第七十八話 夜襲
ほうき星の明かりの下、鈍く光る金属の大きなクマのようなカラクリ。
ミッドフォードで会ったあの女だ。なぜ、ここに、こんなタイミングで。
「あら? ダーリンの姿がないけど」
「それはアナタに関係あることなのかしら?」
ディルが不快そうに顔を歪めた。
「あら? あらあらあら? ぷっふー! 振られちゃった? もしかして、振られちゃった!? キャッハー、なにそれウケるー!!」
クマが手をバタバタさせる。人を不快にさせるスキルは一流だ。外見はコミカルな黒いクマでも充分腹が立つ。
「なんでここに? って顔してるわねぇ、お・ね・え・さ・ま。アタシはもったいつけないよ、気が短いからね。アンタたちが仲良くするのがちょーっと面倒なのさ。だから!」
そう言ってクマはいきなり腕をふるった。皆がぱっと後ろに飛び退く。最前部のマストが小枝のように折れて吹っ飛んだ。折れたマストはけたたましい破壊音、逃げ遅れた数人の乗組員とその悲鳴とともに海に消えた。
遅れてパラパラと木くずが降ってくる。相変わらずデタラメなやつだ。
「ま、お姉様とお姫様? ここでどっちか、できれば両方死んでほしいんだよね」
「そんなこ」
「んなこと、やれるもんならやってもらおうじゃないの!!」
自分の身長ほどもある大剣を振りかざし突っ込んでいったのは顔を見るまでもない、ラトラだ。クマが爪で応戦すると金属同士が激しい音と火花を散らした。
「お姫様ぁ、話の途中だったんですけれどぉ」
「うっせ! パパの船壊しやがって、後で怒られちゃうじゃねーか!!」
「そんな悠長なこと、言ってられるのも」
クマが腕を振り上げてラトラの剣を弾いたかと思えば、そのまま彼女に振り下ろす。
「今のうちってね!!」
「ふっ!」
ラトラがその腕を横殴りにする。ガイン! と鈍い音を立て腕を弾かれたクマはしかし体勢を崩さない。代わりに甲板がミシリと低く悲鳴を上げる。
「ひゃー。やるじゃないのぉ、お姫様ぁ!」
「鍛え方が違うんでね!」
ラトラは叫びながら剣を突きこむ。クマが腕で弾く、と思いきやラトラがすんでで剣を引く。空振ったクマは腕を振り抜きバランスを崩す。その機を逃さずラトラが剣を振り下ろす。
バガン! と火花を散らしながら膝のいいところに剣が入る、しかし崩れない。
グラリとわずかにバランスを崩すもピタリを体を止めたクマは反対の手をラトラを横殴りに。たまらず彼女は剣で受ける。
船が揺れるほどの衝撃。彼女は受け切るも足元の甲板が折れ、彼女の小さな身体が膝下程度沈む。
「あっは、すごぉい! お姫様なんて馬鹿力!!」
「褒められた気が、しないな!」
剣で弾いてクマの腕が上がったところをスルリと抜けて再び甲板に立つ。
「お前こそやためったら固いじゃないか」
ラトラがにやりとクマに笑いかける。
「そこのお姉様対策をしてきたものでねぇ。しかしお姫様もなかなかどうして厄介だわぁ」
”アレクシア。ちょっとまずいぞ、数が多い”
ヴァイスの焦り声。めずらしい。
気づけばクマ以外にも少なくない数の敵が乗り込んできていた。
「クマはラトラに任せよう! 私達は取り巻きをやるわよ!」
早速向かってきた一人の剣をいなしながら叫んだ。
どれくらい戦っているだろうか。甲板上はすっかり乱戦の様相を呈していた。
舳先ではラトラ……とメイドのパミラさんがクマと。二人でよく抑えている。そういえばあのお伴の二人はどうした、と思ったら、彼女らの背後を守っている。
こちらもなかなかにシンドい。腕前的に負けることはないけれど、数で押してくる相手に勝ち切るといえるほど戦力に差がない。
相手の船、どれだけ戦闘員を乗せてきているんだ。
対してこちらはろくに兵士も乗せていない。正直ラトラと私達だからここまで保っているともいえる。
何のために?
