと、メイが素っ頓狂な声をあげた。

「なるほど、「神子さま」……ね」

 彼は驚くメイを他所に納得したようにそう言うと、冷めた瞳で応接室の扉を見つめていた。

「??」

 メイはリームが何を言っているのかわからず、ただ、普段温厚なリームが時折見せる冷たい表情に不安だけを感じていた。

「……で、どういう意味なんだ? リーム」

 フィラを送っていったバブは、二人を自分の部屋に招き入れていた。彼は先ほどのリームの話をメイから聞き、問いただそうとする最中だった。

「彼は強大な神力を持っているようですね。そしてカルディア王国の「神子」とよばれるヒト達は、恐らくみんなそうなのではないかと思います」

 日当たりの良い窓際にあるソファにゆったりと掛けたリームが突拍子もないことを言い出す。

「どっからそんな妄想劇が出てくるんだよ」

 バブが呆れたようにそう言うと

「妄想ではなくて確信ですよ。元々、神力保持者の捜索は時の神の仕事のひとつなんですが、ここのところぱったり見つからなくてですね。まさかカルディア王国の教会内部という閉鎖的な空間に密集していたとは……」

「答えになってねぇよ」

 考え込むように言うリームにバブが鋭く突っ込んだ。

「とにかく、フィラさんでしたっけ? 彼は間違いなく神力を持っています。彼と接触してみればわかることでしょう」

「簡単に言うなよ」

 バブはいとも簡単にそう言うリームに、ため息混じりに返す。

 カルディアとタルトールという二つの国が絡む以上、下手なことはできないのだ。まぁ、第三者のリームには関係のないことだろうが。

「わかっていますよ、当事者であるあなた方が強く出られないことは。後日こちらのカルディア出身者を派遣してみましょう」

 バブの呆れ顔を察したリームは笑顔でそう答えた。

「ねぇリーム。私、前々から聞こうと思ってたんだけど」

「なんでしょう?」

 二人の会話を割るように、唐突にメイが話しかける。

「あのさ、確定世界だの時の街だの確定時間だの何とかだの、私イマイチよくわからないんだけど」

 メイはリームをマジマジと見つめながら言う。

「お前今更何言ってんだよ、本当に」

 バブは深いため息をつき、呆れ顔でメイを見た。

「う……うっさいワね、アンタに聞いてないわよ!」

 メイは少し悪びれた風に頬を染め、小さな声で反論する。

「まあまあ。確定世界ってのはメイさんが生活している世界で、時の街ってのは僕たちが生活している世界ですよ」

 リームがメイにもわかりやすいように言葉を選びながら説明しだす。

「時の街は確定世界じゃないの?」

 メイが不思議そうに問う。なぜならメイ達もリーム達もココにいて、同じ時間を生きている。当然の疑問だった。

「時の街は確定世界ではなくて、確定世界の時間に関するシステムがちゃんと稼動しているかどうか監視するためにある世界なんです。確定世界の外側って認識で大丈夫ですよ。物理的にそういう位置関係ではありませんが」

「時間に関するシステムって?」

「確定世界には「確定時間」と「未確定次元」という二種類の世界線があります」

「……ええ」

 メイは頭を捻りながらリームとの会話を進めていく。

「そもそもメイさんは、なぜカルディア王国へ?」

 突然不可解なことを聞いてくるリームにメイは訝しい顔で返す。

「……おじいちゃんが行けって言ったからよ」

 メイの返答をきくなり、うんうんとうなずきながらリームが続けた。

「そこでメイさんは、自分がカルディア王国へ行かずに他の誰かに行かせるコトだってできたはずです。例えば、バブさんやレミちゃん、側近さんとか……」

「ま、まぁそういうコトも考えんでもなかったけど」

 メイはそう言うと、気まずそうに目線を逸らした。なんとなく自分の心の中を見透かされているような不気味な気分になる。

「つまり、いくつもの「未来の候補」の中からメイさんは「自分が行く」という行動を選んだわけです。これが「確定時間」ですね」

 リームがメイを見据えながら言う。

「そして残りの「未来の候補」、つまりメイさんに選ばれなかった選択肢、これが「未確定次元」になります」

「はぁ……わかったような、わからんような……」

 眉間にしわを寄せながらそう返すメイにリームはさらに付け加えた。

「厳密にはちょっと違うんですが、そういう風に覚えた方が分かりやすいですね」

「はあ?」

 最後の一言でメイは余計に混乱した。

「反対なんですよ。個が世界線を選ぶのではなく、世界線が個を選ぶわけです。元々世界線には優劣などなく平等に存在しています。そこに我々時の街が、この確定世界の時間に関するシステムが正しく動作しているか定期的に確認するために「確定時間」として一つの世界線を強引に引き剥がして隔離し、これを「選ばれた世界線」として便宜上扱っているだけです。いくら時の神でも無数の世界線の中のひとつを追い続けることは不可能なんです」

「平等?「未確定次元」ってのはつまり、捨てられた世界線じゃないの?」

「時の街は確定時間の歴史を正史としていますが、先程も言ったように本来世界線に優劣などないのです。ここに生きる人々も、違う世界線の人々も、彼ら自身からしたらその世界線こそが「正史」なのですから」

「よく分からないワ」

「だって、どんな次元にいようとメイさんがメイさんであることに変わりはないでしょう?」

 リームはメイに向かってにっこりと微笑む。

「……は、はぁ」

 メイは何となくリームの台詞にむずかゆさを覚え、頬を染める。

「お前その天然ジゴロみたいな台詞をポンポン吐くのいい加減止めてくれないか」

 対照的にバブは冷め切った顔でリームに言った。

「はぁ?」

 リームはそんなバブを不思議そうに眺める。

「と、とにかく! カルディア王国に行かないとハナシ始まんないワ!」

「ま、動くなら夜だろうな」

 メイが話の流れを断つように勢いよく立ち上がってそう言うと、バブはソファの上で思い切り背伸びをした。その光景を眺めていたリームは徐に立ち上がり

「それでは僕はそろそろお暇しますね」

 そう言いながらソファの上に転がる神力具現化アイテム・時空の棒を握る。

「おいコラお前、どこ行くつもりだ」

 バブはリームを鋭く睨む。

「いや、バブさん達のお邪魔になってはいけませんので……」

 リームがそこまで言うと、素早く後ろに回りこんだバブが彼を羽交い絞めにし、その手に握られている時空の棒を強引に叩き落とす。カランと音を立てて地に転がる時空の棒を、すかさずメイが拾った。

「知ってたか? お前は今から俺たちと一緒にカルディアの陰謀を暴きに行くんだよ」

 バブは押し殺したような声でリームに囁く。

「あはは……僕も暇じゃないんだけどな……」

 リームは観念したのか、乾いた笑いでそう言った。

 先述したように時の街の連中が何の用もなく確定世界に来ることはない。メイ達の顔を見に来たのは本当だろうが、この後この時空で何らかの作業があったはずだ。

「どのみち、フィラを確保すンのはお前らの仕事だろうが」

 バブはリームを解放し、再びソファに腰を下ろして言う。

「ま、まあそうですけど……」

 リームはぐったりとソファに体を預け、力なく答えた。

「ま、そう落ち込みなさんな。立派な仮眠部屋を用意してやるから」

 バブが意地悪そうな笑みを浮かべると、リームは顔を顰めた。時は夕刻、日が落ちるまでにそんなに時間も無いのだけれど。


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