当初の疑問が頭にもたげる。
襲撃するにしても、これだけの兵力を出せるならなにもここじゃなくてもいいだろう。
「ああもう、いい加減観念してほしいもんだわね。しつこい女は嫌われるわよぉ」
「はっ、しつこさで言ったら……アンタのほうがよっぼどしつこくない!?」
剣と腕を交えながら言葉を交わす二人。クマの腕も剣を受け続け、いつの間にか傷だらけとなっている。
クマの中の女も言葉の端々に焦れた様子がみてとれる。戦果が出ないことに流石に苛立ちを隠せなくなってきたようだ。
そんな中クマにも疲れも見えてきた。ついにラトラの剣がクマの腕の関節を捉えたのだ。いい音とともに関節は妙な方向に曲がった。
「ああもう、腕折れちゃったわぁ。まだまだ改良が必要ねぇ、どうも」
クマがぶらぶらとする右腕をちらと見てぼやく。
「じゃあ次はこうね」
というが早いか。クマは何を思ったのか、右手を掴むやひねった。あっ、と思うまもなくクマの右腕が肘の部分からちぎれた。バラバラと細かい部品やかけらが甲板に落ちる。
「さあて、あたったら痛いわよ~」
掴んだ右腕を今度は棍棒のように振り回した。リーチが変わったせいでラトラは距離を取りたかったのだろう、バックステップをしたが運悪く背中には荷物の山。手に触れた感触に顔をしかめた。
「あらあら、後ろが邪魔だったわね、甲板上にうかつに物を置いてはいけませんよぉ~?」
クマが棍棒を振り下ろす。たまらずラトラが脇に逃げる。荷物の木箱がけたたましい音をたてて弾け飛ぶ。そのまま横薙ぎに。ラトラは剣で受ける。
「ぐっ!」
棍棒に横殴りにされたラトラ。勢いそのまま飛ばされ、別の荷物の山に突っ込んだ。中の果物が激しく飛び散って夜の海に消えていった。
「ラトラ!」
「だ、だいじょーぶ、お姉様」
木箱の影からピースサインが突き出された。
「ああら、意外と頑丈ね」
クマがぼやきつつ更に詰めていく。
「これで!」
そのまま棍棒代わりの右腕を木箱の山に叩きつけた。爆発するように四散する木箱のかけらや中身の荷物。ラトラは!?
「調子に乗るなぁ!」
ラトラはいつの間にかクマの背後に回り込んでいた。間髪入れず背中を斬りつける。バスッと空気が抜けるような音がしたかと思うと、もうもうと蒸気が溢れてきた。
「あ、やばーい。動力パイプ切られちゃったわ」
「姉御、マズイっす、圧が保てねぇ」
「姉御言うな! ……仕方ない、ここまでだねぇ。首尾は!?」
「退避です!」
「よし、逃げるよアンタたち!」
「「がってん!!」」
そう言うが早いか、蒸気でない黒い煙がもうもうと立ち込めてきた。
「あ、ラトラ! 連中逃げる気よ!」
「なんだってちっくしょう、なんも見えない……!」
「この手で仕留めるのはムリだったけれど、まぁいいわぁ。どうせ目的はこれで達成だし? じゃ、さようなら」
最後のあがきよろしく、クマや戦闘員たちがあちこちに火を放ちだした。
あわてて水で消して回るうちに連中は姿を消していた。
煙が晴れたときには連中はおろか他の戦闘員もすっかり姿を消し、相手の船は既に離れ始めている状態だった。
「手ひどくやられたわね……」
船の惨状をみてため息が出た。三本あるマストのうち、二本は折れてしまった。舵は効くけれど船首部分に大穴が開いていて速度が出せない。甲板も至るところに穴があき、下の階層がめちゃくちゃになっていた。
船員も少なくない数やられたようだった。航行させられる人数を割り込んでいるのではないだろうか。我々も手伝わなければならないかもしれない。
「ま、明日には島に着くから、このまま様子を見ながら航行すれば」
ラトラの声がかき消された。
「ぜ、全員退避! 船底になにか仕掛けが!!」
その直後、轟音。あ、甲板が。弾ける。
それを最後に、意識を失った。






